また鈴木さんが走ってきた。
「喘息の患者さんが!しんどそうです!」
 本田さんが遮った。
「しんどそうって何よその表現。どいて!」
 僕も続いた。
 患者の呼吸はかなり努力様だ。
「ソルメドは終わったのか?」
 本田さんがバイタルを確認している。
「終わってるわね」
「どうしようかな、ボスミン・・・」
「脈は120/minで速いけどね。モニターでは不整はないわ。でもSpO2 91%」
「誘導するのか?」
「そんなわけじゃ・・」
「喘鳴もひどい。基礎に心疾患がないことを祈って・・・ボスミン用意を」
「いくらで?」
「いくらだったかな。1アンプル、うすめて静注・・」
「やめてよそれ!」
「皮下注かな」
「きちんと確認して!」
「皮下だよね」
「あたしから指示聞かないで!」
「ちょっと本、見てくる」
 本田さんがプライマリケアの本を差し出した。
「あたしのでよかったら」
「ああ、どうも」
「12ページ目」
「?そこまで知ってるの?」
「たしか下のほう」
「・・・そうだ!あった!すごいな・・・ボスミン1/3アンプルの皮下注!」
「救急カートは、そこ」
「は、はい。します・・・ひかちゅうひかちゅう」
 本田さんの冷ややかな視線が注がれた。

「AMIが外来から上がってくるそうです!」
 角さんが間に入ってきた。
「なんだと?もうそろそろ・・」
「これで満床です」
「そうだな。もうこれ以上は無理だよ」
 本田さんがバイタルを確認中。
患者の努力様呼吸が少しおさまったようだ。
「ふう。ボスミン皮下注は初めてだけど、こんなに効くとは」
「喘鳴は・・・さっきよりはマシ」
「よかった・・」
 しかしSpO2は上昇がみられない。
「どうです?少し楽になりましたかー?」
 患者に声をかけるが応答がない。
「・・・むしろ悪化してるのか?」
「呼吸は努力様というより浅いわね」
「浅くて速い」
 浅促性の呼吸はだんだん著しくなってきた。
「やっぱ効いてなかったんだ。ベッドを90度にして!」
 角さんがベッドをクルクル挙上しはじめた。
「先生、ステロイドは?」
「ソルメドいったんだけど。あと125mg追加しよう」
「わかりました」
 本田さんが腕組みしている。
「先生。挿管の準備をしときますね」
「そ、挿管?しかし・・・」
「角ちゃん、リザーバーマスクを。先生、首がかなり太くて短い人だけど・・」
「声門、見えないかもな」
「誰かにしてもらう?」
「いや、僕が。気管支鏡で」
「気管支鏡は外来にあるわ。鈴木さん、持ってきて!」

 いきなり患者が暴れ始めた。
「うわ、ちょっ・・・!」
 僕は抑えようとしたが、全くかなわない。患者はリザーバーマスクを放り投げた。
本田さんが後ろから押さえにかかった。
「先生、セルシンはそこに!」
「セルシンは呼吸抑制が・・」
「挿管するんでしょ!」
「気管支鏡がまだだろ・・」
「そんなこと!くっ・・・言ってる場合じゃない!」
「よし。セルシン、吸ったぞ。10mg、静注」
 角さんがアンビューを手渡す。経口の挿管チューブはもうセットされていた。
本田さんは汗だくで患者を抑えていた。
「角ちゃんボサッとしないで!痰、タン!」
「あ・・」
 角さんがクルッと1回転したかと思うと吸引チューブで患者の口腔内を吸い始めた。
喘鳴は外にまで粗大に聞こえてきた。僕は喉頭鏡で覗いた。
「声門は・・・やっぱり見えない!」
 しかし今は入れてみるほかない。
「正中にあるはずだから・・・」
 患者の歯・舌を頼りに、正中線めがけてゆっくり管を進めた。
しかし管はどこかに突き当たっている。無理に押すと皮下・縦隔気腫を起こす恐れがある。
「やっぱダメだ。気管支鏡を!」
 本田さんの額に血管が浮き出ている。
「スズキ・・・どこほっつき歩いてんのよ!」
 とたん、チューブがスポッと入った。
「お?入った?カフにエアを」
 角さんがエアを注入。
「角さん、アンビュー押して。自分が聞く」
 角さんが数回アンビューを押し続けた。僕は聴診に回った。

「・・・・入ってる!」
 本田さんが人工呼吸器をセッティングしている。
「じゃ、設定しよう・・・!」
 
 やっと鈴木さんが気管支鏡と台を抱えてやってきた。
本田さんは腰に両手を当てて立ちふさがった。
「もう要らないって。返すついでに、レントゲンに声かけて!」
「は、はい」

 先輩に嫌われたら、後輩の予後は悪い・・・。有意差あり。

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