サンダル先生R 月曜日 ? 優しい歌
2007年11月22日廊下を出ると、ミチルはついてきた。
「あ〜だるいわ。あたしまで」
「あう?」
「深夜勤務からこのまま日勤よ。誰も夜勤、やってくれんかったし!」
「災難だな・・・さっきおい。点滴漏れがあって」
「それは別のナースの担当の話?」
「し、師長だろ?」
「夜勤のときは、あくまでも夜勤に徹しております」
「どういう理論だ?」
「当事者と先生での直接解決をお願いいたします」
「ドライだな・・・」
「人任せにしないようお願いいたします」
「くっ・・・!いちいち、ありがとう」
こう答えるのが精一杯だ。
ま、この女は怒らさんほうがええよな・・・。女を怒らしたら、手におえん。
朝の8時40分。申し送り開始が近づく。師長はカブトのようにキャップを正面見据えた。
「さっ!師長タイムや!がんばろか!」
「どある。ついてけんわ・・・!」
廊下で、ずっと待ってる家族がこちらを見ている。
「あのう、ユウキ先生」
「あ。おはようございます!」確か夜にムンテラ(説明)予定だった家族・・
だがもう6人ほど揃ってる。
「さっきから、待ちくたびれとるんですが」
「え?あのたしか夜・・」
「9時って」
「夜9時?」
「はあ」
「ほお」
「ふん?」
「う?」
「は」
「ん」
ミチルが腕組みした。
「先生。夜の9時と先生が伝えたはずが、朝の9時と伝わったということですか?」
「みたいだな・・俺はちゃんと」
「さあそれは、先生がきちんと伝えてなかったからじゃないですか?」
「なに・・・!」
「あたしに怒っても。さ、ご家族の皆さん。こ・ち・ら・へ」
ミーティングルームにゾロゾロ入っていく家族たち。
詰所ではすでに申し送りが始まり、シローやトシ坊らドクターが勢ぞろい。
多忙な外来を控えてはいるが、さきほどの間質性肺炎の方の家族だ。時間違いでも、せっかく揃ったなら説明すべきだ。
ただ、ふと思った。キーパーソンにあたる中年女性は娘さんと思われたが、初回に説明した人と違う。
「あの・・・この間の方?」
「あ、あれは別の娘。あたしはその妹です。付き合いはありませんが」
「あ・・」
「それが何か」
「いえ」
シーンと、真っ白な部屋が静まり返った。
僕は怒りっぽくも、世の中には妙なあきらめムードが漂い始めていた。
その前日、ツタヤで借りたミスチルの「優しい歌」。
♪しらけムードの僕等は 胸の中の洞窟に
住みつく魔物と対峙していけるかな・・・
サンダル先生R 月曜日 ? 無言ダルっぽい
2007年11月22日さきほどの間質性肺炎で入院中の患者さんの、病状報告だ。
「薬剤を中止して間もなくですが・・・」
CTをシャーカステンに次々かけていく。
「先週と比べますと。あの、こちらのほうへ」
誰も出てこない。
「症状、動脈中の酸素データ(圧較差など)、生化学検査(LDHやKL-6など)を参考に画像でも経過を追ってます・・・大学からはステロイド剤の内服を継続してるんですが」
「良くなった?悪くなった?」娘が遮る。
「自分の印象では、全体的には横ばいですが画像では一部悪化の所見が」
ごく小さい範囲だが、うっすらと白くなってる肺野がある。
「これは、肺が新たに線維化に向かって炎症を起こしていると思われ・・?」
ふと遠くを見ると、誰かがドアをスライドして閉めた。外来ナースだ。カルテを割り込ませている。
「そこで、パルス療法・・ステロイド注射剤の3日間大量投与を」
「それは他の先生も了解を?」
「う?」
「上の先生の了解も?」
「う、うえ・・・」
僕が一番、上だった。
「他の了解ですか・・・データが揃ったばかりなんで」
「はあ」
ミチルがカルテを刑事のように取り調べ中。
「結論は同じかと思われますし」
「はあ」
いや・・・ステロイドパルスに関してはどの治療に関しても意見が別れることはある。諸刃の刃(もろはのやいば)的治療だからだ。炎症を強く抑えもするが、抵抗力の低下も招きうる。
ミチルは冷静にうつむいていた・・やがてこっちを見上げた。
「(トシキ先生らも通して・・皆で結論したらどうですか?)」
「(なんでトシ坊に?主治医の意見だ!)」
「(・・・・・)」
「(わかったよ。わかった・・)」
全て、目の合図で交わされた。
この仕事に慣れたと思う時期には、いろんな落とし穴がある。そりゃ世間は<そんな医者怖い>で終わりだろうが・・・。最初は誰しも地獄の修行から始まる。経験がないから手取り足取りなのが当然だ。
だがそのうち面倒見のドクターも離れていき、現場での即戦力となる。大学のカンファレンスのようなある意味恵まれた時間などなくなる。いろんなタイミングで<余裕>というものを失っていく。自分の限界を知りつつ、キャパの範囲で仕事を処理する。主治医としてのやりがいは増えていくが、スパイダーマン同様にそれには大いなる責任が伴う。
プライドが傷ついたが、改めて相談の方針とした。だがそのモヤモヤは・・そんなに引っ張らない。次にすることが待っている。でもそこでそれなりに飲みこんでないとストレスとなって我が足を引っ張る。
次の日に余韻を残しながら、その日の晩には残さない(休養に差し支える)。そういう奇妙な心理状態が求められた。
「じゃ、今日の晩にまた・・・」
家族はぞろぞろと引き上げた。
聴診器を首にクルッと巻く。
「じゃ!気を取り直して!」
さっき、師長と目と目で会話した。
「そ〜いう仲に・・なりたかねえや!」
ズドーン!と廊下へ。今、一瞬見えたのは外来ナースの後姿。エレベーターが閉まった。
「さては撤退したか・・・先回りしてやる!」
いつものように、手すりに飛び乗った。