心筋梗塞患者のカテーテル造影を終えて、CCUへと帰還。

 前下行枝に対して血管拡張、ステント挿入したはいいが、心不全傾向が増悪。心臓の収縮力の復帰を待つが、全身状態としては厳しかった。

「心筋梗塞自体は拡大を阻止したが、心不全自体が未だに厳しい。なので監視をよろしく」ベッドから離れて担当の<スズキ>という新人へ。茶髪で香水がプンプンする。

「あ〜あ!泊まりやね先生!運悪い!」
「IABP(バルーン付きのカテーテル)入ってる。ミルリーラ(強心剤)も使ってるけど血圧下がるかもしれんから・・・」
「んも〜!すぐ呼ぶからさ〜!あ、先生申し送りするとこやから!」
「あ。じゃ俺もすわろ・・・」

この新人は・・・ドクターらにスリ寄っていくということで、ナースらにかなりひんしゅくを買っていた。だがドクターらは、男たちは・・・それがかえって憎めない、と逆手に取って甘やかしていた。

私もそうでした。

みな、席に着く。上司ナースが取り仕切る。みな帽子にマスク、したがって両目しか晒してない。目つきが鋭く、ひいては冷淡にも見える。

「現段階では心不全のフォレスター?型ということですね?先生」
「あ、うん。心筋梗塞を起こした範囲、つまり梗塞部位がかなり広範囲なため、収縮率はかなり悪い。血行再建は成功して冠動脈の閉塞は解除されたんだけどね(←言い訳っぽい)・・・で、あと2本の血管にも25%程度の狭窄がある」
「今の分かったよね?」マスクしたナースが円陣を見回す。

僕は言いかけた。
「IABPで血圧を押し上げてるけど、」
「スズキさん。ほんとに分かったの今の」
淡々と言うナースに、新人はピクリと顔を上げた。

「そうよ〜スズキさん。あなたに言うてるのよ」
両側側近の2人の目が残酷に笑う。

「っと・・・はい」
「はぁ〜頭いた・・・」

(沈黙)

僕は、続きを始めようとした。
「IABPで血圧を押し上げてるけど、」
「スズキさん、ここ(CCU)入ってもうどのくらい?」

「6カ月・・・」
「ふうん。それくらいは分かるんやね」
「・・・・」
「半年たってて、あなた何ができるようになった?」
「・・・・」
「黙っててもね。分からんよ。何ができるの?」
「で、できま・・できま。えっ?(横を見るが凝固中)」
「彼女に聞いてないよ。あなたに聞いてるんだけど」(腕組み。遅れて側近も)

(沈黙)
僕はどうにかしたくて、続けようとする。
「IABPで血圧を押し上げてるけど、」
「あんたね。黙ってたら周りが教えてくれるとでも思ってる?」
「・・・・・」
「何か喋ったら?みんなイライラしてるんだけど」
「・・・お、思ってません」
「ふうん。じゃ、なんで何もできてないの?」
「・・・・・」
「いろいろやったよね。あたし、新人集めて教えたよね。でもね、実はみんな出来てるよ。あなた以外は」

(沈黙)

僕は性懲りもなく入ろうとする。
「あ、あいえーびーぴー・・」
「出来てないのは、アンタだけなのよ」

(沈黙)

新人は顔が真っ赤。
「・・・・・」
「この人は心臓の収縮力が弱いから、それを補助する治療をやってるのよね2つ」
「・・・はい」
「その説明を先生が今ここでしてたとき、アンタ何してたの?」
「えっ・・・」
「マスクしてても分るんだけど。ケラケラ笑ってたやないの」
「・・・・・」
「ユウキ先生の足元見て、何がおかしかったわけ?」

僕は片方足でもう一方をまさぐった。
「あ!・・・」
なぜか、足に宅急便の不在シールが貼ってあった。
休憩室で小包を開けた時、落ちたものだ。

「うわ、こんなもんついてた・・・!はは!は・・・」

(沈黙)

上司は容赦ない。
「アンタね。そんな笑う暇があるんやったらね。よほど自信あるってことよね」
「い・・・」
「じゃあすぐ答えて。2つの治療・・・何?」
「ふたつ・・・」
「聞こえない?やめてよ!(側近をチラリ)」
「(側近)アノナア!心臓の収縮力をサポートする治療や!はよ言いやブヒブヒ!」

(沈黙)

思わずメモを見ようとする新人。

「自分の意見で言う!そんなもの見ていいって言った?」
「いえ・・・(閉じる)」
「先生も待ってるんだけど。このあと病棟で処置がいくつも待ってるし、ムンテラもあるし当直業務もあるし」
「・・・・・」
「心臓の力を増強させるものよ!はやく!はやくして!アンタ何習ってきたの?あ〜アホくさ」

僕は口パクで助けた。新人は見逃さず、瞬時に反応。

「きょうしんざい・・・」
「え?なに?」
「強心剤・・・みみ、ミルリーラで」
「ふうん。て、先生が今言うたわけ?」

げっ!

上司ナースの顔の向きが、こちらへウイーンと方向転換。

ガチャン、と砲台は据えられた。

どうやら、照準は僕にも向けられたようだ。

「対ショック!対閃光、防御!」

など言ったら命ない、命ない!
<ER的出だし>

ドンドンドンドコ!

「血管拡張後。心不全のフォレスター?型です」
「IABPで血圧を押し上げてるけど」
「ユウキ先生の足元の伝票が、そんなにおかしい?」
「IABPで血圧を押し上げてるけど」
「対ショック!対閃光、防御!」
「IABPで血圧を押し上げてるけど」
「うれしいね」(エレベーター、閉)
「あいえー・・聞いてるのかカーター!」

(音楽、最高潮)

  <   後編  ナースの逆襲
       YUUKI , SHUT THE FUCK UP ! >

モニター音にぎやかなCCUでの、申し送り中。

僕を追い詰める、上司ナース。

「先生はね。新人をそうやって助けようとするけどね」
「あ、わり〜わり〜」
「聞いて。それであたしらがどんだけ迷惑してるか分かってるんですか」
「・・・・・」今度は僕が貝になった。
「これまでもそうよね。新人が分らないことがあったら先生ら、鼻の下伸ばしてホイホイ教えてたけど」
「・・・・ああ」
「そう簡単に教えたらね。彼らってね。先生。今どきの子らってね。自分で苦しんで調べようとしないんですよ」
「調べる・・そ、そうだな」
「それとね。ユウキ先生にはもう1つ、言いたいことがあります」
「なっ・・・?」

(沈黙)

「先生。この間この子がね。心不全になった腎不全を受け持ったの覚えてます?」
「ああ、この前な」
「ようやく水分制限して透析して治りかけたあと、また再発しかけましたよね」
「・・・だったかな。はいはい」
「原因はね。知ってると思うけどあの子だったんだけど。水分制限の量を間違えて」
「多めに飲ませた。あったな」
「そうよ。でね。あたし、先生のいる前でこの子のこと叱りましたよね」
「ああ。そうだった」
「そのあと先生、新人に何て言いました?なんて?」
「え〜と・・・たしか・・・」

(沈黙)

「<次からは、気をつけるように>」
「ウソ」
「いや・・・それは言ったよ?」(←以下、ちょっとコバッチュっぽく)
「その前」(←以下、アビーっぽく)
「その前?覚えてない」
「そのま〜え」
「覚えてないんだから。しょうがないだろう」
「あたし。知ってる。ユウキ先生はね、その前に・・・こう言ったの。<もういいよ>って」
「・・・。いやそれは!そういう意味じゃなくて!」
「でも言った」
「言葉のアヤだ!僕はどうでもいいって意味で言ったんじゃない!」
「あーらじゃあ何?」
「君は言い過ぎてた!だからつい言葉が出た!」
「やっぱそうじゃない」
「情けが出ることもある!」
「じゃあ患者は?」
「う!」
「患者は肺水腫という水のなかで窒息した。外は空気なのに中は水」
「彼女だって反省してる!」
「なんで分かるの?」
「君の部下だから!」
「ゴマすっても遅いわ。申し送り続ける。部外者は出て」

コバッチュ、外へ押しやられる。
「るっ!かっ!・・・・ああ」

(CM)

再び、円陣。

「強心剤と、それと?先生は黙っててくださいよ」
「うぃ・・・」僕は黙った。

新人は泣きそうな顔で見上げた。
「IABPです」
「ふ〜ん。何の略?」
「I・・・Iは・・・」
「(側近)プっ!アホやこいつ・・・」

(沈黙)

「もういいわ。時間ないから。強心剤で血圧下がるの気をつけろって、主治医の先生がのたまってたよね。スズキさん」
「はい」
「なんで?」
「え・・・」
「強心剤で血圧下がるかもって言ったら、今あんた<はい>って言ったよねー」
「は・・・」
「なんで?周りの人たちに教えてあげてよ」
「・・・・」
「なに?またユウキ先生からの愛のメッセージ待ってんの?」
「(側近のみ)ブハハハハ!」
「ほおら先生!ケケケ!ユウキ先生!笑われてるよ!キキ!」

(沈黙)

新人はまた真っ赤になっていた。
「血圧が・・・血圧が下がるのは・・・」
「血圧下がったら、悪くなるやないの。強心剤ってそんなことするお薬なの?」
「いえ。心臓の収縮力を・・・」
「ふうん。強心剤って、心臓の収縮力を強くする・・それだけなの?へえ〜」
「(側近)へ〜え!」
「あたし、教えたんだけど」

(沈黙)

上司ナースは側近を一瞥。
「(側近)バカやなあ。末梢の血管を拡げるんやろがあ!ほやから血圧下がるんや!ブヘッ!ブヘッ!」

上司ナースは新人から目をそらさず。
「あ〜あ。もう30分も経ってしまって。これ全部、だあれかさんのお陰なのよ」
「・・・・・」
「自分の能力について、どう思うの?」
「能力・・ないです」
「能力なかったら、ここ辞めないかんやん」
「いえ!いえ!その・・・」
「やるつもり。なんですか?」
「そ、そうです。やります!やります!」
「アンタ。もう半年もしたら新人がまた入ってくるのよ。今みたいに何もできなかったら、笑われるよ。あたしは別にい〜けど」
「やります。やりますやりますから・・・」
「すまないって思うんだったらね。今から1人ずつ回って。<すみません私が悪かったですこれから1からやらせてください>って謝ってちょうだい」
「は、はい!」

カンファが終わるとすぐさま、新人はあちこち走りまわった。

「すみません私が悪かったですこれから1からやらせてください!」
「(別ナース)ええっ?いいってそこまで!」
「すみません私が悪かったですこれから1からやらせてください!」
「(別ナース)がんばろがんばろ!」
「ずみまぜん私が悪がだでずこれからいひからやらへてください!ひっ!」
「(側近)ちゃんとやれちゃんと!」
「ずびばべんごれひっ!やらへひっ!くだひひっ!」

そして、新人は僕のとこにやってきた。顔は原型をとどめてなかった。

「ぜんぜずびまへ!ずびまへ!」
「あわわ・・・ああ。うんうん」

彼女の向こう、腕組みしている上司ナース。両側に側近。

「先生。あとでカテ室の奥(シネフィルム倉庫)ででも、慰めてあげたら?」
「なんだよそれ?」
「循環器の先生って、けっこうそこでイチャイチャするって聞くよ(事実)」
「あのなあ・・・」

病棟業務を終わり、病院の外へ。

「ふ〜・・・厳しくせないかんのは、分かってますって分かってますって」

すると、いきなり玄関前に止まる車。
「先生。飲みいこうや。飲み」
CCUの中堅クラスだ。さっきの輪の安全圏にいた。

「そうだな〜このまま帰るのもなんやし」
後部ドアから、入る。
「じゃ、たのんだ!」

すると正面助手席の女が、ゆっくり振り向いた。
さっきの上司ナースだ!

「先生。飲み屋で、さっきの続きやるから」

「ンノオオオオオオオオオオオッ!」

ピコーン、ピコーンとカラータイマーが鳴った。

「コバッチュ!い、いやシュワッ!」

ドカン、天井に頭を打ってそのまま気絶した。

 ブウ〜、と車は闇へと消えていく。徹夜で説教・・・・僕はそのまま、フラフラで外来業務へと入った。

 彼女らは・・・休みだった。
「ムウウ・・くそ〜っ。今日は患者が来んな・・・」
開業医をオープンして数か月。客はいっこうに増えず。しかし従業員への風当たりは厳しかった。

事務員2人が、パソコンと睨めっこ(たぶん寝ている)。
ナース1人もリハビリで電気治療中。

暇ではあるが、院長の緊迫した視線がかなりストレスだった。
残業代や時給アップの要請があったが、院長はほったらかし。

1人、患者が到着。

「ほ、ほら来た!コラッ!ボケボケす、すんな!」
診察室へ戻る院長。しばらく待つと、若い方の事務員がカルテを持参。

「風邪だそうです。院長先生」
「わわ、わしが診てもないのに、しし!診断なんかすっな!」

若い男性が入室。
「咳と痰が出て。風邪だと思うけど」
「いやいや、分からんぞ」
喉、胸を診察。

「う〜ん・・・」
「風邪でしょう?」
「いや、扁桃炎だな・・・それも急性の」
「同じじゃないんですか?」
「ち、ちがうわいっ。げ、厳密には!」
「じゃ、薬を・・」

院長は、最近の収益が少ないのを思い出した。

「て、点滴していかんか?」
「時間ない。あんなの、してもおんなじだろ?」
「お、おんなじではないよう!」
「何、入ってるの?どうせブドウ糖くらいだろ?」
「うぬぬ・・・!で、では去痰剤の吸入。ついでに咽頭の培養をば」
「痰は出せるよ。ペッ!」ティッシュ丸める。
「そ、その痰を培養にをば・・・!」
「あ、捨てたよ。今」ゴミ箱へ。
「おぬし、検診は?」
「受けてない。めんどくさいしね」
「若造でも何かあるやもしれんぞ。レントゲンを・・」
「あ、いいよ。そういうのは<ちゃんとした病院>で受けるから」
「うぬう・・・!」

患者に交わされ、カルテははやくも事務室で処理された。
暇なので、若いナースのとこへ。

「あの、先生」
「む?」
「当院は、忘年会などのイベントは・・」
「ふん。そんなことか。ウン千万の借金して、全然返せてないんだ。余裕がない。それに人件費やら電気代やらでフン!そんな余裕などないわい!」

ところが、たまたま来た患者に院長はあることを教わった。
新衛門さん風の患者。

「先生。儲かろうと思うのなら、まず周囲を取り込むことですぞ」
「ハーレムを?」
「そうではない。ゴージャスに一度ふるまってはどうか。器の大きさを見せつければ、あたかも大きな船に乗った気分になるものですぞ。そうすれば彼ら自身が頑張って、患者をどんどん引っ張ってくれるかもしれぬ!」
「そ、そうか・・・では一度やってみるか。そもさん!」
「せっぱ!」

神戸の料亭の写真を刷った招待状を回す。

「み、みな・・その。全員、来てもらえんかの?」
目が点になった3人の前で頭を下げる。中年女性事務員が見入る。

「こんな高いところ・・・いいんですか?」
「オッホン!わしに任せておけ!これタクシー代!」
諭吉を1枚ずつ渡す。

「先生。でもどうして・・」若いナースが訊ねた。
「ん?いやいや、君らと本音で話がしたくなってな!」
「本音で・・・ですか。あたしたちは何も隠してなど」
「かまわんかまわん!何でも言いなさい!広い心で受け止めてみせるわ!」

タクシーを呼ぶ前、玄関前でナースに呼ばれた。雨が降ってて傘をさす。

「なんじゃね?」
「先生。楽しいひとときの前になんですが。あの事務員たち、実は患者さんに入れ知恵してるんです」
「なぬを?」
「門前払いです。手のかかりそうな人が来ると、そこで断ってるんです」
「ぬうう・・・・」

まだ傘持ってタクシー待ち。今度は事務員2人。中年のほうが眉間にシワ寄せる。

「先生。ナースのあの子」
「うむ?」
「いつもおとなしい顔してるんですけど、患者さんにいつも先生の悪口言ってます」
「なにぃ?たとえば?」
「診断がおかしい、治療が間違ってる、足がくさい」
「くおおおらあああああ!」
「(2人)きゃああああ!」

放り投げられた傘は、見事な放物線を描いていった・・・・。

<しかし院長。今が耐える時ですぞ!>

侍の言葉が、理性をなんとか保たせた。

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