? 問題ナースをかばった医師の一例 <前編>
2007年8月9日 心筋梗塞患者のカテーテル造影を終えて、CCUへと帰還。
前下行枝に対して血管拡張、ステント挿入したはいいが、心不全傾向が増悪。心臓の収縮力の復帰を待つが、全身状態としては厳しかった。
「心筋梗塞自体は拡大を阻止したが、心不全自体が未だに厳しい。なので監視をよろしく」ベッドから離れて担当の<スズキ>という新人へ。茶髪で香水がプンプンする。
「あ〜あ!泊まりやね先生!運悪い!」
「IABP(バルーン付きのカテーテル)入ってる。ミルリーラ(強心剤)も使ってるけど血圧下がるかもしれんから・・・」
「んも〜!すぐ呼ぶからさ〜!あ、先生申し送りするとこやから!」
「あ。じゃ俺もすわろ・・・」
この新人は・・・ドクターらにスリ寄っていくということで、ナースらにかなりひんしゅくを買っていた。だがドクターらは、男たちは・・・それがかえって憎めない、と逆手に取って甘やかしていた。
私もそうでした。
みな、席に着く。上司ナースが取り仕切る。みな帽子にマスク、したがって両目しか晒してない。目つきが鋭く、ひいては冷淡にも見える。
「現段階では心不全のフォレスター?型ということですね?先生」
「あ、うん。心筋梗塞を起こした範囲、つまり梗塞部位がかなり広範囲なため、収縮率はかなり悪い。血行再建は成功して冠動脈の閉塞は解除されたんだけどね(←言い訳っぽい)・・・で、あと2本の血管にも25%程度の狭窄がある」
「今の分かったよね?」マスクしたナースが円陣を見回す。
僕は言いかけた。
「IABPで血圧を押し上げてるけど、」
「スズキさん。ほんとに分かったの今の」
淡々と言うナースに、新人はピクリと顔を上げた。
「そうよ〜スズキさん。あなたに言うてるのよ」
両側側近の2人の目が残酷に笑う。
「っと・・・はい」
「はぁ〜頭いた・・・」
(沈黙)
僕は、続きを始めようとした。
「IABPで血圧を押し上げてるけど、」
「スズキさん、ここ(CCU)入ってもうどのくらい?」
「6カ月・・・」
「ふうん。それくらいは分かるんやね」
「・・・・」
「半年たってて、あなた何ができるようになった?」
「・・・・」
「黙っててもね。分からんよ。何ができるの?」
「で、できま・・できま。えっ?(横を見るが凝固中)」
「彼女に聞いてないよ。あなたに聞いてるんだけど」(腕組み。遅れて側近も)
(沈黙)
僕はどうにかしたくて、続けようとする。
「IABPで血圧を押し上げてるけど、」
「あんたね。黙ってたら周りが教えてくれるとでも思ってる?」
「・・・・・」
「何か喋ったら?みんなイライラしてるんだけど」
「・・・お、思ってません」
「ふうん。じゃ、なんで何もできてないの?」
「・・・・・」
「いろいろやったよね。あたし、新人集めて教えたよね。でもね、実はみんな出来てるよ。あなた以外は」
(沈黙)
僕は性懲りもなく入ろうとする。
「あ、あいえーびーぴー・・」
「出来てないのは、アンタだけなのよ」
(沈黙)
新人は顔が真っ赤。
「・・・・・」
「この人は心臓の収縮力が弱いから、それを補助する治療をやってるのよね2つ」
「・・・はい」
「その説明を先生が今ここでしてたとき、アンタ何してたの?」
「えっ・・・」
「マスクしてても分るんだけど。ケラケラ笑ってたやないの」
「・・・・・」
「ユウキ先生の足元見て、何がおかしかったわけ?」
僕は片方足でもう一方をまさぐった。
「あ!・・・」
なぜか、足に宅急便の不在シールが貼ってあった。
休憩室で小包を開けた時、落ちたものだ。
「うわ、こんなもんついてた・・・!はは!は・・・」
(沈黙)
上司は容赦ない。
「アンタね。そんな笑う暇があるんやったらね。よほど自信あるってことよね」
「い・・・」
「じゃあすぐ答えて。2つの治療・・・何?」
「ふたつ・・・」
「聞こえない?やめてよ!(側近をチラリ)」
「(側近)アノナア!心臓の収縮力をサポートする治療や!はよ言いやブヒブヒ!」
(沈黙)
思わずメモを見ようとする新人。
「自分の意見で言う!そんなもの見ていいって言った?」
「いえ・・・(閉じる)」
「先生も待ってるんだけど。このあと病棟で処置がいくつも待ってるし、ムンテラもあるし当直業務もあるし」
「・・・・・」
「心臓の力を増強させるものよ!はやく!はやくして!アンタ何習ってきたの?あ〜アホくさ」
僕は口パクで助けた。新人は見逃さず、瞬時に反応。
「きょうしんざい・・・」
「え?なに?」
「強心剤・・・みみ、ミルリーラで」
「ふうん。て、先生が今言うたわけ?」
げっ!
上司ナースの顔の向きが、こちらへウイーンと方向転換。
ガチャン、と砲台は据えられた。
どうやら、照準は僕にも向けられたようだ。
「対ショック!対閃光、防御!」
など言ったら命ない、命ない!
前下行枝に対して血管拡張、ステント挿入したはいいが、心不全傾向が増悪。心臓の収縮力の復帰を待つが、全身状態としては厳しかった。
「心筋梗塞自体は拡大を阻止したが、心不全自体が未だに厳しい。なので監視をよろしく」ベッドから離れて担当の<スズキ>という新人へ。茶髪で香水がプンプンする。
「あ〜あ!泊まりやね先生!運悪い!」
「IABP(バルーン付きのカテーテル)入ってる。ミルリーラ(強心剤)も使ってるけど血圧下がるかもしれんから・・・」
「んも〜!すぐ呼ぶからさ〜!あ、先生申し送りするとこやから!」
「あ。じゃ俺もすわろ・・・」
この新人は・・・ドクターらにスリ寄っていくということで、ナースらにかなりひんしゅくを買っていた。だがドクターらは、男たちは・・・それがかえって憎めない、と逆手に取って甘やかしていた。
私もそうでした。
みな、席に着く。上司ナースが取り仕切る。みな帽子にマスク、したがって両目しか晒してない。目つきが鋭く、ひいては冷淡にも見える。
「現段階では心不全のフォレスター?型ということですね?先生」
「あ、うん。心筋梗塞を起こした範囲、つまり梗塞部位がかなり広範囲なため、収縮率はかなり悪い。血行再建は成功して冠動脈の閉塞は解除されたんだけどね(←言い訳っぽい)・・・で、あと2本の血管にも25%程度の狭窄がある」
「今の分かったよね?」マスクしたナースが円陣を見回す。
僕は言いかけた。
「IABPで血圧を押し上げてるけど、」
「スズキさん。ほんとに分かったの今の」
淡々と言うナースに、新人はピクリと顔を上げた。
「そうよ〜スズキさん。あなたに言うてるのよ」
両側側近の2人の目が残酷に笑う。
「っと・・・はい」
「はぁ〜頭いた・・・」
(沈黙)
僕は、続きを始めようとした。
「IABPで血圧を押し上げてるけど、」
「スズキさん、ここ(CCU)入ってもうどのくらい?」
「6カ月・・・」
「ふうん。それくらいは分かるんやね」
「・・・・」
「半年たってて、あなた何ができるようになった?」
「・・・・」
「黙っててもね。分からんよ。何ができるの?」
「で、できま・・できま。えっ?(横を見るが凝固中)」
「彼女に聞いてないよ。あなたに聞いてるんだけど」(腕組み。遅れて側近も)
(沈黙)
僕はどうにかしたくて、続けようとする。
「IABPで血圧を押し上げてるけど、」
「あんたね。黙ってたら周りが教えてくれるとでも思ってる?」
「・・・・・」
「何か喋ったら?みんなイライラしてるんだけど」
「・・・お、思ってません」
「ふうん。じゃ、なんで何もできてないの?」
「・・・・・」
「いろいろやったよね。あたし、新人集めて教えたよね。でもね、実はみんな出来てるよ。あなた以外は」
(沈黙)
僕は性懲りもなく入ろうとする。
「あ、あいえーびーぴー・・」
「出来てないのは、アンタだけなのよ」
(沈黙)
新人は顔が真っ赤。
「・・・・・」
「この人は心臓の収縮力が弱いから、それを補助する治療をやってるのよね2つ」
「・・・はい」
「その説明を先生が今ここでしてたとき、アンタ何してたの?」
「えっ・・・」
「マスクしてても分るんだけど。ケラケラ笑ってたやないの」
「・・・・・」
「ユウキ先生の足元見て、何がおかしかったわけ?」
僕は片方足でもう一方をまさぐった。
「あ!・・・」
なぜか、足に宅急便の不在シールが貼ってあった。
休憩室で小包を開けた時、落ちたものだ。
「うわ、こんなもんついてた・・・!はは!は・・・」
(沈黙)
上司は容赦ない。
「アンタね。そんな笑う暇があるんやったらね。よほど自信あるってことよね」
「い・・・」
「じゃあすぐ答えて。2つの治療・・・何?」
「ふたつ・・・」
「聞こえない?やめてよ!(側近をチラリ)」
「(側近)アノナア!心臓の収縮力をサポートする治療や!はよ言いやブヒブヒ!」
(沈黙)
思わずメモを見ようとする新人。
「自分の意見で言う!そんなもの見ていいって言った?」
「いえ・・・(閉じる)」
「先生も待ってるんだけど。このあと病棟で処置がいくつも待ってるし、ムンテラもあるし当直業務もあるし」
「・・・・・」
「心臓の力を増強させるものよ!はやく!はやくして!アンタ何習ってきたの?あ〜アホくさ」
僕は口パクで助けた。新人は見逃さず、瞬時に反応。
「きょうしんざい・・・」
「え?なに?」
「強心剤・・・みみ、ミルリーラで」
「ふうん。て、先生が今言うたわけ?」
げっ!
上司ナースの顔の向きが、こちらへウイーンと方向転換。
ガチャン、と砲台は据えられた。
どうやら、照準は僕にも向けられたようだ。
「対ショック!対閃光、防御!」
など言ったら命ない、命ない!
? 問題ナースをかばった医師の一例 <後編>
2007年8月9日<ER的出だし>
ドンドンドンドコ!
「血管拡張後。心不全のフォレスター?型です」
「IABPで血圧を押し上げてるけど」
「ユウキ先生の足元の伝票が、そんなにおかしい?」
「IABPで血圧を押し上げてるけど」
「対ショック!対閃光、防御!」
「IABPで血圧を押し上げてるけど」
「うれしいね」(エレベーター、閉)
「あいえー・・聞いてるのかカーター!」
(音楽、最高潮)
< 後編 ナースの逆襲
YUUKI , SHUT THE FUCK UP ! >
モニター音にぎやかなCCUでの、申し送り中。
僕を追い詰める、上司ナース。
「先生はね。新人をそうやって助けようとするけどね」
「あ、わり〜わり〜」
「聞いて。それであたしらがどんだけ迷惑してるか分かってるんですか」
「・・・・・」今度は僕が貝になった。
「これまでもそうよね。新人が分らないことがあったら先生ら、鼻の下伸ばしてホイホイ教えてたけど」
「・・・・ああ」
「そう簡単に教えたらね。彼らってね。先生。今どきの子らってね。自分で苦しんで調べようとしないんですよ」
「調べる・・そ、そうだな」
「それとね。ユウキ先生にはもう1つ、言いたいことがあります」
「なっ・・・?」
(沈黙)
「先生。この間この子がね。心不全になった腎不全を受け持ったの覚えてます?」
「ああ、この前な」
「ようやく水分制限して透析して治りかけたあと、また再発しかけましたよね」
「・・・だったかな。はいはい」
「原因はね。知ってると思うけどあの子だったんだけど。水分制限の量を間違えて」
「多めに飲ませた。あったな」
「そうよ。でね。あたし、先生のいる前でこの子のこと叱りましたよね」
「ああ。そうだった」
「そのあと先生、新人に何て言いました?なんて?」
「え〜と・・・たしか・・・」
(沈黙)
「<次からは、気をつけるように>」
「ウソ」
「いや・・・それは言ったよ?」(←以下、ちょっとコバッチュっぽく)
「その前」(←以下、アビーっぽく)
「その前?覚えてない」
「そのま〜え」
「覚えてないんだから。しょうがないだろう」
「あたし。知ってる。ユウキ先生はね、その前に・・・こう言ったの。<もういいよ>って」
「・・・。いやそれは!そういう意味じゃなくて!」
「でも言った」
「言葉のアヤだ!僕はどうでもいいって意味で言ったんじゃない!」
「あーらじゃあ何?」
「君は言い過ぎてた!だからつい言葉が出た!」
「やっぱそうじゃない」
「情けが出ることもある!」
「じゃあ患者は?」
「う!」
「患者は肺水腫という水のなかで窒息した。外は空気なのに中は水」
「彼女だって反省してる!」
「なんで分かるの?」
「君の部下だから!」
「ゴマすっても遅いわ。申し送り続ける。部外者は出て」
コバッチュ、外へ押しやられる。
「るっ!かっ!・・・・ああ」
(CM)
再び、円陣。
「強心剤と、それと?先生は黙っててくださいよ」
「うぃ・・・」僕は黙った。
新人は泣きそうな顔で見上げた。
「IABPです」
「ふ〜ん。何の略?」
「I・・・Iは・・・」
「(側近)プっ!アホやこいつ・・・」
(沈黙)
「もういいわ。時間ないから。強心剤で血圧下がるの気をつけろって、主治医の先生がのたまってたよね。スズキさん」
「はい」
「なんで?」
「え・・・」
「強心剤で血圧下がるかもって言ったら、今あんた<はい>って言ったよねー」
「は・・・」
「なんで?周りの人たちに教えてあげてよ」
「・・・・」
「なに?またユウキ先生からの愛のメッセージ待ってんの?」
「(側近のみ)ブハハハハ!」
「ほおら先生!ケケケ!ユウキ先生!笑われてるよ!キキ!」
(沈黙)
新人はまた真っ赤になっていた。
「血圧が・・・血圧が下がるのは・・・」
「血圧下がったら、悪くなるやないの。強心剤ってそんなことするお薬なの?」
「いえ。心臓の収縮力を・・・」
「ふうん。強心剤って、心臓の収縮力を強くする・・それだけなの?へえ〜」
「(側近)へ〜え!」
「あたし、教えたんだけど」
(沈黙)
上司ナースは側近を一瞥。
「(側近)バカやなあ。末梢の血管を拡げるんやろがあ!ほやから血圧下がるんや!ブヘッ!ブヘッ!」
上司ナースは新人から目をそらさず。
「あ〜あ。もう30分も経ってしまって。これ全部、だあれかさんのお陰なのよ」
「・・・・・」
「自分の能力について、どう思うの?」
「能力・・ないです」
「能力なかったら、ここ辞めないかんやん」
「いえ!いえ!その・・・」
「やるつもり。なんですか?」
「そ、そうです。やります!やります!」
「アンタ。もう半年もしたら新人がまた入ってくるのよ。今みたいに何もできなかったら、笑われるよ。あたしは別にい〜けど」
「やります。やりますやりますから・・・」
「すまないって思うんだったらね。今から1人ずつ回って。<すみません私が悪かったですこれから1からやらせてください>って謝ってちょうだい」
「は、はい!」
カンファが終わるとすぐさま、新人はあちこち走りまわった。
「すみません私が悪かったですこれから1からやらせてください!」
「(別ナース)ええっ?いいってそこまで!」
「すみません私が悪かったですこれから1からやらせてください!」
「(別ナース)がんばろがんばろ!」
「ずみまぜん私が悪がだでずこれからいひからやらへてください!ひっ!」
「(側近)ちゃんとやれちゃんと!」
「ずびばべんごれひっ!やらへひっ!くだひひっ!」
そして、新人は僕のとこにやってきた。顔は原型をとどめてなかった。
「ぜんぜずびまへ!ずびまへ!」
「あわわ・・・ああ。うんうん」
彼女の向こう、腕組みしている上司ナース。両側に側近。
「先生。あとでカテ室の奥(シネフィルム倉庫)ででも、慰めてあげたら?」
「なんだよそれ?」
「循環器の先生って、けっこうそこでイチャイチャするって聞くよ(事実)」
「あのなあ・・・」
病棟業務を終わり、病院の外へ。
「ふ〜・・・厳しくせないかんのは、分かってますって分かってますって」
すると、いきなり玄関前に止まる車。
「先生。飲みいこうや。飲み」
CCUの中堅クラスだ。さっきの輪の安全圏にいた。
「そうだな〜このまま帰るのもなんやし」
後部ドアから、入る。
「じゃ、たのんだ!」
すると正面助手席の女が、ゆっくり振り向いた。
さっきの上司ナースだ!
「先生。飲み屋で、さっきの続きやるから」
「ンノオオオオオオオオオオオッ!」
ピコーン、ピコーンとカラータイマーが鳴った。
「コバッチュ!い、いやシュワッ!」
ドカン、天井に頭を打ってそのまま気絶した。
ブウ〜、と車は闇へと消えていく。徹夜で説教・・・・僕はそのまま、フラフラで外来業務へと入った。
彼女らは・・・休みだった。
ドンドンドンドコ!
「血管拡張後。心不全のフォレスター?型です」
「IABPで血圧を押し上げてるけど」
「ユウキ先生の足元の伝票が、そんなにおかしい?」
「IABPで血圧を押し上げてるけど」
「対ショック!対閃光、防御!」
「IABPで血圧を押し上げてるけど」
「うれしいね」(エレベーター、閉)
「あいえー・・聞いてるのかカーター!」
(音楽、最高潮)
< 後編 ナースの逆襲
YUUKI , SHUT THE FUCK UP ! >
モニター音にぎやかなCCUでの、申し送り中。
僕を追い詰める、上司ナース。
「先生はね。新人をそうやって助けようとするけどね」
「あ、わり〜わり〜」
「聞いて。それであたしらがどんだけ迷惑してるか分かってるんですか」
「・・・・・」今度は僕が貝になった。
「これまでもそうよね。新人が分らないことがあったら先生ら、鼻の下伸ばしてホイホイ教えてたけど」
「・・・・ああ」
「そう簡単に教えたらね。彼らってね。先生。今どきの子らってね。自分で苦しんで調べようとしないんですよ」
「調べる・・そ、そうだな」
「それとね。ユウキ先生にはもう1つ、言いたいことがあります」
「なっ・・・?」
(沈黙)
「先生。この間この子がね。心不全になった腎不全を受け持ったの覚えてます?」
「ああ、この前な」
「ようやく水分制限して透析して治りかけたあと、また再発しかけましたよね」
「・・・だったかな。はいはい」
「原因はね。知ってると思うけどあの子だったんだけど。水分制限の量を間違えて」
「多めに飲ませた。あったな」
「そうよ。でね。あたし、先生のいる前でこの子のこと叱りましたよね」
「ああ。そうだった」
「そのあと先生、新人に何て言いました?なんて?」
「え〜と・・・たしか・・・」
(沈黙)
「<次からは、気をつけるように>」
「ウソ」
「いや・・・それは言ったよ?」(←以下、ちょっとコバッチュっぽく)
「その前」(←以下、アビーっぽく)
「その前?覚えてない」
「そのま〜え」
「覚えてないんだから。しょうがないだろう」
「あたし。知ってる。ユウキ先生はね、その前に・・・こう言ったの。<もういいよ>って」
「・・・。いやそれは!そういう意味じゃなくて!」
「でも言った」
「言葉のアヤだ!僕はどうでもいいって意味で言ったんじゃない!」
「あーらじゃあ何?」
「君は言い過ぎてた!だからつい言葉が出た!」
「やっぱそうじゃない」
「情けが出ることもある!」
「じゃあ患者は?」
「う!」
「患者は肺水腫という水のなかで窒息した。外は空気なのに中は水」
「彼女だって反省してる!」
「なんで分かるの?」
「君の部下だから!」
「ゴマすっても遅いわ。申し送り続ける。部外者は出て」
コバッチュ、外へ押しやられる。
「るっ!かっ!・・・・ああ」
(CM)
再び、円陣。
「強心剤と、それと?先生は黙っててくださいよ」
「うぃ・・・」僕は黙った。
新人は泣きそうな顔で見上げた。
「IABPです」
「ふ〜ん。何の略?」
「I・・・Iは・・・」
「(側近)プっ!アホやこいつ・・・」
(沈黙)
「もういいわ。時間ないから。強心剤で血圧下がるの気をつけろって、主治医の先生がのたまってたよね。スズキさん」
「はい」
「なんで?」
「え・・・」
「強心剤で血圧下がるかもって言ったら、今あんた<はい>って言ったよねー」
「は・・・」
「なんで?周りの人たちに教えてあげてよ」
「・・・・」
「なに?またユウキ先生からの愛のメッセージ待ってんの?」
「(側近のみ)ブハハハハ!」
「ほおら先生!ケケケ!ユウキ先生!笑われてるよ!キキ!」
(沈黙)
新人はまた真っ赤になっていた。
「血圧が・・・血圧が下がるのは・・・」
「血圧下がったら、悪くなるやないの。強心剤ってそんなことするお薬なの?」
「いえ。心臓の収縮力を・・・」
「ふうん。強心剤って、心臓の収縮力を強くする・・それだけなの?へえ〜」
「(側近)へ〜え!」
「あたし、教えたんだけど」
(沈黙)
上司ナースは側近を一瞥。
「(側近)バカやなあ。末梢の血管を拡げるんやろがあ!ほやから血圧下がるんや!ブヘッ!ブヘッ!」
上司ナースは新人から目をそらさず。
「あ〜あ。もう30分も経ってしまって。これ全部、だあれかさんのお陰なのよ」
「・・・・・」
「自分の能力について、どう思うの?」
「能力・・ないです」
「能力なかったら、ここ辞めないかんやん」
「いえ!いえ!その・・・」
「やるつもり。なんですか?」
「そ、そうです。やります!やります!」
「アンタ。もう半年もしたら新人がまた入ってくるのよ。今みたいに何もできなかったら、笑われるよ。あたしは別にい〜けど」
「やります。やりますやりますから・・・」
「すまないって思うんだったらね。今から1人ずつ回って。<すみません私が悪かったですこれから1からやらせてください>って謝ってちょうだい」
「は、はい!」
カンファが終わるとすぐさま、新人はあちこち走りまわった。
「すみません私が悪かったですこれから1からやらせてください!」
「(別ナース)ええっ?いいってそこまで!」
「すみません私が悪かったですこれから1からやらせてください!」
「(別ナース)がんばろがんばろ!」
「ずみまぜん私が悪がだでずこれからいひからやらへてください!ひっ!」
「(側近)ちゃんとやれちゃんと!」
「ずびばべんごれひっ!やらへひっ!くだひひっ!」
そして、新人は僕のとこにやってきた。顔は原型をとどめてなかった。
「ぜんぜずびまへ!ずびまへ!」
「あわわ・・・ああ。うんうん」
彼女の向こう、腕組みしている上司ナース。両側に側近。
「先生。あとでカテ室の奥(シネフィルム倉庫)ででも、慰めてあげたら?」
「なんだよそれ?」
「循環器の先生って、けっこうそこでイチャイチャするって聞くよ(事実)」
「あのなあ・・・」
病棟業務を終わり、病院の外へ。
「ふ〜・・・厳しくせないかんのは、分かってますって分かってますって」
すると、いきなり玄関前に止まる車。
「先生。飲みいこうや。飲み」
CCUの中堅クラスだ。さっきの輪の安全圏にいた。
「そうだな〜このまま帰るのもなんやし」
後部ドアから、入る。
「じゃ、たのんだ!」
すると正面助手席の女が、ゆっくり振り向いた。
さっきの上司ナースだ!
「先生。飲み屋で、さっきの続きやるから」
「ンノオオオオオオオオオオオッ!」
ピコーン、ピコーンとカラータイマーが鳴った。
「コバッチュ!い、いやシュワッ!」
ドカン、天井に頭を打ってそのまま気絶した。
ブウ〜、と車は闇へと消えていく。徹夜で説教・・・・僕はそのまま、フラフラで外来業務へと入った。
彼女らは・・・休みだった。
? スタッフを甘やかした開業医の一例 (前編)
2007年8月9日「ムウウ・・くそ〜っ。今日は患者が来んな・・・」
開業医をオープンして数か月。客はいっこうに増えず。しかし従業員への風当たりは厳しかった。
事務員2人が、パソコンと睨めっこ(たぶん寝ている)。
ナース1人もリハビリで電気治療中。
暇ではあるが、院長の緊迫した視線がかなりストレスだった。
残業代や時給アップの要請があったが、院長はほったらかし。
1人、患者が到着。
「ほ、ほら来た!コラッ!ボケボケす、すんな!」
診察室へ戻る院長。しばらく待つと、若い方の事務員がカルテを持参。
「風邪だそうです。院長先生」
「わわ、わしが診てもないのに、しし!診断なんかすっな!」
若い男性が入室。
「咳と痰が出て。風邪だと思うけど」
「いやいや、分からんぞ」
喉、胸を診察。
「う〜ん・・・」
「風邪でしょう?」
「いや、扁桃炎だな・・・それも急性の」
「同じじゃないんですか?」
「ち、ちがうわいっ。げ、厳密には!」
「じゃ、薬を・・」
院長は、最近の収益が少ないのを思い出した。
「て、点滴していかんか?」
「時間ない。あんなの、してもおんなじだろ?」
「お、おんなじではないよう!」
「何、入ってるの?どうせブドウ糖くらいだろ?」
「うぬぬ・・・!で、では去痰剤の吸入。ついでに咽頭の培養をば」
「痰は出せるよ。ペッ!」ティッシュ丸める。
「そ、その痰を培養にをば・・・!」
「あ、捨てたよ。今」ゴミ箱へ。
「おぬし、検診は?」
「受けてない。めんどくさいしね」
「若造でも何かあるやもしれんぞ。レントゲンを・・」
「あ、いいよ。そういうのは<ちゃんとした病院>で受けるから」
「うぬう・・・!」
患者に交わされ、カルテははやくも事務室で処理された。
暇なので、若いナースのとこへ。
「あの、先生」
「む?」
「当院は、忘年会などのイベントは・・」
「ふん。そんなことか。ウン千万の借金して、全然返せてないんだ。余裕がない。それに人件費やら電気代やらでフン!そんな余裕などないわい!」
ところが、たまたま来た患者に院長はあることを教わった。
新衛門さん風の患者。
「先生。儲かろうと思うのなら、まず周囲を取り込むことですぞ」
「ハーレムを?」
「そうではない。ゴージャスに一度ふるまってはどうか。器の大きさを見せつければ、あたかも大きな船に乗った気分になるものですぞ。そうすれば彼ら自身が頑張って、患者をどんどん引っ張ってくれるかもしれぬ!」
「そ、そうか・・・では一度やってみるか。そもさん!」
「せっぱ!」
神戸の料亭の写真を刷った招待状を回す。
「み、みな・・その。全員、来てもらえんかの?」
目が点になった3人の前で頭を下げる。中年女性事務員が見入る。
「こんな高いところ・・・いいんですか?」
「オッホン!わしに任せておけ!これタクシー代!」
諭吉を1枚ずつ渡す。
「先生。でもどうして・・」若いナースが訊ねた。
「ん?いやいや、君らと本音で話がしたくなってな!」
「本音で・・・ですか。あたしたちは何も隠してなど」
「かまわんかまわん!何でも言いなさい!広い心で受け止めてみせるわ!」
タクシーを呼ぶ前、玄関前でナースに呼ばれた。雨が降ってて傘をさす。
「なんじゃね?」
「先生。楽しいひとときの前になんですが。あの事務員たち、実は患者さんに入れ知恵してるんです」
「なぬを?」
「門前払いです。手のかかりそうな人が来ると、そこで断ってるんです」
「ぬうう・・・・」
まだ傘持ってタクシー待ち。今度は事務員2人。中年のほうが眉間にシワ寄せる。
「先生。ナースのあの子」
「うむ?」
「いつもおとなしい顔してるんですけど、患者さんにいつも先生の悪口言ってます」
「なにぃ?たとえば?」
「診断がおかしい、治療が間違ってる、足がくさい」
「くおおおらあああああ!」
「(2人)きゃああああ!」
放り投げられた傘は、見事な放物線を描いていった・・・・。
<しかし院長。今が耐える時ですぞ!>
侍の言葉が、理性をなんとか保たせた。
開業医をオープンして数か月。客はいっこうに増えず。しかし従業員への風当たりは厳しかった。
事務員2人が、パソコンと睨めっこ(たぶん寝ている)。
ナース1人もリハビリで電気治療中。
暇ではあるが、院長の緊迫した視線がかなりストレスだった。
残業代や時給アップの要請があったが、院長はほったらかし。
1人、患者が到着。
「ほ、ほら来た!コラッ!ボケボケす、すんな!」
診察室へ戻る院長。しばらく待つと、若い方の事務員がカルテを持参。
「風邪だそうです。院長先生」
「わわ、わしが診てもないのに、しし!診断なんかすっな!」
若い男性が入室。
「咳と痰が出て。風邪だと思うけど」
「いやいや、分からんぞ」
喉、胸を診察。
「う〜ん・・・」
「風邪でしょう?」
「いや、扁桃炎だな・・・それも急性の」
「同じじゃないんですか?」
「ち、ちがうわいっ。げ、厳密には!」
「じゃ、薬を・・」
院長は、最近の収益が少ないのを思い出した。
「て、点滴していかんか?」
「時間ない。あんなの、してもおんなじだろ?」
「お、おんなじではないよう!」
「何、入ってるの?どうせブドウ糖くらいだろ?」
「うぬぬ・・・!で、では去痰剤の吸入。ついでに咽頭の培養をば」
「痰は出せるよ。ペッ!」ティッシュ丸める。
「そ、その痰を培養にをば・・・!」
「あ、捨てたよ。今」ゴミ箱へ。
「おぬし、検診は?」
「受けてない。めんどくさいしね」
「若造でも何かあるやもしれんぞ。レントゲンを・・」
「あ、いいよ。そういうのは<ちゃんとした病院>で受けるから」
「うぬう・・・!」
患者に交わされ、カルテははやくも事務室で処理された。
暇なので、若いナースのとこへ。
「あの、先生」
「む?」
「当院は、忘年会などのイベントは・・」
「ふん。そんなことか。ウン千万の借金して、全然返せてないんだ。余裕がない。それに人件費やら電気代やらでフン!そんな余裕などないわい!」
ところが、たまたま来た患者に院長はあることを教わった。
新衛門さん風の患者。
「先生。儲かろうと思うのなら、まず周囲を取り込むことですぞ」
「ハーレムを?」
「そうではない。ゴージャスに一度ふるまってはどうか。器の大きさを見せつければ、あたかも大きな船に乗った気分になるものですぞ。そうすれば彼ら自身が頑張って、患者をどんどん引っ張ってくれるかもしれぬ!」
「そ、そうか・・・では一度やってみるか。そもさん!」
「せっぱ!」
神戸の料亭の写真を刷った招待状を回す。
「み、みな・・その。全員、来てもらえんかの?」
目が点になった3人の前で頭を下げる。中年女性事務員が見入る。
「こんな高いところ・・・いいんですか?」
「オッホン!わしに任せておけ!これタクシー代!」
諭吉を1枚ずつ渡す。
「先生。でもどうして・・」若いナースが訊ねた。
「ん?いやいや、君らと本音で話がしたくなってな!」
「本音で・・・ですか。あたしたちは何も隠してなど」
「かまわんかまわん!何でも言いなさい!広い心で受け止めてみせるわ!」
タクシーを呼ぶ前、玄関前でナースに呼ばれた。雨が降ってて傘をさす。
「なんじゃね?」
「先生。楽しいひとときの前になんですが。あの事務員たち、実は患者さんに入れ知恵してるんです」
「なぬを?」
「門前払いです。手のかかりそうな人が来ると、そこで断ってるんです」
「ぬうう・・・・」
まだ傘持ってタクシー待ち。今度は事務員2人。中年のほうが眉間にシワ寄せる。
「先生。ナースのあの子」
「うむ?」
「いつもおとなしい顔してるんですけど、患者さんにいつも先生の悪口言ってます」
「なにぃ?たとえば?」
「診断がおかしい、治療が間違ってる、足がくさい」
「くおおおらあああああ!」
「(2人)きゃああああ!」
放り投げられた傘は、見事な放物線を描いていった・・・・。
<しかし院長。今が耐える時ですぞ!>
侍の言葉が、理性をなんとか保たせた。