ES-MEN 1

2007年8月29日
ズドン!と患者の体が微動した。

耳を澄まし、集中した。

「脈は・・・いけたか!」周囲のスタッフが目を左右に泳がせる。

 沈黙が消えた。
「ブヒブヒ!」「ギャアギャア!」「はよはよ!」「へいへい!」

 サイナスに復帰したモニターをかすめ、自転車がザザーッ、と数台左へ通り抜けた。騒がしい周囲。医者、オークナースらが飛び交うように入り乱れまくっていた。
 あちこちでドクターコールするナース。
「先生!」「先生!」「先生!」
 どの先生が呼ばれているのか、分からない。

2001年 8月初旬
     真田病院 院長代理

 奈良の第二病院へ出撃前(<サンダル医長> 最終話と重複)

「そこどけそこどけ!」「ブヒブヒ!」「変われ変われ!」「はよしてはよして!」
 近くを通った自転車がDCのコードにからみ、器械は上空を舞って着地、地面でバラバラッと四散した。

「老人に一生懸命費やしてお前ら何になる!」いかつい顔をした芳忠声の自転車が、次々にスタッフらを自転車ごと吹き飛ばした。

「そおれくらいの程度か情けない軟弱の集まりが!」
「てめえこの!弁償しろ!」僕はハンドルを左右に動揺していた。

 2台が横に並ぶ。

「だあったら助けてみろおっとそこスキアリ!」向こうでDCを抱えたもう1台が突き飛ばされ、事務員が転倒した。

 さきほどの患者の脈はまた、速くなってきている。また戻る。

「いかん。また脈が走って心室細動になる。あのDC!取ってくる!」
 
 チュイーン、というスイッチ音を聴きながら、自転車でベッドへ向かった。自転車の出前じいさん3人が、漕いでいる。

「てっ?いてえなあ!」
 何か左肩に当たった。暴力医者が壊れた部品をポイポイ投げてくる。
「貴様らのような軟弱医者が、我が国を弱体化させるのだひいては我々の計画の邪魔にほかならん!」
「いつ息してんだお前?計画ってなんだ!」

 瞬時、ポケットから取り出した傘。ボタンを押すとバッと開いた。飛んでくる空き缶などを蹴飛ばす。
「よっしゃあ!」
 暴力医者の投げる破片は、また1つ1つとはじき返された。

 その向こう、ドクターズカーが急ブレーキでストップした。これで奈良に行く予定だ。
「おい!お、俺を置いていくな!これがうまくいけば!」

 しかしそのドアの前、水色白衣のイケメンドクターが5人ほど、ガードした。
「あいつら!行かせんつもりか!」

 手放し運転で、両パッドを握り締め・・・ピー!と充電完了。
 ベッドの脇に来た。脈が危険なVTになった。マッサージ、アンビューの他の手が離れる。

「みな、どけ!チャージ完了!した!」
パッドを押し付け、ズドンと一発。瞬時、正常のサイナス脈に戻る。
「はぅ〜!」
のめりこみ、大きな深吸気。

「今度は安定!」DCを置き、グワッと自転車を反転。
「あと!自分が診ます!先生は行って!」部下ドクターが舵を取った。

 ドクターズカーへ向かった。出前軍団とすれ違う。

キ・・!   という金属音が背後から。
「それ今だ!」両手放し、両人差し指で両耳をふさいだ。

<キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!>
「(一同敵味方問わず)うわああああああああああ!」

 誰もが、両手で両耳を塞ぎその場に倒れこんだ。暴力医者も吹き飛んだ。
「それそれ!やあ!」
 自転車から早走りで飛び降り、後部座席に飛び込んだ。

 自転車は何人かを巻き込んだ。
「看護士!出してくれ!車!」
「へいへい!(小声)小僧が・・・なめるなよ」

看護士は、ペダルを思いっきり踏んだ。

暴力医者は起きあがって、その看護士に携帯で指示した。
「あとはやれわかったな」
『へいへい!』

ES-MEN 2

2007年8月29日
 閉まったと思われたドアが、今度は急に開けられた。血の滲んだ指とともに。
「はあ!はあ!」
「どあるう!もう戦う気力ない!」
「うらあ〜!」暴力医者じゃない。これは・・髪の乱れた美少年。
「宮川先輩じゃないですか!」
「大学の!大学の先輩に刃向かうようなマネを!」

 看護士が気づき、徐行に切り替えた。車はもう国道に出ている。街路樹スレスレに走る。
「お、落ちるぞ。ますよ。先輩・・・!看護士!車、止めるか?」
 宮川先生は額の血をぬぐった。
「仲間になれよ!俺たちの仲間に・・・ぐあ!だんだんだんだん!」

 宮川先生の背中に街路樹が連続して当たり、そのまま彼は樹の間へとはじき飛ばされた。
 ドアは、何事もなかったように電動でスラ〜、ガチャンと閉まった。

「はあ、はあ・・・どあるう!あ、あそこで一緒に育つかな?」

ドクターカーは、高速道路を東へと進んでいた。
「生駒の山を、このまま突き抜けるのか?看護士」僕は聞いた。
「いや、途中で降りて山を登ります」
「登って降りるのか・・ま、任せる。病院行く前の役場の調印のときは、起こして!」

半分眠る状態で、イスを倒した。

「センセ。ちょっとセンセ」横の看護部長。
「あのなあ。あんだけ職員らが泥まみれでやってんのに、あんたは手伝いもせずに・・救急の時はいつもそうだがな!」
「いんやいんや。起こしてくれたらばよかったのに!」
「それが余計、腹立つんだよな!」

 車は高速道路から外れ、一般道へ下降していった。

 ポケットをまさぐると、車の揺れでついディスクが床に転がった。
「おっとと・・あっ」

拾おうとすると、看護士の左手が盲目的につかんだ。
「それ・・こっちにおい?大事な機密情報があるんだよ。各病院の計画書などが入ってる」
「・・・・・・」看護士はこちらに目もくれず、盤を見つめている。
「運転中だぞ。危ないよ」
車はやがて、ゆるやかな坂道を登りだした。

PHSが鳴る。
「もしもし?」
『先生!先生・・・!』事務長の声だ。
「おう事務長。ベッドの調整頼むぞ」
『先生!先生!どうか、平然とこの電話を聞いてください!』
「平然と?ああ、もう何が起こっても怖くは・・」
『シッ!必要事項だけ!聞いて!』
「ああ」窓に接して座る。
『今、運転してる看護士の正体は・・・』
「何?」

とたん、片道2車線の対向車線に、車は強引に引っ張られた。

「うわっ!」看護部長は窓に思いっきり、額をぶつけた。
「看護士!何だったんだ今の!ウサギでも出てき・・・!」
隙なく、今度は右に引っ張られた。

「くそっ!絶えず揺れてる!地震でも起こってんのか!」
何度も体を叩きつけられた看護部長は、鼻血を出したまま床にゴロン、と死体のように倒れた。

「看護部長!うわわわ!マジか!死んだ?」
坂道を大振りなジグザグで、ドクターカーは登っていく。
「殺される!こいつは異常だ!」

 看護士はミラーごしにこっちを見たまま、目を離さない。事務長のPHSが離れていく。今度は頭を反対側の窓にぶつけ、すぐに反対側にぶつかった。

 車は体勢を立て直し、生駒の頂上に近いところにやってきた。これから下りのようだ。減速している。
「止めろ!止めろ!」
 口から血を流しつつ、運転席の左に飛び込んだ。

 一瞬何か分からなかったが、<お>という表情のまま左ドアの内側にぶち当たった。
 右の頬がジンジンする。看護士は左手をグーパーリハビリしていた。
「な、殴ったね・・・!」オヤジにぶたれたことは何度もあった。

 怖くて飛びかかれなかったが、逆に看護士は僕の頭の髪を引っ張ってきた。
「いてえええ!いてええええええ!」
「かげ〜!これでもかげ〜!」看護士は、そのまま自分の股間に僕の顔を押し付けた。
「ふぶぶぶぶ!ふぶぶぶぶ!」

「あーもしもし?」
どういう体勢か分からないが、携帯での会話を始めたようだ。
「えーえー!ワリと簡単でしたわ!」ふつうの喋り方だ。これがこの男の本来の姿か・・・

「うぐぐ!うぐぐ!」身動きが取れない。
「今からはい。そっち行きますわ!ディスクもありましてな!偶然偶然!値ははりまっせ!で、オバハンはどうひまひょ?そうですか?途中で捨てますはい!(切)」
「うぐぐ・・・」

看護士は下に向かってすごんだ。

「おとなしくしとけよコラ。そせんと命ないで」凄みのきいた言葉に、僕は固まった。
「・・・・・・」
「この後も、十分かわいがったるからな。家、帰れへんぞ、お!待て待て。おしおきや」
左肩に一瞬チクリと感じた。

「たた!」注射なのか。だとしたら何を・・・
 左手で、痛む大腿に手をやると・・・白衣に当たり。そこに何かがあった。武器など携帯はしてないはずだが・・・。

 車は徐々に減速していった。タイヤの軋む音。大きなカーブでも曲がっているのか。

 僕は最後の力をふりしぼって、左手を振り上げた。それは半円を描き・・・

「うまくいきゃ、昇進やでオレ・・・ヒッ!」
「ががあ!」

 思いっきり、目標の膝下を・・・その打腱器で打ち付けた。

「ヒイ!ヒイ!ヒイ!」
「が!が!が!」何度も何度も、同じ場所に叩き込んだ。

しかし急に睡魔が襲ってきた。打腱器は手から離れて落ちていく。

「まさか・・・僕は明日も生きてるはずなのに」
「ヒイイッ!」今、震えた看護士の悲鳴。

押しつぶされそうな衝撃が始まるとともに、闇が全てを包んだ。

(暗闇)

ES-MEN 3

2007年8月29日
 目を開けると、僕は道路に放り出されていた。

 焼けつくアスファルトを、至近距離から嗅いでいた。微動するとガラスのパリパリする音があちこちに聞こえた。痛くなろうと、動かさずにはいられない。右を向いた首だけ反対に向けると・・・

 目を閉じて眠ったような半袖白衣の男。この男はそうだ。先日までは仲間だった奴。どこか怪しいとは思っていたが、裏切り者というか部外者だった。

 永遠に閉じたと思われたその眼は、突然くわっと開いた。
「ザビタン!へいへい!」

「うげあっ!」

 思わず眼の前を振り払うと、全く違う光景が飛び込んだ。両手は振り払うどころか、両側の柵に縛り付けられている。だが十分余裕があり、両手は伸ばせる。

ここは・・・ベッドだ。ということは少なくとも生きている。

「わああああ!」
「おさえる!おさえる!」白衣のインテリそうな女医が、サドっぽく乗りあがった。
「わあ!わあ!」
「いかんよ!いかんよ!」

 中年だが機敏そうな女医は、ベッドから下に降りた。視線は監視したままだ。
 目の前、足元にはスーツ姿の男性が2人いる。風格で、古参と新米であることぐらいは分かる。

「あー。ちょうどよかったわ」人よさそうな上司が、鉛筆を自分の頭にコンコンあてていた。
「これは話しても・・いいんですよね?」丁寧すぎる部下が、女医をうかがった。
「・・・」女医はサッと片手をサーブのように出し、あとはどうぞと催促した。

 女医とナースが引き揚げる。
 奥でヒソヒソ話。男の低い声が聞こえる。院長クラスの人間か・・・。
 古参兵は腰をかけた。

「じゃ・・・わしから聞くけどな。先生。聞こえる?えーと・・・ユウキ先生よね?やね?これ僕らの名刺ね。確認しましたか?」
「は。はい」不思議と通常に言葉が出た。部下は口を開きかけていた。

上司は時計を気にしていた。
「大変やったね。ま、手短に話しますわ」
「・・・・・と」
「ん?何か?」
「い、今はいつでしょうか?」
「え?いつとは?」
「何年ですか?」
「なんねん?わしが・・刑事になって?」
「刑事・・いえいえ。今は西暦でいうと」

ちょっと間があった。

「えっとそうやな・・・まだ2001年だよ。交通事故から5日しかたってない。なんか、看護士が<どりかむ>っていう薬局から盗んだ注射をうったんやって。あんた、ずっとそれで眠っとった」
「ドルミカム。それでか・・・」

「アンタ入院してからけっこう暴れたりして、職員の人らは大変やったらしいで。アイシーユー症候群とかいうんやって?」
「うっ・・」思わず股間をまさぐった。よかった。バルーンは入れられていない。しかしまさぐった右腕に電気が走った。
「でな、先生。わしらがこうして訪ねたのも、もう5回じゃから。ここで結論といきましょか」
「結論?」

「一緒に居合わせとった看護婦・・いや看護士さんな。男の。また凄いワルを雇ってたみたいやねあんたの病院は・・・」

 部下の若造はメモを取り出し、一字一句のように写し始めた。
「で、ジグザグ走行した車は、そのまま前方カーブのコンビニに突入した」
「コンビニに突入したとは・・・被害は」

「いや。すでに閉店しとるとこですわ。でも人がおったら大惨事やったやろうな。ま、アンタは全然悪くなかったわけやで」
「か、彼は・・・」
「あ。もうシャバには出てきません。大丈夫です。で、あと同乗の看護師さんはよその病院」
「はい!はい!」
「気の毒やけど、状態はかなり悪いらしい。それしかワシらの耳には入ってない」
「・・・・・」
「じゃ、そういう経過やったということで。ええですね?」

 部下はメモをいつの間にか書類に清書し、僕の横の台の上に置いた。すかさず痛んでないほうの腕をとり、人差し指を朱肉のほうへ進めた。

「この書類。いいですね?調書を読んでください。<私は助手席より・・・・車はそのまま前方へ。そして意識を失った>」

 指が朱肉を押す前、やはりためらった。
「あの!あの・・・自分、とっさにやったことだとは思うんですが」
「何が?何かまだあるか?」窓の外を見ている上司が呟いた。
「う・・・」
「まあそらな。アンタもまあ混乱したとは思うよ。正当防衛するやろ普通は」
「うう・・・」

指は持たれたままだ。

「憎っくき奴はあの犯人や。ああいう奴はそれに、どんな手段使ってでもとっちめるべきや」
「・・・・・」
「正義のためやったら、何でもええんや。本来はな。あんたらだって、患者治すためだったら何でもするやろ?それとおんなじや。何よりあんたらには社会的地位もある」

 それが一体、何なのだ・・でも正当防衛で正しかったようだ(顔でなかったのがよかったらしい)。
 圧倒され何も言えず、力の抜けた指の下、書類がサッと引かれた。
「どうも・・・」

 部下が軽くおじぎしたと思うと、彼らは風のように消えていった。

ES-MEN 4

2007年8月29日
 小さな有床病院の外で、刑事の上司は病院を振り返った。夕陽がまだ完全に隠れてない。

「これ以上営業妨害したら、日本の医療が成り立たん。これくらいにしとこか。わしら警察も、退職したらパチンコ業界のお世話になる身やしの・・・波風立たずが一番や」

 ザッ、ザッ、と歩くと・・・2台のワゴン車が横付けで待っていた。錆びたドクターカーと普通車ワゴン。前に4人ほど立っている。

刑事上司と、品川事務長が向かい合った。

「ども。事情聴取は終わりましたとさ!」
「では、入ってもいいでしょうか」
「まだ治ってないみたいやで、あの先生。事務長さん。そんなに焦って営業せないかん事情があるのですか?」
「・・・・・」
「あんたの病院の前身も、いろいろあったよな。も、ヤバいことはしてませんか?」
「するわけないでしょう。私の代になってからは!失礼な!」
「・・ホンマ?」
「・・・・・」
「ライバル病院の真珠会とは、大阪でイヌザルの関係。そしてまた奈良で勢力争い・・・やれやれヤクザと変わらんな。で、結局迷惑するのは患者さん。正義か何のためか知らんけど。新聞で読んだで」

 上司はそのまま歩き続け、部下が従った。部下は事務長を一瞥し、一言だけかけた。

「過疎地の医療って、そこまで深刻なんですか?・・・えっ?」

事務長は不機嫌が治らなかった。
「キタノか、お前は・・・!」

 ゆっくり走っていく覆面パトを見送って、事務長は1歩踏み出した。

 3人があとに続く。その中で白衣を着ているのは・・・慎吾医師だった。基礎系医学→ドクターバンク→脱退しわが病院へやってきた。しかしまだ修業は浅い。教える立場にはまだ程遠い。

「医長は。いや、近い未来の院長代理は大丈夫だよな。な、大丈夫だよな」
 言い聞かせ、最後尾で歩いた。誰も答えない。

ES-MEN 5

2007年8月29日
 僕は2階から1階に車椅子で連れて行かれ、ベルトコンベア(トレッドミル)の斜め台に立たされていた。
 両手がしっかりと前方の横棒にくくりつけられる。

 さっきの女医じゃなく、声の低い男のようだ。顔はうつむいて見えない。

「退院許可、くれるんじゃなかったのか?」
「さあ自分はドクターの指示に従ってるだけでありまして」

 ミリタリーの趣味悪い男性がうつむいたまま、台のノートパソコンをピッポッ操作中。顔を見せない。

「俺は同意した覚えないぞ!」
「主治医は何度も診察した君が寝ている間にそして幸運にも五体満足でこの病院を出れそうだあれだけのダメージを受けといて」

「息してんの?その声どっかで・・・」
「しかし私は君がそのまま現場に向かわれると困るせっかくの我々の計画が台無しだ」
「ひょっとしてアンタ・・・わあ!」

ベルトが動き出した。マラソンのレベルで開始。

「さあああ京都から出たければこれを全てクリアしてみろただここは奈良との県境だがな!」
「京都?ここは、はっ京都なのかはっ?」

「病院の情報は頂いたあとは我々が好きなようにやるだけだ心破裂でくたばるのだ!」
「こ!これがクリアできたら!退院!できるんだな!」
「とにかく調印式は明日だ行かれては困るのだ!」

 明日が、真田第二病院の開院予定日にあたっていた。

 ボタンで急に斜面がきつくなってきた。
「うわあ!たったった!」
 足が自然と駆け足でついていく。どこか遅れた感じで。

 コワモテな細い男はメガネを光らせた。
「我々が送り込んだ工作員はもう再起不能だお前が格闘で倒したしかし!」
「はっはっ!しゃべらんといてくれ!」
「タヌキの近くで貴様ら見たがどいつもこいつも軟弱王子だ相手にならん!」

「はっはっ!もうだめだ!助けてくれ!ギブギブ!メルギブ!・・・タヌキ?お前やっぱり、あのときいた暴力医者か?」
「お互い様だよ君も同じように呼ばれているキタノからもそう聞いた!」

 北野の知り合いか?

「キタノも知ってんのか!うわわ!マタサキになる!」
「どわははは!不整脈が出てきたそおれもっといけVTへひとっとびだ!いけぇいけぇ進めぇ!」
「ぎゃあああああ!」

 ガガガガ!と回転するベルトが、口を開けたように待っている。
「ひいいいい!」

 バアン!とドアが開き、事務長と田中君、他の事務員が飛び込んだ。
 暴力医者は歯を喰いしばって振り向いた。
 事務長がこちらへ駆けてくる。

「先生!ユウキ先生!何MSごっこで遊んでるんですか!」
「そんな趣味はない!」体を斜めに後ろへ引っ張られながら、声で予感した。

「先生!降りてください!」
「これが降りれるか!」

田中君は暴力医者を取り押さえた。

「こらっ!大事な商品を!で、どうやって止めるんだこれ?」
「きいさまの顔も知ってるぞパソコン画面で拝見した田中事務員ただのヒラ!」
「ほっとけ!貴様は技師か!」
「いや医師だ」
「あ、すみません」
いつもの反応で謝り、田中くんはつい手を離した。

 その隙に男の右手は彼の左胸のポッケをつかみ・・・左手で右腕をとらえ・・・

「でえい!」背負い投げした。
「わっちょ!」

 田中くんはクルクル3回転し、ドカーン!と床に叩きつけられた。
 男は素早く廊下へダッシュした。

「あああ!バカ!なんで逃がす!」
事務長が怒鳴った。

 事務員らは必死に操作するが、どのボタンも反応なし。
 事務長は、走る僕の背後に立った。

「もういい!さ、ユウキ先生!」
「おいおいおい!何する!」僕はさらに走った。
「先生!後ろにいますから飛び込んで!」
「前の両手を離すのか?ほどいてくれよ!」
 両手は前方のバーをしっかり握っている。両腕がビヨーンと真っ直ぐのびている。

田中くんが外しにかかった。

「てて目から星が出た・・・だ。だってよ!先生らって何かあったら俺ら事務員のせいだろ!言わせてもらうけど!」
「はあ!はあ!はよしてくれ!」
「俺らだって言いたいことあんだよ!でもとりあえず謝ったら解決するって事務長が!」
「ほどけた!」

しかし両手は怖くてバーを握ったままだ。

「おいこれ持て!」伸ばしたタオルを慎吾が差しだした。
「慎吾!お前医者の仕事は!」
「このロープ持て!俺が引っ張る!少しずつ引っ張る!」
ロープが手の上に乗せられた。

「よし!つかんだ!」
片手、ついで両手でつかんだ。
「じゃあ引っ張れ!慎吾!ひっぱ!れ!」

 隅で、事務員がうずくまった。

「コード、ぬきます」
「あっそっか」タオルは慎吾の手から離れ、電源切れて僕はそのまま前に突っ込み、バーに頭を打って反動で後ろへ吹っ飛んだ。
「げっ!」

 なんとも言えない衝撃が頭に走った。

 気がつくと、うつぶせ事務長の体の上で横たわっていた。
「たたた・・・すげえ反動だったな。おい慎吾!てめえちゃんとやれよ!」

「俺はちゃんとやってたのに!お前は礼もいわず・・・!」慎吾はいっちょ前にタオルをクルクルたたんでいた。

「<お前>はやめてくださいこの野郎!クソッ!」

 僕らは一斉に廊下へ飛び出した。暴力医者はもういない。

ES-MEN 6

2007年8月29日
 病院の門からドクターカーとワゴン車の2台が、ジャリの林道へと突き抜けていく。
 タイヤの周囲と車体の底、常にジャリの細かく当たる音。

 ワゴン車。田中くんが懸命にアクセルを踏んでいる。
「ユウキ先生!真田は大変なことになってますよ!」
「なに?どうなった?跡形なしか?」
「さあここで質問です!」
「ボケ!クイズの場合かよ!」
「ほらあまたすぐ怒る・・・試したんですよ。誰かさんが乗り移った乗り移った!」
「お前ら・・真田から逃げたのか?で。こんだけ?」
「めでたくクビになりました!あっ。失礼」事務長からの携帯が鳴る。

真横、錆びたドクターカーが走る。

「携帯・・・事務長からか?」
「停車しろって」
「なら止まれよ!」
「ザビタンへいへい!」
「も。やめろよ、それ・・・PTSDだよオレ。<パッとせん。だる>の意」
「つまらん」

 急ブレーキで、僕はそのままダッシュボードへ叩きつけられた。
「ぎあ!」

 外はもう薄暗い。

 小さな公園の目立たぬパーキングで停車。

 公園の隅。用意周到なのか、大きな青いテントが建てられた。
近くで鍋の蓋がカッ・・カツ・・・とめくれ上がる。風で火の勢いが強まる。

 僕らは周囲で座っていた。

 マグカップをすする体制で顔を隠し、田中君は打ち明けた。
「結局あのあと、職員の過労で病院が機能しなくなって・・・」
「ハカセの分流というか、手下が一時的に病院占領か。ドクターの仕事は誰が?」

「今まで通りですよ。トシキ先生らは馬車馬のように働かされてます。ました。今は体調を悪くされてて」
「宮川らが働いているのか。おい、戻ろうよ!オレ、頑張るから。あいつら追い出して」

「なりませんなりません」事務長が向かいで平然と答えた。

「なんでえ?」
「奈良の第二病院の引き継ぎ日を、こっちはなんとか電話で先延ばししたんです。あとは調印するだけ。そこを建て直してからでないと。そこのドクターはほとんどが過労で再起不能なんです!残った1人と先生たちで力を合わせて!」

「まだそんな事言ってんのか!そんな僻地、ハカセに譲ったらいいだろ!」
「先生。存続の交渉にやっとこぎ着けたんですよ?大胆な条件まで出して」
「どうせお前のことだから、裏金出して・・」

 あたりが静まった。たちこめるガスで急に暗くなってきたのだ。

 事務長は続ける。
「1つの過疎地域が、やばい系列の病院に支配されようとしてるんです。そこに打ち勝てば、真田を乗っ取った分流のスタッフも引き上げます」
「ウソ言うな。お前の言うことは絶対裏がある。ホントのことを言え!」

「(無視)彼らはそこを研究教育施設という名目で、そこを患者さんの<実験台>にするという噂です」
「実験?人体実験か?人造人間作るとか?大げさなこと言いやがって」
「海外での治験薬や新薬を、保険を無視してそこで実験的に始めるそうで」
「日本の薬剤認可は遅いからな。そりゃ売り上げは上がるだろ?売り上げ競ったって、うちが負けるに決まってる」
「私も、それ聞いたのつい最近なんです」
「やめよやめよ!俺はもう田舎はいやほど経験してるんだ!駄菓子屋のばあさんらには、もうコリゴリだ!網でも持って、一生餅まきやってろ!」
「なんですかもうさっきから!ネガティブな返事ばっかりで!」

(沈黙)

事務長は頭を抱えた。
「先生。使命感から医者になったんでしょうが・・」
「いつそんな事言った?ウソツキ童子が」
「いい加減、組織としての人間の自覚も持ってくださいよ!」

ES-MEN 7

2007年8月29日
 事務長のイエスマンの田中君も、頭を上げた。
「そうそう。ユウキ先生、医者としては皆、認めてると思いますけどね。ホントかどうか知りませんが。人の心は」
「なんだお前・・むかつくぅ」
「でも、民間だからなあ。企業だからなあ。そこんとこ、分かって欲しいなあ」
「でも。そうやって民間が過疎地に進出して、うまくいった試しなんてあるのか?」
「ないかもしれません。でもありうるともいえます」
「だる・・・学会会場の回答みたいな言い訳!」

近くで眠りかかっている慎吾がいた。ガタイがでかい。

「おい!そこのヘラクレス!」
「・・・・あ〜よく眠った」
「なんだ聞いてなかったのか?」
「ふとんが恋しい・・・」
「トシキらは雑巾のように使われて・・・なんでドクターはお前だけここに来れたんだ?」
「クビだよ。この事務員らと同じ。オレって経験が浅いからな」
「自慢かいや?」
「とにかく懲戒解雇されたってわけ!俺はセンチメンタルなんだぞれ以上は訊くな」
「医者の場合は、ふつう解雇はできんだろ?事務員は毎度でも」
「その・・・いいんだよそれで。オレもどうせ嫌だったんだよ」

 慎吾はいい直した。どうやらクビは嘘のようだ。

「自分からか。他の奴らには?相談したのか?」
「・・・・・」
「お前が抜けた分、あいつらだって大変だろうに!」
「・・・・・」
「おい!何か言え!さっきはホントお前・・しっかりしろアホ!」

 僕は慎吾に飛びかかった。みな止めようとした。

「おい慎吾!仲間を見捨てて!何の事情か知らんが!」
「お前だって!お前だって乱暴して!事故まで起こして!」
「あれは襲われたんだ!不可抗力だ!抵抗はしたが・・・」
「だとしても!相手は人間だ!暴力なんて医者のすることじゃない!お前だって暴力医者と似たもんだ!」

 今さらどうでもいい話題で、慎吾は抵抗した。

 僕らは引き離された。僕はゼイゼイ息した。

「はあ、はあ、はあ。鎮静剤の注射を打たれ意識が朦朧になった、あのとき・・・はあ!あのとき思った。自分はこれで終わるのか。意味がなかったのか。何であのときそうしなかったのか。山ほどの後悔が蘇ってでも無感情で・・・泣きそうになった!」
「興奮してるぞ!アタP持って来い!」

「聞け!だからって何の使命があるわけじゃない!十字架なんて背負わない!俺はただ、僻地など行かずにもとの世界へ帰りたい!普通の男の子に戻りたい!」
「(2人以外)わっはっはっは!」

慎吾はしかし傷ついていた。

「いいか!さっきの訂正しろ!俺は仲間を捨ててないって!口が悪くなったぞお前!」

 僕ら2人は後ろを振りほどき、かなり離れて座り込んだ。

 事務長は遠くから、ため息をついた。横に田中君。
「こんな状態ではとても・・・医者のやる気と連携がなってない」と事務長。
「行く先の病院の医者は1名除いてホントは辞めてんでしょ?」
「そこは名義で埋め合わせてる・・・実質1名だがね・・・やはり頼もうか。<彼女>に!」

 ピッポッパッ・・・と暗闇に携帯の派手な電気が点灯した。

「明日、乗り込む。その後にはなろうが・・・」
「女としてのレベルは?」田中君が真剣にのぞきこんだ。
「ハイラベルと思って間違いない」
「おっしゃそしたらがんばるわ!」

 プルルル、プルルル・・・・とコール音が外に小さく漏れていた。

 ヒラの事務員が、すっかり暗くなった空を見上げた。
「火、けしまーす!」
 ペットボトルの水が注がれ、たき火は完全に消えた。

ES-MEN 8

2007年8月29日
 早朝。のどかな僻地。

 真田第二病院(予定)の事務室。異様な雰囲気。

 童顔の医者が、白衣で机の上に座り込み。
 床に座っている事務員たち。そして相撲取りのような白衣の医者。

 横綱と呼ばれている医者は、ここの生き残りだ。
「・・・あの救急車はなんでごわすか?」

 病院玄関の前、救急車が3台見える。今、到着したようだ。
玄関から見ると、駐車場奥正面と、左側面に車の出入り口がある。

 しかしその出入り口は予算の関係で長い木をツギハギでつなぎ合わせたもので、お粗末なものだった。鍵もなく、ドア感覚で開けられた。でも今は、真珠会スタッフが内側からせっせとテープでとめている。

 呆然としているうち、救急隊員・・ではなく、白衣の医者がやってきた。スーパーマン風の男。
「ここには一応、医者いるんでしょ。早く対応しないと患者さんが死にますよー」

 無言でダッシュした横綱を、<キタノ>はヒョイと交わした。
「頑張ってよ!お医者さん!」
「お前も医者だろがバアかめが!」ミリタリー服のサングラス男が立ち上がった。

 さきほどの暴力医者・・<スミ>。

 体格のいいメガネのスーパーマン、サングラス軍医者、それにキタノ。異様な雰囲気だった。

 横綱は横の救急室でパニックを起こしていた。救急に慣れてない。1人残った医者は、単に逃げ遅れただけだった。

<キタノ>は高齢の事務長に迫った。

「もうな。応援は来ねえんだよ!」
「いや、連絡ではその・・・」事務長は大汗で見上げた。
「今、救急送っただろ。あれで済むと思うなよ。もっと送ったらここ対応できねえだろ?」
「・・・・・くく」
「医師会の許可で救急受付になったのなら、それ相応の働きをしてもらおうじゃねえか!」
「きゅ、救急の受け入れは随時です!」
「そーゆーとこは、たいていいつも断ってんだよ!」

 キタノの蹴りで、机の上の色鉛筆が吹き飛んだ。
「なあいい加減ギブしろよギブ!ギブギブメルギブ!あ〜あ!ユーキ何やってんだろな〜?来ねえじゃん!来たらコテン!パンにしてやるんだけどさあ〜!」

書類を手渡し、ハンコの欄を見せた。
「うちの院長をよこすまでもない!今すぐここにハンしろハン!」

キタノは、チャッキーの如くいかつい童顔で圧倒した。事務員は大汗。
「で、でも・・・」
「おいスミ!」

サングラスをした医者、スミは・・・ポキポキ腕を鳴らした。

「手荒なことはしたくないんだただ我々はこの病院が欲しい目的はそれではない目的のための第一歩にすぎないその一歩を我々が背負ってる特にこの私は親が軍人その誇りもある」

「は、早口なのでよく・・?」事務長は狼狽した。

「わたしは院長の旧友でもとは軍医で働いているいわゆる医官というものだいざというときは出動するだがこの病院を譲らないのが誠に遺憾だまるで北朝鮮に逆らえんこの国みたいにな!」

スミは事務長の腕をつかみ、指を念書に押印させようとした。

 「うわあああああ!」

そのとき!

ES-MEN 9

2007年8月29日
 
 玄関から見て正面奥の木扉が突然ドカン、とさく裂した。手前のスタッフらが驚いて分散した。

 職員らは反射で一斉に釘付いた。

 引き続き、ヴオオン・・・と聞こえたと思ったら、向って左の閉鎖扉もドカーン、と吹き飛ばされた。

「うげ!バクダンだ!」
 思わず叫んだ職員だが、飛び込んできたのは車だと皆、即気づいた。

 1台、また1台と着地。長い木の板を1枚ずつ跳ね除けながら、2台とも正面玄関へと走った。

 スミはサングラスを上にずらした。
「ほお尻尾を巻いて逃げたと思ったら真珠湾か!奇襲とは考えたしかし私が再びいや三度マタタビここにいるのを知るまいそれが計算外だ!おい事務員!ここの玄関をロック!」

「は・・はい!」事務員は言われるままに玄関を手動でロックした。

 僕らはすでに車から降りて、超音波の機械を車輪から地面に下ろした。

「高い機械をそんな荒っぽくそんな!もう買いませんよ!」事務長が剣幕変えて怒った。

「慎吾!行くぞ!」
「ああ!」
 僕らは物すごい勢いで、機械を後ろから押していった。正面玄関前、段差があるのを見落としていた。

「はっ!はっ!慎吾!速いぞちょっと!ぎゃ!」
つまずいて、後ろへと残された。
「うわ!おいユウキ!」
 慎吾は左手を引っ張られるように、足で懸命にブレーキをかけつづけた。

 僕は中腰からゆっくり起き上った。
「止まらないのか!」
「お前のせいだろが!」
「<お前>はやめてください!」

 腕を振りほどき、機械はとうとう手元を離れた。

「うわっ!ぶつかるぞ!」
思わず目を伏せた。

 案の定、超音波はそのまま段差のところでぶち当たり、そのままドカンと上にスローで舞い上がった。砂煙まで大きく巻き上がる。慎吾は頭を抱えるようにうずくまった。

「うわあっまさか!」

 出ていこうとしたスミは振り向き、逃げようとしたが・・遅かった。バン!と大きな亀裂が走った。

 ガラス張りの玄関は予兆もなく高音で叫ぶように、大破した。そのまま斜めに突っ込んでくる大型機械。スミはそのまま機械に飛ばされ、5メートルほどのところで倒れた。キタノは呆然としたままだ。

「(一同)おわわわ!」

 スーパーマンが、超音波マシンをそのまま受け止めた。
指に、ガラスで付いた血。
「・・・・・」
ペロリと舐めた。

 巨体の慎吾が、続いて突入。
「失礼します!真田病院!いたっ!」
僕は後ろからどかした。
「引き続き!院長代理のユウキ先生!これにて閉廷!」
「(2人)以下同文!」
あらかじめ打ち合わせたセリフだ。

 スーパーマンは傍観した。
「バカが2人か・・・経過観察としましょうか」

 キタノはにやっと笑った。
「おひさし!サンダル先生!どあるう〜ひっ!ひっ!」
「何?だれお前?」僕は判らなかった。
「えっ?うっ?あっ?あはは!」
「そっか!このやろ!」

 視野に入ったのは、正面に<キタノ>、倒れてる白衣1名(スミ)。
 隅っこで立って本を読んでるスーパーマン男。

 透明ごしに見える横の救急室は・・・
ベッドが3体。おじけづいてる医者らしき肥満1名。

「そこ・・どうなってんだ?」
僕が叫ぶ間もなく、慎吾は救急室患者ベッドに回った。

ES-MEN 10

2007年8月29日
「3人ともバイタルは不安定のよう!こっちは呼吸促迫に・・・」
 わずかな記録、付きナースの情報を頂きつつ・・

「こりゃ、挿管が必要!」
「動脈血は分らないのか?」僕はその右の患者を確認。左はまだ軽症っぽい。

「ニップネーザルは厳しい。アンブーは?アンブー!」
「アンビューだろが!オヤジの医者かお前は?」
 慎吾はアンビューを頻回に押し始めた。

 横綱は、顔を真っ赤にしたまま立ち尽くす。

 僕は中間の患者の瞳孔などを確認。
「血圧がすごく高い!呼吸はむしろ・・脈も・・遅いな!瞳孔はと!」
 左右差が著しい。レベルも低い。

「CT行こう!CT!おいお前!」
 酸素吸入開始、点滴を取り終わり、近くの不慣れそうな横綱医者を指さす。

「そうだよお前!CT撮ってこい!頭部!」
「ういっす!」
「だる・・・」

「このバッグ!破れてんぞユウキ!」慎吾はパニクった。
「いちいち言うな!」
左の患者、身体所見を確認。
「脱水がひどそうだな・・・著しい高熱が!」

 慎吾は僕の背中から挿管チューブを抜きとった。
「かせ!」
「いて!やさしくやれ!」

 点滴を取り、モニター装着し見る。
「T波は高くはないな。中枢への影響は・・おい!CT行くぞ!慎吾!俺、あっち行くから!」
「(無視)看護師さん、あれ取ってください!」
「どある・・・!」

 CTへベッドを運び始める。冷酷に見つめる<キタノ>。童顔ではあるが、冷やかな表情だ。他人を見下すときの、あれだ。

 スーパーマンは本を読み終わり、呆れたとばかりに両手を挙げた。
「敵さんは間に合ったわけですね。こちらも居る意味がなくなった。では私はこれで」

 スミが歯を食いしばって立ち上がったとき、スーパー男はもういない。

 ベッド搬送を、2人のナースが手伝った。
「看護師さん。モニター見とけよ!あれ、ドクターは?」

 横綱の姿が消えたようだ。CTは終わって患者は戻ってる。
「なあ?さっきのドクターも呼んでくれよ!申し送りが・・」

 慌てて、事務員らしきカッターシャツが走ってきた。ハンコを押しそうになった事務長だ。

「はいはいはい!」
「ドクターだよ!さっきの横綱!・・」
「あはい。でも今後は、今後先生が」
「おれ?それは知ってる!アホかお前は!」
「あ、横綱の先生を・・よ、呼べばいいので?」
「あ?ああ」

 鈍い奴は、疲れる・・・!

1人目のCTができあがるとこ。

「予想では、クモ膜下かな・・」
「先生。白衣の着替えなどは自前で」事務長が何事もなかったようにふるまう。
「役人みたいに、振舞うな!」
慎吾は人工呼吸器管理を開始した。
「COPDだろうな・・たぶん肺炎を」

 近くのナース数人はろくに手伝わず、うつむいている。
「看護師さんたち。きちんと仕事をしてくださいよ!」と事務 長。
「チッ」うち1人の中年ナースが舌打ちした。
「頼みますよホントに!」

「ああ。でも田舎のスタッフてのはな」僕は田中くんに答えた。
「ボーッと眺めてるだけ!何もしてない!うちのオーク軍団よりひどい!」
「お前も結構言うよな・・・」
「能力は大丈夫ですかね?」
「田舎のスタッフに多くを求めたって無駄だよ!」
「ええっ?なんでもう諦めるかなあ!ドラマみたいにホラ・・・俺に任せろ!みんな叩き直してやるって!変えてやるって!」

(間)

「すべて、無駄」
「でも今後、救急がドンドン来たら」
「そうだよ。やれる奴がやるしかないだろ!俺達で!」
「いややっぱりそこはドクターが」
「どある!そこで突き放すか!」

 向こうから笑った白衣(キタノ)が近づく。スーパー男に続き、スミは去っていた。

ES-MEN 11

2007年8月29日
「あっははははは!バーカ!相変わらずだね!」
キタノの腕組み笑いが聞こえ、僕ら2人は振り向いた。

「全く、何を好き好んでこんな田舎の病院に・・・かつて田舎の病院を乗っ取られたのが、そこまで悔しいのですか事務長さん?おっ?えっ?」

 事務長は逆光で顔が暗くなっていた。

「みなさん。ああいうのは無視です。あ。慎吾先生。今、不整脈見逃しましたよ」
「え?うっ。しし、知ってるさ!」
「大丈夫なんですか?これから死ぬほど忙しいですよ!」
「プレッシャーやめてよ。おいユウキ!いけるかー!」慎吾の大きな声が廊下へ届く。
「あー!そっちはー?」
「OK。よかったら病棟へあげてくれ!」

 ふだんは色々あってもこういうときスムーズなのが、僕らのいいとこだった。

 物足りなさそうな<キタノ>をものともせず、慎吾はナースらと病棟エレベーターへと向かった。

 僕は放射線部を出た。

「重症で?」事務長がやってきた。
「ザーだ。クモ膜下出血。かなりひどい。高齢でオペどころではない。時間の問題だよ。家族は?」

ここの老事務員が出てきた。
「はあ。なんか、仕事が終わってからこちらに向かうそうで」
「バカ!救急車で来てんだぞ!すぐ来るように言え!」
「はあ・・・」
「何がハアだ。どけ!ダルいんだよアンタは!ハッキリ申しますと!」
 事務室に割り込み、電話。

 事務長は次々と職員評価。事務員の名前がどんどん消されていく。リストラ候補を意味する。

『もしもし?』娘らしき声。
「お父さんはかなり重体のようです。今すぐに来てください!」
『どうなってるんですか?今』
「来てください!」
ガチャンと切り、バイタルを再確認。

「モニター監視を。止血剤は続けるが、家族が間に合わなければ呼吸管理を始める」
 指示の表に記入。
「・・・この条件になったら、コールして」
するとちょうどポケットに院内PHSを入れられた。

 脱水患者は頭部CTに所見なく、同じく病棟へ。
慎吾の携帯へ。
「残り2人も頼むわ。1人は家族呼んでる。ザーだ。だがオペどころでないだろ。呼吸状態注意してくれ・・・うん。うん。ああ」

 電話を切りながら、あちこち見まわす。
 中年受付嬢が見上げる中、黄色い冊子を取り上げる。
「これ!借りる!」

 割れた扉をゆっくりくぐる。
「あれか・・・!」
 黄色いスポーツカーが右端に止まってる。

 車の中、<キタノ>は助手席の美女の顔を覗き込んでいた。
 舐めるように・・まるで字をなぞるかのようだ。

「ミエちゃん・・・うちでゆっくりしようよ。まったりと」
「キャッキャッキャッ!くすぐったいったらぁ〜!ね〜ホントにラルクのチケットとってくれんの〜?」
「俺に任せとけって!もうすぐビッグになるんだし!」
モデル級の美女は、長い脚を無造作にダッシュボードに投げ出していた。

「ミエちゃんにまた、ヨシヨシしてもらいたいな〜」
「イヤ!浮気者!また他のナースと!」
「前のナースとはもう切れたってのに〜」
「よおし!じゃあ浮気してないか確かめたる!」
にやけた<北野>のジッパーに手がかかった。

「がっ!」一瞬火花が散ったように、<キタノ>はその場で倒れた。

ES-MEN 12

2007年8月29日
「った〜!なんちゃってへへ!」

 軟弱者は、驚愕した女を気にしつつゆっくり立ち上がった。

「なめとんか、おのれは・・あ、なめられるんか、ってとこか?」
 僕はタウンページを、もう1回振り下ろした。
「なんか怖くなってない?でっ!」また叩かれた。

「そうだよ。パワーを得た。俺は暴力医者だよ。どうせ」

 何度か叩き、<キタノ>はへたっと地面に座り込んだ。

「てて・・・もう!もう!何なんだよー!下手に出りゃいい気になりやがって!」
「俺らを騙しやがって・・それにこの仕打ち。人殺しかお前ら?」

「おれはな!おれは!ただ言われたことを!やってただけ!理想のために!」
「りそう?うそう?」

「そうだよ。アンタにゃないだろ?理想のため!目をつぶってやらなきゃならない事だってあんだよ!でもおれは潜入医師という役目でそれをこなした!それだけだ!」
「目的は金か?そうだろ?」

「先生・・マジでやるの?あの病院を?えっ?恥かくよ?」
「知らないよ。流れでそうなったんだよ!」

「えっ?うっ?あっ?」
「やると決めたんだよ。だってお前らに負けたくないもん。これ今思いついたけど」
「無理だと思うけどなーやめてやめて!」振りおろそうとすると遮った。

 僕は周囲を見回した。病院後方に巨大な山。病院前方は商店街の寂れた看板。

「真珠会病院のわがまま医者らが乗っ取ったとしても、地域に根差せない」
「売り上げで決めるんでしょ。目に見えてまーす」

「海外の薬品で金持ち相手に治療して成績上げる・・・もっと基本をやったほうがいいぞ。きほんを!」
「うちはバックがリッチだから!」

「るさいよ。消えろ」
「こっちには・・・強力なメンバーがいますよ。院長に・・」

「ハカセだろ?あいつは以前から知ってる」
「だったね」
「話し合えば、きっと分かる」
「さーどーでしょ?アンタのことはけっこうボロクソに言われてるよ」

<キタノ>はビビりながら運転席をパタンと開け、素早く飛び乗った。
 沈黙していた女はやっと破った。
「このチ●コヤロー!」

 煙を噴き上げながら、スマートな外車は破れたゲートへ向かっていった。砂埃が舞い上がった。

 ガルル・・・と吠えそうな犬を見かけたが、一瞥すると逃げた。
 だがその犬の首輪には・・・小さなカメラがある。

ES-MEN 13

2007年8月29日
 パソコン画面の僕の後姿を未届け、机の上に届いたコーヒーが置かれた。

「うん。どうも」聡明そうなイケメンは、もう1つのパソコンをクリックし続けた。

 何のことはない、さっきのスーパー男だ。1時間の距離を脚で走って、もう戻っていた。

「今の会話を・・・転送!」あっという間にファイルし、メール転送。

 余興のように、さっきの会話が一部繰り返される。
「うちはバックがリッチだから!」「るさいよ。消えろ」「こっちには・・・強力なメンバーがいますよ。院長・・」「ハカセだろ?あいつは以前から知ってる」「だったね」

 余裕のコーヒーを上品に飲むと、細い腕が回された。もちろん女性の。
「まだだよ。まだ・・」
「どうせ。くだらない会話でしょう?」
「うん。でもこれが、僕の仕事なんだ」
「病棟は?」
「情報係なので、楽にさせてもらってる。患者さんのメンバーが、メンバーだけに大変だけどね」
 白い歯がこぼれた。

 抱きついた女医が、パソコンで患者経過を観察。
「お父さまの病気、治るかしら・・・」
「大事な町議だからね。ハカセが実験薬で治すだろう」
「あなたも、大事にしてね」
「もちろん。僕は1週間寝なくても大丈夫な体力がある。しかし彼なくして、この病院の発展はありえない」

 彼は自前のノートパソコンをたたんだ。
「報告終わります。豪邸宿舎にでも戻ってチークでも踊りますか」
 豪勢なたたずまい、医局の電気を消し、2人はまばゆい廊下へと消えていった。

 少し離れた部屋では、ハカセがさきほどのファイルを受信した。
 頭に天井の光がまぶしく反射する。

「ふむ・・・」
 考えあぐねていると、ノックなしで誰かが入った。
「そのノックは町議さんですね」
「うむ。でな・・」50代後半の町議だ。

「一応患者さんなんですから」
「(無視)立地は問題ないがな。役員のスペースを」
何やら建築物の作図のようだ。

ハカセは食い入った。
「議員さん。どんどん話がしぼんでいるようなんですが」
「しぼんでる?わしの話が嘘か?」

「病院の規模を下げろと言っても、こちらは屈しませんよ」
「少々縮小しようが、いいではないか。どうせこの地域全体は、君らのものになる」

「ま、根回しには感謝してます。真田会がつぶれるのも、時間の問題ですので」
「保険適応外薬だろうが。海外治験薬だろうが。金で困ることはない。悪いようにはせん。わしが将来も約束する」

「お願いしますよ。隠遁生活は保障してあげますから」
「議員や高官官僚の、老後の計画としても重要だ。私の責任は重い」

「この病院はあくまでも臨床棟です。私は実験棟が欲しいんです」
「それは真田を潰してからの話だろう」
「では、病室に戻ってください」

 バスローブの議員は、トイレにでも行くように病棟へと戻っていった。

ES-MEN 14

2007年8月29日
 
 ハカセがのぞく窓の外、林道を外車がゆっくり登っていく。真夜中だ。

「・・・・僕の病院だよ!僕らの・・・!お前らのじゃない!」
机の上には、かつての勇士たちの姿があった。
「僕はあなたとは違いますよ・・・沖田さん!」

 大型病院を車助手席から真横に見る女医レイカ。スーパー男が運転。

「相手の病院は弱小なんでしょ?」
「こちらは200床。あちらは100床。こちらはインビトロ研究設備もあるよ。どう考えたって結果は分かってる。天地がひっくり返らない限り。実に価値のない練習問題だよ。偏差値40くらいのね。高価な治療薬は議員が税金からこっそり捻出するし、いいことづくめさ」

 ハンドルを余裕で切りながら、スーパー医師は呟いた。

 レイカは両腕で伸びをした。
「田舎だから、外来は固定客だけど・・でもうちはビップで稼いで楽勝ね」
「たちの悪いビップもいるよ・・・」
すると女医がうかない顔で、一瞬だが睨んだ。

「・・・・・」
「ん?あっははは。町議は。君の父上は別だよ。別。さ、パーティーといこうか!」

「あなた、口数多くてどこかイライラしてる」
「ん?さすが心理学も専攻しただけあるね」
「嫌なことでもあったの?」

「ちょっとね。血を見たんだ」
「血なんて。こんな仕事してたらいつもでしょう?」

 自分の血、とは言えなかった。

 スーパー男は黙り、密かに心で呟いた。
「(私の血を少しでも流させた者は、これまでの流儀と同様恥をかかせてやる!一生のトラウマを負わせる!)」

 心はスーパー狭かった。

 スポーツカーはやがて月の見える山頂を昇りつめ、降りていった。

ES-MEN 15

2007年8月29日
 昼間。

 真田第二では、大幅な工事が進められていた。
 正面の1階・2階は覆いがしてあり、職員・患者は裏口から入っていた。
 その裏口はつまり病棟の2階にあたる。2階から外は山の斜面が続く。

 病院横の医師宿舎から、出勤。

 階段を通じて、開放したベランダ(2階)を経由し、僕らは病室をかすめながら仮の入り口に入って行った。この仮の入り口は医局になる予定。

「おはようございます」
「ます」(自分)
「おはよっございます!」
「ます」(自分)

 ガヤガヤ・・・と2階のフロアをくぐりぬけ、正面の覆いをしてある・・・事務室へ。

「なんだよ。ここはもう出来てんだな」荷物を机に降ろす。
「あ。どうも」
タバコの上がる煙で、事務長が窓際にいることは分かる。

「町にも、金があると見えるな」
「地域の活性化です」

「活性化?町の金を使ってか?」
「事業ですよ。事業を起こすことが、活性化につながるんです。銀行は喜んで金を出す」

「銀行ってそんなに金貸すか?」
「銀行は生き残りをかけてますから。どんどん貸さないと困るんです」
「そうやって、いらん道路とかできたりするんだよな・・・!」

 一度田舎を経験した僕は、妙に毛嫌いした。

 田中君が、縮れた小さい紙を持ってきた。

「はあはあ先生!あ、おはようございます!」
「取ってつけたような挨拶・・」

「病棟はまだ寂しい状態なので、今日はここへ行ってもらいます!」
「どこ・・う?」

紙を見ると・・・
<クリーニング15%オフ>

「あんだあ、む?」
「ああっ!違った裏裏!」

 左に氏名、横に住所がある。患者の所在一覧だ。

「16名も・・・?借金の取り立てか?」
「ええそうで・・・んなわけないでしょうが!んも〜!訪問ですよ!ホウモン!」
「ホモ?」

 殴られそうになる前に、ダッシュした。
 そのまま走ると、エスカレーターのようなものが。勢いで飛び込んだ。

「う!うわあ!」
 なんと、水鳥拳だった。巨大なカラーのすべり台。つるっと足もとがすべり、そのまま尻もちついて滑った。
「ジーザス!やめてくれ!」

 見上げる工員たちの冷たい視線を受け、どんどん加速。ガラス張りの正面窓は覆いでいっぱいで外は見えない。

 スポーン、と滑り台から飛ばされ、そのまま床の上を滑った。
「ぎゃああああ!」
 工員が慌ててドアを開け、僕はそのまま直進した。

 正面の外では、ピラミッドのような砂が盛り上がっていた。
慎吾が役人と相談している。

「強固なゲートを作っていただかないと・・」
「でも予算がですね・・ん?」

 振り向くと、ズサササ・・・・と噴煙を上げながら、何かがピラミッドにぶつかった。
 慎吾はゆっくりふもとに近づいた。

「・・なんだ。ユウキか。何をしてるんだ?」
「ぷ・・・ぺっ!ぺっ!砂だらけだ!」
「あ。危ないよ」
「なに?」

 ガガガ・・・と大きな音がしたと思ったら、ブルドーザーの影で陰になった。
「うわあ!言えよ!」
 砂だらけで横転し、遅れてシャベルがピラミッドに突っ込んだ。

「はあ、はあ・・・」ヨダレを垂らしながら、足元をはたいた。歩み寄る慎吾。

「着任早々調子に乗って、僕への院長交代では困るよ!」
「うるサイヤ人!」

ES-MEN 16

2007年8月29日
 ビシュー!とマフラーから火が吹き上げ、ドクターカーは発車した。

 運転は田中くん、あとは僕とおばさんナース。
 僕はひたすら続く田舎道を眺めた。

「こういう組み合わせ、もうヤなんだよなぁ・・・」
「私もです。先生と組むとロクなことがない。あ〜!ええ女やったらなあ〜!おれ、頑張るのに!いい出会いよカモン!」田中君はガムをくっちゃくっちゃ噛んでいた。

「このリストの患者さんらは、前病院からの引き継ぎ?」
「ええ。訪問診療はやめようという意見もあったんですが・・・近所の住民は商店街が主体で」

「商店街の人は病気にならんのか?」
「いえ・・・商店街の住民はみなプライド・資産がなかなか満ち足りてまして」

「?」
「ハカセ病院のほうへ通院・入院してます。あそこのほうが設備があるって。金がある人って大病院志向でしょ?」
「ま・・そうだよな。それに田舎の金持ちはミーハーだしな。だから田舎は人が減るんだよ」

 やがて林道のような泥っぽい道になる。右に見える海は・・いやいや。川だ。

田中君はガムを捨てた。
「さ、川に突っ込みますよ!」
「おいやめろ!」
「はは。うそうそ!冗談だんよ〜ん」

 ハンドルを右、すぐに左へ。
さらに脇道に。すぐ横の川に沿う。

「ははは。先生を!先生を困らせたぞ!」
「どある・・・川が増水したら、通るなよ!」
「近道なんで」頼りない地図を右手に持っている。

 道はさらに細くなり、車の真下がドカドカいいだした。

「岩ですね・・・おっと今度は草だ」
「車!壊れるぞ!」

 ついに、車より高い草まで現れた。バキバキバキ、となぎ倒していく。

「いやあ!なんかミクロマンになったような感じ!イーハー!」
「お前。異常だよ・・・」
「<お前>はやめてください!先生に言われたくないです!」

 この事務員は臆病になるとハイになる傾向があった。

 振り向くと、ナースは驚愕したままうずくまっていた。
何か声をかける必要があった。

「じ、地震だと思えばいいですよ・・・震度4くらいのね」

 やっとのこと、車は元のような林道に出れた。

 控え目なナースはポツリと喋った。

「往診で、いろいろ経験されてるんですね」
「(2人)そらもう!」

ES-MEN 17

2007年8月29日
 真珠会第二病院。

 病棟回診。白くて強固な病棟を、数十人の水色白衣が埋め尽くす。先頭はもちろんハカセ・・ではなかった。一見ヤクザ風のサングラス、長身。さきほどの墨(スミ)というドクターだ。白衣の下はミリタリー服。

「わあざわざハカセ院長が出向くほどのことではない現在の入院は珍しい症例がそこそこあるそれも一通りな新薬新薬使いまくりだ少なくとも専門医取得の症例数にも困るまいさて・・・!」

 呼び鈴をピンポーン、と押し、入る。
「入ります。回診を」
 前もって入っていた若いドクターが待つ。

 患者は中高年といった感じで人工呼吸器がついている。

「抗生剤が効いてきたようです。DICも免れ・・」
「病気は治すためにある。わあれ我はそれに手を貸しているにすぎん自分のおかげで治してると思ったら大きな間違いだ子育ても同じ親が子育て愛情なくとも子供は育つ・・」

 スミは聴診器を当てながら経過表を参照した。

 若ドクターは満足げに、ボーイのごとく立っていた。

「今後の問題点ですが、耐性菌が・・」
「そうだそれは今から私が言おうとしたことだこれだけ入院が続けば菌を育てるのといっしょだそれはつまり菌を甘やかせた誰だそれは主治医だ人間の命を中途半端な志で引っ張った治療の白黒をつけずにな!」

「白黒・・」
「そうだ治療は白黒だそれもつけられぬ医師はノラクロだよ若先生!君らも少し甘やかせたのが悪かったそして耐性菌とおぼしき医者が増えたならば!」
「・・・す、すみません」

 いきなり中堅ドクター2人が引っ張った。

「うわ!やめてください!どうして!」
「態度が気に入らん従って特訓を受けてもらう!独房で延々説教だ頭を冷やせえ!」

 スミはカルテに記入し、大きく笑った。

「ははは!ここは何でも研修できるそうやって君たちは来ただがもっと大事なことがあるのを忘れたか!君主に尽くすことだよ分かるかね若先生!」

 回診の最後尾、スーパー医師は軽蔑の眼差しで見ていた。

「このドクターがいなければ、もっとまともな病院だろうに」

 スミは、真珠会から送られてきたドクターだ。もとは軍の関連病院からのスカウトだ。実際の実力はひどく、ワシントンマニュアルをそのまま応用する男だ。しかしこの男にはカリスマが潜み統率力がある。西川にそこを買われた。

 VIP病棟といわれる部屋に差し掛かった。1部屋15畳ほどの部屋が30ほど。スミとナース以外は3歩ほど後ろにさがった。

「さあてここからが大事だ我々の予後を決める最重要因子だ」
 ピンポーン!の呼び鈴、続いて入る。

 中ではものともせず大型テレビが鳴っている。豪華な食事が載っていたと思われるトレイ、機密文書のような書類の山。老人はベッドから顔を上げ、悔しそうにイヤホンを外した。町議の風格がプンプンする。

「ああ、ああ。またかける」携帯を切ったようだ。
「もおしわけありません回診でしてこはいかに」
「変わりはない。聴診もせんでいい。で!」

 途中、女医が走ってきた。
「お父様!」
「ん!」

レイカは父親のもとに立った。どうやらスミを警戒している。

ES-MEN 18

2007年8月29日
 その父親・・町議は観念したのか袖をまくり、血圧測定だけしてもらった。

「正常だろ?どうせ」
「・・はい。申し分ないかと」
ナースが床を見下ろし答えた。

 町議のアゴ使いで、側近の背広が包みをスミ、固まったナースの白衣ポッケに入れる。

 議員は窓の外を眺めた。

「ま、そのうちちゃうか?拡張の話は」
「そのうち・・・?」スミは冷や汗まぎれに呟いた。

「わしが決めることやない。おたくらの命運は」
「ですが、来年には全国から研修生が続々と」

「まあな。実現せんとな。わしらは人質やし」

 簡単に言えば、病院の拡張を議員らに約束させる代わりに、問題議員らの身柄を確保・・・事件性を抱えた議員をかくまう、という契約だ。老後の面倒も道連れに。

ES-MEN 19

2007年8月29日
数件の訪問を終えて、僕らは大きな屋敷の前にいた。屋敷の前にはコケコッコが何十匹といる。

「手つかずの歴史がそのまま残ってる家が多いな・・・」
僕ら3人は玄関を叩いた。

背後に、戻ろうとしている老人。背中に銃と小動物を抱えている。いかにも狩りの帰りだ。

「・・・病院の?」
「ええ。相原さん?」

じいさんは獲物を近くの籠にしまい、銃を家の壁にもたれさせた。

「わしは、どこも悪くないのに・・弟の差し金かな?」
じいさんは、ドアをガラっと開けて案内した。

大広間でバイタルを確認。聴診、採血に心電図・・・。

「タバコは吸うが、やめろと言われたら生きがいがなくなる」
じいさんは、優しい笑顔で答えた。

「あの町もこの村も、若い者は都会に出てしまって・・・バブルが崩壊とかいってるが、それでも戻って来ん。なんとかしてくださいよ。先生たちのお力で」

僕は聴診器を耳から外した。
「え?なんて?」
田中君は耳元でささやいた。

「あの町もこの村も若い者は都会に出てしまってる。はよなんとかせんかこのバカ医者が!」
「いいっ・・・?」

 じいは大きな椅子に深く腰掛け、手元のお茶をすすめた。家族は奥で待機している。鶴の一声を持ってる。他の家族は機嫌をうかがってる。たぶん遺産とか・・・アレなのだろう。アレ。

「先生らの病院は、以前はあの町の中心じゃった。それが人口の減少であそこまでになった」
「建て替えてまして。キレイになりますよ!」
田中君がゴマをすった。

「もうあと2つ病院があるよな?あれらはどうなる?」
「小児科病院と民間病院ですね。あ、ありますがあれらは・・」
しかし、田中君は続かなかった。

 前者は閉鎖が決定、後者は真珠会が乗っとらんとし交渉中だ。それは療養病棟という名目だが、実際はキープされた急性期病棟となっている。つまりさらに増床されたわけである。外来はやってない。真珠会が患者を引き揚げれば、とたんに破たんする仕組みとなっている。

「この心電図は・・・」
明らかに虚血の所見がある。以前のと比べても・・・

「こりゃ入院したほうがいい!症状は?」
「そりゃ、時々あれっと思うことはあるが」
「頓服薬だけでは、心もとない。カテーテルで確認する必要がある。田中くん。当院はいつになれば血管造影が?」

「えー。近いうちともいえますし、遠いうちかもしれません」
「どある・・・とりあえず入院のほうが」

 じいはちょっとムキになった。
「入院はせんよ!」

 すると、周囲から8人ほど集まってきてじいを囲んだ。こちらを睨んでいる。目で追い続け、うかがう。

 僕は田舎者のこういう雰囲気が・・生理的に嫌だった。

「薬を、適当に追加して帰ってください。わしはもう、いいんです」
「でも・・・み、みなさんは」
「(そのみなさん)・・・・・・」

 ノンレスポンス。仕方なく、僕らはいったん引き揚げることにした。

 外に出ると、周囲は森に包まれている。

 じいは1人で見送ってくれた。

「こんな遠いとこまで、どうも・・」
「いえ。やはり検査入院は」
「わしは病院で死にたくないんじゃよ。家族に囲まれて死にたい」
「死とは、そんな綺麗なもんじゃありませんよ」とは言ってない言ってない。

「このまま。とにかくこのままで。先生・・・<老人はもう要らん>っていう真珠会とやらの方針が、将来のためには正しいかもしれんよ。そうならざるを得んときが、きっと来る」
「僕らは、そうは・・・」
「いつか、誰かが君らにそうさせる。よりによって人を治す君らにだ」
「誰が一体・・・真珠会にはそうはさせません」
「さあ、それよりも大きいもんかもしれませんよ・・・」

 言葉に説得力があった。この人は何か・・偉い仕事でもしていたんだろうか。

 じいの言うことは分かる。寿命は延びている。しかし、寿命は競争ではないし、誰の権利のもとでもない。

 統計などの数字で管理しようとしているのは、僕らではないだろうか。

ES-MEN 20

2007年8月29日
ドクターカーは林道を走り続けていた。
 田中君がやけに嬉しそうだ。

「♪きんみよずっとしやわせにぃ〜。未来日記、見てます?」
「ヤラセだろ。あんなの・・」

「ええっ?いきなり夢を壊さないでくださいよ〜!」
「ああいう話を作るから、みなありもしない幻想を抱くんだよ!」

「やだなあ。希望のない僕らに投げかけられた光に、手をかざさないで下さいよ!」
「踊らされてんだよ・・・」
「あ〜あ!人に希望を与えるべき先生が、踏みにじってどうすんですか!」
「あ〜あ。今の日本を見てみろよ。女がどんどんふんぞり返って、男は硬派な個性が消えて・・・今や日本はみんな農耕民族だよ」
 
 完全な偏見かもしれないが、自分はそう思ってた。でも女をそうさせたのは、男の優しさだろうか。母親が子供を過保護にしたように。

 では今の患者・家族の風潮も、僕らに責任の一端があるんだろうか・・・。

 彼は正面を向き、しんみりとなった。
「幻想でも・・いけませんか?」
「あ。いや・・・で話は変わるけど。さっきのじいさん」
「変えすぎちゃいまっか!」
「本人の意志では検査拒否だけど、家族はそうではないと思うな。ただ、あのじいさんには見えないオーラがある」
「おーら?」
「前見てろ。たぶん絶対的な権力者なんだろう。周囲は遺産目的みたいなとこありそうだ。ああいう人を説得するのは大変だよ。で、悪くなって判断が家族にまわったとき治療の方針がいきなり変わる」
「ぼ、僕に言われても」
「きっとそうなるよ・・・」

 気がつくと、独り語っているときが多々ある。これはあまりよくない傾向だった。

 そうだよ。僕はいつの間にか・・・自分の嫌いな医師像に片足を突っ込んでいた。

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