< レジデント・ファースト 5 救急車 >
2004年1月23日 真っ暗な、闇・・。どこを向いても、見えるのは闇。手を伸ばすが、どこにも届かない・・。
ここは、どこだ?
少しずつ、記憶の糸を辿っていった・・。
「うわ!」
ガバッと飛び起きたその場所は、詰所隣のカンファレンス室だった。先日、回診前のプレゼンテーションが行われたところだ。
歴史を感じる、長いす、長机・・。次第に目が慣れてきた。今は4時半。もちろん朝の、いや夜中か。白衣のまま寝てしまっていた。
耳を澄ますと、遠くに聞こえる、モニター音。時々鳴る警報音は、もう耳慣れてしまって警報ではなくなった。
昨日、言われたばっかりだった・・。
「泊り込め!」「泊り込め!」
「ととととまままりりりここめめめ!(多重エコー)」
泊まりこんで1日中、患者を診ろと?勉強せよと?そんなん無理に決まってる。医療ミスのもとになる。人間らしく、毎日休みは
取るべきだ。わかってる、病気には昼も夜もない。でも当直がそのために居るんじゃないか。
それなのに講師クラス・・実際は助手にやらせてることが多いんだが・・の、彼らはめったに呼ばれない。呼ばれるのは結局は主治医だ、特に大学病院では。
まあ「主治医制」という便利な呼び方があるけどね。
病室を少し覗いて、いったん帰ろうと思った。朝は出勤だけど。
そっと数センチ、覗いてみる。
「いたたたた・・・」
なに?まだ痛がってる・・?確かに夜10時頃、痛み止めの注射して、もうちっとも痛くないと言ってたのに・・。しょせん、痛み止めか。
「どこがです?」
「いたたたた・・・ぜんぶ、ぜんぶ」
「ここ・・ですか?」
「はうっ!・・い、いたいいいいいい。おなかがいたいいい」
無機質なデブ看護師がヌッと現れる。
「バイタルは変わりないんですが、先ほどから痛がってます。先生が出された指示;疼痛時、ブスコパン1アンプル筋注、もうあれから3回使ってますが」
「・・・」
「どうしますか?」
「・・・よ、様子を・・」
「患者さんは痛がっていますけど」
「いや、ちょっと調べて・・」
「オーベンの先生に連絡されますか?」
「えっ?いや、それは・・」
「じゃああとで指示もらえますか?」
「はい・・」
実は鎮痛剤はすべて試していたのだ。いろんな先生からの助言のもとで使ってきたが・・。オーベンに言われたとおり、鼻チューブ入れてたまってるはずの空気を外へ出したつもりだが、この膨張した腹部からみるとかなりガス・水がたまってそう。
教科書的には「それでもダメならイレウスチューブ」という
太い管を透視下でする。透視は透視室というところを借りてするわけだが、昨日聞いた話では、その場合『きちんと前もって予約をとって、消化器科の先生にチューブを入れてもらうようお願いする』べきとあった。
というか、そもそもこの病気は消化器だ。なんで循環・呼吸器を勉強したい自分が診るわけだ?
「そ、そうだ・・紹介すればいいじゃないか」
詰所の紹介状を1枚取り出す。院内紹介状というやつ。
「今日の朝一番で受診させてください。それまでは・・・・」
「?」
「もう1度、筋注お願いします」
紹介状はまだ書きかけだった。
もう8時に近づいたらしく、私服の職員がぞろぞろやってきた。病棟医長が廊下で叫んだ。
「研修医の諸君!」
「?」
「お、そこにいるのは・・君!これから、急性心筋梗塞が入ってくるらしいよ。先輩の病院からの紹介だ」
「は、はい、先生、その」
「発症時間は2時間前らしい。10分くらいしたら救急車が到着する。君のほかにも何人か声かけておくから、今からダッシュで救急室へ向かって欲しい」
「先生、あと少し、時間・・」
「何やっとる!さっさと行かんと!」
その先生はいきなり血相を変えて怒ってきた。やってることは高度なはずなのに、大人気ない。そんな人間が多い気がした。
救急室へ走る。途中、同じく女性の研修医の川口が合流した。
「・・どしたの?あたしも走るけど」
「ああ、それがね!急性心筋梗塞だって」
「きゃ!ラッキーじゃん!主治医一番手!研修医でAMIがもてるのよ!ねね・・私がもらってもいい?」
「ええ?ああ、どうぞ」
「やったぁ!ちょっと急ぐね」
陸上部で鍛えてたという彼女に、あっという間に引き離されてしまった。
でも、そのあとこっちが引き寄せられるとは思ってもみずに・・。
救急車はまだ来ていない。
「3ヶ月前からときどき手伝ってたけど・・あなたはどこで?」
「どこでって・・ついこの前から働き始めたのに」
「就職する前から、見習いしなきゃダメよ。試験受かって頭、ボケちゃうでしょ」
「卒業旅行とか、行かなかったの?」
「ん?行ったよ。試験終わってすぐにね」
「どこ?」
「ニューヨーク」
「ぼくは・・スーパーファミコンしてた」なんて言えなかった。
ちょうど救急車のサイレンが、救ってくれた。
「あ、来るよ、来るよ・・」
「わかってるって」
「ええと、まずすべき処置は・・これとこれ」
「メモ?」
「あたし流のね。でも自分で作らなきゃだめよ」
「それにしても・・誰も来ないじゃないか・・」
「そうか・・!今日は職員の半数が研修日なんだ」
「けんしゅうびって?」
「出稼ぎ・・アルバイトよ!しかも、循環器グループがごっそりと」
「さっき病棟医長が言ってたけど、人を呼んでみるって」
「あー、あの人、言うことあてにならないよ」
「・・・」
「あ、来た!」
とうとう救急車は来てしまった・・。僕も手帳を見たが・・すでにパニくっていた。
2人でできるのか?
助けは?
というより・・助けて!
あ、あの患者も、助けねば・・・いかんのだった。
ここは、どこだ?
少しずつ、記憶の糸を辿っていった・・。
「うわ!」
ガバッと飛び起きたその場所は、詰所隣のカンファレンス室だった。先日、回診前のプレゼンテーションが行われたところだ。
歴史を感じる、長いす、長机・・。次第に目が慣れてきた。今は4時半。もちろん朝の、いや夜中か。白衣のまま寝てしまっていた。
耳を澄ますと、遠くに聞こえる、モニター音。時々鳴る警報音は、もう耳慣れてしまって警報ではなくなった。
昨日、言われたばっかりだった・・。
「泊り込め!」「泊り込め!」
「ととととまままりりりここめめめ!(多重エコー)」
泊まりこんで1日中、患者を診ろと?勉強せよと?そんなん無理に決まってる。医療ミスのもとになる。人間らしく、毎日休みは
取るべきだ。わかってる、病気には昼も夜もない。でも当直がそのために居るんじゃないか。
それなのに講師クラス・・実際は助手にやらせてることが多いんだが・・の、彼らはめったに呼ばれない。呼ばれるのは結局は主治医だ、特に大学病院では。
まあ「主治医制」という便利な呼び方があるけどね。
病室を少し覗いて、いったん帰ろうと思った。朝は出勤だけど。
そっと数センチ、覗いてみる。
「いたたたた・・・」
なに?まだ痛がってる・・?確かに夜10時頃、痛み止めの注射して、もうちっとも痛くないと言ってたのに・・。しょせん、痛み止めか。
「どこがです?」
「いたたたた・・・ぜんぶ、ぜんぶ」
「ここ・・ですか?」
「はうっ!・・い、いたいいいいいい。おなかがいたいいい」
無機質なデブ看護師がヌッと現れる。
「バイタルは変わりないんですが、先ほどから痛がってます。先生が出された指示;疼痛時、ブスコパン1アンプル筋注、もうあれから3回使ってますが」
「・・・」
「どうしますか?」
「・・・よ、様子を・・」
「患者さんは痛がっていますけど」
「いや、ちょっと調べて・・」
「オーベンの先生に連絡されますか?」
「えっ?いや、それは・・」
「じゃああとで指示もらえますか?」
「はい・・」
実は鎮痛剤はすべて試していたのだ。いろんな先生からの助言のもとで使ってきたが・・。オーベンに言われたとおり、鼻チューブ入れてたまってるはずの空気を外へ出したつもりだが、この膨張した腹部からみるとかなりガス・水がたまってそう。
教科書的には「それでもダメならイレウスチューブ」という
太い管を透視下でする。透視は透視室というところを借りてするわけだが、昨日聞いた話では、その場合『きちんと前もって予約をとって、消化器科の先生にチューブを入れてもらうようお願いする』べきとあった。
というか、そもそもこの病気は消化器だ。なんで循環・呼吸器を勉強したい自分が診るわけだ?
「そ、そうだ・・紹介すればいいじゃないか」
詰所の紹介状を1枚取り出す。院内紹介状というやつ。
「今日の朝一番で受診させてください。それまでは・・・・」
「?」
「もう1度、筋注お願いします」
紹介状はまだ書きかけだった。
もう8時に近づいたらしく、私服の職員がぞろぞろやってきた。病棟医長が廊下で叫んだ。
「研修医の諸君!」
「?」
「お、そこにいるのは・・君!これから、急性心筋梗塞が入ってくるらしいよ。先輩の病院からの紹介だ」
「は、はい、先生、その」
「発症時間は2時間前らしい。10分くらいしたら救急車が到着する。君のほかにも何人か声かけておくから、今からダッシュで救急室へ向かって欲しい」
「先生、あと少し、時間・・」
「何やっとる!さっさと行かんと!」
その先生はいきなり血相を変えて怒ってきた。やってることは高度なはずなのに、大人気ない。そんな人間が多い気がした。
救急室へ走る。途中、同じく女性の研修医の川口が合流した。
「・・どしたの?あたしも走るけど」
「ああ、それがね!急性心筋梗塞だって」
「きゃ!ラッキーじゃん!主治医一番手!研修医でAMIがもてるのよ!ねね・・私がもらってもいい?」
「ええ?ああ、どうぞ」
「やったぁ!ちょっと急ぐね」
陸上部で鍛えてたという彼女に、あっという間に引き離されてしまった。
でも、そのあとこっちが引き寄せられるとは思ってもみずに・・。
救急車はまだ来ていない。
「3ヶ月前からときどき手伝ってたけど・・あなたはどこで?」
「どこでって・・ついこの前から働き始めたのに」
「就職する前から、見習いしなきゃダメよ。試験受かって頭、ボケちゃうでしょ」
「卒業旅行とか、行かなかったの?」
「ん?行ったよ。試験終わってすぐにね」
「どこ?」
「ニューヨーク」
「ぼくは・・スーパーファミコンしてた」なんて言えなかった。
ちょうど救急車のサイレンが、救ってくれた。
「あ、来るよ、来るよ・・」
「わかってるって」
「ええと、まずすべき処置は・・これとこれ」
「メモ?」
「あたし流のね。でも自分で作らなきゃだめよ」
「それにしても・・誰も来ないじゃないか・・」
「そうか・・!今日は職員の半数が研修日なんだ」
「けんしゅうびって?」
「出稼ぎ・・アルバイトよ!しかも、循環器グループがごっそりと」
「さっき病棟医長が言ってたけど、人を呼んでみるって」
「あー、あの人、言うことあてにならないよ」
「・・・」
「あ、来た!」
とうとう救急車は来てしまった・・。僕も手帳を見たが・・すでにパニくっていた。
2人でできるのか?
助けは?
というより・・助けて!
あ、あの患者も、助けねば・・・いかんのだった。
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