< レジデント・ファースト 8 乱入 >
2004年1月27日AMIへの対応が終わって、やっと病棟に上がったのが昼3時。
4時間前に注文してあったうどんが伸びて、汁がなくなっていた。
「食うか・・!食われるか!」
ラップを剥がし、つかの間のひと時・・
「おい」
「?」
振り向くと、野中が立っていた。
「君・・もうちょっと患者さんのことを考えてあげたほうがいいんじゃないのか」
「何を?」
「患者さんの身になって考えないと!」
「・・だけど、メシくらい食わしてよ」
「メシ?ええ?なに?メシ?そんなんしてる場合ちゃうやろ!」
「でもお前も腹減ったやろ。これ、お前の」
「・・・ホント、あきれた奴だな。自分が持ってる病棟の患者さんも見ずに」
「このあと行くって」
野中は廊下を覗きこんだ。
「あ、婦長さん・・いました」
ふ、婦長を連れてきやがった。
婦長というより、デブのオバタリアンだ。例の如く、入り口で腕組みしている。
「せんせ、もう患者さんからクレームいっぱいですよ」
「あの腸閉塞の人?」
「そうですよ、まだその1人しか見てないじゃないですか。お腹痛い痛いって言ってるのに、先生は何もしてくれないって言ってますよ!」
「そんなことはないよ。ちゃんと消化器科へ紹介状を・・そうだった!紹介状、書きかけだった!」
あわてて詰所へ走った。婦長はのっしのっしとついてくる。
「ない!ない!・・・」
冷たく見守る婦長。
「どこだ!せっかく・・しょうがない!一から書こう」
「外来の受付時間はとっくに終わってますよ」
「じゃあ、明日の紹介で」
「明日の消化器外来は、病棟の患者さんは見ない日ですよ」
「そ、そんな日があるの?」
「さ、どうします?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・行ってきます」
「はあ?どこに?病室はこっちですよ!」
「・・・消化器の医局へ」
「今はカンファレンス中ですよ」
「ならちょうどいいじゃないですか。みんなの意見が聞けるし!」
カルテ、写真を持って僕は飛び出した。
廊下のはるか後ろから婦長が叫ぶ。
「オーベンが明日来たら・・・・されますよー!」
何、される?殺される?脅される?
忙しいとき、いつも自分に言い聞かせたが・・
「いつかは死ぬんだ」!
※ 『アンタッチャブル』の曲を持ってる人はかけてください。
1人 対 組織との 戦いが、はじまる・・・?
消化器科の医局。廊下には音は漏れてこないが、すりガラスに映る人影の多さがかなりプレッシャーとなっていた。
入るべきか、出てくるのを待つか・・。いやいや待っても、出てきたら相談どころじゃない。
消化器の頭脳たちが集まっている。彼らの意見なら、うちの医局の意見よりも正しいのに決まってる。そうだ、すべて患者のためになるんだから。僕は間違ってない・・。
なかば衝動的にドアを開けた。
教室の正面脇からいきなり入ったみたいで、いっせいの数十人の視線を浴びた。前に座っている多数の研修医。
前に立っていて見世物同然のようなこれまた研修医、らしき人物。
「えー、アサイテスの性状は、黄色でー・・?」
目と目が合った。
「アサイティス」
2列目のハゲた助教授がうつむきつぶやく。この人だけ僕に気づいてないようだ。教授はいないらしい。
「はい?」
「あさいてす・・とはなんだ。ちゃんと発音しないか!」
「は、はい、あさいちす」
「おい!アサイテ・・・・?どうした?まだ症例検討があるのか?」
やっと僕に気づいたようだ。
「君は・・どこの科?まさかうちじゃないよな?」
いっせいに笑いが起こった。どこの科でもそうだが、教授がいるときといないときではテンションが全く違う。
「呼吸器・循環器です」
「呼吸器循環器が、なんだ、名前は?アサイ・ティスか?浅井くんっていうの?」
ナンセンスな笑いが巻き起こった。
浅いのは、お前のハゲた頭だろ・・・。
「その。よろしいでしょうか」
またいっせいに笑い声。
「あの、少しでかまいません。これを」
「?緊急の相談か?」
横から助手らしき人間がこっちをにらみながら助教授に話しかける。
「ああ、わかってるがね、ちょうどいいじゃない、研修医も今日の論文の予習もしてなかったようだし。続けて」
「これがレントゲンで、これが・・」助教授が何を見かねたか、スパッと叫んだ。
「おまえたち!早く出て手伝ってあげないか!お客さんはもてなさないと!ほれほれ!」
助教授は前列の研修医たちの背中を叩き、前に出させた。
写真がそろった。
「それで・・・?」
「腹痛で入院してます。腸閉塞という診断はつきましたが」
「研修医しょくん!ちょうへいそくだぞ!ちょうへいそく!へんぺいそくじゃないぞ!はい、次、どうぞ!」
「つきましたが、原因が分かりません。お腹の音は最初強かったのですが、かなり弱まってます。便はまだ出ません」
「弱くなってきている・・?まさかそれ、腹膜炎じゃないよね。腸閉塞はほおっておけばそうなっちゃうよ。ショック状態になってない?」
「血圧もふつうですし・・」
「・・・石井くん!」
「はっ」
「石井君、彼を共観の主治医にするから、明日彼といっしょに相談したらどうです?今日は講演会があるんでね」
「はっ、ありがとうございます!」
「はい、じゃ、さっきの続きー・・」
僕はスキップで医局へ向かった。夜8時になっていた。病院の中にずっといる気がする。実際そうなのだが。
病棟へ戻った。患者はもう眠っていた。
「遅かったか・・すまないすまない・・」
眠っていたのをむしろ安心に思った。眠れるということは、痛くないと解釈する。
「今日こそ、帰っちゃおう・・」
オーベンの警告もなんのその、僕は帰途についた。野中も川口もいないし・・。研修医諸君はみんな疲れて帰ったか。
だが明日はまたオーベンが来る。しかし気にしてもしょうがない。楽しめるときに楽しむほかない。
若者よ。若いうちに遊べ。『プラトーン』の冒頭かよ、まったく。
春といえど、まだどことなく寒い5月。賃貸の汚いボロアパートに帰る。家賃は月6万、給料は月7万・・恥ずかしながら、
親の仕送りのお世話になってる。今の仕方ない状況を、親は全く理解しようとしない。
またたく間に、朝になってしまっていた。
重い足取りで、病院へ歩く。あと1時間もすれば・・確実に会う。オーベンを避ける方法はなにかないか。なにか・・。
風邪をひいたという仮病は早すぎるし・・。でもまあいいか、今日は消化器科の強い味方が応援に来てくれる。
朝の清掃員。駐車場係。この前はうっとうしかった駐車場係だが、彼らも仕事なんだよな。責める対象ではない。
ようやく医局へ通じる1階のエレベーターへ。オーベンは・・いないようだ、よかった。
早く来い・・。エレベーター・・。
エレベーターの表示が、5,4,3、と降りていく・・。よし、あともう少し・・そのとき!
表示ランプが突然「専用」表示になった。清掃員かだれかが押したのだ。これも仕方ないか。
そのとき!後ろから殺気を感じた・・・。
<つづく>
4時間前に注文してあったうどんが伸びて、汁がなくなっていた。
「食うか・・!食われるか!」
ラップを剥がし、つかの間のひと時・・
「おい」
「?」
振り向くと、野中が立っていた。
「君・・もうちょっと患者さんのことを考えてあげたほうがいいんじゃないのか」
「何を?」
「患者さんの身になって考えないと!」
「・・だけど、メシくらい食わしてよ」
「メシ?ええ?なに?メシ?そんなんしてる場合ちゃうやろ!」
「でもお前も腹減ったやろ。これ、お前の」
「・・・ホント、あきれた奴だな。自分が持ってる病棟の患者さんも見ずに」
「このあと行くって」
野中は廊下を覗きこんだ。
「あ、婦長さん・・いました」
ふ、婦長を連れてきやがった。
婦長というより、デブのオバタリアンだ。例の如く、入り口で腕組みしている。
「せんせ、もう患者さんからクレームいっぱいですよ」
「あの腸閉塞の人?」
「そうですよ、まだその1人しか見てないじゃないですか。お腹痛い痛いって言ってるのに、先生は何もしてくれないって言ってますよ!」
「そんなことはないよ。ちゃんと消化器科へ紹介状を・・そうだった!紹介状、書きかけだった!」
あわてて詰所へ走った。婦長はのっしのっしとついてくる。
「ない!ない!・・・」
冷たく見守る婦長。
「どこだ!せっかく・・しょうがない!一から書こう」
「外来の受付時間はとっくに終わってますよ」
「じゃあ、明日の紹介で」
「明日の消化器外来は、病棟の患者さんは見ない日ですよ」
「そ、そんな日があるの?」
「さ、どうします?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・行ってきます」
「はあ?どこに?病室はこっちですよ!」
「・・・消化器の医局へ」
「今はカンファレンス中ですよ」
「ならちょうどいいじゃないですか。みんなの意見が聞けるし!」
カルテ、写真を持って僕は飛び出した。
廊下のはるか後ろから婦長が叫ぶ。
「オーベンが明日来たら・・・・されますよー!」
何、される?殺される?脅される?
忙しいとき、いつも自分に言い聞かせたが・・
「いつかは死ぬんだ」!
※ 『アンタッチャブル』の曲を持ってる人はかけてください。
1人 対 組織との 戦いが、はじまる・・・?
消化器科の医局。廊下には音は漏れてこないが、すりガラスに映る人影の多さがかなりプレッシャーとなっていた。
入るべきか、出てくるのを待つか・・。いやいや待っても、出てきたら相談どころじゃない。
消化器の頭脳たちが集まっている。彼らの意見なら、うちの医局の意見よりも正しいのに決まってる。そうだ、すべて患者のためになるんだから。僕は間違ってない・・。
なかば衝動的にドアを開けた。
教室の正面脇からいきなり入ったみたいで、いっせいの数十人の視線を浴びた。前に座っている多数の研修医。
前に立っていて見世物同然のようなこれまた研修医、らしき人物。
「えー、アサイテスの性状は、黄色でー・・?」
目と目が合った。
「アサイティス」
2列目のハゲた助教授がうつむきつぶやく。この人だけ僕に気づいてないようだ。教授はいないらしい。
「はい?」
「あさいてす・・とはなんだ。ちゃんと発音しないか!」
「は、はい、あさいちす」
「おい!アサイテ・・・・?どうした?まだ症例検討があるのか?」
やっと僕に気づいたようだ。
「君は・・どこの科?まさかうちじゃないよな?」
いっせいに笑いが起こった。どこの科でもそうだが、教授がいるときといないときではテンションが全く違う。
「呼吸器・循環器です」
「呼吸器循環器が、なんだ、名前は?アサイ・ティスか?浅井くんっていうの?」
ナンセンスな笑いが巻き起こった。
浅いのは、お前のハゲた頭だろ・・・。
「その。よろしいでしょうか」
またいっせいに笑い声。
「あの、少しでかまいません。これを」
「?緊急の相談か?」
横から助手らしき人間がこっちをにらみながら助教授に話しかける。
「ああ、わかってるがね、ちょうどいいじゃない、研修医も今日の論文の予習もしてなかったようだし。続けて」
「これがレントゲンで、これが・・」助教授が何を見かねたか、スパッと叫んだ。
「おまえたち!早く出て手伝ってあげないか!お客さんはもてなさないと!ほれほれ!」
助教授は前列の研修医たちの背中を叩き、前に出させた。
写真がそろった。
「それで・・・?」
「腹痛で入院してます。腸閉塞という診断はつきましたが」
「研修医しょくん!ちょうへいそくだぞ!ちょうへいそく!へんぺいそくじゃないぞ!はい、次、どうぞ!」
「つきましたが、原因が分かりません。お腹の音は最初強かったのですが、かなり弱まってます。便はまだ出ません」
「弱くなってきている・・?まさかそれ、腹膜炎じゃないよね。腸閉塞はほおっておけばそうなっちゃうよ。ショック状態になってない?」
「血圧もふつうですし・・」
「・・・石井くん!」
「はっ」
「石井君、彼を共観の主治医にするから、明日彼といっしょに相談したらどうです?今日は講演会があるんでね」
「はっ、ありがとうございます!」
「はい、じゃ、さっきの続きー・・」
僕はスキップで医局へ向かった。夜8時になっていた。病院の中にずっといる気がする。実際そうなのだが。
病棟へ戻った。患者はもう眠っていた。
「遅かったか・・すまないすまない・・」
眠っていたのをむしろ安心に思った。眠れるということは、痛くないと解釈する。
「今日こそ、帰っちゃおう・・」
オーベンの警告もなんのその、僕は帰途についた。野中も川口もいないし・・。研修医諸君はみんな疲れて帰ったか。
だが明日はまたオーベンが来る。しかし気にしてもしょうがない。楽しめるときに楽しむほかない。
若者よ。若いうちに遊べ。『プラトーン』の冒頭かよ、まったく。
春といえど、まだどことなく寒い5月。賃貸の汚いボロアパートに帰る。家賃は月6万、給料は月7万・・恥ずかしながら、
親の仕送りのお世話になってる。今の仕方ない状況を、親は全く理解しようとしない。
またたく間に、朝になってしまっていた。
重い足取りで、病院へ歩く。あと1時間もすれば・・確実に会う。オーベンを避ける方法はなにかないか。なにか・・。
風邪をひいたという仮病は早すぎるし・・。でもまあいいか、今日は消化器科の強い味方が応援に来てくれる。
朝の清掃員。駐車場係。この前はうっとうしかった駐車場係だが、彼らも仕事なんだよな。責める対象ではない。
ようやく医局へ通じる1階のエレベーターへ。オーベンは・・いないようだ、よかった。
早く来い・・。エレベーター・・。
エレベーターの表示が、5,4,3、と降りていく・・。よし、あともう少し・・そのとき!
表示ランプが突然「専用」表示になった。清掃員かだれかが押したのだ。これも仕方ないか。
そのとき!後ろから殺気を感じた・・・。
<つづく>
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