< レジデント・ファースト 9 喝! >
2004年1月28日「フッヒヒヒ!」
あの不気味な笑い声!そこに見えるでかい影!それはまさしく・・・!
「松田先生!」
幸い、オーベンではなかった。
「どうしたんだ?急に」
「・・・昨日はありがとうございました」
「え?あ、いやいや。どうですか、その後の経過は」
「?」
「ほらあの、急性心筋梗塞の、もう忘れたの?」
「いえ、あれからは僕も全然・・」
松田先生と笑っていた隣の病棟医長がキッとこちらをにらんだ。
「あー、お前か、例の研修医・・さては昨日は帰ったな!けしからん!」
どうやら本気で怒っているようだ。
「すみません」
ここで一言。
患者にしろ、目上にしろ、すみませんとは決して言ってはならない。特に初対面。その時点で何もかもが決まってしまうのだ!優位に立たれてしまうからだ。予後が極めて悪くなる。有意差ありで。
「研修医のみんなは、昨日集中治療室で泊り込んでいたんだぞ」
「え?」
だから病棟にみんないなかったのか。
「1回あったんだよ。不整脈が。心室頻拍・・命取りになるやつだ。彼らは電気ショックを近くまで持ってきて、もしやのときのために待機していたんだ」
「・・・・・」
よく体が持つな。人間、寝なきゃ。
「かわいそうに、川口さんは疲労で今当直室で点滴しているよ。それでも勤務出たいって言ってるんだからなあ。どこぞの誰かとは大違いだ」
ほえまくる病棟医長。
「あのナイス・ボディの川口くんがだよ」
・・それは関係ないだろうが。
エレベーターがやっと開いた。乗り込もうとしたところ、向こうから若い院生が出てきた。ネズミが入った籠を抱えて。
「あ!研修医!もう来てるよ、お前のオーベン!すっげえ機嫌悪いぞ。カンカンよ、もう!」
「ああ・・・」
僕はアダムス・ストークスのようになった。
「もう病棟へ向かったぞ。お前がもう来てるかどうか、チェックするとか言ってた」
「たった今ですか」
「もう1分はたったがな。廊下で誰かと話してたから、間に合うかもな」
今なら・・・
「間に合う!」
僕はエレベーターに乗らず、別の建物の病棟へと向かった。階段を何段も、何段も・・。病棟の朝のエレベーターに、乗れるわけがない。
息を切らしながらも病棟に着いた。
そこにはオーベンはいなかった。ふう・・。
患者の経過は、どれどれ、看護記録は・・。ない、ない。まだ記録してないのか。というか記録そのものがないのか。さすが大学病院の看護婦だ。
仕方なく、病室へ。カーテンがかかっていて、患者の姿が隠れている。
「おはようござ・・!」
カーテンを開けた。
そこにはオーベンがいた。
まさにそこ。そこにある危機。
「やあ」
なんて不気味なさわやか笑顔だ。笑顔から感じるのは寒気だけだ。
「・・・いやあ、主治医の先生がよく診てくれて、よかったねえ」
「ホンマですわ。夜中でもよう来てくれるし」
この人、夜中は寝てたんじゃなかったのか。きちんと見てくれていた。気づいてたんだ。
「そうですかあ、お腹はマシになりましたか。便も出て・・」
気持ち悪いくらいジェントル。
「そうですわ。近々退院できますかなあ」
「ふんふん。意欲もあれば大丈夫、なあ!」
一瞬見せた眼光。オーベンは続けた。
「なんかその、先生」
きたぞ!
「消化器科の先生がお見えになるとか」
「・・・はい、確かに」
「よかったら僕に相談して欲しかったなー」
「す、すみません」
また言っちゃったよ・・。
「じゃ、お大事にね。また来ます」
「よろしゅうたのんます!先生がさわって見てくれただけでわしゃあしあわせもんや」
「では」
廊下に出たとたん、オーベンの態度が一変した。
「何やってんだ、お前、ふざけるな、コラァ・・ちょっとこっち来い!」
詰所控え室という狭いところに通された。お菓子の箱が散乱している。
「バカモノ!」
彼は拳を思い切り机に叩き付けた。ドーンという轟音が鳴り響き、近くの詰所のザワザワが静まり返った。
モニターの心電図の音さえ止まってしまった。
「きさま、それでも医者なのか?自分で考えようともせず、しかも上の人間をコケにしやがって」
「いえ、してません」
「それが気にいらんのだよ!そ!れ!が!」
今度は自分へ拳が飛んできた。しかし1センチほどの差で命中はせず、また机を叩きつけた。
ドーーーン・・・。
「いいか、一とおり学んでもない奴が、勝手に患者を振り分けるな!自分で患者を選ぶな!」
こりゃ、かなりヤバイ・・。
「俺のメンツはどうするんだ!お前のオーベンは腰抜けか!たわけ!バカにも程があるぞ!」
なんか、こういう映画あったな・・。「愛と青春の旅立ち」か?鬼軍曹!
「あー、しんど・・おい、これからお前」
「はい」
「俺から指示を仰ぐまで、いっさい指示を出すな。すべての判断は、俺がする、いいな」
「・・はい」
「血圧測定、1回でもな!いいか!」
そりゃあんまりだろ。
オーベンは出て行った。しかしすぐ戻った。
「でもな、そこにいるスタッフからまず相談しろよ!気安く俺を呼ぶな!」
そして本当に出て行った。
だから呼ばないんだよ・・・。
消化器の先生が来たときはもう落ち着いていたとのことで、経過観察となった。
そして・・。
教授回診の日が迫っていた。
腸閉塞以外に、糖尿病の患者、高血圧の患者・・。この数日で3人か。3人でもうクタクタ。1人あたりにかかる時間が、これまた長いんだ、これが。
データの整理やカンファレンスの準備。そして、今日の回診の準備。
教授が医局のフンどもを従えてやってきた。軽い足取りだ。一番最後尾には、学生のグループ。彼らには患者は見えないだろう。背の高い奴は見下ろしてくるので困る・・。
「どうですかー・・」
ジジイ先生の回診がさあ始まった。僕の患者は次の部屋だ。次の部屋で待とう。患者にまず挨拶。目を合わせておじぎ。まず基本だ。
「おはようございます」
「偉いね、朝から。ファイトファイト!」
このオバハン、医者だと全然感じてないな・・。
「こんな胸はだけてもて、いやん恥ずかしいわ」
部屋のみんなが笑い出す。
気持ちわるう・・。
「手足しびれるんやわあ、これも糖尿のせいやろか」
「いつからです?」
「薬はもらっとんやがいっこうに効かんのでなあ」
出てるのはキネダック。これが効かないとメチコバールが出たりする。メキシチールを使うという裏技もある。まあ劇的に効くものはないという印象だ。そういや神経伝達速度って、だからどうなんだよっていう検査あるね。
いよいよ教授が入ってくる・・・。このあと腸閉塞患者の回診で、前代未聞のことが起こった!
CM。
<つづく>
あの不気味な笑い声!そこに見えるでかい影!それはまさしく・・・!
「松田先生!」
幸い、オーベンではなかった。
「どうしたんだ?急に」
「・・・昨日はありがとうございました」
「え?あ、いやいや。どうですか、その後の経過は」
「?」
「ほらあの、急性心筋梗塞の、もう忘れたの?」
「いえ、あれからは僕も全然・・」
松田先生と笑っていた隣の病棟医長がキッとこちらをにらんだ。
「あー、お前か、例の研修医・・さては昨日は帰ったな!けしからん!」
どうやら本気で怒っているようだ。
「すみません」
ここで一言。
患者にしろ、目上にしろ、すみませんとは決して言ってはならない。特に初対面。その時点で何もかもが決まってしまうのだ!優位に立たれてしまうからだ。予後が極めて悪くなる。有意差ありで。
「研修医のみんなは、昨日集中治療室で泊り込んでいたんだぞ」
「え?」
だから病棟にみんないなかったのか。
「1回あったんだよ。不整脈が。心室頻拍・・命取りになるやつだ。彼らは電気ショックを近くまで持ってきて、もしやのときのために待機していたんだ」
「・・・・・」
よく体が持つな。人間、寝なきゃ。
「かわいそうに、川口さんは疲労で今当直室で点滴しているよ。それでも勤務出たいって言ってるんだからなあ。どこぞの誰かとは大違いだ」
ほえまくる病棟医長。
「あのナイス・ボディの川口くんがだよ」
・・それは関係ないだろうが。
エレベーターがやっと開いた。乗り込もうとしたところ、向こうから若い院生が出てきた。ネズミが入った籠を抱えて。
「あ!研修医!もう来てるよ、お前のオーベン!すっげえ機嫌悪いぞ。カンカンよ、もう!」
「ああ・・・」
僕はアダムス・ストークスのようになった。
「もう病棟へ向かったぞ。お前がもう来てるかどうか、チェックするとか言ってた」
「たった今ですか」
「もう1分はたったがな。廊下で誰かと話してたから、間に合うかもな」
今なら・・・
「間に合う!」
僕はエレベーターに乗らず、別の建物の病棟へと向かった。階段を何段も、何段も・・。病棟の朝のエレベーターに、乗れるわけがない。
息を切らしながらも病棟に着いた。
そこにはオーベンはいなかった。ふう・・。
患者の経過は、どれどれ、看護記録は・・。ない、ない。まだ記録してないのか。というか記録そのものがないのか。さすが大学病院の看護婦だ。
仕方なく、病室へ。カーテンがかかっていて、患者の姿が隠れている。
「おはようござ・・!」
カーテンを開けた。
そこにはオーベンがいた。
まさにそこ。そこにある危機。
「やあ」
なんて不気味なさわやか笑顔だ。笑顔から感じるのは寒気だけだ。
「・・・いやあ、主治医の先生がよく診てくれて、よかったねえ」
「ホンマですわ。夜中でもよう来てくれるし」
この人、夜中は寝てたんじゃなかったのか。きちんと見てくれていた。気づいてたんだ。
「そうですかあ、お腹はマシになりましたか。便も出て・・」
気持ち悪いくらいジェントル。
「そうですわ。近々退院できますかなあ」
「ふんふん。意欲もあれば大丈夫、なあ!」
一瞬見せた眼光。オーベンは続けた。
「なんかその、先生」
きたぞ!
「消化器科の先生がお見えになるとか」
「・・・はい、確かに」
「よかったら僕に相談して欲しかったなー」
「す、すみません」
また言っちゃったよ・・。
「じゃ、お大事にね。また来ます」
「よろしゅうたのんます!先生がさわって見てくれただけでわしゃあしあわせもんや」
「では」
廊下に出たとたん、オーベンの態度が一変した。
「何やってんだ、お前、ふざけるな、コラァ・・ちょっとこっち来い!」
詰所控え室という狭いところに通された。お菓子の箱が散乱している。
「バカモノ!」
彼は拳を思い切り机に叩き付けた。ドーンという轟音が鳴り響き、近くの詰所のザワザワが静まり返った。
モニターの心電図の音さえ止まってしまった。
「きさま、それでも医者なのか?自分で考えようともせず、しかも上の人間をコケにしやがって」
「いえ、してません」
「それが気にいらんのだよ!そ!れ!が!」
今度は自分へ拳が飛んできた。しかし1センチほどの差で命中はせず、また机を叩きつけた。
ドーーーン・・・。
「いいか、一とおり学んでもない奴が、勝手に患者を振り分けるな!自分で患者を選ぶな!」
こりゃ、かなりヤバイ・・。
「俺のメンツはどうするんだ!お前のオーベンは腰抜けか!たわけ!バカにも程があるぞ!」
なんか、こういう映画あったな・・。「愛と青春の旅立ち」か?鬼軍曹!
「あー、しんど・・おい、これからお前」
「はい」
「俺から指示を仰ぐまで、いっさい指示を出すな。すべての判断は、俺がする、いいな」
「・・はい」
「血圧測定、1回でもな!いいか!」
そりゃあんまりだろ。
オーベンは出て行った。しかしすぐ戻った。
「でもな、そこにいるスタッフからまず相談しろよ!気安く俺を呼ぶな!」
そして本当に出て行った。
だから呼ばないんだよ・・・。
消化器の先生が来たときはもう落ち着いていたとのことで、経過観察となった。
そして・・。
教授回診の日が迫っていた。
腸閉塞以外に、糖尿病の患者、高血圧の患者・・。この数日で3人か。3人でもうクタクタ。1人あたりにかかる時間が、これまた長いんだ、これが。
データの整理やカンファレンスの準備。そして、今日の回診の準備。
教授が医局のフンどもを従えてやってきた。軽い足取りだ。一番最後尾には、学生のグループ。彼らには患者は見えないだろう。背の高い奴は見下ろしてくるので困る・・。
「どうですかー・・」
ジジイ先生の回診がさあ始まった。僕の患者は次の部屋だ。次の部屋で待とう。患者にまず挨拶。目を合わせておじぎ。まず基本だ。
「おはようございます」
「偉いね、朝から。ファイトファイト!」
このオバハン、医者だと全然感じてないな・・。
「こんな胸はだけてもて、いやん恥ずかしいわ」
部屋のみんなが笑い出す。
気持ちわるう・・。
「手足しびれるんやわあ、これも糖尿のせいやろか」
「いつからです?」
「薬はもらっとんやがいっこうに効かんのでなあ」
出てるのはキネダック。これが効かないとメチコバールが出たりする。メキシチールを使うという裏技もある。まあ劇的に効くものはないという印象だ。そういや神経伝達速度って、だからどうなんだよっていう検査あるね。
いよいよ教授が入ってくる・・・。このあと腸閉塞患者の回診で、前代未聞のことが起こった!
CM。
<つづく>
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