< レジデント・ファースト 10 It’s only ・・・ >
2004年1月29日あ、教授が入ってきた。うちの糖尿病の患者。
「どーですかーーのーーー」
「はい、なんともないどすえ」
なにっ!どうしてだ!
しびれのこと、聞くんじゃなかったのかい?さっきは教授に聞くって・・。
教授は去っていった。
「あ、しかし治らんのー、もう治らんのかのー、このしびれ。どうしたらいいんかの」
だったら言わんか!そのとき!
高血圧の患者。内服で調節するため入院となった。高齢男性。耳が遠い。
「どーですかーーーのーーーー」
「はい、おかげさまで」
「血圧はちょうどいいですようなあ」
「はあ、おかげさまで」
「ちょっと詳しい検査せないかんですなあ、高血圧とは、つまり・・」
「はい、おかげさまで」
教授は固まっていた。
「・・・はい、次」
腸閉塞の患者のところ。
「どーですかーーーのーーー」
「ハイ、痛みマシです」
「なんかーきみぃー・・」
教授が僕に振り向いた。
「なんかーオーベンから聞いたが・・もうちょっとよく診てあげんといかんよぉ。患者さんをもっとよく観察して・・」
「・・・・」
「患者の前でウトウトしてるとか、よう聞くよ、君の噂は。患者さんに申し訳ないでしょうが」
ヤバイ・・これはかなり。俺は・・怒られている。
そのときだった。
「何をおっしゃいますの、先生」
「?」
一瞬、世界が凍りついた。
「先生は、わしの先生は・・よく診てくれてるのに。先生だって人間でしょ。家に帰ったりもして当然よ。起きてるときだけ来て
愛想振りまくような先生とは違うよ」
それ・・オーベンのこと?だったりして。
「はーーそうですかのーー」
「でね、先生、あ、教授さんか。わしの先生はわしの横でこっそりやってきてはいろいろ悩みよった。その姿を見て、わしも頑張ろうと思ったわけでな。だから先生、どうか・・・怒らんとってください。怒らんでやって。先生はそんなん言われる権利ない」
その患者の目にはうっすら涙が映えていた。
僕は言葉を失った・・・。なんという無力感。
違う、そんな立派な人間じゃ、ないんだよ・・・!
教授は返事もせず、その患者の回診を中断した。
「ねーねー、さっきはすごかったわねえ」
川口が迫ってきた。いや、近づいてきた。なんかいい匂いがする。こう、気が遠くなりそうな、ああー・・。
「ちょっと、何逃げてるのよ」
「す、凄いってなんで」
「まるで信者。私はそこまでいってないな」
「ところでよく働くね」
「貧乏と医者に暇なしよ」
なんて言葉だ・・。
どうもこの連中には非人間的なものを感じる。庶民的でないというか、冷酷というか・・。
「あー、あたしも尊敬されたい。されたいされたい。彼氏とかいたらなーこんなとき」
い、いるのか?やっぱ・・。
「今はいないけどねー」
「・・・」
「捨てられちゃった。というか、自然消滅。彼は3つ年上だったんだけど、遠方の厚生省のほう行っちゃってね」
「こ、こうせ・・連絡しなくなったの?」
「家になかなか帰ってなかったのね。こっちが留守電入れようにも、留守番電話つけてないっていうのね。変でしょ?」
「いや、それは・・・本当だったのかも?」
「じゃあ何だったって言うのよ!」
「・・・・」
「きっと誰か見つかったのよ、いい人が。あたしブサイクだし、こんな年だし」
君がブサイクだったら、世の中どうなるの。
医局で歌が流れている、誰かのCD。
あーーーーいだーーーけーーはーーー 忘れたはずーさー・・・。
「突き止めたらどう?」
「どうやってよ?」
「最後に話したのは?」
「なんかねー夜中に・・電話かかってきて・・もうお前は俺にとって重荷でしかないって」
「ひでえなあ・・・なんて男だ。最低」
そのとき彼女はものすごい眼差しでこっちを睨んだ。
「彼の悪口は・・言わせない!」
だったらどうしろと言うんだよ!
あーあ、もう今日はふんだりけったり。
きーみーのーーーこーとーー ?
忘れたいよ・・・。
腸閉塞の患者も、普通に便が出たし・・。やれやれ。この人にはかなり引っ張りまわされたな。
休日の朝。研修医は休日も出勤するのが非公式の義務だが、今日は少々寝坊してもよさそうだ。
ポケベル見ると・・・
「あ!なんだこれ?」
着信の履歴が・・何度も!こんなに鳴っていた?いつだ。なんで気づかなかったんだ?
そうか!
バイブにしたままだったんだ。昼はバイブでも、夜は音に切り替えていたのが・・
切り替え忘れてた、浅はかだった。
しかし、何だろう。こう何回も立て続けに。
家の電話は・・あ、使えない!
「そうか、振込みしてなかったな・・止められたんだ」
口座の手続きもしてなかったのだ。
携帯電話もまだの時代。公衆電話から電話するしかない。というか・・職場へ行ったほうが早い!
チャリンコで大急ぎで疾走した。なんだ、何が起こったんだ・・・・・・・・!どんどん近づいてくる、巨大な大学病院。
半ば、カンの様なものだろうか、病棟詰所の中の雰囲気がいつもと違っていた。数人の研修医がモニターに釘付け。
モニターの脈はかなり速い。不整脈もときどき出てる。血圧表示が70/44。誰か、末期がんの人とかいるのかな。
「・・・あの、すんません・・・」
研修医3人ともこちらを振り向いた。だが彼らは無言。
「なに、何があった?悪いけど、ポケベルがちょっと・・」
「どうしようもないな、おい」
野中が先陣をきった。川口が続いた。
「あたしらねー・・集中治療室の心筋梗塞に交代でかかりっきりなのよー・・」
「そうよ、自分の患者もほっといて」
最後に初めて聞いたその声の主は、もう1人の女研修医の間宮だった。暗いスケ番刑事[3代目]という印象だった。
「ちょっと待て、ほっといてるわけじぇねえぞ」
「だからこうなっちゃうのよ」
「なにが・・え?これが?このモニターが・・」
「はやく行ってあげなさいよ!オーベンが処置してるわよ!」
「オーベンが・・?休日はいつもいないのに」
そこで間宮が淡々と呟く。
「・・・あたしが呼んだ。自宅へ電話したの。あなたが家なんかに帰ってるからよ、わたし・・わたし・・」
ちょっとパニクってきているな、こいつ。
病室へ走った。
「よし、透視室へ運べ」
「血圧は上がってきた・・どうも脱水ですかねえ」
「違うアホ、坐薬の副作用だ」
オーベンと松田先生だ。
この院生は僕らに関わったばっかりに、その後の相談も任されるようになってしまっていた。
松田先生は僕に気づいた。
「おーおー、来たか、おはようさん」
「・・・申し訳ありません・・・」
「今な、急にショック状態になったということでいろいろやってたんだよ。君のオーベンが直々に来てくれて、直々にアイブイエイチを入れてくれた。輸液と昇圧剤で戻ってきた」
「ハイブイ・・?」
「IVHだろが、コラ!お前そんな用語も知らんのか」
オーベンは黙ったまま。
「どーですかーーのーーー」
「はい、なんともないどすえ」
なにっ!どうしてだ!
しびれのこと、聞くんじゃなかったのかい?さっきは教授に聞くって・・。
教授は去っていった。
「あ、しかし治らんのー、もう治らんのかのー、このしびれ。どうしたらいいんかの」
だったら言わんか!そのとき!
高血圧の患者。内服で調節するため入院となった。高齢男性。耳が遠い。
「どーですかーーーのーーーー」
「はい、おかげさまで」
「血圧はちょうどいいですようなあ」
「はあ、おかげさまで」
「ちょっと詳しい検査せないかんですなあ、高血圧とは、つまり・・」
「はい、おかげさまで」
教授は固まっていた。
「・・・はい、次」
腸閉塞の患者のところ。
「どーですかーーーのーーー」
「ハイ、痛みマシです」
「なんかーきみぃー・・」
教授が僕に振り向いた。
「なんかーオーベンから聞いたが・・もうちょっとよく診てあげんといかんよぉ。患者さんをもっとよく観察して・・」
「・・・・」
「患者の前でウトウトしてるとか、よう聞くよ、君の噂は。患者さんに申し訳ないでしょうが」
ヤバイ・・これはかなり。俺は・・怒られている。
そのときだった。
「何をおっしゃいますの、先生」
「?」
一瞬、世界が凍りついた。
「先生は、わしの先生は・・よく診てくれてるのに。先生だって人間でしょ。家に帰ったりもして当然よ。起きてるときだけ来て
愛想振りまくような先生とは違うよ」
それ・・オーベンのこと?だったりして。
「はーーそうですかのーー」
「でね、先生、あ、教授さんか。わしの先生はわしの横でこっそりやってきてはいろいろ悩みよった。その姿を見て、わしも頑張ろうと思ったわけでな。だから先生、どうか・・・怒らんとってください。怒らんでやって。先生はそんなん言われる権利ない」
その患者の目にはうっすら涙が映えていた。
僕は言葉を失った・・・。なんという無力感。
違う、そんな立派な人間じゃ、ないんだよ・・・!
教授は返事もせず、その患者の回診を中断した。
「ねーねー、さっきはすごかったわねえ」
川口が迫ってきた。いや、近づいてきた。なんかいい匂いがする。こう、気が遠くなりそうな、ああー・・。
「ちょっと、何逃げてるのよ」
「す、凄いってなんで」
「まるで信者。私はそこまでいってないな」
「ところでよく働くね」
「貧乏と医者に暇なしよ」
なんて言葉だ・・。
どうもこの連中には非人間的なものを感じる。庶民的でないというか、冷酷というか・・。
「あー、あたしも尊敬されたい。されたいされたい。彼氏とかいたらなーこんなとき」
い、いるのか?やっぱ・・。
「今はいないけどねー」
「・・・」
「捨てられちゃった。というか、自然消滅。彼は3つ年上だったんだけど、遠方の厚生省のほう行っちゃってね」
「こ、こうせ・・連絡しなくなったの?」
「家になかなか帰ってなかったのね。こっちが留守電入れようにも、留守番電話つけてないっていうのね。変でしょ?」
「いや、それは・・・本当だったのかも?」
「じゃあ何だったって言うのよ!」
「・・・・」
「きっと誰か見つかったのよ、いい人が。あたしブサイクだし、こんな年だし」
君がブサイクだったら、世の中どうなるの。
医局で歌が流れている、誰かのCD。
あーーーーいだーーーけーーはーーー 忘れたはずーさー・・・。
「突き止めたらどう?」
「どうやってよ?」
「最後に話したのは?」
「なんかねー夜中に・・電話かかってきて・・もうお前は俺にとって重荷でしかないって」
「ひでえなあ・・・なんて男だ。最低」
そのとき彼女はものすごい眼差しでこっちを睨んだ。
「彼の悪口は・・言わせない!」
だったらどうしろと言うんだよ!
あーあ、もう今日はふんだりけったり。
きーみーのーーーこーとーー ?
忘れたいよ・・・。
腸閉塞の患者も、普通に便が出たし・・。やれやれ。この人にはかなり引っ張りまわされたな。
休日の朝。研修医は休日も出勤するのが非公式の義務だが、今日は少々寝坊してもよさそうだ。
ポケベル見ると・・・
「あ!なんだこれ?」
着信の履歴が・・何度も!こんなに鳴っていた?いつだ。なんで気づかなかったんだ?
そうか!
バイブにしたままだったんだ。昼はバイブでも、夜は音に切り替えていたのが・・
切り替え忘れてた、浅はかだった。
しかし、何だろう。こう何回も立て続けに。
家の電話は・・あ、使えない!
「そうか、振込みしてなかったな・・止められたんだ」
口座の手続きもしてなかったのだ。
携帯電話もまだの時代。公衆電話から電話するしかない。というか・・職場へ行ったほうが早い!
チャリンコで大急ぎで疾走した。なんだ、何が起こったんだ・・・・・・・・!どんどん近づいてくる、巨大な大学病院。
半ば、カンの様なものだろうか、病棟詰所の中の雰囲気がいつもと違っていた。数人の研修医がモニターに釘付け。
モニターの脈はかなり速い。不整脈もときどき出てる。血圧表示が70/44。誰か、末期がんの人とかいるのかな。
「・・・あの、すんません・・・」
研修医3人ともこちらを振り向いた。だが彼らは無言。
「なに、何があった?悪いけど、ポケベルがちょっと・・」
「どうしようもないな、おい」
野中が先陣をきった。川口が続いた。
「あたしらねー・・集中治療室の心筋梗塞に交代でかかりっきりなのよー・・」
「そうよ、自分の患者もほっといて」
最後に初めて聞いたその声の主は、もう1人の女研修医の間宮だった。暗いスケ番刑事[3代目]という印象だった。
「ちょっと待て、ほっといてるわけじぇねえぞ」
「だからこうなっちゃうのよ」
「なにが・・え?これが?このモニターが・・」
「はやく行ってあげなさいよ!オーベンが処置してるわよ!」
「オーベンが・・?休日はいつもいないのに」
そこで間宮が淡々と呟く。
「・・・あたしが呼んだ。自宅へ電話したの。あなたが家なんかに帰ってるからよ、わたし・・わたし・・」
ちょっとパニクってきているな、こいつ。
病室へ走った。
「よし、透視室へ運べ」
「血圧は上がってきた・・どうも脱水ですかねえ」
「違うアホ、坐薬の副作用だ」
オーベンと松田先生だ。
この院生は僕らに関わったばっかりに、その後の相談も任されるようになってしまっていた。
松田先生は僕に気づいた。
「おーおー、来たか、おはようさん」
「・・・申し訳ありません・・・」
「今な、急にショック状態になったということでいろいろやってたんだよ。君のオーベンが直々に来てくれて、直々にアイブイエイチを入れてくれた。輸液と昇圧剤で戻ってきた」
「ハイブイ・・?」
「IVHだろが、コラ!お前そんな用語も知らんのか」
オーベンは黙ったまま。
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