< レジデント・ファースト 11 I SEE YOU >
2004年1月30日「石井先生が来られました」と詰所から。消化器内科の先生だ。
助かった。
クールそうなメガネの先生だ。
「石井です。今患者さん見てきましたが、宿便による腸閉塞だったようですね」
「・・そうでしたか」
なんだ、それだけだったんだ?
「先日のショックは腹痛のときに使用する頓服の・・坐薬ですね、先生が指示された」
「いけなかったんですね」
「脱水や頻脈のときは危ないですね。急に血圧が下がることがある。それに、この方は既往に気管支喘息がありますね。使わないほうが好ましいのでは?」
「・・・」
確かに喘息の1割が酸性のNSAIDに過敏性があるという。
「先生、呼吸器でしょう?ご専門は」
「いえ、まだ循環器しか・・」
「指示を変えておいてください。オーベンの先生と相談して。以後は・・この彼に報告を」
気づかなかったが、真後ろにそびえているチビ男研修医がいた。
「水野です」
「宜しくお願いいたします」
「こちらこそ・・では石井先生、外来のほうへ」
「ああ、行こうか。下血の患者が入ったっていうしな」
2人は去っていった。
宿便・・単なる便秘だったのか。彼らがそういうのなら、そうなんだよな。
「ああ、そういうことだろうと思った」
オーベンは医局でふんぞりかえっていた。
「で、お前は?」
「?」
「お前はそれでいいと?」
「は、はい」
「なぜ?・・あ、秘書さん・・これ、医局費。3か月分ね、まとめて。ちゃんと確かめて、オッケーね」
「・・・・」
「どうなんだ・・・」
オーベンが余裕のタバコ、火をつける。
「フーっ・・・・」
便秘があって、宿便になって・・ガス・便がお腹にたまる。で、機械性の腸閉塞。それでいいじゃないか。
「いいんだな?」
「は、はあ」
「主治医先生。主治医はお前だろ。ハッキリ言え」
「はい、宿便によるイレウスと思います。ち、治療は・・下剤です」
「この前使って出なかったのにか?」
「じゅ、じゅうぶんな輸液による脱水の改善・・」
消化器内科がカルテに書いてあったことそのままだ。
「それだけじゃアカンやろ」
「ええっと・・・」
「腸の動きを促進するのは?」
「それは薬ですか?」
「質問に質問するな!」
「・・・・」
「もういい・・・腸管運動促進剤・・調べとけ」
松田先生が少し離れたとこで座っていた。
「プロスタグランジンでしょ」
「お前は黙ってさっさと論文書け!」
「・・・・・」
「おい、薬は調べるとして、この指示だけ書いとけ。浣腸と、熱気。熱を与えて腸を動かすんだ」
「わかりました」
今のだけで凄い「熱気」だ。
「便秘の原因は調べないのか、コラ」
「だ、大腸の内視鏡を予約します」
「大学病院での予約は数週間待ちになるぞ。もっと簡単な検査で」
「注腸造影。バリウムですね」
「ああ、便を出し切ってからな。とにかく便を出せ、出して出して、出しまくれ。ちなみに腸閉塞にはバリウムは禁忌だからな、そんなときにするなよ」
「はい」
「それでもし異常がなかったら食事だ。もう何日も食わせてないだろ」
「はい」
病棟で患者に説明。
「バリウムを肛門から入れます」
「え?なんで。何が分かるの?」
「狭いところがないかどうかです。それで便秘になっている可能性もあるからです」
「何ができたら狭くなるんかいな」
「・・・まあいろいろです」
「癌か・・そ、そうなんやな・・あああ。もうダメなんや」
「違います」
「ち、違うんか。よかった」
「い、いや・・その可能性もありますけど」
「うわあああ?」
「見てみないと分からないでしょう」
「いったいいつまでわしは・・こらいかん。モルモットにされとるわ。隣の部屋の人が言うとった」
「それが異常なければ食事ですから」
「おお、やっと食べれるんやなあ」
「そう、だから・・受けましょうよ」
「わかった。何でもしますよ。喜んでね」
透視室。
患者を載せた堅い台は、縦横無尽に動き廻った。
「はーい、息を止めて・・」
石井先生のグループの先生が気をきかせてくれ、近い日付で予約が取れた。
「どうですか?しんどくないですかー」
マイクを使って透視室を覗き込むその医師。
『い、いたい、こ、腰がああ。背中のとこが』
老人に水平の堅い台はこたえる。立位が保てないので全身をヒモで縛っていることも関係あると思う。
「もーちょっとですからねー」
『さ、さっきからもうちょっとって、もうちょっとって・・・』
検査は終わった。
「お疲れさーん。主治医の先生、病棟へ連れて戻って」
「ありがとうございました、先生」
「結果はねー・・どこも狭窄はなかったですよ」
「どこもですか」
「脱水で単に便秘なのか。ただの便秘なのか」
「病名は・・」
「ま、便秘ってことでいいでしょう。お腹の手術したことある人だったら、腸と腸がひっついてつまり癒着して機械性の腸閉塞起こすこと、よくあるんですが。この人はそういう既往もないし」
「ありがとうございました」
共診は解除された。
食事も開始された。
集中治療室。大きな自動ドアの前に、たくさんの家族。かなり待たされてるのか、病状を心配してか・・みんなこちらを睨む。
ガウン着て、マスクして・・・。
ガイーン!と扉の開く音。向こうには何十ものベッド、患者は点滴やコード、モニターなど器具で隠されている。多数のモニター音による不協和音。
ここか。先日の心筋梗塞の患者のベッドは。
「何?なんか用?」
主治医の川口が現れた。目以外は隠されていて、給食当番のようだ。
「1回くらいは来ようと思ってね」
「あれから2週間くらいになるけど、心機能すごく悪くって。心不全の繰り返しよ。これ見て、レントゲン。肺が真っ白!で、利尿剤で尿が出ても、心臓の動き悪いから今強心剤使ってんの」
なんか楽しそうに言うよな。
「ああ、ヘアトニックとかいう?」
「カルトニックでしょう」
「いやいや、病棟医長が言ってたつまらんギャグ」
「そういや心不全が落ち着かないとカテーテル検査してくれないってカンファレンスで言ってたね」
「でね、オーベンに言われているの、松田先生に。急性期を過ぎるまでここにいろって。泊り込めって」
「急性期って・・1ヶ月も?」
「いえ、合併症の起こりやすい2週間までってこと」
「明日ぐらい?」
「そう」
「よく頑張ったなあ・・」
「あなたもこれぐらいしなきゃダメよ」
「はいはい・・・」
うっとうしいので早々と集中治療室をあとにした。
<つづく>
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