< レジデント・ファースト 13 SECRET >
2004年2月1日 お仕事ノックなしで間宮が入ってきた。
「病棟医長!呼吸が促迫してます!血液の酸素分圧も低いです!」
「数値でいくらだ」
「80くらいです」
「酸素マスクいっぱいで・・?」
「はい、もうこれで限界です」
「じ、人工呼吸器の準備だ!お、俺は呼吸器グループだ・・循環器呼べ、循環器の医者をっ!」
「今日の循環器グループの先生方は、おおかた研修日です。大半は夕方にならないと帰ってきません」
「またか、このォ・・いつもいつもバイトバイトであいつら!」
「週に1回だけです」
「うるさい!大学院生でもいいから、実験中断させてでも見に来させろ!」
病棟医長が僕のほうを睨んだ。
「ぼけっとせずに、かか、患者を運べ!」
研修医は全員召集され、全員でストレッチャーを押しながらエレベーターに向かった。野中が先頭だ。
「通ります、道を空けてください、道を!」
エレベーターは間宮が前もって予約、「延長」モードにしていた。些細な配慮がさすがだ。
「みんなは無理だ。先頭の僕以外は階段で上がって、上で待ってて!」
野中が仕切る、仕切る・・。
集中治療室の外から入り口へ・・。そのとき家族が追っかけてきた。川口が捕まった。
「主人は、あのう主人は、どうなんでしょうか」
「今からベッドのほうへ行くんで、入ってこないでください」
「家族です」
「わかってますけど」
「どうして入れないんですか!」
「とにかくお待ちください!」
一通りの申し送り、準備が整った。
「人工呼吸器は準備オッケー・・」
集中治療担当の医師。麻酔科らしい。熟練してそうだ。
「モニターの数字では、SpO2は・・リザーバマスクいっぱいいっぱいで82ですか。さ、もう挿管していいですか?」
野中が出てきた。
「今、上の先生が家族に説明しているところです。管を入れるかどうか。それが決まるまでは待ってください」
「んー、そうだが。もうすぐICUカンファレンスがあるんでね」
野中が僕の方を向いた。
「先生、主治医なんだろ、この人の。家族へのムンテラは病棟医長がしてるけど、いいのか?行かなくて」
「ああそりゃ行くよ。でも何か起こるか分からんだろ」
「こんなに人がいるんだから。僕らが見てるよ」
「そうよ、主治医らしく印象付けないと」
川口はこいつの味方か・・そうかい。
向こうから病棟医長がやってきた。
「研修医諸君、ご苦労さん・・奥さんの要望で、意識がある間は呼吸器はつけないことになった。今は苦しそうなんだが・・一応意識はあるからね。意識がなくなったときのタイミングが難しいな」
麻酔科医は警戒した。
「我々の判断では困ります。そちらの科の先生がついておくべきでしょう。とにかく判断はしかねます」
「・・で、主治医、おう、ユウキな。血液検査では心筋酵素は上がってなかった」
「?心筋梗塞じゃないってことですか」
「うううん、梗塞になったばっかりなら血液に異常が出ないとか、そういう報告があったことないか?確か、○○ジャーナルの5月号で」
何言ってんだ。ホントか?能のない奴ほど論文に偏る。
「研修医しょくんに聞いても、いかんわな。で、院生は来たか。今日の院生は、だれがいた?確認したか?」
「院生の先生方はラットの入荷の契約とかで、市外にいます」と間宮。的確だ。
「なっ・・そんなもん、日曜日に仕入れに行けらっと!」
「1人医局にいらっしゃるようですが、中国人の留学生です」
みんな、病棟医長を見つめた・・。
「超音波検査、できる先生はおらんのか・・誰か」
すると間宮が
「教授なら」
「アホ!教授にそんなこと頼めるか!」
「しかし頼める人がいないなら」
「発症して何時間だ」
「・・3時間くらいです。血栓溶解剤はダメでしょうか」
「心筋梗塞と確定してないのにか?肺、呼吸器はとにかく関係ない。それは確かだ。肺炎はない!」
肺炎がなかったら、循環器疾患なのか?専門ってこんなものか・・。
「循環器の連中と連絡をとれ。バイト先だろうがかまわん!」
またか。
病名は、ひょっとしてと思われた「肺血栓塞栓症」だった。エコノミークラス症候群で最近話題になった。血栓がどこからか飛んできて、心臓と肺を結ぶ肺動脈を詰まらせた病気。肺の血管に起こるから、肺が心筋梗塞起こしたようなもの。心臓超音波では肺動脈が拡大、その手前の右心室は拡張、左心室をおしくらまんじゅうしていた。押されるその姿は、僕を象徴していた。押しているのは、オーベンだろう。僕は押されて、アウトプット;心臓から出る血液量が減って・・萎縮してしまう。ますますオーベンが押してくる。弱気のままじゃ、押されるだけだ。
結局抗凝固剤であるヘパリンが投与された。その後は比較的落ち着いたようだ。血栓溶解剤であるt-PAは保険では承認されてなかった。現在もそうだ。しかしモノは病院に置いてある。効果が大きいなら、保険適応など無視すべきだ・・。
医局では川口が必死でそのことを病棟医長に訴えていた。
「川口くん、まあわかる、わかるよ。t-PAは有効だろう。でも副作用が起こったら大変だよ。脳出血・胃潰瘍。ましてや保険適応外なのを使用したってことで家族から訴えられたら?君らは負ける、俺らも巻き添えだ。新聞に載る。教授のメンツは?そこまで考えたことあるか?めんどい家族とか、たくさんいるんだよ、お前ら知らないようだけど」
口調が荒くなってきた。
「病態の把握もできずに薬の使用を判断する権利は、君らにはないんだからな」
研修医全員、静まり返った・・。
病院の玄関。僕は憤慨していた。
「川口さん、アイツも診断できなかった。呼吸器疾患じゃないって。ところがどっこいだった」
「・・・あたしが落ち込んだとでも?」
「そうじゃないけど、腹たったろう」
「そうは思わない。どちらかというと、循環器のほうの専門でしょ?この病気は」
「呼吸器科だったら分からなくてもいいっていうのか」
「そうじゃないけど、他人のせいににしたらダメってこと」
「くやしくないの?」
「その悔しさを、自分に向けるのよ」
「それで、やる気が?」
「あたしは苦痛をバネにするほう。一生独身でもね」
「?」
「でもね先生、仕事時間中に図書館だとか、購買部とかでサボってる奴になんか説教されたくないの」
「あれ、なんで知・・」
「なんて冗談よ。あーあ・・飲みにいく?今度」
2人で・・?
「なかちゃんもよ。野中くんも。嘘よ」
「ああ・・だったら行かない」
「じゃあ明日、行こう。みんなには秘密」
明日は夜、用事があるんだが・・。
「どしたの、用事?家に早く帰るの?」
「あ、うん、早く帰らないといけなくて」
「1人暮らしなんでしょう・・?変なの。ビデオばっかり見てるんだーやらしい。じゃあね」
こんな約束したのは初めてだ。
みんなには、秘密、か・・・。
「病棟医長!呼吸が促迫してます!血液の酸素分圧も低いです!」
「数値でいくらだ」
「80くらいです」
「酸素マスクいっぱいで・・?」
「はい、もうこれで限界です」
「じ、人工呼吸器の準備だ!お、俺は呼吸器グループだ・・循環器呼べ、循環器の医者をっ!」
「今日の循環器グループの先生方は、おおかた研修日です。大半は夕方にならないと帰ってきません」
「またか、このォ・・いつもいつもバイトバイトであいつら!」
「週に1回だけです」
「うるさい!大学院生でもいいから、実験中断させてでも見に来させろ!」
病棟医長が僕のほうを睨んだ。
「ぼけっとせずに、かか、患者を運べ!」
研修医は全員召集され、全員でストレッチャーを押しながらエレベーターに向かった。野中が先頭だ。
「通ります、道を空けてください、道を!」
エレベーターは間宮が前もって予約、「延長」モードにしていた。些細な配慮がさすがだ。
「みんなは無理だ。先頭の僕以外は階段で上がって、上で待ってて!」
野中が仕切る、仕切る・・。
集中治療室の外から入り口へ・・。そのとき家族が追っかけてきた。川口が捕まった。
「主人は、あのう主人は、どうなんでしょうか」
「今からベッドのほうへ行くんで、入ってこないでください」
「家族です」
「わかってますけど」
「どうして入れないんですか!」
「とにかくお待ちください!」
一通りの申し送り、準備が整った。
「人工呼吸器は準備オッケー・・」
集中治療担当の医師。麻酔科らしい。熟練してそうだ。
「モニターの数字では、SpO2は・・リザーバマスクいっぱいいっぱいで82ですか。さ、もう挿管していいですか?」
野中が出てきた。
「今、上の先生が家族に説明しているところです。管を入れるかどうか。それが決まるまでは待ってください」
「んー、そうだが。もうすぐICUカンファレンスがあるんでね」
野中が僕の方を向いた。
「先生、主治医なんだろ、この人の。家族へのムンテラは病棟医長がしてるけど、いいのか?行かなくて」
「ああそりゃ行くよ。でも何か起こるか分からんだろ」
「こんなに人がいるんだから。僕らが見てるよ」
「そうよ、主治医らしく印象付けないと」
川口はこいつの味方か・・そうかい。
向こうから病棟医長がやってきた。
「研修医諸君、ご苦労さん・・奥さんの要望で、意識がある間は呼吸器はつけないことになった。今は苦しそうなんだが・・一応意識はあるからね。意識がなくなったときのタイミングが難しいな」
麻酔科医は警戒した。
「我々の判断では困ります。そちらの科の先生がついておくべきでしょう。とにかく判断はしかねます」
「・・で、主治医、おう、ユウキな。血液検査では心筋酵素は上がってなかった」
「?心筋梗塞じゃないってことですか」
「うううん、梗塞になったばっかりなら血液に異常が出ないとか、そういう報告があったことないか?確か、○○ジャーナルの5月号で」
何言ってんだ。ホントか?能のない奴ほど論文に偏る。
「研修医しょくんに聞いても、いかんわな。で、院生は来たか。今日の院生は、だれがいた?確認したか?」
「院生の先生方はラットの入荷の契約とかで、市外にいます」と間宮。的確だ。
「なっ・・そんなもん、日曜日に仕入れに行けらっと!」
「1人医局にいらっしゃるようですが、中国人の留学生です」
みんな、病棟医長を見つめた・・。
「超音波検査、できる先生はおらんのか・・誰か」
すると間宮が
「教授なら」
「アホ!教授にそんなこと頼めるか!」
「しかし頼める人がいないなら」
「発症して何時間だ」
「・・3時間くらいです。血栓溶解剤はダメでしょうか」
「心筋梗塞と確定してないのにか?肺、呼吸器はとにかく関係ない。それは確かだ。肺炎はない!」
肺炎がなかったら、循環器疾患なのか?専門ってこんなものか・・。
「循環器の連中と連絡をとれ。バイト先だろうがかまわん!」
またか。
病名は、ひょっとしてと思われた「肺血栓塞栓症」だった。エコノミークラス症候群で最近話題になった。血栓がどこからか飛んできて、心臓と肺を結ぶ肺動脈を詰まらせた病気。肺の血管に起こるから、肺が心筋梗塞起こしたようなもの。心臓超音波では肺動脈が拡大、その手前の右心室は拡張、左心室をおしくらまんじゅうしていた。押されるその姿は、僕を象徴していた。押しているのは、オーベンだろう。僕は押されて、アウトプット;心臓から出る血液量が減って・・萎縮してしまう。ますますオーベンが押してくる。弱気のままじゃ、押されるだけだ。
結局抗凝固剤であるヘパリンが投与された。その後は比較的落ち着いたようだ。血栓溶解剤であるt-PAは保険では承認されてなかった。現在もそうだ。しかしモノは病院に置いてある。効果が大きいなら、保険適応など無視すべきだ・・。
医局では川口が必死でそのことを病棟医長に訴えていた。
「川口くん、まあわかる、わかるよ。t-PAは有効だろう。でも副作用が起こったら大変だよ。脳出血・胃潰瘍。ましてや保険適応外なのを使用したってことで家族から訴えられたら?君らは負ける、俺らも巻き添えだ。新聞に載る。教授のメンツは?そこまで考えたことあるか?めんどい家族とか、たくさんいるんだよ、お前ら知らないようだけど」
口調が荒くなってきた。
「病態の把握もできずに薬の使用を判断する権利は、君らにはないんだからな」
研修医全員、静まり返った・・。
病院の玄関。僕は憤慨していた。
「川口さん、アイツも診断できなかった。呼吸器疾患じゃないって。ところがどっこいだった」
「・・・あたしが落ち込んだとでも?」
「そうじゃないけど、腹たったろう」
「そうは思わない。どちらかというと、循環器のほうの専門でしょ?この病気は」
「呼吸器科だったら分からなくてもいいっていうのか」
「そうじゃないけど、他人のせいににしたらダメってこと」
「くやしくないの?」
「その悔しさを、自分に向けるのよ」
「それで、やる気が?」
「あたしは苦痛をバネにするほう。一生独身でもね」
「?」
「でもね先生、仕事時間中に図書館だとか、購買部とかでサボってる奴になんか説教されたくないの」
「あれ、なんで知・・」
「なんて冗談よ。あーあ・・飲みにいく?今度」
2人で・・?
「なかちゃんもよ。野中くんも。嘘よ」
「ああ・・だったら行かない」
「じゃあ明日、行こう。みんなには秘密」
明日は夜、用事があるんだが・・。
「どしたの、用事?家に早く帰るの?」
「あ、うん、早く帰らないといけなくて」
「1人暮らしなんでしょう・・?変なの。ビデオばっかり見てるんだーやらしい。じゃあね」
こんな約束したのは初めてだ。
みんなには、秘密、か・・・。
コメント