< レジデント・ファースト 15 イレウス >
2004年2月3日 連載 僕がひょっとして・・いや明らかに惹かれている(当時)、川口のポケベル・・・。詰所で番号を調べる。いちおう詰所の番号で入力。詰所で待った。今は携帯電話がまだ存在しない時代だ。
かかってこない・・・。『今日は無理、忙しくて約束の場所には行けないよ』。そう伝えたいのだが・・。
助手が土足で声をかける。
「おう研修医、呼吸器カンファ、始まるぞ」
「はい、行きます」
「はよう来て、机を並べんかぁ!本とかいっぱい置きおって!」
「あと1分だけでも、先生」
「なんであと1分なんだよ」
そのとき間宮がやってきた。
「机、私が出します」
「オーオー、間宮くうん。あなちゃはちからちごとちなくていいのよぉ・・・あとで来いよ、お前!」
「間宮さん、あ、ありがとう」
「頑張ってね・・・」とウインクされた。
「え?」
しかし、泥沼からは逃れそうになかった。
「早く来ないか!」
「はい!」
呼吸器科講師の緒方先生と間宮とのディスカッションが始まっていた。
「間宮くんはどう考えてる」
「間質性肺炎の重症度の指標を立てて、治療効果を見ていこうと思います」
「ステロイド・パルスだね。量は」
「通常通り、ソルメドロール1日1グラム、3日間連続で」
「よろしい。指標は。何で判定していく?」
「画像所見です。CT所見。あと動脈血の酸素・圧格差、血液中のLDHです」
「確かに重症だから気管支鏡で評価するのは無理があるな。ただし胸部CTはそう何回も撮れない。この間は病院からかなりチェックが入ったからな。病棟医長は運営会議でかなりしぼられたらしい」
「はい!」
「よろしい、君は優秀だな・・次!」
僕だ。
「この女性は、胸の痛みがあり・・本日入院となりました。以上です」
「・・・エッ、それだけ?」
「そうです」
「いつから?」
「ちょっとしたのは1年前からあったそうです」
「ちょっと、って何だ。君は感覚的な表現が多い。まあいい、そこの写真からすると、明日あたりドレーンを入れる必要があるな。益田くん」
「はい」
「ふつうにピシバ注入で行こう。治検薬は適応を外れている。おしい、あと1歳違いだな。ところで君!ピシバニ−ルはどれだけ入れる?」
「まだ調べてません」
「どうして・・?時間はけっこうあったろうに。益田くん、君もいかんよ。ちゃんと指導しておくように!」
「はっ!申し訳ありません」
益田先生が気まずそうにこちらを伺った。
「研修医・・じゃなかった、そこの学生諸君!」
実習の学生たちだ。
「胸が痛い・・からといって全部狭心症じゃないんだよ。こういった病気も珍しくない。若いひょろっとした男性の胸痛なら何を浮かべる?君!」
「は、はい・・・」
「失恋か?ヒヒヒ・・・違うぞ・・気胸!ニューモトラックス!じゃあ胸痛を訴える高齢の患者がいたとして、見た目で見逃してならない所見は?」
「にゅ、乳がん」
「おおっと!それも確かにあるねえ、乳癌!君、ここは呼吸器だよ。そんな奴は胸部外科に行きたまえ。嘘嘘、カワウソ。乳癌は見た目ではなかなか分からんだろう」
患者が来て、何科の病気ってわかるのかよ・・。
「が、外傷」学生がどもる。
「外傷!外傷!・・・外傷ときた!そんなん君、内科はこんだろう。もっとほら、視診が診断の決め手になるヤツ!」
「はい・・帯状ヘルペスです」優秀そうな女学生が答える。
「そうだ!でも帯状ヘルペスが治って実は肋間神経痛、だったりすることもあるので要注意!以上!」
病棟へ。
「看護婦さん、電話かかってこなかった?」
「いいえ」
返事したのは婦長だった。腕組みをしている。
「でも川口先生ならありましたよ」
「ああ、やっぱあのあと・・」
「デートの約束を詰所でしないでちょうだい」
「そうじゃないですよ・・で、なんか言ってた?」
「あなたに代わってくださいって言ってたけど・・内容話さないつもりなら、つなぐわけにはいきません!って伝えました。あなたのオーベンにもこのことは伝えますからね」
意地が悪い・・!
夕方5時半。約束の時間まで1時間。ここからタクシーで1時間。外科とのカンファレンスをサボったら、行ける。
「おい!レジデント!」
「はっ、はい」
「みんなのフィルム、カルテ全部持っていけ。外科病棟まで」
院生にアゴで使われる毎日だ。
「ああ、それとあそこ、博多ラーメン、今日も出前しておけ!おれはチャーシューと焼きそば、他の先生のも聞いとけよな。餃子はニンニクなし!この前、入ってたぞ!で、注文したら外科病棟来いよ・・サボったらオーベンに言いつけるぞ!」
間宮は家族への説明;ムンテラのため別室へ。手伝うのは僕だけだ。
「行きます・・」
外科病棟のカンファレンスルームへ。
着いたと思ったら・・。またポケベルが振動している。呼んだのは・・ひょっとしたら・・
「なんだ詰所か・・」
「もしもし」
「先生!急変です!」
「誰が?胸膜炎の人?」
「腸閉塞で入院した・・」
「エッ、あの人?」
病室では院生が聴診器を腹部に当ててくれていた。
「あ、来たね、主治医。僕は戻るね。吐いたよ、かなり。バイタルはいいようだが、お腹の音がかなりキリキリしてる。でも大腸の検査、異常なかったんだよね」
「便は毎日出てたんですが」
「ひょっとして量がすごく少なかったんじゃないの」
「けっこう出たと聞いてましたが」
「けっこうってどれくらいだよ?」
「多量、です」
「ホンマか?」
「うううう・・イタイイタイ、おなかがイタイ」
「今は吐き気ないですかー」
「ううう・・」
まともに返事が返せない。それぐらい痛いってことは確かだ。
そうだ、この間まで入れていた、経鼻チューブ。
「間宮さん、手伝ってくれる?」廊下で捕まえた。
「いいよ・・ハイ、入った」
「え?もう終わり?」
「もうみんなこれくらい出来るのよ。できないのは先生だけ」
「うー・・少しマシになってきたかなあ」
腹部の膨隆はだんだん収まってきた。間宮がさきほどオーダーしたレントゲンが出来上がった。
「典型的な腸閉塞ね。二ボー伴う小腸ガス、大腸ガス多量。血液検査では白血球が増加。炎症反応は軽度。白血球は脱水で増えてるのかも。BUN , Crも高値。絶食・維持輸液にしましょう。1日3リットルくらいでね。アミラーゼ上がってるけど、これは腸閉塞でも上がるわね」
「は、はー・・そうですか・・」
「ちゃんとしなよ、主治医!」軽く叩かれた背中が、痛い・・。
「う、うん。じゃあ本日はこのチューブ入れたまま、ということで」
「明日、消化器の先生にまたコンサルトしてみて」
「そうだな」
もう夜の11時。川口をポケベルで呼び出したいが、もう手遅れだろう。明日、謝ろう。
今日はお泊りすることにした。
「石井です。ひさかたぶりです」
「ああっと先生!消化器の・・・すみません、ウトウトしてまして・・。この間の患者が・・」
「ええ、記録見させていただきました。イレウスですね」
それだけかよ!と一瞬思ったが、石井先生は説明を続けてくれた。
「音がすごく亢進している。通過障害があるのかもしれない。狭窄が存在するのかも」
「え?でもこの間、大腸のバリウムして異常なかったと・・」
「大腸でないかも」
「・・・あ、そうか」
「それをハッキリさせましょう」
「それは・・なにで?」
<つづく>
かかってこない・・・。『今日は無理、忙しくて約束の場所には行けないよ』。そう伝えたいのだが・・。
助手が土足で声をかける。
「おう研修医、呼吸器カンファ、始まるぞ」
「はい、行きます」
「はよう来て、机を並べんかぁ!本とかいっぱい置きおって!」
「あと1分だけでも、先生」
「なんであと1分なんだよ」
そのとき間宮がやってきた。
「机、私が出します」
「オーオー、間宮くうん。あなちゃはちからちごとちなくていいのよぉ・・・あとで来いよ、お前!」
「間宮さん、あ、ありがとう」
「頑張ってね・・・」とウインクされた。
「え?」
しかし、泥沼からは逃れそうになかった。
「早く来ないか!」
「はい!」
呼吸器科講師の緒方先生と間宮とのディスカッションが始まっていた。
「間宮くんはどう考えてる」
「間質性肺炎の重症度の指標を立てて、治療効果を見ていこうと思います」
「ステロイド・パルスだね。量は」
「通常通り、ソルメドロール1日1グラム、3日間連続で」
「よろしい。指標は。何で判定していく?」
「画像所見です。CT所見。あと動脈血の酸素・圧格差、血液中のLDHです」
「確かに重症だから気管支鏡で評価するのは無理があるな。ただし胸部CTはそう何回も撮れない。この間は病院からかなりチェックが入ったからな。病棟医長は運営会議でかなりしぼられたらしい」
「はい!」
「よろしい、君は優秀だな・・次!」
僕だ。
「この女性は、胸の痛みがあり・・本日入院となりました。以上です」
「・・・エッ、それだけ?」
「そうです」
「いつから?」
「ちょっとしたのは1年前からあったそうです」
「ちょっと、って何だ。君は感覚的な表現が多い。まあいい、そこの写真からすると、明日あたりドレーンを入れる必要があるな。益田くん」
「はい」
「ふつうにピシバ注入で行こう。治検薬は適応を外れている。おしい、あと1歳違いだな。ところで君!ピシバニ−ルはどれだけ入れる?」
「まだ調べてません」
「どうして・・?時間はけっこうあったろうに。益田くん、君もいかんよ。ちゃんと指導しておくように!」
「はっ!申し訳ありません」
益田先生が気まずそうにこちらを伺った。
「研修医・・じゃなかった、そこの学生諸君!」
実習の学生たちだ。
「胸が痛い・・からといって全部狭心症じゃないんだよ。こういった病気も珍しくない。若いひょろっとした男性の胸痛なら何を浮かべる?君!」
「は、はい・・・」
「失恋か?ヒヒヒ・・・違うぞ・・気胸!ニューモトラックス!じゃあ胸痛を訴える高齢の患者がいたとして、見た目で見逃してならない所見は?」
「にゅ、乳がん」
「おおっと!それも確かにあるねえ、乳癌!君、ここは呼吸器だよ。そんな奴は胸部外科に行きたまえ。嘘嘘、カワウソ。乳癌は見た目ではなかなか分からんだろう」
患者が来て、何科の病気ってわかるのかよ・・。
「が、外傷」学生がどもる。
「外傷!外傷!・・・外傷ときた!そんなん君、内科はこんだろう。もっとほら、視診が診断の決め手になるヤツ!」
「はい・・帯状ヘルペスです」優秀そうな女学生が答える。
「そうだ!でも帯状ヘルペスが治って実は肋間神経痛、だったりすることもあるので要注意!以上!」
病棟へ。
「看護婦さん、電話かかってこなかった?」
「いいえ」
返事したのは婦長だった。腕組みをしている。
「でも川口先生ならありましたよ」
「ああ、やっぱあのあと・・」
「デートの約束を詰所でしないでちょうだい」
「そうじゃないですよ・・で、なんか言ってた?」
「あなたに代わってくださいって言ってたけど・・内容話さないつもりなら、つなぐわけにはいきません!って伝えました。あなたのオーベンにもこのことは伝えますからね」
意地が悪い・・!
夕方5時半。約束の時間まで1時間。ここからタクシーで1時間。外科とのカンファレンスをサボったら、行ける。
「おい!レジデント!」
「はっ、はい」
「みんなのフィルム、カルテ全部持っていけ。外科病棟まで」
院生にアゴで使われる毎日だ。
「ああ、それとあそこ、博多ラーメン、今日も出前しておけ!おれはチャーシューと焼きそば、他の先生のも聞いとけよな。餃子はニンニクなし!この前、入ってたぞ!で、注文したら外科病棟来いよ・・サボったらオーベンに言いつけるぞ!」
間宮は家族への説明;ムンテラのため別室へ。手伝うのは僕だけだ。
「行きます・・」
外科病棟のカンファレンスルームへ。
着いたと思ったら・・。またポケベルが振動している。呼んだのは・・ひょっとしたら・・
「なんだ詰所か・・」
「もしもし」
「先生!急変です!」
「誰が?胸膜炎の人?」
「腸閉塞で入院した・・」
「エッ、あの人?」
病室では院生が聴診器を腹部に当ててくれていた。
「あ、来たね、主治医。僕は戻るね。吐いたよ、かなり。バイタルはいいようだが、お腹の音がかなりキリキリしてる。でも大腸の検査、異常なかったんだよね」
「便は毎日出てたんですが」
「ひょっとして量がすごく少なかったんじゃないの」
「けっこう出たと聞いてましたが」
「けっこうってどれくらいだよ?」
「多量、です」
「ホンマか?」
「うううう・・イタイイタイ、おなかがイタイ」
「今は吐き気ないですかー」
「ううう・・」
まともに返事が返せない。それぐらい痛いってことは確かだ。
そうだ、この間まで入れていた、経鼻チューブ。
「間宮さん、手伝ってくれる?」廊下で捕まえた。
「いいよ・・ハイ、入った」
「え?もう終わり?」
「もうみんなこれくらい出来るのよ。できないのは先生だけ」
「うー・・少しマシになってきたかなあ」
腹部の膨隆はだんだん収まってきた。間宮がさきほどオーダーしたレントゲンが出来上がった。
「典型的な腸閉塞ね。二ボー伴う小腸ガス、大腸ガス多量。血液検査では白血球が増加。炎症反応は軽度。白血球は脱水で増えてるのかも。BUN , Crも高値。絶食・維持輸液にしましょう。1日3リットルくらいでね。アミラーゼ上がってるけど、これは腸閉塞でも上がるわね」
「は、はー・・そうですか・・」
「ちゃんとしなよ、主治医!」軽く叩かれた背中が、痛い・・。
「う、うん。じゃあ本日はこのチューブ入れたまま、ということで」
「明日、消化器の先生にまたコンサルトしてみて」
「そうだな」
もう夜の11時。川口をポケベルで呼び出したいが、もう手遅れだろう。明日、謝ろう。
今日はお泊りすることにした。
「石井です。ひさかたぶりです」
「ああっと先生!消化器の・・・すみません、ウトウトしてまして・・。この間の患者が・・」
「ええ、記録見させていただきました。イレウスですね」
それだけかよ!と一瞬思ったが、石井先生は説明を続けてくれた。
「音がすごく亢進している。通過障害があるのかもしれない。狭窄が存在するのかも」
「え?でもこの間、大腸のバリウムして異常なかったと・・」
「大腸でないかも」
「・・・あ、そうか」
「それをハッキリさせましょう」
「それは・・なにで?」
<つづく>
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