< レジデント・ファースト 16 ドレナージ >
2004年2月4日 連載〔ミッション・インポッシブルのテーマで〕
「どいてどいて!」
2つの科が協力すると頼もしい。研修医が大幅に増員されるからだ。透視室へ運ぶだけで、レジデントが9人ほど集まってきた。
透視室は鶴の一声で、使用可能になった。この大学病院の通常の予約では2週間待ちらしい。検査ができる「枠」が台帳上、あらかじめ制限されているためだ。放射線科の連中も妥協は許さない。
「はい、1,2,3!」
まるでお祭りのように、一斉に高々と持ち上げられる患者。またあの堅い台に載せられた。
「う!わし、この台は・・嫌いなんじゃあああ」
石井先生は着替えて完全武装した。透視室のすぐ外で腕組みしている。
コベンが出てきた。
「準備OKです!」
「ウェルカム・エビバディ」
・・ヘンな先生。
〔ミッション・インポッシブルのテーマ終了〕
「またこの管かあ、フガフガ・・」
イレウスチューブは十二指腸の入り口にようやく入り、胃の中でとぐろまき状態となった。これ以上進むのか・・。ある反動で、チューブは一気にトライツ靭帯の近くまで来た。
ここを越えればひと段落。数センチ越えたところで、終了。
「やった!入った!あ・・・」
僕は思わず叫んで、周囲からの冷たい視線を浴び続けた・・・。
石井先生が出てきた。
「数日もしないうちに、大腸まで進むでしょう。しかし通過障害があればそこまでしか進まないはずです。その時点で造影剤を入れて、いわゆるイレウス管造影をしましょう」
「ありがとうございました」
透視室の中は患者1人だけだった。そこが甘かった。
「キーーーーーーーッ!」患者の叫び声。
「あ!」消化器科の研修医が叫んだ、ときはもう遅かった。
「石井先生、患者が引っこ抜きました!」
「え?ああ!」
イレウスチューブは完全に引っこ抜かれてしまっていた・・。
「もう1度やろう。その前に・・水野くん!」
「はっ!」コベンの声が響いた。
「・・・アタPで眠らせなさい」
「かしこまりました!・・・・・・ちょっと痛いよぉ、はい!」すばやく筋肉注射。鎮静剤だ。
患者は少しもうろうとなった。
処置を終え、ストレッチャーは病室へ戻っていった。
石井先生が付け加えた。
「先生、分野が消化器だし・・うちで診ましょうか。転科、ということで。オーベンの許可をもらってください」
「うう、ありがとうございます・・・」
病歴要約:サマリーも無責任な内容で済む・・。
午後は先日、予定としていた胸腔ドレナージだ。胸腔、つまり肺の外にたまった水を、管入れて出す、それだけだ。
患者の周囲には研修医がハイエナのように群がった。指導するは益田先生。
「間宮君。ドレーンは肋骨の上縁に入れるか、下縁に入れるか」
「上縁です。下縁だと血管・神経を損傷してしまうおそれがあるからです」
「そうだな。そうなると胸水が血性になって誤診のもとだからな。結核とか、癌と・・おおっと」
アホな先生だ・・。患者は聞いてるかもしれないぞ。患者の顔の上は薄い布があって、お互いが見えないようになってはいる。
「麻酔して・・こう・・メスで切開をして・・モスキートという器具で傷穴を拡げる・・・よし、水が出てきた・・・ここに、チューブを入れていく」
チューブは最初抵抗があったが、途中からプスッとスムーズに入っていった。
「・・固定、終了と」
胸水は真っ赤だった。さきほどの益田先生のいう、結核か、肺癌か。悪性胸膜中皮腫でもありうる。CTの上肺の影からすると、結核か肺癌。
しかし、もう肺癌で確定的だった。腫瘍マーカーの「CEA(しかし喫煙で少々上がることあり)」「SLX」が高値だったからだ。
「じゃあ、ゆっくり抜いておいてくれ。胸水の1日排液量はどこまでが限度だ?君!」
え?俺?
「1リットルから1.5リットルです」
「いいだろう。それ以上は抜くなよ。もしそれ以上出てしまったら?間宮君」
「肺水腫の合併をもたらすことがあります」
「そう。じゃあ野中くん。結核を調べる項目は」
「ADAです」
「胸膜中皮腫は?川口くん」
「はい」
一瞬、僕と目が合った。
「はい・・ヒアルロン酸です」
「君ら、ようやってるな、頑張れ。細胞診の結果は1週間後。カンファレンスで出せ。それまでは抗癌剤の治療は追加するな」
病院の玄関のすぐ外。
「川口・・グッチさん、ちょっと」
「何?」
何って・・・?
「さっきは横から答え教えてくれてありがとう。ところで昨日の」
「気にしないの。あたしもちょうど用事あったの。友達もちょうど街に出てたんで、合流して飲みにいったの、ペテンという店」
「いっぺん呼び出したけどね、ちょうど呼ばれて」
「こっちもそっちの家にかけたけど、留守だったね。忙しかったんでしょう。マミーから聞いたわ」
「間宮さんが?ああ、彼女にもいろいろ手伝ってもらったなあ」
「マミーと今度行けば?」
「ええっ、なんでそんな・・」
「また今度ね。時間ができたときにしよう。あ、留守電ね、あたし昨日かなり酔っ払ってたんでね、かなり失礼なこと、入れたかもしれない。気にしないで」
「え?バカとかアホとか?」
「じゃね」
僕の考えすぎだったか・・。彼女は別に僕のことはあまり気にならないようだ・・。
今日は忙しかった・・。患者運んだり、突っ立ってたり・・自分は何もしてないのにね。
家に帰ると、留守電が点滅していた。
「・・・・グッチか?」
部屋の電気もつけず、留守録のボタンを押した。
「・・・えーっと、今、ペテンの前でーす。こら、どこ行ってんの。外からこれ、聞いてる?」
ピーッ 以上、19:00
「・・・ペテン出ます。近くの○○カラオケのゲームセンターにいますね。探してください」
ピーッ 以上、21:30
「・・・またペテンに戻っちゃいました・・お客は私だけ。ママが先生に会いたいってよー・・・ちがうよ、ママ、そんなん違うってよー!」
ピーッ 以上、23:00
「・・・・・・・・」
ピーッ 以上、0:30
「・・・・・・・・」
ピーッ 以上、1:45
「ロクオンハ、イジョウデス」
ペテンは・・・・
俺だ・・・・。
泣くしかなかった・・。自分が情けなかった・・。それでも、分かってる、患者が第一なのは、その仕事を選んだ宿命・・!
朝起きたらもう平気だった。僕は情がないのかな。
しかしなぜか車でDEENを聞くつもりにはならなかった。前向きな曲でなく、そうでないのがいい。
Bzの2枚組アルバムにした。
1曲終わることもなく、病院へ到着した。足取り重く、ダイレクトに病棟へ。
「どうですか」
肺癌疑いの患者[ 小野さん〔仮名〕 ]。
「この管は先生、いつ頃取れますでしょうか」
「まだ薬入れてませんから」
そのとき、向かいの患者がいきなり叫んできた。
「治らん!あんた、治らんのや!」
「なっ・・何を言うんです」
「大学病院に入ったらぁ・・珍しい病気や、治療法自体珍しいんやぁ!」
「そんなこと・・非常識なこと、言わないでください」
「わしらモルモットだからのう!嫌われたら大変やでェ」
小野さんはかなり落ち込んでしまった。
「先生、わたくし・・怖いです。あの人が、ああやっていつも私を怖がらせるんです」
「待って・・部屋、聞いてみます。別々にできるかどうか」
「ええ、ぜひ頼みます・・こわい、こわい・・・」
<つづく>
「どいてどいて!」
2つの科が協力すると頼もしい。研修医が大幅に増員されるからだ。透視室へ運ぶだけで、レジデントが9人ほど集まってきた。
透視室は鶴の一声で、使用可能になった。この大学病院の通常の予約では2週間待ちらしい。検査ができる「枠」が台帳上、あらかじめ制限されているためだ。放射線科の連中も妥協は許さない。
「はい、1,2,3!」
まるでお祭りのように、一斉に高々と持ち上げられる患者。またあの堅い台に載せられた。
「う!わし、この台は・・嫌いなんじゃあああ」
石井先生は着替えて完全武装した。透視室のすぐ外で腕組みしている。
コベンが出てきた。
「準備OKです!」
「ウェルカム・エビバディ」
・・ヘンな先生。
〔ミッション・インポッシブルのテーマ終了〕
「またこの管かあ、フガフガ・・」
イレウスチューブは十二指腸の入り口にようやく入り、胃の中でとぐろまき状態となった。これ以上進むのか・・。ある反動で、チューブは一気にトライツ靭帯の近くまで来た。
ここを越えればひと段落。数センチ越えたところで、終了。
「やった!入った!あ・・・」
僕は思わず叫んで、周囲からの冷たい視線を浴び続けた・・・。
石井先生が出てきた。
「数日もしないうちに、大腸まで進むでしょう。しかし通過障害があればそこまでしか進まないはずです。その時点で造影剤を入れて、いわゆるイレウス管造影をしましょう」
「ありがとうございました」
透視室の中は患者1人だけだった。そこが甘かった。
「キーーーーーーーッ!」患者の叫び声。
「あ!」消化器科の研修医が叫んだ、ときはもう遅かった。
「石井先生、患者が引っこ抜きました!」
「え?ああ!」
イレウスチューブは完全に引っこ抜かれてしまっていた・・。
「もう1度やろう。その前に・・水野くん!」
「はっ!」コベンの声が響いた。
「・・・アタPで眠らせなさい」
「かしこまりました!・・・・・・ちょっと痛いよぉ、はい!」すばやく筋肉注射。鎮静剤だ。
患者は少しもうろうとなった。
処置を終え、ストレッチャーは病室へ戻っていった。
石井先生が付け加えた。
「先生、分野が消化器だし・・うちで診ましょうか。転科、ということで。オーベンの許可をもらってください」
「うう、ありがとうございます・・・」
病歴要約:サマリーも無責任な内容で済む・・。
午後は先日、予定としていた胸腔ドレナージだ。胸腔、つまり肺の外にたまった水を、管入れて出す、それだけだ。
患者の周囲には研修医がハイエナのように群がった。指導するは益田先生。
「間宮君。ドレーンは肋骨の上縁に入れるか、下縁に入れるか」
「上縁です。下縁だと血管・神経を損傷してしまうおそれがあるからです」
「そうだな。そうなると胸水が血性になって誤診のもとだからな。結核とか、癌と・・おおっと」
アホな先生だ・・。患者は聞いてるかもしれないぞ。患者の顔の上は薄い布があって、お互いが見えないようになってはいる。
「麻酔して・・こう・・メスで切開をして・・モスキートという器具で傷穴を拡げる・・・よし、水が出てきた・・・ここに、チューブを入れていく」
チューブは最初抵抗があったが、途中からプスッとスムーズに入っていった。
「・・固定、終了と」
胸水は真っ赤だった。さきほどの益田先生のいう、結核か、肺癌か。悪性胸膜中皮腫でもありうる。CTの上肺の影からすると、結核か肺癌。
しかし、もう肺癌で確定的だった。腫瘍マーカーの「CEA(しかし喫煙で少々上がることあり)」「SLX」が高値だったからだ。
「じゃあ、ゆっくり抜いておいてくれ。胸水の1日排液量はどこまでが限度だ?君!」
え?俺?
「1リットルから1.5リットルです」
「いいだろう。それ以上は抜くなよ。もしそれ以上出てしまったら?間宮君」
「肺水腫の合併をもたらすことがあります」
「そう。じゃあ野中くん。結核を調べる項目は」
「ADAです」
「胸膜中皮腫は?川口くん」
「はい」
一瞬、僕と目が合った。
「はい・・ヒアルロン酸です」
「君ら、ようやってるな、頑張れ。細胞診の結果は1週間後。カンファレンスで出せ。それまでは抗癌剤の治療は追加するな」
病院の玄関のすぐ外。
「川口・・グッチさん、ちょっと」
「何?」
何って・・・?
「さっきは横から答え教えてくれてありがとう。ところで昨日の」
「気にしないの。あたしもちょうど用事あったの。友達もちょうど街に出てたんで、合流して飲みにいったの、ペテンという店」
「いっぺん呼び出したけどね、ちょうど呼ばれて」
「こっちもそっちの家にかけたけど、留守だったね。忙しかったんでしょう。マミーから聞いたわ」
「間宮さんが?ああ、彼女にもいろいろ手伝ってもらったなあ」
「マミーと今度行けば?」
「ええっ、なんでそんな・・」
「また今度ね。時間ができたときにしよう。あ、留守電ね、あたし昨日かなり酔っ払ってたんでね、かなり失礼なこと、入れたかもしれない。気にしないで」
「え?バカとかアホとか?」
「じゃね」
僕の考えすぎだったか・・。彼女は別に僕のことはあまり気にならないようだ・・。
今日は忙しかった・・。患者運んだり、突っ立ってたり・・自分は何もしてないのにね。
家に帰ると、留守電が点滅していた。
「・・・・グッチか?」
部屋の電気もつけず、留守録のボタンを押した。
「・・・えーっと、今、ペテンの前でーす。こら、どこ行ってんの。外からこれ、聞いてる?」
ピーッ 以上、19:00
「・・・ペテン出ます。近くの○○カラオケのゲームセンターにいますね。探してください」
ピーッ 以上、21:30
「・・・またペテンに戻っちゃいました・・お客は私だけ。ママが先生に会いたいってよー・・・ちがうよ、ママ、そんなん違うってよー!」
ピーッ 以上、23:00
「・・・・・・・・」
ピーッ 以上、0:30
「・・・・・・・・」
ピーッ 以上、1:45
「ロクオンハ、イジョウデス」
ペテンは・・・・
俺だ・・・・。
泣くしかなかった・・。自分が情けなかった・・。それでも、分かってる、患者が第一なのは、その仕事を選んだ宿命・・!
朝起きたらもう平気だった。僕は情がないのかな。
しかしなぜか車でDEENを聞くつもりにはならなかった。前向きな曲でなく、そうでないのがいい。
Bzの2枚組アルバムにした。
1曲終わることもなく、病院へ到着した。足取り重く、ダイレクトに病棟へ。
「どうですか」
肺癌疑いの患者[ 小野さん〔仮名〕 ]。
「この管は先生、いつ頃取れますでしょうか」
「まだ薬入れてませんから」
そのとき、向かいの患者がいきなり叫んできた。
「治らん!あんた、治らんのや!」
「なっ・・何を言うんです」
「大学病院に入ったらぁ・・珍しい病気や、治療法自体珍しいんやぁ!」
「そんなこと・・非常識なこと、言わないでください」
「わしらモルモットだからのう!嫌われたら大変やでェ」
小野さんはかなり落ち込んでしまった。
「先生、わたくし・・怖いです。あの人が、ああやっていつも私を怖がらせるんです」
「待って・・部屋、聞いてみます。別々にできるかどうか」
「ええ、ぜひ頼みます・・こわい、こわい・・・」
<つづく>
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