「婦長!婦長は!」
ぼけぼけナースらが詰所でダベっている。
「婦長さんはお休みです」
「小野さんの前の患者、ひどいよ。ののしっている」
「あー、あの人・・わがままなんですけどね。なかなか退院しないんです」
「カルテで病名見たら、糖尿じゃないか。摂生も出来てない・・間食はしてる・・何、強制的に退院できないの?」
「それは私たち看護婦では判断しかねます」
「そうだけど、そう思わない?」
「婦長さんはお休みですから、そのことについても私たちでは決めかねます」
「小野さんはすごく落ち込んでるんです、何とかできませんか」
「じゃあ先生が病棟医長に直接掛け合ってください!」

病棟医長など日ごろから婦長にペコペコやんか。

その後、婦長に部屋の変更を申し出たが、受け入れはなかった。理由は「病室に余裕がない」。

その患者の長期入院の事情を医局員にいろいろ聞いてみたところ、「以前、誰かが投薬ミスしてしまい、訴えられそうになった。それ以後患者の言いなりになってしまった」

そういうことか!

僕はその患者のとこへ戻った。するとその横柄なオバハンの横に屈強そうな家族が数人ひっついていた。夫と思しき人間が歩み寄ってきた。
「あんた、患者に対して失礼ちゃうんか」
「?」
「非常識なって、非常識なんはそっちだろうが。去年。わしゃああんだけペニシリンにアレルギーあるって言うてたのに・・どこぞのバカが、それを注射しよったんや。それでも医者なんか!」
「?」
「まあ大事には至らんかったから許してはやったが、それからや、糖尿がひどくなったんは」



「あちこちしびれも出てるらしいし、ますます悪くなっとる。主治医はしょっちゅう変わりやがるし・・良くしてもらわんことには病院出るわけにはいかん!」

 それって間食しつづけて糖尿病が進行して合併症が出てきてるだけやん。自業自得だ。

ペニシリンアレルギー。経験ない。するとセフェム系も構造似てるんで投与しにくい。使うとしたら構造が似ていないテトラサイクリン系かキノロン系だ。

糖尿病で最初に出てくる合併症は、しびれだな・・確かに。

ドレーンの排液は次第に減りつつあった。そろそろ薬剤投与を行う。ピシバニ-ル。21世紀になってからも、これが未だにスタンダードなのが、悲しい。呼吸器の分野自体、この10年であまり進歩してないように思えるのだが。

腸閉塞の例の患者。
「どうですか、痛いですか」
「まだ少し痛いです。アタッ」
ホントはかなり痛いんじゃないのか?
「ハァハァ、大丈夫です。頑張りますから・・アタッ!」

 なんだ、これは?腹部にものすごい熱感がある。感染症の併発か。腸の感染か。抗生剤はすでに入ってる。それでも効いてないってことか。レントゲンを見ると、イレウスチューブはどんどん進んでいる。石井先生もカルテに
「大腸に近づきつつある」ようなことを書いている。字はきたないけど。

「どうなった?」
久々にオーベンが登場。
「俺など無用か?」
「ええ?とんでもない」
「わっははは、まあいいわ」
「イレウスチューブを入れてもらいました」
「それ見ろ、今日のレントゲン見ても・・チューブはもう大腸の中だぞ。そりゃそうだ。通過障害はないって俺が言ったろ」
「小腸にあると思って」
「小腸の通過障害?ほとんど報告ないぞ、そんなの。それにチューブはちゃんと小腸をすり抜けた。狭い小腸をな」
「・・・」
「だからもういいだろう!抜けよ、そんなもの!言ったろ!宿便によるイレウス!治療は!輸液しながら、浣腸!熱気!プロスタルモンで蠕動を亢進!」
「・・・しかし、2度イレウスを起こしたもので、どこかに狭窄がやはりあるのかと」
「ないじゃないか?どこだよ!お前がちゃんと毎日朝から晩まで患者見て、便の量までチェックして、十分出させてないからまた便秘が進んだんだよ!」
「・・・」
「納得してないな・・こいつ。それで!どうなんだ!患者の容態は!オレも忙しいんだ!教授の荷物もちもせにゃいかん!」
「こっこ・・高熱が出てます」
「俺が入れたIVHのとこ、ちゃんと清潔にしていたのか?」
「・・・」
「血液培養を取れ。血液の菌を調べるんだ。だが結果まで1週間かかるぞ。もしそのカテーテルの感染だったら、抜いてまた入れなおしだ!誰かに頼め!今は悪いがそんな時間はない。もう!週末になって!」
「はい、今から培養出します」
「カテーテル経由の真菌感染が多いからな、カンジダ抗原、測定しておけ。それが陽性なら、カテーテル抜け。抗真菌剤の投与もな。・・で、カンジダ抗原の結果は何時に出るんだった?」
「検査室に聞いたことありますが・・3日もかかると」
「電話で問い合わせろよ!お前が直接!のんびりするな!とにかく結果を早く聞きだせ!」

これから土日になるのに、それは無茶だ。

オーベンは怒りまくり、患者も見ずに出ようとしていた。。
「俺は教授と今から学会だからな。代わりは・・・松田。あいつを呼んでおくからな。あいつに指導してもらえ」
「わかりました」

病棟のカンファルーム。みな重症患者が数人。土日も関係ない日々が続いていた。
野中がやってきた。
「下剤、こんなに何使ってるの?相互作用とか、心配ないの?」
「オーベンがこれでいいって。なんならうちのオーベンに言うたろか」
「待てよ!それはやめてよ!」
「びびるなよ」
「僕は疑問に思ったから、聞いてみただけだよ」
「・・じゃあ、この高熱・・・どう思う?」
「尿路感染では?」
「尿の白血球は正常だよ」
「肺炎とか」
「肺に影はないよ。酸素も必要ないし」
「血液培養から菌は?」
「提出したばっかり」
「薬物熱=ドラッグ・フィーバー?」
「なんだよ、治療のせいなのかよ!」
「だって、否定はできないだろ」
「オーベンはIVHカテーテル経由の感染を疑ってたぜ」
「IVHが入ってるまでは知らないよ、僕は。カルテもよく見てないし。知ってたらそりゃ疑って当然だよ」
「でも腹膜炎とかもありだろ?」
「腹膜炎?腹膜炎ってもっとひどいだろ?ショック状態とかになってるの?」
「なってないよ。でも熱感がすごい」
「お腹、かなり硬いってこと?」
「腹膜炎を示唆するブルンベルグ徴候か、あれはない」
「やっぱり便秘と腸炎じゃないの?」
「なんかこう思うんだけど、全く手ごたえなさそうなんだよ。どんどん進行しているような」
「腹痛は治まってるって看護記録にはあるぞ」
「患者が気をつかってそう言ってるとこもあるような気もする」
「気もするって、そんなので判断したらいけないよ!」

 揉めてる間、患者は敗血症性ショックとなった。

<つづく>

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