< レジデント・ファースト 18 コンサルト >
2004年2月6日 連載 四肢が冷たい。さっきは熱っぽかったのに・・warm shockからcold shockへ移行したようだ。
野中がボーゼンと患者を見下ろしていた。
「尿がほとんど出てない・・」
「ナースから報告はなかったが」
「尿量測定の指示が出てないじゃないか!これじゃ分からないよ、病態が」
「今更言うなよ、そんなこと!」
「大事なことじゃないか!基本だ!」
「何やってんの、お前ら・・・」
松田先生もボーゼンと立ち尽くしていた。
「血圧がおい、70mmHgしかないぞ、上が。この人ふだんどれくらいなんだ、主治医さんよ」
「ええっと、カルテを・・」
カルテがビシッ!と奪われた。
「・・・160mmHgくらいか」
僕らは松田先生をじっと見つめた。何か処置は・・。
「オーベンに相談はしたか。ああ、学会だったな。それで俺が頼まれてきたんだった。あのオヤジ・・。ちょうどこんなときに。腹部は硬くはない。腹膜炎とは言いがたいな。血圧・・あら!60mmHg!しょ、昇圧剤!昇圧剤は何か使ったのか!主治医!」
「いえ、オーベンが君の判断では何もしたらいけないと」
「何、お前・・見捨てるつもりなのか、患者を」
「そうではないです」
「小生意気な奴だな・・」
「・・・・・」
「エホチールを使おう。今の病態は、大血管のボリュームを確保するために末梢の血管が狭まった状態だ。狭まった血管の組織は血流が減るから、冷たくなる。怖いのは・・何だ、主治医」
「え?・・急変です」
「アホ!もう急変してるじゃないか!まあお前のオーベンほど怖いものはないからな。野中!どう思う」
「アシドーシスです、代謝性の」
「そうだ。そうならないように血圧を上げ、末梢血管まで血液をいきわたらせるんだ。輸液量を増やせ。心不全はないだろうな」
「ないと思います」
「血圧は100以上をキープしろ。カテコラミンも使え。頻脈に注意しろ」
知らない間に研修医が全員集合しており、各々がメモを取っている。取ってないのは僕だけだ。
「じゃ、おれは実験の続きがある。何かあったらまた連絡しろ」
え、もう帰っちゃうの?
野中がホッとした表情でやってきた。
「主治医、頑張れよ」
「るさい・・・」
抗生剤はグラム陰性桿菌を想定し、カルバペネム系が使用された。
翌日には血圧は安定化、しかし高熱は続いた。
「おはよう、泊まってたの?」
「?いや、いったん帰ったけど・・グッチ、もしよかったら今日の晩、代わり勤めてくれないかな・・まともに寝てみたい」
「なに甘えてんのよ!病気は待ってくれないのよ」
「こんな睡眠不足じゃ、医療ミスになっちゃうよ」
「いーのいーの!若いときの苦労は報われる!」
患者の腹痛は微弱ながら続いており、腹部の音は亢進していた。しかし便はほとんど出てない。浣腸しても下剤かけても薬剤投与してもダメだ。
やっぱり通過障害があるんじゃないのか。
石井先生のところへ相談に行った。
「でもねえ、イレウス管は通ったわけだし・・便の性状に問題があるのかな」
「性状?」
「便の成分そのものを分析する必要があるかもしれないですね」
「あの・・具体的には」
「蛋白漏出性の胃腸症とか」
あれって下痢するんじゃなかったっけ・・。
「まあ私は専門じゃないんでね、そっちのほうは」
「では、誰に・・」
「・・・分かりません。調べてみてください」
「・・・・・先生、開腹というのはどうでしょうか」
「?どこを見るというので」
「通過障害を疑ってです」
「だから先生、それはないんですよ」
「小腸が疑わしいかと」
「小腸を開ける?あんな長い臓器をですか・・?無理ですよ、そんなの」
「・・そうですね、そういえば・・」
「腹膜炎になってないとそちらの先生がおっしゃるなら、今の治療でいいでしょう。それより先生、早く便出してあげてください、ハハハ」
石井先生ももう病棟には顔を出さなくなった。スタンドプレーというやつだ。
あきらめて、患者のところへ戻った。2日が経過した・・。
「うわああああ!」
患者が暴れだした。
「?どうしたんですか!」
「痛い!ヒィイイいい」
これまでにない痛さのようだ。腹部は・・・
まるで板のようだ。平らな板のよう。
これが、筋性防御というやつか。ということは・・・。
「もしもし、秘書さん、オーベンを探しているのですが」
「学会出張からは今日戻ってくるはずなんだけど、そのまま家に帰っちゃったみたいね」
「申し訳ないのですが・・」
「・・・・」
「呼び出してください・・いえ・・」
「・・・・」
「すぐ来るようにと」
「とにかく緊急なのね」
スタンドプレーなど、させない・・・!
「松田先生、相談が」
「なんだよお前、血圧は上がったのかよ」
「それより腹部が硬直していて」
「?じゃあ何、腸管から腹膜に炎症が波及したってことか・・・でもおい・・・・消化管穿孔じゃないだろうな」
「・・・」
「レントゲン撮れよ!CTも撮ったほうがいいんじゃないのか」
「放射線には急変と連絡したのですが・・先の撮影があると。それが終わってコールがあるらしいです」
「何を・・!ちょっと待ってろ・・・・・・・・もしもし!ああ、俺だ。そうだよ、先輩の松田。ゴルフの。そう。ふざけんなよお前。急変してる患者は後回しか?・・・そ、ゴメンゴメン、そっか、ありがとう。ホントごめんねー」
どうやら説得に成功したようだ。大学では上下関係の厳しいサークルに入るべき・・だった。
「1分で来る。写真が出来たら、所見を読んでもらえ」
写真が出来た。国家試験の問題でも出そうな典型的なフリーエアだ。消化管のどこかに穴が開いたのは確かだ。放射線科医が1枚1枚CTを並べた。
「おたく、レジデント・・?」
「はい」
「伝票に経過が書けてないよ。いつからどうなって、どう経過してるのか」
「はい、すみません」
また謝ってしまった・・。
「うわあ、便が多いなあ。消化管は・・腸管浮腫がすごいね。腸の中の便・ガスも多量」
「通過障害はこれでは分かりませんよね」
「分からないよ、CTでは。大腸癌だったら分かることもあるけど。胃・大腸は調べたんでしょ」
「そうです」
今・・夕方の6時だ。
外科医局へたどり着いた。人気がない。全員、帰ったようだ。
院生の実験室らしい部屋は明かりはついているものの、ピーピーという電子音、水の流れる音のみ。
人間はいなかった。「エイリアン」のノストロモ号のようだった。
「誰か・・誰か!もしもし!今、消化器外科の医局の内線からですが・・松田先生。ええ、さっきかけましたけど、おられなかったもので、先に外科の方へ来たんです」
「病棟はどうなんだ」
「病棟にも医者いません。当直は研修医の先生で、私に相談しても困る、と。どうやら日本人じゃないようです」
「そいつの名前はなんだ、オイ!病棟医長通じて・・」
「うちの病棟医長のポケベルも、自宅も・・ダメです、応答なしです」
「でもバイタルは安定してるんだろ、比較的」
「ええ、しかし・・・夜間様子を見るのはどうかと」
「まあ随時連絡は取るものとして、適宜経過を見るわけにはいかないか」
正気か・・?
<つづく>
野中がボーゼンと患者を見下ろしていた。
「尿がほとんど出てない・・」
「ナースから報告はなかったが」
「尿量測定の指示が出てないじゃないか!これじゃ分からないよ、病態が」
「今更言うなよ、そんなこと!」
「大事なことじゃないか!基本だ!」
「何やってんの、お前ら・・・」
松田先生もボーゼンと立ち尽くしていた。
「血圧がおい、70mmHgしかないぞ、上が。この人ふだんどれくらいなんだ、主治医さんよ」
「ええっと、カルテを・・」
カルテがビシッ!と奪われた。
「・・・160mmHgくらいか」
僕らは松田先生をじっと見つめた。何か処置は・・。
「オーベンに相談はしたか。ああ、学会だったな。それで俺が頼まれてきたんだった。あのオヤジ・・。ちょうどこんなときに。腹部は硬くはない。腹膜炎とは言いがたいな。血圧・・あら!60mmHg!しょ、昇圧剤!昇圧剤は何か使ったのか!主治医!」
「いえ、オーベンが君の判断では何もしたらいけないと」
「何、お前・・見捨てるつもりなのか、患者を」
「そうではないです」
「小生意気な奴だな・・」
「・・・・・」
「エホチールを使おう。今の病態は、大血管のボリュームを確保するために末梢の血管が狭まった状態だ。狭まった血管の組織は血流が減るから、冷たくなる。怖いのは・・何だ、主治医」
「え?・・急変です」
「アホ!もう急変してるじゃないか!まあお前のオーベンほど怖いものはないからな。野中!どう思う」
「アシドーシスです、代謝性の」
「そうだ。そうならないように血圧を上げ、末梢血管まで血液をいきわたらせるんだ。輸液量を増やせ。心不全はないだろうな」
「ないと思います」
「血圧は100以上をキープしろ。カテコラミンも使え。頻脈に注意しろ」
知らない間に研修医が全員集合しており、各々がメモを取っている。取ってないのは僕だけだ。
「じゃ、おれは実験の続きがある。何かあったらまた連絡しろ」
え、もう帰っちゃうの?
野中がホッとした表情でやってきた。
「主治医、頑張れよ」
「るさい・・・」
抗生剤はグラム陰性桿菌を想定し、カルバペネム系が使用された。
翌日には血圧は安定化、しかし高熱は続いた。
「おはよう、泊まってたの?」
「?いや、いったん帰ったけど・・グッチ、もしよかったら今日の晩、代わり勤めてくれないかな・・まともに寝てみたい」
「なに甘えてんのよ!病気は待ってくれないのよ」
「こんな睡眠不足じゃ、医療ミスになっちゃうよ」
「いーのいーの!若いときの苦労は報われる!」
患者の腹痛は微弱ながら続いており、腹部の音は亢進していた。しかし便はほとんど出てない。浣腸しても下剤かけても薬剤投与してもダメだ。
やっぱり通過障害があるんじゃないのか。
石井先生のところへ相談に行った。
「でもねえ、イレウス管は通ったわけだし・・便の性状に問題があるのかな」
「性状?」
「便の成分そのものを分析する必要があるかもしれないですね」
「あの・・具体的には」
「蛋白漏出性の胃腸症とか」
あれって下痢するんじゃなかったっけ・・。
「まあ私は専門じゃないんでね、そっちのほうは」
「では、誰に・・」
「・・・分かりません。調べてみてください」
「・・・・・先生、開腹というのはどうでしょうか」
「?どこを見るというので」
「通過障害を疑ってです」
「だから先生、それはないんですよ」
「小腸が疑わしいかと」
「小腸を開ける?あんな長い臓器をですか・・?無理ですよ、そんなの」
「・・そうですね、そういえば・・」
「腹膜炎になってないとそちらの先生がおっしゃるなら、今の治療でいいでしょう。それより先生、早く便出してあげてください、ハハハ」
石井先生ももう病棟には顔を出さなくなった。スタンドプレーというやつだ。
あきらめて、患者のところへ戻った。2日が経過した・・。
「うわああああ!」
患者が暴れだした。
「?どうしたんですか!」
「痛い!ヒィイイいい」
これまでにない痛さのようだ。腹部は・・・
まるで板のようだ。平らな板のよう。
これが、筋性防御というやつか。ということは・・・。
「もしもし、秘書さん、オーベンを探しているのですが」
「学会出張からは今日戻ってくるはずなんだけど、そのまま家に帰っちゃったみたいね」
「申し訳ないのですが・・」
「・・・・」
「呼び出してください・・いえ・・」
「・・・・」
「すぐ来るようにと」
「とにかく緊急なのね」
スタンドプレーなど、させない・・・!
「松田先生、相談が」
「なんだよお前、血圧は上がったのかよ」
「それより腹部が硬直していて」
「?じゃあ何、腸管から腹膜に炎症が波及したってことか・・・でもおい・・・・消化管穿孔じゃないだろうな」
「・・・」
「レントゲン撮れよ!CTも撮ったほうがいいんじゃないのか」
「放射線には急変と連絡したのですが・・先の撮影があると。それが終わってコールがあるらしいです」
「何を・・!ちょっと待ってろ・・・・・・・・もしもし!ああ、俺だ。そうだよ、先輩の松田。ゴルフの。そう。ふざけんなよお前。急変してる患者は後回しか?・・・そ、ゴメンゴメン、そっか、ありがとう。ホントごめんねー」
どうやら説得に成功したようだ。大学では上下関係の厳しいサークルに入るべき・・だった。
「1分で来る。写真が出来たら、所見を読んでもらえ」
写真が出来た。国家試験の問題でも出そうな典型的なフリーエアだ。消化管のどこかに穴が開いたのは確かだ。放射線科医が1枚1枚CTを並べた。
「おたく、レジデント・・?」
「はい」
「伝票に経過が書けてないよ。いつからどうなって、どう経過してるのか」
「はい、すみません」
また謝ってしまった・・。
「うわあ、便が多いなあ。消化管は・・腸管浮腫がすごいね。腸の中の便・ガスも多量」
「通過障害はこれでは分かりませんよね」
「分からないよ、CTでは。大腸癌だったら分かることもあるけど。胃・大腸は調べたんでしょ」
「そうです」
今・・夕方の6時だ。
外科医局へたどり着いた。人気がない。全員、帰ったようだ。
院生の実験室らしい部屋は明かりはついているものの、ピーピーという電子音、水の流れる音のみ。
人間はいなかった。「エイリアン」のノストロモ号のようだった。
「誰か・・誰か!もしもし!今、消化器外科の医局の内線からですが・・松田先生。ええ、さっきかけましたけど、おられなかったもので、先に外科の方へ来たんです」
「病棟はどうなんだ」
「病棟にも医者いません。当直は研修医の先生で、私に相談しても困る、と。どうやら日本人じゃないようです」
「そいつの名前はなんだ、オイ!病棟医長通じて・・」
「うちの病棟医長のポケベルも、自宅も・・ダメです、応答なしです」
「でもバイタルは安定してるんだろ、比較的」
「ええ、しかし・・・夜間様子を見るのはどうかと」
「まあ随時連絡は取るものとして、適宜経過を見るわけにはいかないか」
正気か・・?
<つづく>
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