正気か・・?患者が急変・・それもオペ適応に間違いない、というのに・・。時間外になったらイレウスみたいに麻痺してしまう、この大学病院の脆さはいったい何なんだ・・。

「松田先生、よその外科の病院に送るとか」
「そ、それは病棟医長に聞いてくれ」
「病棟医長通さないとダメなんですか」
「大学病院は特にそうだ。そこの手順はしっかり踏めよ」
「・・・・・先生、松田先生・・やっぱりうちの消化器外科と連絡を取ってみます」
「え?消化器外科病棟に自宅の電話番号を聞くのか?」
「さっき病棟に聞いたら、表がないって言ってましたから。それは無理です」
「他の方法があるのか」

 消化器外科の医局に、ちょうど貼ってある講演会のチラシ。本日、当院の外科教授が座長となっている。座長となると、医局員は全員呼び出しだもんな。

 教授が座長として出席する講演会に医局員を多数呼び込む目的は、?お客さんの確保、?医局員から質問させることで座長の座のリスクを回避する・・。

「リーガロイヤルですか、講演会の会場を」
「少々お待ちください」

「講演会場です。MR担当、太田です」
「大学病院ですが・・消化器外科の医局員を呼んでいただけますか」
「どなたを・・」
「助手の先生でいいです、とりあえず」

「もしもし」
「すみません。初めてコンサルトするのですが・・・」

経過をこと細かく説明した。オペの方針は了解されたが、今すぐという意欲はみられなかった。

助手の先生が淡々と答える。

「講演終了まで2時間あるのですが・・医局員もこのあと予定があるかどうか不明ですし・・やっぱり待てない状況なのでしょうかね?内科的には落ち着いているのでしょうか」

確かにバイタルは安定していたが・・。

ダメだこいつら、物事を避けるように持ってってる。僕がレジデントであることもうまく利用されてるような気がする・・・。

どうしたら・・どうしたら・・・。

そうだ。僕は沈黙を破った。

「いえ、今しがた、血圧が急激に下がってきたようです。意識レベルの低下も。家族ですか・・いません。しかし、うちの教授も、その、あの、気にされていたようです」
と作り話。

「教授が?」

「はい、うちの教授が経過のことを非常に気にされてまして・・ああ、はい、もう帰られたわけですが、至急オペが必要だろうと。明日ちょうどカンファレンスがありまして」

「・・・・・では、今からのほうがよろしいでしょうな」

なんだそりゃ。でもやったぞ!

外科の助手は続けた。

「分かりました。人数を集めて、即戻ります。先生、麻酔科やICU・・いえいえ、私が全てやっておきます」
「じゃ、病棟でお待ちしています」
「それでは」

なんだ、最初からできるんじゃないか。

しかし、よその科の教授が関わっているという嘘だけで、こんなに対応が違うものなのか・・。このネタは今後も使うことにしよう。

そして・・・。

結局、小腸の消化管穿孔だった。小腸には肉眼的な狭窄があったが、非常に中途半端で柔軟性に富んだものだった。
イレウスチューブが通り抜けても不思議じゃないぐらいだったらしい。病名は単発性の「小腸潰瘍」だった。患者の一般状態は
安定化傾向にあり、外科転科となった。

オペの見学も終わり、僕は廊下を歩いていた。

「なんか、あっけなかったなー・・」

もう夜中の3時だった。外科のチームの皆さんも、ご苦労さん。
医局へ戻ったところ、明かりがついていた。よくあるつけっぱなしか・・。

「あ!」

そこにはオーベンが、宙を見つめるような形で机に座ってたたずんでいた。
「おう・・・終わったか。手術は」
「は、はい、経過は・・・」

「・・・そうだったのか。俺の見解は、誤っていたわけだ」
「・・・・・」
「そうか、そうか・・ありがとう、先生」
「いえ、こちらこそ」
「・・・・・・・安心した、じゃ・・・・家へ帰る」
「・・・・ありがとうございました、先生」
「ん?何を・・?」
「・・・・・・いろいろです」

その言葉に嘘はなかった。

僕が最も嬉しかったのは、初めて「先生」と同格で呼ばれたことなのだ。

トイレで鏡を見ると、両目に隈が出来ているようだ。今日はまだ平日で、外来業務・病棟の仕事も山ほどある。

レセプト病名も書かなきゃならない。少し目まいはするが・・。

病棟医長がやってきた。
「おいおい、困るよぉ、君。プロフェッサーの方針でもなんでもないのに、教授の名前振りかざして外科の先生を引っ張りまわしちゃあ・・。わしゃ知らんふりして聞いてたけど、もうあんなことするなよ。医局どうしの連携は、上の先生の判断を通すんだぞ」

しかし、僕は謝らなかった。

「病棟医長・・・連絡しましたけど、通じませんでしたよ」
「え?誰が?オレ?」
「何度もしました・・」

婦長が病棟医長を睨み、説教が始まった。

あとは婦長に任せ、僕は外来業務へ向かった。

<完>

 
 

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索