< レジデント・セカンド 5 教授回診 >
2004年2月20日 連載<レジデント・セカンド 5>
ふと、見上げると、病棟のモニターが・・・水平線・・・フラットだ!
「麻酔科のドクターを!し、至急うちの病棟へ来るようにと!お願いします!」
病室へ走った。病室内ではすでに看護婦が心臓マッサージもどきをしていた。ミッキー・ロークの猫パンチより劣る威力だ。
「先生、今止まったみたいです・・酸素はこのままでいいんですか・・?」
「い、いま呼んだ、麻酔科を・・」
「酸素は・・先生!」
「酸素・・?ああ、ふ、増やそう」
酸素を最大に増やしたが、SpO2 は「計測不能」。看護婦がさらに急かす。
「血圧が測れませんが。何か注射しますか」
「ちゅ、注射?なにが・・あります?」
「・・・例えば、ボスミンとか」
「ああ・・アドレナリンのね・・しようしよう」
「先生、量は?」
ポケットのマニュアルを見る・・。
「い、1アンプル!静脈注射!」
「先生、看護婦はできませんので先生がしてください」
「ああ・・・くっ、この点滴ライン・・固くて・・注射が入らない!」
「先生、三方活栓を開いてますか」
「え?ああ・・そうだった!」
焦って注射の入り口さえ確保できていない。
注射はしたが・・ウンともスンともいわない・・。心臓マッサージしてるが脈が戻ってくる気配すらない・・。
僕のせいなのか・・。
「先生、麻酔科、ほんとに来るの?」
「く、来るって言ったよ!・・・・言ったんだ・・・・」
「疲れた、先生、変わって!」
「あ、はい・・・」
15分が経過した・・。ヌッと人影が見えた。
「ここでよろしいでしょうか。麻酔科の者ですが。オペに入ってましたので」
「ああ・・ありがとうございます」
「急変のようですね・・私がしましょう。酸素は・・マスクですね、それ。アンビューバッグを、看護婦さんお願いします」
「はい」
「点滴、それ、先生、落ちてますかね・・急変のときは全開でいいでしょう」
「は、はい」
「ボスミンは何回いきましたか」
「1回です」
「いつ止まったんですか、心臓は」
「20分くらいかと・・・」
「看護婦さん、ボスミン吸って、僕まで。データは、これか・・・じゃあ先生、呼吸器つけますんで、マッサージは続けといてください」
「はい・・・」
「挿管チューブください!はい、はい・・・・はい。入った」
気道確保・・・。気管と食道、どっちが前だったっけ・・。そうか、気管切開は前からするから、気管が前だ・・。
麻酔科のドクターは淡々と仕事をこなす。
「じゃ、呼吸器、はい、それ、持ってきて・・・焦らない、焦らない。ひとつずつ、確実にやっていきましょう・・じゃ、先生、マッサージは私がやります。看護婦さん、設定はこれね。強制換気、FiO2 100%、呼吸回数26回、1回換気量400ml」
「は、はい」
マッサージはかなり手馴れたものだった。僕は自分の手だけ見てやってたが、彼はモニター見ながらやってる。しかも僕は肘を曲げてたような感じだが・・彼は腕を伸ばし
垂直に、心臓めがけて押していた・・。ちゃんと胸骨下端を押している。
彼がマッサージ始めて、約7分、心臓が再び鼓動した。
「どーです、かーのー・・・」
教授回診。秋なのにこの熱気はなんだ。人が多すぎる。
僕の番だ。肺癌の小野さん。
「白血球が戻りまして、感染の兆候もないようです。陰影は、このように・・・」
「縮小してますなあ・・・よかったなあ、あなた」
小野さんのか細い体が、ゆっくり起き上がった。
「よくなったんですか、ということは、治ったんですか・・?」
「うーん・・・・まあ、そうなんだが・・・主治医の先生がねえ、また説明してくれるよぉ」
「主治医の先生は、もう退院できると」
「うーん・・・そうなのかね?」
「は、はい。カンファレンスで決まったように」
教授が遮った。
「カンファレンスじゃあない。君の意見はどうだというんだ?」
「?」
カンファレンスで、教授、あんたが決めたんじゃないか・・・。
「あとは外来フォローで、と考えています」
「うん?そうか。外来に通ってもらおうのう。退院は近いのう」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
やっぱ、教授の一言は患者にとって偉大だな・・。でも、一語一句のニュアンスにもう一度気を配って欲しいな。
・・まあ、無理か。
次、川口の患者。
「2週間前に入院しました。大動脈弁狭窄症の方です」
「どーです、かーのー?」
小太りで気のよさそうなそのおばあちゃんが、ひょこっと顔を上げた。
「どうもないよ!」
「ふらーっとしたり、せんかいのー・・・」
「いいや、ぜんぜん」
学生たちが笑い出す。教授は少しムッとなった。
「あー、これこれ、学生さん。そう、女性の、あなた」
「は、はい」
「これこれ、教科書は閉じて・・ASの症状といえば?なんだろう?」
「えーっと・・ふらふら・・」
「それはさっきー、わたしがいうたいうたー・・で?他には?ASの症状!」
「きょ、胸痛です」
「そりゃなんでかのー、なんで胸が痛くなるんかのー」
「そ、それは・・・し、心臓が・・・」
「・・ふん?」
「悪いからです・・・」
「フォ?フォッホッホ」
バルタン星人。
「答えてあげなさい、川口さん」
「はい。進行したASの場合、心拍出量が減少するため、冠動脈そのものの血流も減少します。そのため狭心症のような症状が出現するため狭心痛と表現される痛みが出現します」
「ファッファ・・もうよい、川口くん。この子らは全くわかっとらん」
教授に嫌われたな、この学生グループは・・。教授はさらに追い討ちをかける。
「学生さん、今度は、はい、あなた。症状もなくて、このようにレントゲンでも心臓が大きくないのに、どうして入院したの、この人?」
患者も聞きたがった。
「そうや、どうしてやねん?外来の先生からもよく聞いてないねん」
「いやいや、したでしょ」
院生の松田先生が飛び出してきた。
「説明、ちゃんとしましたよ」
「いいや、聞いてない」
「しました」
「聞いてないっちゅうに」
「したって!」
「全然。先生わけのわからん説明するし」
「そんな!」
そんな騒動をよそに、教授が学生を問い詰めていた。
「のー・・患者さんもこまっとるよー。君ら、患者さんみたとき、何の病気だろか?じゃいかんよー。なんで入院したのか、疑問には思わんのかなぁー?」
学生一同、かなり固まった状態だ。
学生がゆっくり答えた。
「と・・突然死する可能性があるからです」
一同にうすら笑いが起きた。患者にはシャレにならない。
「と、突然死っちゅうことは・・わし、わし」
取り乱す患者に、教授はなだめた。
「いやあ、かなり進んでほおっといたら、そうなるっていう意味よー」
「え?じゃあわし、進んでませんの?教授さん!」
「どーですかなあ、川口さん。心臓超音波の所見は」
「はい!大動脈弁の圧較差は・・圧較差は・・・」
珍しく、川口も困っている。
「えー・・・圧較差、圧較差・・・」
超音波・連続波ドプラーで測定するべき圧較差は、大動脈弁狭窄症の重症度判定に際して極めて重要なものだ。一般的には圧較差が高いほど、重症度は高い。
50mmHg以下が軽症、50-80mmHg中等症、それ以上は重症と学んだ。重症で心臓の収縮能力まで落ちかけたら、そこが外科への相談時期だ。
「測定は、していません」
「なぬ?」
辺りが凍りついた。
…
ふと、見上げると、病棟のモニターが・・・水平線・・・フラットだ!
「麻酔科のドクターを!し、至急うちの病棟へ来るようにと!お願いします!」
病室へ走った。病室内ではすでに看護婦が心臓マッサージもどきをしていた。ミッキー・ロークの猫パンチより劣る威力だ。
「先生、今止まったみたいです・・酸素はこのままでいいんですか・・?」
「い、いま呼んだ、麻酔科を・・」
「酸素は・・先生!」
「酸素・・?ああ、ふ、増やそう」
酸素を最大に増やしたが、SpO2 は「計測不能」。看護婦がさらに急かす。
「血圧が測れませんが。何か注射しますか」
「ちゅ、注射?なにが・・あります?」
「・・・例えば、ボスミンとか」
「ああ・・アドレナリンのね・・しようしよう」
「先生、量は?」
ポケットのマニュアルを見る・・。
「い、1アンプル!静脈注射!」
「先生、看護婦はできませんので先生がしてください」
「ああ・・・くっ、この点滴ライン・・固くて・・注射が入らない!」
「先生、三方活栓を開いてますか」
「え?ああ・・そうだった!」
焦って注射の入り口さえ確保できていない。
注射はしたが・・ウンともスンともいわない・・。心臓マッサージしてるが脈が戻ってくる気配すらない・・。
僕のせいなのか・・。
「先生、麻酔科、ほんとに来るの?」
「く、来るって言ったよ!・・・・言ったんだ・・・・」
「疲れた、先生、変わって!」
「あ、はい・・・」
15分が経過した・・。ヌッと人影が見えた。
「ここでよろしいでしょうか。麻酔科の者ですが。オペに入ってましたので」
「ああ・・ありがとうございます」
「急変のようですね・・私がしましょう。酸素は・・マスクですね、それ。アンビューバッグを、看護婦さんお願いします」
「はい」
「点滴、それ、先生、落ちてますかね・・急変のときは全開でいいでしょう」
「は、はい」
「ボスミンは何回いきましたか」
「1回です」
「いつ止まったんですか、心臓は」
「20分くらいかと・・・」
「看護婦さん、ボスミン吸って、僕まで。データは、これか・・・じゃあ先生、呼吸器つけますんで、マッサージは続けといてください」
「はい・・・」
「挿管チューブください!はい、はい・・・・はい。入った」
気道確保・・・。気管と食道、どっちが前だったっけ・・。そうか、気管切開は前からするから、気管が前だ・・。
麻酔科のドクターは淡々と仕事をこなす。
「じゃ、呼吸器、はい、それ、持ってきて・・・焦らない、焦らない。ひとつずつ、確実にやっていきましょう・・じゃ、先生、マッサージは私がやります。看護婦さん、設定はこれね。強制換気、FiO2 100%、呼吸回数26回、1回換気量400ml」
「は、はい」
マッサージはかなり手馴れたものだった。僕は自分の手だけ見てやってたが、彼はモニター見ながらやってる。しかも僕は肘を曲げてたような感じだが・・彼は腕を伸ばし
垂直に、心臓めがけて押していた・・。ちゃんと胸骨下端を押している。
彼がマッサージ始めて、約7分、心臓が再び鼓動した。
「どーです、かーのー・・・」
教授回診。秋なのにこの熱気はなんだ。人が多すぎる。
僕の番だ。肺癌の小野さん。
「白血球が戻りまして、感染の兆候もないようです。陰影は、このように・・・」
「縮小してますなあ・・・よかったなあ、あなた」
小野さんのか細い体が、ゆっくり起き上がった。
「よくなったんですか、ということは、治ったんですか・・?」
「うーん・・・・まあ、そうなんだが・・・主治医の先生がねえ、また説明してくれるよぉ」
「主治医の先生は、もう退院できると」
「うーん・・・そうなのかね?」
「は、はい。カンファレンスで決まったように」
教授が遮った。
「カンファレンスじゃあない。君の意見はどうだというんだ?」
「?」
カンファレンスで、教授、あんたが決めたんじゃないか・・・。
「あとは外来フォローで、と考えています」
「うん?そうか。外来に通ってもらおうのう。退院は近いのう」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
やっぱ、教授の一言は患者にとって偉大だな・・。でも、一語一句のニュアンスにもう一度気を配って欲しいな。
・・まあ、無理か。
次、川口の患者。
「2週間前に入院しました。大動脈弁狭窄症の方です」
「どーです、かーのー?」
小太りで気のよさそうなそのおばあちゃんが、ひょこっと顔を上げた。
「どうもないよ!」
「ふらーっとしたり、せんかいのー・・・」
「いいや、ぜんぜん」
学生たちが笑い出す。教授は少しムッとなった。
「あー、これこれ、学生さん。そう、女性の、あなた」
「は、はい」
「これこれ、教科書は閉じて・・ASの症状といえば?なんだろう?」
「えーっと・・ふらふら・・」
「それはさっきー、わたしがいうたいうたー・・で?他には?ASの症状!」
「きょ、胸痛です」
「そりゃなんでかのー、なんで胸が痛くなるんかのー」
「そ、それは・・・し、心臓が・・・」
「・・ふん?」
「悪いからです・・・」
「フォ?フォッホッホ」
バルタン星人。
「答えてあげなさい、川口さん」
「はい。進行したASの場合、心拍出量が減少するため、冠動脈そのものの血流も減少します。そのため狭心症のような症状が出現するため狭心痛と表現される痛みが出現します」
「ファッファ・・もうよい、川口くん。この子らは全くわかっとらん」
教授に嫌われたな、この学生グループは・・。教授はさらに追い討ちをかける。
「学生さん、今度は、はい、あなた。症状もなくて、このようにレントゲンでも心臓が大きくないのに、どうして入院したの、この人?」
患者も聞きたがった。
「そうや、どうしてやねん?外来の先生からもよく聞いてないねん」
「いやいや、したでしょ」
院生の松田先生が飛び出してきた。
「説明、ちゃんとしましたよ」
「いいや、聞いてない」
「しました」
「聞いてないっちゅうに」
「したって!」
「全然。先生わけのわからん説明するし」
「そんな!」
そんな騒動をよそに、教授が学生を問い詰めていた。
「のー・・患者さんもこまっとるよー。君ら、患者さんみたとき、何の病気だろか?じゃいかんよー。なんで入院したのか、疑問には思わんのかなぁー?」
学生一同、かなり固まった状態だ。
学生がゆっくり答えた。
「と・・突然死する可能性があるからです」
一同にうすら笑いが起きた。患者にはシャレにならない。
「と、突然死っちゅうことは・・わし、わし」
取り乱す患者に、教授はなだめた。
「いやあ、かなり進んでほおっといたら、そうなるっていう意味よー」
「え?じゃあわし、進んでませんの?教授さん!」
「どーですかなあ、川口さん。心臓超音波の所見は」
「はい!大動脈弁の圧較差は・・圧較差は・・・」
珍しく、川口も困っている。
「えー・・・圧較差、圧較差・・・」
超音波・連続波ドプラーで測定するべき圧較差は、大動脈弁狭窄症の重症度判定に際して極めて重要なものだ。一般的には圧較差が高いほど、重症度は高い。
50mmHg以下が軽症、50-80mmHg中等症、それ以上は重症と学んだ。重症で心臓の収縮能力まで落ちかけたら、そこが外科への相談時期だ。
「測定は、していません」
「なぬ?」
辺りが凍りついた。
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