< レジデント・セカンド 6 教授、怒る >
2004年2月21日 連載辺りが凍りついた。
「・・・それは、いけませんなあ・・・オーベンは誰ですか?」
「はい、外来主治医でもあります、・・・」
松田先生が立ちすくんでいる。
「申し訳ありません。外来で直接検査したのですが、測定がうまくいかず」
「どれどれ、しかし結果所見用紙には・・圧較差ゼロと、書いてあるじゃないかあ、君。ゼロということは、軽症にも入らんのじゃあないかあ」
「はい。しかし、弁の動きがかなり悪いようですし、かなり進行している可能性を考えました。その場合、圧較差というのは逆に減ってくるので、重症と解釈し、心臓カテーテル検査をと・・」
「わかっとるわあ!」
教授が怒鳴り、カルテを床に叩きつけた。教授の前では「しかし」は、なしだ。
「それを君、わしが知らんと思ってえ、言うとるわけか?」
「い、いいえ、めっそうもない」
松田先生は顔面が真っ赤になった。僧房弁膜症のようだ。
「君い、実験の論文もろくに出てきてないから、臨床でがんばっとるかと思ってたら・・・コベンへの指導もろくにしていない!」
カルテを拾いかかった川口も固まった。教授は続けた。
「外来のカルテにも、君は書いとらんし・・・検査所見の記録っちゅうのはねえ、自分だけわかっとったらええっちゅうもんじゃあ・・・ないよ!」
外来カルテをおもいっきし松田先生の胸に叩きつけた。
「申し訳ありません・・・」
「・・・で、何の話やったんかのう・・?ああ、重症度なあ。わかりきっとることだが、超音波では単純に決められないのよー。圧較差の数字だけみたら、いかんよー。心不全になりかけてないか、これが大事よねー。心臓の動き!の評価・・・心筋の血流量の評価・・・!そのためにあるのが、心プールシンチ、心筋シンチ、というやつやねー。この先生らみたいに、なにもかもカテーテル、カテーテルじゃあいかんよー!検査は・・非侵襲的なものから!たのむよ!松田ドクター!」
「はい・・・」
教授は要するに、もうちょっと外来でねばって入院の適応を決めろということだったのか・・。
教授・鳥のフンたちも移動し始めた。患者が取り残された。
「わし、わし・・・」
僕はその患者に捕まった。
「なあ先生、わし、今日死ぬかもしれんのかい?」
「え?どうしてそんな・・」
「さっき、教授さん言うたよ!そのあとはわけが分からん。ドイツ語やろか?教えてえな!主治医の先生も見捨ててしもうたぁ・・」
「いいえ、次の患者さんとこへ行っただけですって!あとで戻って来られますよ」
「いいや、いかんいかん。あんたに聞きたい。最後はどういう話やったわけですのん?」
「・・・カテーテル検査するより、それよりも楽な検査を予定しなさいと、まあそんな内容です」
「おおっ!じゃあわし、カテーテル受けんでもええんやなあ!」
「とまでは言って・・・」
「やったあ!みんな!カテーテル受けんでもええって!」
「な・・?でもちゃんとした説明は、主治医の・・」
「でもな、先生・・・困ったもんや・・」
「なに?」
患者はヒソヒソ声で話した。
「もう渡してもうた・・松田先生に」
「なにを?」
「カテーテルの、手数料」
「手数料?」
「あんたらももらっとるやろう・・。お布施、お布施」
「ええ?」
「2万円、あーもったいな・・・」
大部屋の中がドッと大笑い。部屋の中が明るい雰囲気に包まれた。
遅れて回診についていくと、間宮まで怒鳴られていた。
「こりゃあんた、ほうりすぎですがな!入院して何日目ですか!」
「は、はい・・・9日目です・・」
「あんた、うかうか面接になんか行っとる場合じゃないよ!これ!学生さんも!これ!レントゲン!CT!」
写真の廻し読みみたいなことをやっている。間宮の患者だが、この前の急変した患者ではない。
やっとカルテにたどり着くと・・。
病名:肺線維症の急性増悪。
「きゅうせいぞうあく」・・は慢性期が悪化したとき、いいわけのように使われる病名だ。「慢性心不全の急性増悪」「慢性呼吸不全の急性増悪」など。
外来カルテでは、60台男性が、風邪症状で受診。レントゲンは・・撮ってない。薬の処方の記入だけだ。抗生剤バナンの処方だけ。
「あんた、ふだん痰に緑膿菌出てる患者に、バナンはないでしょう。バナンはぁ」
教授はダンダンと床を蹴り始めた。
「セフェム系のこんな弱いの、出してー・・・。最近出た、ニューキノロン、あれこそ適応でしょうがあ」
間宮が顔を上げた。
「クラビットは、まだ当院には・・」
「あんたなあ、人がまだ喋って・・もういい、行きましょうか」
教授の中の何かがプツン、と切れたようだった。
入院カルテをみた。入院後、抗生剤が点滴で開始している。セフメタゾン・・。これもセフェムの第2世代か。大学は好きだな、セフェムが。第2世代なら、1世代が苦手なグラム陽性球菌、3世代が苦手なグラム陰性菌がカバーできると思ってか・・。しかし、痰から緑膿菌が出てると分かってたなら、陰性菌ターゲットの薬・・つまり3世代、またはカルバペネムにすべきだ。しかし、これ、オーベンの指示だな。院生の上村先生か。この前急変のとき、コールしても連絡なかった人だ。大学が慢性的な人手不足とはいうが、オーベンが多忙な院生とはたまらない・・。人手不足になるように人事って動いているんじゃないのか・・?
雑用する奴だけキープしているような気がする。僕らレジデント、院生・・・。
将来、大学病院には絶対に戻るまい。
そう誓った。
で、カルテの続きだが。肺炎は像悪しているが、抗生剤の変更がなされてない。レントゲンが読みにくいのは病気の性質上仕方なく、CTも予約の問題があるので仕方ない。しかし、血液検査の炎症反応CRP が、入院時8...8...7....7..うーん、なんかじわじわ効いているような気もしないわけでもないが、1週間たってこんなんではダメといわれても仕方ないような気がする。代医の院生は検査だけみてたようなものだ。
やっと回診が終わった。僕は患者が落ち着いているため、何も突っ込まれなかった。カンファレンスルームに戻ると、みんな落ち込んでいる様子。松田先生ら院生はサッと医局へ戻ってしまった。間宮もトイレへ行ったようだ。川口は・・・。帰ってきた。
「ねえちょっと、やめてよ!」
何だ?
「カテーテル検査、しなくていいって、あの患者さんに話したんでしょう」
「?違うって、そうじゃないって、オレ・・・」
「今日の午後、予定してたのよ!患者さん、もう退院するって言い出すし・・」
「だって回診では、カテーテルの前にいろいろ検査を・・」
「でも、でも今さら取り消しできないの!」
「教授のあの話じゃ、カテーテルは延期しろってことだと思ったけど」
「勝手にあんたがそう思っただけじゃないの!本人は検査受けて退院するつもりだったんだから。今日の朝、同意書だってもらったのよ!」
「教授が知ったら怒るんじゃないのか」
「そんなことない!確実な検査でハッキリさせるのよ!オペ適応かどうか!だいいちシンチでオペ適応なんか決まらない!」
「いや、だって回診では・・」
これ以上争ってもしようがない。
「あー、悪かったよ!」
「教授のいいなりじゃダメ!主治医としての自覚が、あなたにはないのよ!」
なんだと・・・・?
しかし待て、怒るな、怒るな・・・!好かれるチャンスはまだある!
流行の歌を思い出した。
「だ・よ・ねー」
<つづく>
「・・・それは、いけませんなあ・・・オーベンは誰ですか?」
「はい、外来主治医でもあります、・・・」
松田先生が立ちすくんでいる。
「申し訳ありません。外来で直接検査したのですが、測定がうまくいかず」
「どれどれ、しかし結果所見用紙には・・圧較差ゼロと、書いてあるじゃないかあ、君。ゼロということは、軽症にも入らんのじゃあないかあ」
「はい。しかし、弁の動きがかなり悪いようですし、かなり進行している可能性を考えました。その場合、圧較差というのは逆に減ってくるので、重症と解釈し、心臓カテーテル検査をと・・」
「わかっとるわあ!」
教授が怒鳴り、カルテを床に叩きつけた。教授の前では「しかし」は、なしだ。
「それを君、わしが知らんと思ってえ、言うとるわけか?」
「い、いいえ、めっそうもない」
松田先生は顔面が真っ赤になった。僧房弁膜症のようだ。
「君い、実験の論文もろくに出てきてないから、臨床でがんばっとるかと思ってたら・・・コベンへの指導もろくにしていない!」
カルテを拾いかかった川口も固まった。教授は続けた。
「外来のカルテにも、君は書いとらんし・・・検査所見の記録っちゅうのはねえ、自分だけわかっとったらええっちゅうもんじゃあ・・・ないよ!」
外来カルテをおもいっきし松田先生の胸に叩きつけた。
「申し訳ありません・・・」
「・・・で、何の話やったんかのう・・?ああ、重症度なあ。わかりきっとることだが、超音波では単純に決められないのよー。圧較差の数字だけみたら、いかんよー。心不全になりかけてないか、これが大事よねー。心臓の動き!の評価・・・心筋の血流量の評価・・・!そのためにあるのが、心プールシンチ、心筋シンチ、というやつやねー。この先生らみたいに、なにもかもカテーテル、カテーテルじゃあいかんよー!検査は・・非侵襲的なものから!たのむよ!松田ドクター!」
「はい・・・」
教授は要するに、もうちょっと外来でねばって入院の適応を決めろということだったのか・・。
教授・鳥のフンたちも移動し始めた。患者が取り残された。
「わし、わし・・・」
僕はその患者に捕まった。
「なあ先生、わし、今日死ぬかもしれんのかい?」
「え?どうしてそんな・・」
「さっき、教授さん言うたよ!そのあとはわけが分からん。ドイツ語やろか?教えてえな!主治医の先生も見捨ててしもうたぁ・・」
「いいえ、次の患者さんとこへ行っただけですって!あとで戻って来られますよ」
「いいや、いかんいかん。あんたに聞きたい。最後はどういう話やったわけですのん?」
「・・・カテーテル検査するより、それよりも楽な検査を予定しなさいと、まあそんな内容です」
「おおっ!じゃあわし、カテーテル受けんでもええんやなあ!」
「とまでは言って・・・」
「やったあ!みんな!カテーテル受けんでもええって!」
「な・・?でもちゃんとした説明は、主治医の・・」
「でもな、先生・・・困ったもんや・・」
「なに?」
患者はヒソヒソ声で話した。
「もう渡してもうた・・松田先生に」
「なにを?」
「カテーテルの、手数料」
「手数料?」
「あんたらももらっとるやろう・・。お布施、お布施」
「ええ?」
「2万円、あーもったいな・・・」
大部屋の中がドッと大笑い。部屋の中が明るい雰囲気に包まれた。
遅れて回診についていくと、間宮まで怒鳴られていた。
「こりゃあんた、ほうりすぎですがな!入院して何日目ですか!」
「は、はい・・・9日目です・・」
「あんた、うかうか面接になんか行っとる場合じゃないよ!これ!学生さんも!これ!レントゲン!CT!」
写真の廻し読みみたいなことをやっている。間宮の患者だが、この前の急変した患者ではない。
やっとカルテにたどり着くと・・。
病名:肺線維症の急性増悪。
「きゅうせいぞうあく」・・は慢性期が悪化したとき、いいわけのように使われる病名だ。「慢性心不全の急性増悪」「慢性呼吸不全の急性増悪」など。
外来カルテでは、60台男性が、風邪症状で受診。レントゲンは・・撮ってない。薬の処方の記入だけだ。抗生剤バナンの処方だけ。
「あんた、ふだん痰に緑膿菌出てる患者に、バナンはないでしょう。バナンはぁ」
教授はダンダンと床を蹴り始めた。
「セフェム系のこんな弱いの、出してー・・・。最近出た、ニューキノロン、あれこそ適応でしょうがあ」
間宮が顔を上げた。
「クラビットは、まだ当院には・・」
「あんたなあ、人がまだ喋って・・もういい、行きましょうか」
教授の中の何かがプツン、と切れたようだった。
入院カルテをみた。入院後、抗生剤が点滴で開始している。セフメタゾン・・。これもセフェムの第2世代か。大学は好きだな、セフェムが。第2世代なら、1世代が苦手なグラム陽性球菌、3世代が苦手なグラム陰性菌がカバーできると思ってか・・。しかし、痰から緑膿菌が出てると分かってたなら、陰性菌ターゲットの薬・・つまり3世代、またはカルバペネムにすべきだ。しかし、これ、オーベンの指示だな。院生の上村先生か。この前急変のとき、コールしても連絡なかった人だ。大学が慢性的な人手不足とはいうが、オーベンが多忙な院生とはたまらない・・。人手不足になるように人事って動いているんじゃないのか・・?
雑用する奴だけキープしているような気がする。僕らレジデント、院生・・・。
将来、大学病院には絶対に戻るまい。
そう誓った。
で、カルテの続きだが。肺炎は像悪しているが、抗生剤の変更がなされてない。レントゲンが読みにくいのは病気の性質上仕方なく、CTも予約の問題があるので仕方ない。しかし、血液検査の炎症反応CRP が、入院時8...8...7....7..うーん、なんかじわじわ効いているような気もしないわけでもないが、1週間たってこんなんではダメといわれても仕方ないような気がする。代医の院生は検査だけみてたようなものだ。
やっと回診が終わった。僕は患者が落ち着いているため、何も突っ込まれなかった。カンファレンスルームに戻ると、みんな落ち込んでいる様子。松田先生ら院生はサッと医局へ戻ってしまった。間宮もトイレへ行ったようだ。川口は・・・。帰ってきた。
「ねえちょっと、やめてよ!」
何だ?
「カテーテル検査、しなくていいって、あの患者さんに話したんでしょう」
「?違うって、そうじゃないって、オレ・・・」
「今日の午後、予定してたのよ!患者さん、もう退院するって言い出すし・・」
「だって回診では、カテーテルの前にいろいろ検査を・・」
「でも、でも今さら取り消しできないの!」
「教授のあの話じゃ、カテーテルは延期しろってことだと思ったけど」
「勝手にあんたがそう思っただけじゃないの!本人は検査受けて退院するつもりだったんだから。今日の朝、同意書だってもらったのよ!」
「教授が知ったら怒るんじゃないのか」
「そんなことない!確実な検査でハッキリさせるのよ!オペ適応かどうか!だいいちシンチでオペ適応なんか決まらない!」
「いや、だって回診では・・」
これ以上争ってもしようがない。
「あー、悪かったよ!」
「教授のいいなりじゃダメ!主治医としての自覚が、あなたにはないのよ!」
なんだと・・・・?
しかし待て、怒るな、怒るな・・・!好かれるチャンスはまだある!
流行の歌を思い出した。
「だ・よ・ねー」
<つづく>
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