<レジデント・セカンド 7 マリア/ T-BOLAN>

この間の患者だ。間宮の、急変した例の患者。

部屋の中では人工呼吸器の音。モニター音。ブルル・・と血圧計が腕を巻く音。どうやら安定しているようだ・・・?
しかし、尿のバッグはほとんどカラだ。重症版をみると、尿が丸1日、出てない。点滴指示をみると・・・利尿剤は入っているが、点滴量そのものをかなり少なく絞っている。カリウムも入っておらず、
つまり液過剰による肺水腫、高カリウムによる心停止を防ぐ措置はとってある。

カルテには・・・「長引いた低酸素・アシドーシスによる不可逆性の尿細管壊死による急性腎不全」、か・・・余計なお世話だ。長引いた、は余計だ。もう手伝ってやるもんか。

看護婦が入ってきた。
「先生、今電話が・・あれ、間宮先生は?」
「いないけど、何?」
「検査室から報告があって、カリウムが9あると」
「はいはい、9ね・・?9!」
「伝えといていただけますか」
「きゅ、9!」

モニターを見ると、確かに徐脈だ。52くらいしかない。看護婦らはちゃんとモニター見てるのか。

「ちょっと、これ・・いつから遅いの?」
「はい?遅いとは?」
「徐脈になったのが、だよ」
「さあ、私は担当なので分かりません。お昼ごはんに出かけてますし」
「なあにが昼ごはんだ!」
「先生、そんな事言ったら、また婦長さんに怒られますよ」
「こんなの、平気なのかよ?おかしいって思わない?」
「この重症板見ても・・頻脈のときの指示しか出てないじゃないですか」
「指示以外は無視かよ」
「私たちはそういう判断は勝手に出来ませんから」

「じゃあ先生が一晩中ここに泊まってちょうだい」

婦長だ。また来たか。

「先生、昨日、かぶれで軟膏出した患者さん、覚えてます?」

いったいこんなときに何の話だ?

「先生、湿疹ができてかゆいって言ってた患者さん。この人にステロイドの軟膏出しましたよね。次の日、今日皮膚科に受診させずに。今日の朝、朝一番で見てもらいましたよ」
「で・・?何だったわけ、診断は!」
「カンジダが、うようよしていましたよっ!」
 
 水虫・・白癬の類だったのか・・。ステロイドは禁忌だ。

「先生、以前オーベンに言われてたでしょ!自分の判断に頼らないでちょうだい!」
「待てよ!婦長さん。今はただ喋ってただけだろうが」
「これまでのことを言っただけのことですよ!」
「カリウムが9もあるんだよ。正常は高くても5だよ。こんなに高かったら心臓がいつ止まってもおかしくない」
「間宮先生は呼びましたよ!検査室からこっちへ向かってます!先生は干渉を・・・!」
「あっそ・・・分かったよ!」

僕は怒りまくって部屋を出た。

婦長がまた以前のように後ろから叫んだ。

「昼ごはん行くときは、ポケベル持っておいてくださいよーーーーー!」

エレベーターの下で、間宮に会った。

「あ、マミー・・。この間の人、さっき検査から報告があってね」
「うん、今から向かうところ!」
「カリ、9って、そう、聞いたの」
「病棟行ってたの、それで、何かしてくれた?」
「?いや」
「どうして?カルチコールやメイロンくらい、使えたでしょ?」
「いや、マミーが病棟向かってるって言ってたし。ナースがいるよ」
「あんた、何ほったらかしてんのよ!心臓止まったらどうすんのよ!」
 
マミーがエレベーターを閉める。
「バカ!」
ドアが閉まった。

バカはないだろ、おい・・・。お前こそ、日頃見とけって・・・。

 でも、さっきの彼女・・目・・泣いてたな、あの目は。この前の教授回診のことがショックだったんだろう・・。

 みんな教授の一言一言に、アナフィラキシー気味だ。

 僕もかなりイライラしてきた。そんなときに限って、後ろに学生がいる。あ、細川くんか。

「あのう、先生・・・カンファレンスで僕が発表するレポートを・・いつ・・」
「なんだよ、今は忙しいってのに」
「いえ、今病棟で婦長さんに聞きましたら、食事にでも行ったと。それで」
「今日はとにかくダメ!」
「では、いつでしたら・・」
「明日!明日の、そう・・夕方!4時!」
「せんせい、その時間はもう発表終わってますぅ。できれば朝とかで」
「朝は外来の検尿係なんだよ。終わるのは3時頃だよ!」
「じゃあその前に」
「・・・・わかったよ、はいはい」

 しかし、こんなにイライラというか、不都合なことがよく重なったものだな。大学病院の学生購買部に向かった。こういうときはCDなど買うに限る。
そういや、あれ出てるかな?T-BOLAN。ちょうど今、流れている曲だ。耳を澄ますと・・・・

・・・・・泣かないで、ぼくうううの、間宮。

え?何?何て言った?もう一度、サビを待つ。・・・・違う、マミヤじゃない・・・

「マリアか!」

周囲の学生らがぎょっとこちらを振り返った。恥ずかしぃー・・・・。

 でも、泣かないで、間宮・・・。


 その間宮とも、お別れの時がきた。彼女は自ら医局へお願いし、救急専門病院への研修を受けに行くことになった。半年ぐらいいるという。

 あれから何週間かたち、僕らの仲も元通りになっていた。医局は教授が出張のためか、明るい雰囲気だった。

「12月かあ・・」
川口が寂しそうにカレンダーを見ていた。
「なんか、知らない間にトシとっちゃうね。他の女レジデントも、はじめは華やかだったけど、だんだん化粧っ気もなくなっちゃうよね。アンプル切るときに、手もケガしたし・・。尿もまともに浴びた。ま、勲章みたいなものね。被曝もかなりしたような気がする。あなたはこういう女の子供なんかほしくないでしょ?」
「ふええっ?」僕は慌ててしまって、答えなかった。

「・・あ!頷いた!あたしを女扱いしてない!」
「ええ?俺が・・?なんで」
「いいよいいよ。あんたなんか男なんて思ってないもん」
なんか照れくさそうだな。

オーベンの安井先生が入ってきた。
「やあ、君たち・・!せっかく2人のお楽しみのところを、すまないね!今日は間宮くんを連れて、僕が教授の代わりに挨拶をしてくる。彼女は偉いよなぁ、勉強にひたすら打ち込むあんなレジデントははじめてだ。彼女はここには来ないそうだ。みんなによろしくと」

僕が少し水を差した。
「しかし、あんなにヤケにならんでも・・ガリベンだよ。なんか趣味とかないのかなあ。もっと女らしいところがありゃあな・・・」
川口がナニッて顔をした。
「あなた、何も知らないの?マミーは・・・」
「?」
「マミーは・・・・・何でもない!」
川口は赤面して出て行った。

「なんですか、あれ・・?安井先生。25の女が走っていきましたが・・・どこ行ったんでしょうね」
「このやろう!そりゃトイレで号泣だろ!」
オーベンの扇子で頭を叩かれた。
「え?」
「このこの!三角関係!医局ではお前ら2人の仲が、もっぱら怪しいとの噂なんだよ!」
「ええ?知りませんって!それに僕は、話したことしかないし」
「このこの!罪深い男!両手に花!なんでかなあ、お前って・・お世辞にも男前とはいえないのに。まあジャニーズ系の野中だったら分かるが・・。そこが余計、気に入らん!でもね、言っとくよ・・・同じ職場でひっついた医者同士ってのは、たいてい最後は悲惨だよ!ま、俺はその時を待つとするか」

 それが、現実のものになろうとしていた。

 部屋を出て行き際、オーベンが上を指差していた。

「?浮気ですか?なんの話です?」

 半分嬉しさを隠せず部屋…

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