<レジデント・セカンド 8 呼吸器・循環器カンファレンス>
2004年2月23日 連載<レジデント・セカンド 8 呼吸器・循環器カンファレンス>
あれ以来、また仕事がしにくくなった。いっそ仕事だけの毎日のほうが楽だ。街はクリスマス一色になり、医局でも飲み会ムードが出てきた。これまでレジデントでいまいち影の薄かった武田が、レクレーション係となっていた。
「じゃ、12/21で予約しました。会費は、院生のみなさまのご好意により、レジデントはタダ!レジデントは学生さんを1人ずつ引っ張ってくること!医局長からの命令です」
僕はあまり好きになれない彼に声をかけた。
「うちに入局するって決めた学生さんはいるの?」
「いない。うちって忙しそうだからな。今はマイナー志向だろ。束縛のないイメージがいいんだよ」
「精神科、耳鼻科・・」
「皮膚科、公衆衛生・・」
寒くなってきたこともあり、また重症が増えだした。しかし大学病院の相変わらずのローテンションは健在だ。
呼吸器カンファ。呼吸器の長が司会。
「学生さんも、冬休みに入ったか・・じゃ、始めよう」
各自、いつものように資料が配られた。
「レジデントから行くか」
僕だ。
「はい、えー、62歳、男性です。肺気腫。今回は肺性心のために入院しました。頸静脈の怒張・浮腫などの右心不全症状を認め、心エコーでは肺こうかつあつ、いや、すみません、肺高血圧を」
「ハハハ、あせらんでいいよ、君。彼女の前じゃなくてよかったね」
一斉に笑いが起こった。彼女って・・まだ彼女になってないって。
「・・認めます。治療は酸素投与と、利尿剤で・・」
「そうだな。慢性呼吸不全による右心不全。すなわち肺性心。肺のせいで心臓悪くなるから肺性心、といったところか。外したな・・。こういうケースでは、緊急にガンガン利尿をかけるわけでなく、2週間くらいかけてゆっくり安静を守らせる。循環器の連中みたいに、焦ってガンガン治療したらいかん」
「はい」
「君の参考書、どれどれイヤーノートには・・・ジギタリスが有効との報告もある、か。しかしまあ絶対要るものではないだろう。利尿剤で低カリウムになって、ジギタリス中毒が怖いしな。僕らは循環器の系統にはあまり関わりたくないな。アイツらをそこまで嫌ったらいかんが」
そうだ、2つのグループは密かに対立している。これじゃまるで医局内医局だ。ただ、どこの科の医局でもある話らしい。学生さんらは医局を選ぶとき、中での対立関係について情報を収集するべきだ。
「しかしだな。あいつらテオドールよく使うよな。喘息の患者に。あれけっこう不整脈起こすよ。だから僕らはあまり使わない。特に高齢者には使ってはいかん」
「はい」
「って言いながら、喘息救急時にはボスミン使いますけどね。はい、次いこう」
「はい。次は・・喘息です」
「ああ、あの町会議員ね。また戻ってきたわけ?」
「よその病院に入院していたそうです。で、こちらへ紹介されました。今回はきちんと内服しています」
「個室占領か。外出はしてないだろうね」
「今回はしてないようです」
「じゃ、ピークフローなど確認して、良好なら退院だ。次」
「あと1人は小野さんです。例の肺癌の」
「おう。ケモ・・化学療法して、退院してたんだろ」
「今回は低栄養に対する高カロリー輸液目的です」
「ターミナルか」
「そうです。末期です」
「急変時の家族の希望は?」
「自然経過でみてほしいと」
「そうか。ところで君」
「はい」
「みんなの前で、悪いんだが・・婦長から聞いたんだが、いろいろクレームがあるらしい」
「僕に・・ですか」
「うん。まず看護婦からのクレーム。指示を書くのが夕方遅い、朝、顔を出すのも最近遅い・・。これは本当か?オーベン!安井君」
「は・・・私の監視の目が行き届いておらず・・」
「いやいいんだよ。看護婦のクレームはいい。何もできん連中だ。でね、他には、家族さんらからの苦情があったそうだ。1日に1回しか、君は顔を出していない」
「いえ、重症の人は・・」
「重症の人は当たり前なんだよ。そうでなく、安定している患者でも、レジデントなら朝・昼・晩と顔をしっかり出すべきだ」
「はい・・」
「他のレジデントはそれをこの半年以上、ずっと実践しているらしいぞ。今君のようなクセがついてしまえば、そいつは一生そういう医者になるんだ。この目でいろいろ見てきた。今の時期は、死に物狂いでやらなきゃいかんぞ」
何が言いたいんだ・・・。
「ま!誠意を見せる態度!それを身につけるんだよ。レジデントの間は。技術、技術はあとからついてくる。何度も失敗しながら覚えていけばいい」
失敗失敗って・・ミスなんか続けていいのか・・。あまり賛成できない内容だった。
気まずいカンファで終わってしまった。
続いて、循環器のカンファ。もう息つく暇がない。呼吸器の医者が立ち退き、循環器の医者が押し寄せる。循環器は体育会系だ。
「はじめるか!松田。いけ」
「はい。昨日入りました、以前から心房細動の方です。heart rate control目的です。内服は、ジギタリスのほかリスモダン・・・」
「心房細動だろ、松田。ワーファリゼーションは?」
「ワーファリンですか・・?ああ、まだしてません」
「外来主治医は君だったのか?」
「いえ、これは教授からです」
「また教授、忘れたな・・・ハッハ。この前もな・・」
重箱の隅を見つけたらつつきまくる、それが大学の人間さ・・。
「松田。ワーファリン始めるとして、基礎疾患は?」
「甲状腺ホルモンまだ結果は未です。心エコーは明日します」
「頻脈で入ったんだろ、この人。落ち着いたのか?」
「まだHR 130くらいで・・」
「何だ、それ。さっさと早く落ち着かせろよ」
「は、はい」
「どうしたんだよ、松田?実験ばっかでこっちはお手上げか?ナースの子らと飲みに行くのはいいが」
「・・・・・」
最近の松田先生は実験もうまくいってないらしく、明るい姿を見ない・・。
「次、川口くん」
「はい・・・この間のASの方」
「おう、どうなった!」
「カテーテル検査でタンポナーデとなり、しばらくCCU管理でしたが、ようやく一般病棟へ戻りました」
「stableか・・よかったな」
カテーテル検査の左心室造影で、壁の動きが今ひとつということで、心筋生検・・したところ、組織を取るのが深すぎて、タンポナーデを起こしてしまった。
重症化はしなかったが血圧低下が長引き、長期のCCU入院となっていた。
「で、結局ASは重度だったのか?」
「重症型でした。外科に相談して、オペの方向に」
「そうか、よかったな」
「その方向になる予定だったのですが、本人の希望で見送ることになりました」
「何?オペを強く勧めなかったわけか。オーベンは!あいつ、いつも居ないな。教授に報告しとこう」
「リハビリ後、退院になると思います」
「こら待て待て!いったいどんなムンテラしたか知らないが。君はオペを勧めたかったんだろう?そのためにカテーテル検査までしたわけじゃないか。教授はカテーテルを敬遠するよう言ったことをとっくに忘れてたけどな」
「しかし、本人の希望なので・・」
「ここは、大学病院なんだよ!単なる検査でも、取れる標本は必要だし、その後の経過も重要だ」
「・・・」
「心筋生検は、そう何度もできる機会がない。オペ後の標本が前提だから取ったという意味もあるんだよ。最近、川口くんだけじゃないが、大学病院としてのプライドに欠ける人間が多い」
何言ってんだ、こいつ・・・。
<つづく>
あれ以来、また仕事がしにくくなった。いっそ仕事だけの毎日のほうが楽だ。街はクリスマス一色になり、医局でも飲み会ムードが出てきた。これまでレジデントでいまいち影の薄かった武田が、レクレーション係となっていた。
「じゃ、12/21で予約しました。会費は、院生のみなさまのご好意により、レジデントはタダ!レジデントは学生さんを1人ずつ引っ張ってくること!医局長からの命令です」
僕はあまり好きになれない彼に声をかけた。
「うちに入局するって決めた学生さんはいるの?」
「いない。うちって忙しそうだからな。今はマイナー志向だろ。束縛のないイメージがいいんだよ」
「精神科、耳鼻科・・」
「皮膚科、公衆衛生・・」
寒くなってきたこともあり、また重症が増えだした。しかし大学病院の相変わらずのローテンションは健在だ。
呼吸器カンファ。呼吸器の長が司会。
「学生さんも、冬休みに入ったか・・じゃ、始めよう」
各自、いつものように資料が配られた。
「レジデントから行くか」
僕だ。
「はい、えー、62歳、男性です。肺気腫。今回は肺性心のために入院しました。頸静脈の怒張・浮腫などの右心不全症状を認め、心エコーでは肺こうかつあつ、いや、すみません、肺高血圧を」
「ハハハ、あせらんでいいよ、君。彼女の前じゃなくてよかったね」
一斉に笑いが起こった。彼女って・・まだ彼女になってないって。
「・・認めます。治療は酸素投与と、利尿剤で・・」
「そうだな。慢性呼吸不全による右心不全。すなわち肺性心。肺のせいで心臓悪くなるから肺性心、といったところか。外したな・・。こういうケースでは、緊急にガンガン利尿をかけるわけでなく、2週間くらいかけてゆっくり安静を守らせる。循環器の連中みたいに、焦ってガンガン治療したらいかん」
「はい」
「君の参考書、どれどれイヤーノートには・・・ジギタリスが有効との報告もある、か。しかしまあ絶対要るものではないだろう。利尿剤で低カリウムになって、ジギタリス中毒が怖いしな。僕らは循環器の系統にはあまり関わりたくないな。アイツらをそこまで嫌ったらいかんが」
そうだ、2つのグループは密かに対立している。これじゃまるで医局内医局だ。ただ、どこの科の医局でもある話らしい。学生さんらは医局を選ぶとき、中での対立関係について情報を収集するべきだ。
「しかしだな。あいつらテオドールよく使うよな。喘息の患者に。あれけっこう不整脈起こすよ。だから僕らはあまり使わない。特に高齢者には使ってはいかん」
「はい」
「って言いながら、喘息救急時にはボスミン使いますけどね。はい、次いこう」
「はい。次は・・喘息です」
「ああ、あの町会議員ね。また戻ってきたわけ?」
「よその病院に入院していたそうです。で、こちらへ紹介されました。今回はきちんと内服しています」
「個室占領か。外出はしてないだろうね」
「今回はしてないようです」
「じゃ、ピークフローなど確認して、良好なら退院だ。次」
「あと1人は小野さんです。例の肺癌の」
「おう。ケモ・・化学療法して、退院してたんだろ」
「今回は低栄養に対する高カロリー輸液目的です」
「ターミナルか」
「そうです。末期です」
「急変時の家族の希望は?」
「自然経過でみてほしいと」
「そうか。ところで君」
「はい」
「みんなの前で、悪いんだが・・婦長から聞いたんだが、いろいろクレームがあるらしい」
「僕に・・ですか」
「うん。まず看護婦からのクレーム。指示を書くのが夕方遅い、朝、顔を出すのも最近遅い・・。これは本当か?オーベン!安井君」
「は・・・私の監視の目が行き届いておらず・・」
「いやいいんだよ。看護婦のクレームはいい。何もできん連中だ。でね、他には、家族さんらからの苦情があったそうだ。1日に1回しか、君は顔を出していない」
「いえ、重症の人は・・」
「重症の人は当たり前なんだよ。そうでなく、安定している患者でも、レジデントなら朝・昼・晩と顔をしっかり出すべきだ」
「はい・・」
「他のレジデントはそれをこの半年以上、ずっと実践しているらしいぞ。今君のようなクセがついてしまえば、そいつは一生そういう医者になるんだ。この目でいろいろ見てきた。今の時期は、死に物狂いでやらなきゃいかんぞ」
何が言いたいんだ・・・。
「ま!誠意を見せる態度!それを身につけるんだよ。レジデントの間は。技術、技術はあとからついてくる。何度も失敗しながら覚えていけばいい」
失敗失敗って・・ミスなんか続けていいのか・・。あまり賛成できない内容だった。
気まずいカンファで終わってしまった。
続いて、循環器のカンファ。もう息つく暇がない。呼吸器の医者が立ち退き、循環器の医者が押し寄せる。循環器は体育会系だ。
「はじめるか!松田。いけ」
「はい。昨日入りました、以前から心房細動の方です。heart rate control目的です。内服は、ジギタリスのほかリスモダン・・・」
「心房細動だろ、松田。ワーファリゼーションは?」
「ワーファリンですか・・?ああ、まだしてません」
「外来主治医は君だったのか?」
「いえ、これは教授からです」
「また教授、忘れたな・・・ハッハ。この前もな・・」
重箱の隅を見つけたらつつきまくる、それが大学の人間さ・・。
「松田。ワーファリン始めるとして、基礎疾患は?」
「甲状腺ホルモンまだ結果は未です。心エコーは明日します」
「頻脈で入ったんだろ、この人。落ち着いたのか?」
「まだHR 130くらいで・・」
「何だ、それ。さっさと早く落ち着かせろよ」
「は、はい」
「どうしたんだよ、松田?実験ばっかでこっちはお手上げか?ナースの子らと飲みに行くのはいいが」
「・・・・・」
最近の松田先生は実験もうまくいってないらしく、明るい姿を見ない・・。
「次、川口くん」
「はい・・・この間のASの方」
「おう、どうなった!」
「カテーテル検査でタンポナーデとなり、しばらくCCU管理でしたが、ようやく一般病棟へ戻りました」
「stableか・・よかったな」
カテーテル検査の左心室造影で、壁の動きが今ひとつということで、心筋生検・・したところ、組織を取るのが深すぎて、タンポナーデを起こしてしまった。
重症化はしなかったが血圧低下が長引き、長期のCCU入院となっていた。
「で、結局ASは重度だったのか?」
「重症型でした。外科に相談して、オペの方向に」
「そうか、よかったな」
「その方向になる予定だったのですが、本人の希望で見送ることになりました」
「何?オペを強く勧めなかったわけか。オーベンは!あいつ、いつも居ないな。教授に報告しとこう」
「リハビリ後、退院になると思います」
「こら待て待て!いったいどんなムンテラしたか知らないが。君はオペを勧めたかったんだろう?そのためにカテーテル検査までしたわけじゃないか。教授はカテーテルを敬遠するよう言ったことをとっくに忘れてたけどな」
「しかし、本人の希望なので・・」
「ここは、大学病院なんだよ!単なる検査でも、取れる標本は必要だし、その後の経過も重要だ」
「・・・」
「心筋生検は、そう何度もできる機会がない。オペ後の標本が前提だから取ったという意味もあるんだよ。最近、川口くんだけじゃないが、大学病院としてのプライドに欠ける人間が多い」
何言ってんだ、こいつ・・・。
<つづく>
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