<レジデント・セカンド 9 ジェネレーション・ギャップ>
2004年2月24日 連載<レジデント・セカンド 9 ジェネレーション・ギャップ>
「心筋生検は、そう何度もできる機会がない。オペ後の標本が前提だから取ったという意味もあるんだよ。最近は大学病院としてのプライドに欠ける人間が多い」
何言ってんだ、こいつ・・・。
「主治医が勧めるつもりだったのなら、あきらめるな!・・・何だったら、僕がムンテラしても構わん」
つまりこの先生は、自分の論文作成のための心筋生検が是非是非必要ってことだ・・。
以前、川口と待ち合わせして行けなかった、ペテンという飲み屋の前に、みんな集まった。ノリはほとんど大学生だ。中には本当の学生も混じっている。
「ああ、さむさむ」
「金ねえよ」
みんな口々に喋っていた。ようやく医局長が到着した。
「やあ、学生さんは・・・3,4人・・。ま、いいだろう。入ろうか」
店はビルの4階にあった。
店に入ると、威勢のいいオバちゃんとその娘のようなかわいい子が、カウンターで待っていた。
「あいよ!おおきに!」
「医局長の佐久間です。オバちゃん、3年ぶりかね」
「なーに言ってんの、先月来たじゃない!かわいい女の子2人連れて!で、今日は・・・」
「今日はって、なんだよオバちゃん、クリスマスじゃないかよ」
「はいはい、もちろん用意してますよ!アキちゃん、料理持ってきてー」
みんな飲んだくれてしまっていた。まともに話せる人間は少ない。
僕は男子学生と話していた。
「君は、もう決めたの?」
「はい、消化器内科に行こうかと」
「消化器か、あそこにはよく相談に行ったな」
「先生、それ、有名な話です!先生ってとても勇敢だったと」
「ああ、カンファレンス中にいきなり乱入した話?」
「はい、今や伝説です」
「おちょくってんのか、お前」
「いいえ、本当です。ああいう医者が先生、今後必要なのです!」
「・・・・まあ、飲めよ」
「は、いただきます・・・」
「消化器の、何をしたいの?」
「・・・内視鏡が出来るようになりたいです」
「こっちだって気管支鏡っていう内視鏡があるよ」
「ええ、自分がしたいのは、胃と、大腸の・・呼吸器や循環器は難しくって」
「消化器だって、奥は深いと思うよ」
「実は、他の大学へ行こうかと。面接もしてきました」
「そうなの?」
「どうでしょうか・・他の大学へ行ったらよそ者扱いされると聞きますが」
「そんなことないよ。現に僕だってよそから来た」
「そうですか・・・でも研修医生活って、大変ですよね」
「んー・・収入は少ないなあ」
「どれくらいですか」
「月5−8万。でも秋からバイトするようになって・・多い月では20万くらい入ったな」
来年から始まるスーパーローテートでは月30万は保証されるらしい。いろいろ引かれて、手取りになるとは思うが。研修医は民間病院で当直できなくなるとか。これから2年は、僕らも当直インフレに巻き込まれるかもしれない。
話をもとにもどそう。
「そりゃすごい!」
「いやいや、でも、休日を利用したりしてのことだよ。健康診断なら3万、他の病院の当直なら5万くらいかな」
「一生そんなんですか」
「いやいや。上の先生らはすごくもらってる。でもそれは大学を出たらの話。民間の病院では月60-100万とか」
「そんなに!でも先生は循環・呼吸器ですから・・」
「あんまり関係ないよ、実際。でも整形外科・外科系は引っ張りだこときくね」
H16現在の大阪では外科系はむしろ余っている傾向と聞いた。内科は消化器が過剰。循環器・呼吸器は少ない。
「先生、夜は家、帰れますか」
「みんな遅いよな。研修医って。夜の11-12時で当たり前。早く帰ると陰口言われる。僕は帰るの一番早いけどね。電池が切れたら、帰る」
「ダメじゃないですか、先生!」
「睡眠不足で働く奴は、絶対ミス起こすって」
「勉強不足になりますよ」
「・・・・・」
なんか俺らより若い世代の奴っていうのは・・・なんか違うな。ジェネレーション・ギャップなのか。
僕は女の子に話し相手を変えた。
「進路は?」
「まだ決めてなあい」
「うちはどう?」
「うーん・・・教授、この前こわかったー」
「もっと怖い人もいるよ」
「先生のオーベン、やさしい人ですねー」
「そうだよ。でも前のオーベンは凄かった。転勤したけどね」
「どうしてえ、怖い人のほうがあ、よく教えてくれるんじゃないですかー?」
「?ああ、まあ世間はそういうね。自分がそう思うのはまだまだ先だろうなあ」
「先生も、自分にもっと厳しくしなきゃ!」
こいつ、酔ってる割にはまともなことをいう・・・。
「野中、いるだろう、あそこ」
「あー、あの人カッコイイですよねー。この科で一番できるって噂だしー。あたしもファンなんですー」
「・・・・・そうなの」
「詰所にもファン多いっていいますよー」
「あ、そう」
もてる奴の噂は、くだらん。
「ああ、あんたか」
いきなりマスターのオバちゃんに話しかけられた。
「あんただったんだねー」
「え?僕が?なに?」
「あんたの名前がよく出てたんだよー、この前」
「またなんか悪口ですか」
「ちゃうちゃう。その逆さ」
「?」
「医局長!ね、医局長!この前連れてきた子が、言ってたよね。この彼のことだろー!」
「なんの話?」
「・・・・あんまりタイプじゃないねー。あたしはパスするわ。この前来てた、ある子がさ、あんたのことどうも・・好きみたいなんだよ」
「あの、どっちの・・・?」
「でもあんたは全然そっちのけだって。たぶん私は嫌われてるんだと、かなり悩んでたよ・・・であんた、ひょっとして・・・誰かいるんじゃないの?」
「何?」
「これ」
オバちゃんは小指を立てて迫ってきた。
「ホントはコレがいてさ、二股・三股かえようとする奴がいるんだよ!いや、でもない!あんたにはそれはあり得へん!オバちゃんを許して!でもさあアンタ、女は待たせたら、冷めるの早いよ!」
食欲がなくなった・・・。
その後のことは、あまり覚えていない。
実は脈ありじゃないかってことは、ここ数週間感じてはいた。僕の何がいいのか理解はできない。
僕はタクシーで帰宅、いつものように荒んだアパートの暗闇を、ゆっくり歩いていった・・。手探りでキーを探し、ドアを開けた。
そしてまた手探りでスイッチを探す。暗闇の中で、留守番電話のライトが点灯している。
「そうだ、電球替えてなかったんだった・・・」
そうして暗闇の中、留守番電話のところへゆっくり向かった。スイッチを押す。聞こえてきたのは、女性の声だ。
「来週、空きそう。金曜日、夕方。空港で待ってる」
そう、僕はこの女性を、知っている・・・・・・・。
老健施設で、バイト。せっかくの日曜日。空は晴天だ。なのに僕は6畳1間の何の色気もない部屋にいる。部屋の中は小さなテレビとポットくらいだ。
これから寝ようと思ったときに限って、内線が鳴る。
「もしもし」
「詰所です。お願いします」
「どうされ・・」
プツンと切られた。
狭い詰所では太った看護婦2人がしかめっ面で忙しそうに駆け回っている。
「どうされましたか」
「脈が30しかないんです・・・」
「え?」
「どうしますか」
当時上映中の「スピード」じゃあるまいし。
さあ、どうする?
「心筋生検は、そう何度もできる機会がない。オペ後の標本が前提だから取ったという意味もあるんだよ。最近は大学病院としてのプライドに欠ける人間が多い」
何言ってんだ、こいつ・・・。
「主治医が勧めるつもりだったのなら、あきらめるな!・・・何だったら、僕がムンテラしても構わん」
つまりこの先生は、自分の論文作成のための心筋生検が是非是非必要ってことだ・・。
以前、川口と待ち合わせして行けなかった、ペテンという飲み屋の前に、みんな集まった。ノリはほとんど大学生だ。中には本当の学生も混じっている。
「ああ、さむさむ」
「金ねえよ」
みんな口々に喋っていた。ようやく医局長が到着した。
「やあ、学生さんは・・・3,4人・・。ま、いいだろう。入ろうか」
店はビルの4階にあった。
店に入ると、威勢のいいオバちゃんとその娘のようなかわいい子が、カウンターで待っていた。
「あいよ!おおきに!」
「医局長の佐久間です。オバちゃん、3年ぶりかね」
「なーに言ってんの、先月来たじゃない!かわいい女の子2人連れて!で、今日は・・・」
「今日はって、なんだよオバちゃん、クリスマスじゃないかよ」
「はいはい、もちろん用意してますよ!アキちゃん、料理持ってきてー」
みんな飲んだくれてしまっていた。まともに話せる人間は少ない。
僕は男子学生と話していた。
「君は、もう決めたの?」
「はい、消化器内科に行こうかと」
「消化器か、あそこにはよく相談に行ったな」
「先生、それ、有名な話です!先生ってとても勇敢だったと」
「ああ、カンファレンス中にいきなり乱入した話?」
「はい、今や伝説です」
「おちょくってんのか、お前」
「いいえ、本当です。ああいう医者が先生、今後必要なのです!」
「・・・・まあ、飲めよ」
「は、いただきます・・・」
「消化器の、何をしたいの?」
「・・・内視鏡が出来るようになりたいです」
「こっちだって気管支鏡っていう内視鏡があるよ」
「ええ、自分がしたいのは、胃と、大腸の・・呼吸器や循環器は難しくって」
「消化器だって、奥は深いと思うよ」
「実は、他の大学へ行こうかと。面接もしてきました」
「そうなの?」
「どうでしょうか・・他の大学へ行ったらよそ者扱いされると聞きますが」
「そんなことないよ。現に僕だってよそから来た」
「そうですか・・・でも研修医生活って、大変ですよね」
「んー・・収入は少ないなあ」
「どれくらいですか」
「月5−8万。でも秋からバイトするようになって・・多い月では20万くらい入ったな」
来年から始まるスーパーローテートでは月30万は保証されるらしい。いろいろ引かれて、手取りになるとは思うが。研修医は民間病院で当直できなくなるとか。これから2年は、僕らも当直インフレに巻き込まれるかもしれない。
話をもとにもどそう。
「そりゃすごい!」
「いやいや、でも、休日を利用したりしてのことだよ。健康診断なら3万、他の病院の当直なら5万くらいかな」
「一生そんなんですか」
「いやいや。上の先生らはすごくもらってる。でもそれは大学を出たらの話。民間の病院では月60-100万とか」
「そんなに!でも先生は循環・呼吸器ですから・・」
「あんまり関係ないよ、実際。でも整形外科・外科系は引っ張りだこときくね」
H16現在の大阪では外科系はむしろ余っている傾向と聞いた。内科は消化器が過剰。循環器・呼吸器は少ない。
「先生、夜は家、帰れますか」
「みんな遅いよな。研修医って。夜の11-12時で当たり前。早く帰ると陰口言われる。僕は帰るの一番早いけどね。電池が切れたら、帰る」
「ダメじゃないですか、先生!」
「睡眠不足で働く奴は、絶対ミス起こすって」
「勉強不足になりますよ」
「・・・・・」
なんか俺らより若い世代の奴っていうのは・・・なんか違うな。ジェネレーション・ギャップなのか。
僕は女の子に話し相手を変えた。
「進路は?」
「まだ決めてなあい」
「うちはどう?」
「うーん・・・教授、この前こわかったー」
「もっと怖い人もいるよ」
「先生のオーベン、やさしい人ですねー」
「そうだよ。でも前のオーベンは凄かった。転勤したけどね」
「どうしてえ、怖い人のほうがあ、よく教えてくれるんじゃないですかー?」
「?ああ、まあ世間はそういうね。自分がそう思うのはまだまだ先だろうなあ」
「先生も、自分にもっと厳しくしなきゃ!」
こいつ、酔ってる割にはまともなことをいう・・・。
「野中、いるだろう、あそこ」
「あー、あの人カッコイイですよねー。この科で一番できるって噂だしー。あたしもファンなんですー」
「・・・・・そうなの」
「詰所にもファン多いっていいますよー」
「あ、そう」
もてる奴の噂は、くだらん。
「ああ、あんたか」
いきなりマスターのオバちゃんに話しかけられた。
「あんただったんだねー」
「え?僕が?なに?」
「あんたの名前がよく出てたんだよー、この前」
「またなんか悪口ですか」
「ちゃうちゃう。その逆さ」
「?」
「医局長!ね、医局長!この前連れてきた子が、言ってたよね。この彼のことだろー!」
「なんの話?」
「・・・・あんまりタイプじゃないねー。あたしはパスするわ。この前来てた、ある子がさ、あんたのことどうも・・好きみたいなんだよ」
「あの、どっちの・・・?」
「でもあんたは全然そっちのけだって。たぶん私は嫌われてるんだと、かなり悩んでたよ・・・であんた、ひょっとして・・・誰かいるんじゃないの?」
「何?」
「これ」
オバちゃんは小指を立てて迫ってきた。
「ホントはコレがいてさ、二股・三股かえようとする奴がいるんだよ!いや、でもない!あんたにはそれはあり得へん!オバちゃんを許して!でもさあアンタ、女は待たせたら、冷めるの早いよ!」
食欲がなくなった・・・。
その後のことは、あまり覚えていない。
実は脈ありじゃないかってことは、ここ数週間感じてはいた。僕の何がいいのか理解はできない。
僕はタクシーで帰宅、いつものように荒んだアパートの暗闇を、ゆっくり歩いていった・・。手探りでキーを探し、ドアを開けた。
そしてまた手探りでスイッチを探す。暗闇の中で、留守番電話のライトが点灯している。
「そうだ、電球替えてなかったんだった・・・」
そうして暗闇の中、留守番電話のところへゆっくり向かった。スイッチを押す。聞こえてきたのは、女性の声だ。
「来週、空きそう。金曜日、夕方。空港で待ってる」
そう、僕はこの女性を、知っている・・・・・・・。
老健施設で、バイト。せっかくの日曜日。空は晴天だ。なのに僕は6畳1間の何の色気もない部屋にいる。部屋の中は小さなテレビとポットくらいだ。
これから寝ようと思ったときに限って、内線が鳴る。
「もしもし」
「詰所です。お願いします」
「どうされ・・」
プツンと切られた。
狭い詰所では太った看護婦2人がしかめっ面で忙しそうに駆け回っている。
「どうされましたか」
「脈が30しかないんです・・・」
「え?」
「どうしますか」
当時上映中の「スピード」じゃあるまいし。
さあ、どうする?
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