<レジデント・セカンド 10 SSS>
2004年2月25日 連載<レジデント・セカンド 10 SSS>
さあ、どうする?
「いつからこんなんですか」
「以前からモニターがついてまして」
「何かあってついてたんですかね」
「さあ・・・」
「基礎疾患は何ですか」
「さあ・・・」
「硫酸アトロピンはありますか」
「・・・薬局行って来ます・・・」
ナースが帰ってくるまで、病室へ。
なんだこの異臭は。尿・汚物の匂いだ。4人部屋、オムツをしている老人4人。各自うわごとか、小さな叫びをあげている。
4人とも暴れないように抑制帯が括りつけられている。
徐脈の患者を診察。モニターのQRSの幅が狭く、心停止に近いという印象ではない。これは・・おそらくSSS?持ってきたカルテをみると・・内服はしてない。
オーベンは言ってた、まず医原性のものからルールアウト(除外)していけと。高カリウムか・・?血液検査はしてない。入院して3年間、全く。基礎疾患も「老人性痴呆」としかない。
SSSとして・・まずはアトロピンの静脈注射だ。
「ありましたか?」
「・・・薬局探しましたが、在庫がありません」
「在庫?本来はあるのですか」
「はあ・・今はないようですね」
困った・・脈を速くするものが、ない・・他には、他には・・・
「プロタノ−ル、あるわけないですよねぇ・・」
「プロ・・・?」
「いや、何でもないです・・・そうだ!イノバン!イノバンはないですか!」
「薬局見てきます」
脈は相変わらず30前後。
「先生、ありません。在庫切れです」
「そんなあ・・治療ができない」
そもそもペースメーカーが必要なのだろうか。しかし薬剤の効果が出るかもしれない。
「近くの病院に・・搬送したいのですが」
「近くに大病院ありますが。連絡されますか」
「はい・・・」
「もしもし、循環器の当直医を」
「かしこまりました」
待つこと、10分。不機嫌そうな医者が電話に出た。
「はい」
「脈が遅くて、うちに薬剤がないんです」
「もしもし!もしもし?どこの病院で、何歳の人ですの?」
「あ、すみません。○○病院の当直医です。77歳女性です。脈がずっと30前後です」
「基礎疾患は何ですか」
「老人性痴呆とありますが」
「で、薬剤は反応なかったのですか!」
「それが、薬剤がないそうなんです」
「で、その人は心不全はあるんですか。症状は?」
「レントゲンも撮れないらしいんです。症状は・・痴呆がひどくて」
「先生、そんな人に緊急で夜中に処置する必要はあるんですか?」
ええ?あるんですかって言ったって・・・。その高圧的な医者は続けた。
「先生、何科なの?」
待て待て・・謝ってはいけない。自分の立場を弱くしたらダメだ・・。
「大学病院の循環器内科のレジデントです」
「・・・・・シック・サイナスと先生は考えられてるわけですね」
言葉遣い、変えやがった。
「ええ、つまりSSSです。先生のとこで治療をお願いできれば、と」
「ずっとHR 30前後ですか・・・うーん・・・」
「どうでしょうか」
「うーん・・・わっかっりまっしった・・・」
よし!
「よかったね!今から大きな病院で処置してもらえるよ!」
とその患者に話しかけたところ、
「おん?」
とそのおばあちゃんは目を覚ました。寝てたのか。
すると、近くのモニターが、ピコピコ復活しはじめた。HR 60台。
「あれ?」
ナースも反応した。
「治った!」
「・・・・どうしよう」
「先生、救急車はもう呼びました」
「うん・・・しかし、どうしよう」
「先生、来ました、救急車」
「どうしよう」
「ささ、先生、乗ってください」
「え?俺、当直医だよ」
「いえいえ、先生が行くんです」
「なっ・・?」
救急車のドアが閉められた。急いで走り出す救急車。救急隊が話しかける。
「なんか、脈が遅いらしいですね」
「はい、さきほどまで。また遅くなるかもしれません。寝たら、遅くなるような・・」
しかし老人は目をサンサンと開けていた。
「先生、ペースメーカーですか」
「入れるかどうかは、まあ向こうの判断ですが」
「今は脈がふつうですが、先生、何を投与されたんですか」
「・・・何も」
マンモス病院へ到着。看護婦だけ出迎えている。
「じゃあ、宜しくお願いし・・」
と引き返そうとしたが、
「先生!お待ちください!循環器の先生が今、お見えになりますので!」
「は、はい・・・」
救急隊がもじもじしている。
「先生、では私たち、これで」
「ええ、どうぞ」
帰りはそうすんだ?
研修医らしき若手が3人ほどやってきた。すごい勢いで。
「血液ガス!酸素!」
「ルート!5% TZ 500 20ml/hrで!」
「対光反射・・・正常!心音・・正常!」
「モニター!検査呼んで!12誘導!救急カート、こっちへ!」
こいつら、できる・・・。
若い女性の検査技師が出てきた。大学の人間とは比較にならぬフットワークの軽さ。機敏さ。
心電図はあっという間に記録され、超音波が運ばれてきた。
「痛くないからねー」
その技師は、エコーをまるで楽器のように扱いながらサッサッとプローブをなぞるように当てた。
「アシナジー、なし!PEなし!スロンブス像なし!・・・心不全はないですね」
カッコいい。
研修医らしき3人が、いっせいにこちらへ振り向く。そのうちの1人が喋った。
「先生、硫アトを投与されて、何分くらいですか」
「え?いや・・・してません」
「・・・今のところ正常の脈ですね」
「ええ、でもさっきは遅かったんです」
「そのときの記録を」
「記録・・・記憶はありますが、記録はその・・・」
とうとう向こうから貫禄ある医師が登場した。間違いない、電話の医者だ。
「・・・・・どうですか」
「は、はい。今は治ってます」
「治っている?とは?」
「いいえ、その・・起こしたら脈がもとに戻ったんです」
「先生・・まさかこの状態で何をしてくれと」
「け、経過を見ていただいて・・」
「とりあえず、緊急性はなさそうですね。病棟も今は大変ですし、今日のところは・・」
そのとき、研修医もどきの1人が叫んだ。
「ポーズ、出ました!」
ポーズ・・つまり停止、心停止。一時的なフラットだ。
「ほう、何秒だ?」
「3.2秒です」
「ふうむ・・・・・」
腕組みをしたその医師は、じーっとモニターを見つめていた。
僕は、早く帰りたい一心だった。研修医もどきがアトロピン投与。
「ふーむ・・・あまり変わらないなあ・・」
医師は観念した様子だった。
「分かりました。いいでしょう。でも先生、高齢で痴呆がひどいですから、ペースメーカー植え込むかどうかは分かりませんが」
そのとき脈が20台になった。研修医もどき達がざわめいた。
「プロタノール、吸え!テンポラリー〔一時ペースメーカー〕用意!早く早く!ICU!ICU!」
やはり循環器は体育会系、お祭り系で血気盛んだ。
どさくさに紛れ、僕は失礼することにした。
「じゃ、宜しくおねがいしまーす・・・」
病院の前でタクシーを捕まえ、無事老健へと戻った。
<つづく>
さあ、どうする?
「いつからこんなんですか」
「以前からモニターがついてまして」
「何かあってついてたんですかね」
「さあ・・・」
「基礎疾患は何ですか」
「さあ・・・」
「硫酸アトロピンはありますか」
「・・・薬局行って来ます・・・」
ナースが帰ってくるまで、病室へ。
なんだこの異臭は。尿・汚物の匂いだ。4人部屋、オムツをしている老人4人。各自うわごとか、小さな叫びをあげている。
4人とも暴れないように抑制帯が括りつけられている。
徐脈の患者を診察。モニターのQRSの幅が狭く、心停止に近いという印象ではない。これは・・おそらくSSS?持ってきたカルテをみると・・内服はしてない。
オーベンは言ってた、まず医原性のものからルールアウト(除外)していけと。高カリウムか・・?血液検査はしてない。入院して3年間、全く。基礎疾患も「老人性痴呆」としかない。
SSSとして・・まずはアトロピンの静脈注射だ。
「ありましたか?」
「・・・薬局探しましたが、在庫がありません」
「在庫?本来はあるのですか」
「はあ・・今はないようですね」
困った・・脈を速くするものが、ない・・他には、他には・・・
「プロタノ−ル、あるわけないですよねぇ・・」
「プロ・・・?」
「いや、何でもないです・・・そうだ!イノバン!イノバンはないですか!」
「薬局見てきます」
脈は相変わらず30前後。
「先生、ありません。在庫切れです」
「そんなあ・・治療ができない」
そもそもペースメーカーが必要なのだろうか。しかし薬剤の効果が出るかもしれない。
「近くの病院に・・搬送したいのですが」
「近くに大病院ありますが。連絡されますか」
「はい・・・」
「もしもし、循環器の当直医を」
「かしこまりました」
待つこと、10分。不機嫌そうな医者が電話に出た。
「はい」
「脈が遅くて、うちに薬剤がないんです」
「もしもし!もしもし?どこの病院で、何歳の人ですの?」
「あ、すみません。○○病院の当直医です。77歳女性です。脈がずっと30前後です」
「基礎疾患は何ですか」
「老人性痴呆とありますが」
「で、薬剤は反応なかったのですか!」
「それが、薬剤がないそうなんです」
「で、その人は心不全はあるんですか。症状は?」
「レントゲンも撮れないらしいんです。症状は・・痴呆がひどくて」
「先生、そんな人に緊急で夜中に処置する必要はあるんですか?」
ええ?あるんですかって言ったって・・・。その高圧的な医者は続けた。
「先生、何科なの?」
待て待て・・謝ってはいけない。自分の立場を弱くしたらダメだ・・。
「大学病院の循環器内科のレジデントです」
「・・・・・シック・サイナスと先生は考えられてるわけですね」
言葉遣い、変えやがった。
「ええ、つまりSSSです。先生のとこで治療をお願いできれば、と」
「ずっとHR 30前後ですか・・・うーん・・・」
「どうでしょうか」
「うーん・・・わっかっりまっしった・・・」
よし!
「よかったね!今から大きな病院で処置してもらえるよ!」
とその患者に話しかけたところ、
「おん?」
とそのおばあちゃんは目を覚ました。寝てたのか。
すると、近くのモニターが、ピコピコ復活しはじめた。HR 60台。
「あれ?」
ナースも反応した。
「治った!」
「・・・・どうしよう」
「先生、救急車はもう呼びました」
「うん・・・しかし、どうしよう」
「先生、来ました、救急車」
「どうしよう」
「ささ、先生、乗ってください」
「え?俺、当直医だよ」
「いえいえ、先生が行くんです」
「なっ・・?」
救急車のドアが閉められた。急いで走り出す救急車。救急隊が話しかける。
「なんか、脈が遅いらしいですね」
「はい、さきほどまで。また遅くなるかもしれません。寝たら、遅くなるような・・」
しかし老人は目をサンサンと開けていた。
「先生、ペースメーカーですか」
「入れるかどうかは、まあ向こうの判断ですが」
「今は脈がふつうですが、先生、何を投与されたんですか」
「・・・何も」
マンモス病院へ到着。看護婦だけ出迎えている。
「じゃあ、宜しくお願いし・・」
と引き返そうとしたが、
「先生!お待ちください!循環器の先生が今、お見えになりますので!」
「は、はい・・・」
救急隊がもじもじしている。
「先生、では私たち、これで」
「ええ、どうぞ」
帰りはそうすんだ?
研修医らしき若手が3人ほどやってきた。すごい勢いで。
「血液ガス!酸素!」
「ルート!5% TZ 500 20ml/hrで!」
「対光反射・・・正常!心音・・正常!」
「モニター!検査呼んで!12誘導!救急カート、こっちへ!」
こいつら、できる・・・。
若い女性の検査技師が出てきた。大学の人間とは比較にならぬフットワークの軽さ。機敏さ。
心電図はあっという間に記録され、超音波が運ばれてきた。
「痛くないからねー」
その技師は、エコーをまるで楽器のように扱いながらサッサッとプローブをなぞるように当てた。
「アシナジー、なし!PEなし!スロンブス像なし!・・・心不全はないですね」
カッコいい。
研修医らしき3人が、いっせいにこちらへ振り向く。そのうちの1人が喋った。
「先生、硫アトを投与されて、何分くらいですか」
「え?いや・・・してません」
「・・・今のところ正常の脈ですね」
「ええ、でもさっきは遅かったんです」
「そのときの記録を」
「記録・・・記憶はありますが、記録はその・・・」
とうとう向こうから貫禄ある医師が登場した。間違いない、電話の医者だ。
「・・・・・どうですか」
「は、はい。今は治ってます」
「治っている?とは?」
「いいえ、その・・起こしたら脈がもとに戻ったんです」
「先生・・まさかこの状態で何をしてくれと」
「け、経過を見ていただいて・・」
「とりあえず、緊急性はなさそうですね。病棟も今は大変ですし、今日のところは・・」
そのとき、研修医もどきの1人が叫んだ。
「ポーズ、出ました!」
ポーズ・・つまり停止、心停止。一時的なフラットだ。
「ほう、何秒だ?」
「3.2秒です」
「ふうむ・・・・・」
腕組みをしたその医師は、じーっとモニターを見つめていた。
僕は、早く帰りたい一心だった。研修医もどきがアトロピン投与。
「ふーむ・・・あまり変わらないなあ・・」
医師は観念した様子だった。
「分かりました。いいでしょう。でも先生、高齢で痴呆がひどいですから、ペースメーカー植え込むかどうかは分かりませんが」
そのとき脈が20台になった。研修医もどき達がざわめいた。
「プロタノール、吸え!テンポラリー〔一時ペースメーカー〕用意!早く早く!ICU!ICU!」
やはり循環器は体育会系、お祭り系で血気盛んだ。
どさくさに紛れ、僕は失礼することにした。
「じゃ、宜しくおねがいしまーす・・・」
病院の前でタクシーを捕まえ、無事老健へと戻った。
<つづく>
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