<レジデント・セカンド  11 相性>


年末。

病棟患者も外出・外泊希望が増え、病院全体がホッと一息ついたような雰囲気になった。検査室も休み体制に入る。

ここ医局も珍しく院生の姿もない。噂によると、みな出稼ぎのための年末当直に出かけている。年末日当直だと10万超えることは珍しくない。

病棟に取り残されたのはレジデントのみとなっていた。

野中が暇そうに病棟の外をみつめる。
「こんなときに救急患者が入ったら、どうするのかな」
僕しかいないので仕方なく相手する。
「あかんだろう、そりゃ。検査ができない、人手は足りない。大学病院は年末体制なんかとってないだろ」
「でも僕らレジデントが力を合わせたら、なんとかなるだろう。血液検査はICUにお願いすればいいし。重症が入ったら僕ら交代で診るんだよ」
「・・・俺はパスするわ」
「ダメだよ、抜け駆けは。僕らは給料貰う立場だけど、むしろお金払ってでも働かせてもらう気持ちでないと」
「そうかなー・・年末くらいは、休みくれよ。夏休みも結局誰一人取らなかったし。みんな趣味とかないのか?」
「名目上は1週間あったけど、まあ仕方ないだろう。外来の手伝いや、重症の患者さんがいたりで」
「僕は重症がいたけど2日は休んだよ」
「あー。そんなときあったな。マミーが代医をつとめたとき。あれはひんしゅくだった!」
「なに、何か言ってたのか、マミーが?」
「患者さんだよ。アレ、先生は?どうして来てくれないんだ、今日は?って」
「ちゃんと休みで来れないって言ったんだがなあ」
「患者さんは何も聞いてなかったらしいよ」
「聞いたふりだったのかよ」
「僕に言われても知らないよ」

静寂。ピコピココと期外収縮を知らせるモニター音。2人の顔だけは同時に反応している。

「野中・・すまんが、年末は1日だけ休ませてもらう」
「おいおい、僕は君のオーベンじゃないよ」
「オーベンには後で報告するってことで。ちょっと法事があるから」
「ふーん、法事ねえ・・で、いつから」
「12/31。県外まで行く」
「いいのか?研修医が県外だなんて。学会出張でもないんだろ。だいいちなんで法事が県外なんだよ」
「そ、それはまあ、親戚中を迎えにいったりとか・・・・いちいち干渉してくるな!お前は!」
「先生やっぱり気持ちが患者さんに向いてないよ!何をコソコソしてるのか分からないけど!」
「まあいい、1日だけ!文句は何言われても、かまわんから」
「先生、この詰所の掲示板見ても・・・肺癌ターミナル、多発性骨髄腫疑い、心筋症疑い、心臓神経症疑い、慢性腎不全疑い・・・なんだよ、疑いばっかりじゃないか!これじゃ僕ら、分からないよ!」
「しょうがねえだろ!年末体制に入る前に入院してしまったんだから!」
「多発性骨髄腫の人なんかワイセ(白血球)が2500くらいしかない人だろ!熱もある!肺炎でも起こしたら・・・」
「だから1日・・・・。もういいわ、失礼」

場所を変え、医局へ。

やはり誰も居ない。散らかり放題のカンファレンスルームへ。冷蔵庫の中は・・・何もない。ゴミ箱はインスタントラーメンの空箱の山だ。「UFO」の匂いがする。

「12/31・・・・あと2日か」

医局に電話が鳴った・・・・すぐ切れないか・・・それでもしつこくなる・・・・待つこと1分・・・ふつう諦めるだろ?しかし、ここに僕がいると確信しているのは・・やはり野中か。

「もしもし、医局です」
「詰所です。野中先生が至急来て欲しいと」

同時にポケベルも鳴り出した。

「ポケベル鳴らしましたがいっこうに反応がないんで」
「え?今鳴ってるよ!で、どうしたの?」
「今日の注射当番を手伝ってくださいとのことです」
「えー・・・でも俺、今は・・・」
「医局ですよね」
「あ、まあそうだけど・・・・・ハイハイ、行きますよ」
「なるべく早くお願いします」

 やれやれ・・・そうだった。注射当番は研修医・院生で朝晩、交代制でやってたが。年末は研修医オンリーだ。この時期研修医の数も転勤で減っており、僕ら4人で廻さないといけない。

 病棟へ着いた。

「やーっと、来たか!」
若いナースがサッと野中の横を外れた。イチャイチャしてたな、こいつら。
「注射は山ほどありまっせ」
「こんなに患者、いるのか?」
「重症患者はいるんだよ、合いもかわらずね」
 
野中が迅速にバイアルから液をシリンジで吸い出す。

「1人、どうしても入らない人いるって、知ってる?」
「いいや。最近入院した人か?」
「ああ。病名的には胃潰瘍疑いで、ガスターの指示が出てる」
「静脈注射か」
「ああ。点滴は入ってないよ。1から針、入れなきゃ」
「お前にできなかったら俺にはできないよ。だから、やって」
「先生、練習して失敗重ねないとダメだよ!」
「じゃ、わたくしのはコレ。行ってきます」

 ほとんどは点滴の横から注射する抗生剤などがほとんどだ。いつものように単調にすれば、なんとか終わっていくはずだ。血管が見つかりにくい人の場合はそこらにいる院生たちを捕まえる。
しかし今は孤立無援のようなものだ。野中には助けてほしくないし。

 なんとか終わり、詰所に戻った。野中が下を向いて困っている。

「うーん、やっぱ無理だなあ」
「なに?例の人、入らなかったの?」
「ああ。オーベンに電話したら、主治医に内服にしていいか聞いてみろって」
「注射を辞めてか。内服も同一成分だしな」
「ああ、しかし僕の信頼に疑問を持たれたら・・・」
「ところで、何回つついた?」

「8回も、9回もですよっ!」
オバちゃんはベッドに横になって顔を上げたままこちらに向かって言った。野中が言い訳する。
「いえ、実際は3回ですよ」
「もうええ、注射なんか受けたくない!」
「あのね、血管が見えにくいんですよ」
「もうしていらん!怖い!殺される!」

 僕はその人の腕を無意識に見た。

「野中・・・この血管は?」
「手首のか・・?それ、動脈じゃないのか」
「いや、動脈は、ほれ、ここだよ。走行が似ているけど、静脈、これそうじゃないのか。やってみたら?」
野中が珍しく従った。

「イ!痛い痛い!」
野中が少しカッとなった。
「まだ針、入れ始めですよ!動かないで!」

患者がギョッとなり、固まってしまった。野中は汗だくになっていた。

「ダメだ!手ごたえなし。血管が逃げちゃうんだよ」
「俺、1回だけしてもいい?」
「1回だけだぞ」
患者は半分泣き顔になった。
「ああ、こわこわ、ひぃいい」

 針を血管の中心と思しき場所に照準を合わせた。一番まっすぐと思われるところへ、一気にプスっと刺す。すると・・・血液が戻った。急激な戻りでないので、静脈で間違いない。

「やった」
野中が唖然となった。
「へえ、たまにはあるんだな」
患者はパッとこちらを向いた。
「?・・・・もう、もう入ったの?」
「ええ」
「ああよかったー、よかったー。これからはこの先生に入れてもらおう」
「注射はいつまでと?」
「胃カメラが年明けの1/6なんやが、それまで先生してくださいや」
「ええ?それは・・・」
野中が後ろからどついた。
「ええ、そうさせます」

おまえーは、タンロンかぁー?いや、オーベンか?

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