<レジデント・セカンド 12  VT>

 駅の外は大雨だ。ワイパー前回にしても前が見にくい。自分が降りればいいのだが、タクシーレーンに駐車しているため留まらざるをえない。

 予定の時間から20分遅れで、「彼女」はやってきた。ロングコートに傘、小走りで。乱暴に助手席から入ってきた。

「あー、大変だったー・・・」
「じゃ、移動するよ」
「待って。荷物ちゃんと置いてから」
「・・・・じゃ、動くよ」

車は駅を出て、渋滞する国道に合流した。
2人はしばらく無口だった。

「忙しいのね・・・」
「あ?俺?ああ・・こんな忙しいとは思わなかった・・」
「あたしも。今日やっと休みもらえたんだから。月に1回の希望がやっと叶った」
「悪いけど、今日病院寄っていい?」
「土曜日の夜に?他のドクターに任せたらいいのに」
「そうもいかないんだよ。さっきポケベルで呼ばれて、家族がムンテラを希望してきた」
「ああそれ分かるわ。あたしの病棟でもあるある。でもそこはナースが気を利かせて、平日に改めて伺ってもらうように持っていってるけど」
「民間病院ならいいかもしれないけど、大学病院はそうはいかないよ」
「その間、あたしはどうするの?」
「・・・ちょっと待っててよ」
「どのくらい?」
「15-30分くらいじゃないんだろうか。僕のアパートで待っててもらってもいいよ」
「それくらいの時間なら車で待つわよ」

しばらくまた沈黙が流れた。

「ユウキ・・・・いい?」
「?」
「あたしがこうやって時々押しかけてくるの、うっとうしくない?」
「ええ?それは・・ないよ。まずない」
「でもあたしがこうやって訪ねてこなかったら、どうするつもりだったの?」
「そりゃ自分から・・行くよ、そっちまで」
「関西から、九州まで?来てくれる?」
「ああ、行けないことはない」
「そうよね。土日利用すればね」
「でもね、大変なんだよ。いろいろと・・」
「前にも聞いたけど、患者さんの回診とかカンファレンスとかあったって、週末は義務はないんでしょう?当直の先生もいるわけだし」
「そうなんだが」
「日頃きちんと仕事しておけば、週末に雑用なんてしなくてもいいんだからさ。病院に行かなくてすむじゃない」
「僕もそう思うんだが、重症の人がいつも居たりしてね」
「だから当直の先生がいるんじゃないの。ユウキがきちんと申し送りすればいいのよ」
「それがなあ・・」
「なんかあたしだけ怒ってて、バカみたい・・ナースだからと思って、バカにしてない?」

車を大学病院玄関の近くに寄せた。

「じゃ、行ってくる」
白衣を後ろの席から取り出す。
「やめてよ、こんな汚い白衣、車の中に入れて」
「時間がなかったんだよ」

エレベーターで、7階へ。
土曜の夜9時頃。家族からの問い合わせがあって3時間が経過していた。来週ムンテラする予定だったが、都合で早く到着、それで急遽ムンテラを希望してきたのだ・・。
患者は50歳台、拡張型心筋症による慢性心不全。急性増悪で入院。利尿剤など心不全の治療をしているがあまり手ごたえがない。治療後1週間して家族からムンテラの希望が出た。希望日が来週だったが、いきなりの変更。別に珍しいことじゃない。

病棟へ到着。

「家族は・・・?」
するとナースが病室から出てきた。
「あ、先生・・家族の方、かなり待ちくたびれている様子です」
「呼んでくれる?」

 待合室から家族が・・その数・・・5,8,11・・・・いったい何人いるんだ?
そのうちのリーダー格とおぼしき若い男性が声をかけた。
「先生よお、もうみんなかなり待たされて、苛立ってんねん」
「・・・息子さんですか」
「息子は仕事で忙しいから、来週説明してもらうって言うとった。わしらは義理の家族や」
「いっしょに住まれてる家族の方は、この中には・・」
「おらん。でもわしらは遠方だから、そう何度も来れないわけや。でな、先生。病状の方が知りたいわけや。入院する前はあんたのところの松田っていう先生がな、1週間くらいしたら動けるって言うてたらしいんや。やけどさっき見に行ったらやな、酸素はついとるわ、わけのわからん機械が近くにあるわでな、これ一体何がどうなってんねん、って疑問なわけや」
「病名は、拡張型心筋症というもので、心臓の動きがもともと悪いのです。今回はそれがもっと・・・」
「それも長男から聞いたがな、先生。わしらが知りたいのはな、どれくらいしたらようなるんかってことや」
「それは分かりません」
「分かりません?っとはどういう事や・・なあおい」
「この1週間で利尿をかけて尿量が増えてはいるのですが、心臓のポンプ機能が悪くて血圧が急に下がったり、不整脈が出たりする危険が出てきたのです。今の治療をもう少し時間をかけて継続するつもりです」
「なんや、治療はおんなじなんかい・・・。あんなベッドでずっと寝かされて、寝たきりにされてもうたら、心臓治っても立ち上がれなくなるんちゃうんかいな」

一理、ある。

「なんや、大学病院や思って、最先端の治療をいろいろしてくれとる思ったら・・大したことないな」

重い腰を上げ、その男はゆっくり出て行った。大勢もそれに引き続いた。

やっとひと段落ついたと思い、モニターを見たところ・・・。

「VTだ!」

時々みられていた単発の不整脈とはわけがちがう。連発だ。7-10連発。この間の数秒間、心臓は動いてないのに等しい。するとこの間、血液は脳や全身にいかない。当然、意識にも影響が出てくる。

病室へ。患者は寝ている様子。

「看護婦さん!VTはいつから出ていたんです?」
「VT?」
「心室頻拍ですよ!これ・・・」
「さあ、私たちが見た範囲では、初めてです」
「キシロカインを用意して」
「麻酔用ですか」
「違う!静脈注射用の!」

速攻で50mgをワンショットした・・・・・2,3分もしないうち、頻度は減ってきた。

「じゃあ、僕が作るから看護婦さん・・点滴用のキシロカインをつないで」
「先生、今すぐ帰るの?」
「?ああ、ちょっと用事が」
「先生、私たち、怖い。またVTが出たら・・そのときはどうするんですか」
「当直の先生に」
「それが先生、今日の当直は呼吸器科の講師の先生なんです。呼べません」
「なんで?なんのために当直してるんだ?」
「じゃあ先生が今からその先生にご連絡して、申し送ってください」
「な・・・・!」

 ここに来てから2時間もたっている・・。

「失礼します!」
当直室のドアを叩く。
物音が何もしない。
仕方なく、内線電話を使う。

「・・・・はい、もしもし?」
「先生、すみません。VTの方がいまして・・・」
「おう、お前か・・。VTだったらお前、急がないか・・」
「今は落ち着いているのですが。また出る場合などあるかもしれません。ですので・・」
「ちょっと待て・・そこへ行く」

頭ボサボサ状態で、その先生は詰所のモニター前までやってきた。

「ふうむ・・・・」
「VTのときの記録が、これです」
「貸せ!・・・・ふうむ・・・」
「VTで間違いないと」
「・・・ふうむ・・・・」

ホントにわかってるのか、この先生。

「まあ、あまり関心はしないが、もうしばらく様子をみたほうがいいだろう。お前はここに残って・・」
「すみません。どうしても戻らないといけない用事が」
「すぐ済む用事なら、待つが。ここで」
「・・・では、30分くらいでも」
「ああ、なるべく早く戻って来いよ!」

彼女は、大丈夫か・・・?

<つづく>

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