<レジデント・セカンド 13 レジデント・ブルー>
2004年2月29日 連載<レジデント・セカンド 13 レジデント・ブルー>
白衣で車のところへ。
「ごめん」
「ゴメン、寝てた。やっと終わったのね」
「いや違う。ちょっと悪くなった人がいて」
「もう、日頃からちゃんとしてないから、じゃないの?」
「とにかくうちのアパートに送るから。僕はまた病院へ戻る」
「あたし1人にするわけ?」
「頼む。どうしても。朝には帰る」
「当直の先生は?」
「講師なんだけど、使い物にならないんだよ。大学病院では、自分の専門以外は役立たずの医者が多い」
「うちの民間病院の先生は、何でも見てくれるわよ。その人、大人でしょ?」
いちいちうるさい彼女をアパートまで送り、蓋をしてまた病院へ戻った。
雨はまだ降っており、再び車を病院の玄関先へつけ、急いで病棟へ戻った。
「帰りました」
「・・・おう!」
呼吸器科の講師はモニターなど見ておらず、看護婦とダベっていた。楽しそうだった彼女の表情は一変して生気がなくなった。
「ちょっと来い、お前」
「当直室に・・ですか?」
「あんな不整脈、かまわんかまわん。ナースがまた呼んでくる」
「は、はい」
「あ・・鍵な、そこ閉めとけ」
「はい」
「まあ座れ・・・ところでな、お前」
「はい」
「最近みんなが噂しとる、お前のことをな」
「誰が?」
「そんなのはどうでもええ!・・でな、お前、入局してから徹夜もせずに家に帰ってたってな。1人暮らしなんだろ?なぜ家に帰る?最近は話し中が多いと詰所から聞くが・・・誰かと長距離電話でもしてんのか?」
図星だ。確かに彼女と電話するようになったのは最近のことなのだ。
「!そ、それは・・・風呂に入ったり」
「風呂に入って、それから出てきたらいいだろ」
「そうですが・・」
「それだ、それ。お前はいつもそう反論してくる。目上の人間に。お前はレジデントだろ。まだ何も分かってない。何も判断できんのだ」
「・・・」
「他の研修医みたいに、点滴してでも頑張る奴はそういう態度をとっていい。彼らは患者のことを第一に生活している。お前は、まだ自分のために生活している」
「・・・」
「お前の生活など、第2なんだよ。家に帰って何があるのか、わしゃ知らんが。それにしてもお前、最近はたまに週末、連絡すらつかないことがあったらしいな」
「そのときは、代理をお願いして・・」
「レジデントで代理か?落ち着かせてもない患者を、ただでさえ忙しい研修医や院生に任せるな」
病院に常にいるのはそういう連中だけじゃないか・・。
「こういう癖を研修医の時期につけた奴ってのは、ああ、もう使い物にならんのだよ。とにかく死ぬ気でやることだ」
「・・・」
「患者以外のことは全て忘れてな!それ以外のことは、全く価値のないものなのだ。川口にうつつをぬかしている場合じゃないぞ。まあ川口は模範生だからな。いい影響は受けてもいいが」
これも図星だった。
入局してからうつつを抜かしていたところ、最近になって例の彼女と「再び」連絡を取るようになったのだ・・・。
「お前のオーベン、安井くんも表では何も言わないが、わしの前では苦情だらけだ。オーベンを降りたいと言ってきた」
「・・そうだったんですか」
知りたくなかった。当然の内容なのだが。
「まあ、もうじき彼の時期も終わるがな。次のオーベンも大変なこった」
「・・・」
「まあ今日からでいい、病院に泊り込んで、死ぬ気でやれ!いいか、わしは今確かにお前に伝えたぞ」
「・・・失礼します」
「帰るなよ!」
なんて粘い奴なんだ。大学病院は陰湿な人間は多いが、ここまで言われると・・やる気なんか沸くわけがない。
30分ほどモニター見てたが、今は落ち着いているようだ。
・・・帰ろう。日曜日の早朝7時。夕方には彼女を空港まで送らねばならない。
余談だが、この頃はVPCは単発でも積極的に治療していた感がある。ただし平成8.9年頃から、VPCの治療は「症状あるとき」か「心不全になるとき」に限られるよう、講演会などで言われるようになった。たとえ2連発・3連発であってもだ。R on Tの危険性自体も疑問視されている。治療したほうがかえって予後が悪くなることがあるからだ。ただAMI後の急性期のものは例外で、積極的に治療すべきとある。
アパートに戻った僕は、時々揺り起こす彼女にも気づかず、結局夕方近くまで寝てしまった。で、また空港へ。
何しに帰ってきたかわけがわからない、といった表情の彼女だった。
空港で見送り。
「なんか、忙しいね」
「俺?」
「帰ってからも、ゆっくり休んでね」
「休む?また行かないといけない」
「あ、そっか・・ごめん。でもあたしも、今日は夜勤入り」
「でも朝には終わるんだろ」
「明日の朝は?」
「そりゃ通常業務に決まってるだろが」
「なんかイライラしてる・・。昨日、言われたの?何か」
「え?ああ・・・何しに帰ってるのかって」
「言ってよ。遠距離の彼女に連絡してるんだって」
「言えるか、そんなの!」
「ねえ最近、ほとんど毎日電話してるけど・・」
「・・・」
「ホントは嫌がってない?縛ってない?」
思いっきり縛られてるよ。
「あたしは、最初の頃は、あなたが凄い忙しいって言うから電話しなかったけど。でもね、心配なのよ」
「・・・・・」
「あたしとの将来とか、あまり考えてなかった?今のことだけ頑張ってれば、いいと思ってた?」
「はあ?今、何を頑張ってると?」
「いつも夜遅く頑張ってるじゃない。働きすぎよ」
「働きすぎ?僕が?とんでもない。これでも、まだ生意気らしいよ」
「それだけ働いてて?」
「ナースの仕事とは違うんだよ!割り切って帰れない仕事なんだ。仕事し始めて、初めて実感した」
「じゃあ帰ってこなけりゃいいじゃない!」
「ま、待てよ!」
彼女の表情がきつくなってきた。
「・・わ、わかった。ちょっと言い過ぎた。帰る、無理はしてないし。苦痛でもない」
自分の気持ちはいつも犠牲にするしかない。ここでも僕は演じている。
「・・そう・・。そうよね。あたしも言い過ぎた」
アナウンスとともに客列は進んでいった。
「またな!」
振り返り、僕は次のことを考えた。夜は、注射当番があって、月曜日のカンファレンスの準備をして・・・。どう計算しても、徹夜になる。
レジデントの日曜日の夜ほど、ブルーなものはない・・・。
<つづく>
白衣で車のところへ。
「ごめん」
「ゴメン、寝てた。やっと終わったのね」
「いや違う。ちょっと悪くなった人がいて」
「もう、日頃からちゃんとしてないから、じゃないの?」
「とにかくうちのアパートに送るから。僕はまた病院へ戻る」
「あたし1人にするわけ?」
「頼む。どうしても。朝には帰る」
「当直の先生は?」
「講師なんだけど、使い物にならないんだよ。大学病院では、自分の専門以外は役立たずの医者が多い」
「うちの民間病院の先生は、何でも見てくれるわよ。その人、大人でしょ?」
いちいちうるさい彼女をアパートまで送り、蓋をしてまた病院へ戻った。
雨はまだ降っており、再び車を病院の玄関先へつけ、急いで病棟へ戻った。
「帰りました」
「・・・おう!」
呼吸器科の講師はモニターなど見ておらず、看護婦とダベっていた。楽しそうだった彼女の表情は一変して生気がなくなった。
「ちょっと来い、お前」
「当直室に・・ですか?」
「あんな不整脈、かまわんかまわん。ナースがまた呼んでくる」
「は、はい」
「あ・・鍵な、そこ閉めとけ」
「はい」
「まあ座れ・・・ところでな、お前」
「はい」
「最近みんなが噂しとる、お前のことをな」
「誰が?」
「そんなのはどうでもええ!・・でな、お前、入局してから徹夜もせずに家に帰ってたってな。1人暮らしなんだろ?なぜ家に帰る?最近は話し中が多いと詰所から聞くが・・・誰かと長距離電話でもしてんのか?」
図星だ。確かに彼女と電話するようになったのは最近のことなのだ。
「!そ、それは・・・風呂に入ったり」
「風呂に入って、それから出てきたらいいだろ」
「そうですが・・」
「それだ、それ。お前はいつもそう反論してくる。目上の人間に。お前はレジデントだろ。まだ何も分かってない。何も判断できんのだ」
「・・・」
「他の研修医みたいに、点滴してでも頑張る奴はそういう態度をとっていい。彼らは患者のことを第一に生活している。お前は、まだ自分のために生活している」
「・・・」
「お前の生活など、第2なんだよ。家に帰って何があるのか、わしゃ知らんが。それにしてもお前、最近はたまに週末、連絡すらつかないことがあったらしいな」
「そのときは、代理をお願いして・・」
「レジデントで代理か?落ち着かせてもない患者を、ただでさえ忙しい研修医や院生に任せるな」
病院に常にいるのはそういう連中だけじゃないか・・。
「こういう癖を研修医の時期につけた奴ってのは、ああ、もう使い物にならんのだよ。とにかく死ぬ気でやることだ」
「・・・」
「患者以外のことは全て忘れてな!それ以外のことは、全く価値のないものなのだ。川口にうつつをぬかしている場合じゃないぞ。まあ川口は模範生だからな。いい影響は受けてもいいが」
これも図星だった。
入局してからうつつを抜かしていたところ、最近になって例の彼女と「再び」連絡を取るようになったのだ・・・。
「お前のオーベン、安井くんも表では何も言わないが、わしの前では苦情だらけだ。オーベンを降りたいと言ってきた」
「・・そうだったんですか」
知りたくなかった。当然の内容なのだが。
「まあ、もうじき彼の時期も終わるがな。次のオーベンも大変なこった」
「・・・」
「まあ今日からでいい、病院に泊り込んで、死ぬ気でやれ!いいか、わしは今確かにお前に伝えたぞ」
「・・・失礼します」
「帰るなよ!」
なんて粘い奴なんだ。大学病院は陰湿な人間は多いが、ここまで言われると・・やる気なんか沸くわけがない。
30分ほどモニター見てたが、今は落ち着いているようだ。
・・・帰ろう。日曜日の早朝7時。夕方には彼女を空港まで送らねばならない。
余談だが、この頃はVPCは単発でも積極的に治療していた感がある。ただし平成8.9年頃から、VPCの治療は「症状あるとき」か「心不全になるとき」に限られるよう、講演会などで言われるようになった。たとえ2連発・3連発であってもだ。R on Tの危険性自体も疑問視されている。治療したほうがかえって予後が悪くなることがあるからだ。ただAMI後の急性期のものは例外で、積極的に治療すべきとある。
アパートに戻った僕は、時々揺り起こす彼女にも気づかず、結局夕方近くまで寝てしまった。で、また空港へ。
何しに帰ってきたかわけがわからない、といった表情の彼女だった。
空港で見送り。
「なんか、忙しいね」
「俺?」
「帰ってからも、ゆっくり休んでね」
「休む?また行かないといけない」
「あ、そっか・・ごめん。でもあたしも、今日は夜勤入り」
「でも朝には終わるんだろ」
「明日の朝は?」
「そりゃ通常業務に決まってるだろが」
「なんかイライラしてる・・。昨日、言われたの?何か」
「え?ああ・・・何しに帰ってるのかって」
「言ってよ。遠距離の彼女に連絡してるんだって」
「言えるか、そんなの!」
「ねえ最近、ほとんど毎日電話してるけど・・」
「・・・」
「ホントは嫌がってない?縛ってない?」
思いっきり縛られてるよ。
「あたしは、最初の頃は、あなたが凄い忙しいって言うから電話しなかったけど。でもね、心配なのよ」
「・・・・・」
「あたしとの将来とか、あまり考えてなかった?今のことだけ頑張ってれば、いいと思ってた?」
「はあ?今、何を頑張ってると?」
「いつも夜遅く頑張ってるじゃない。働きすぎよ」
「働きすぎ?僕が?とんでもない。これでも、まだ生意気らしいよ」
「それだけ働いてて?」
「ナースの仕事とは違うんだよ!割り切って帰れない仕事なんだ。仕事し始めて、初めて実感した」
「じゃあ帰ってこなけりゃいいじゃない!」
「ま、待てよ!」
彼女の表情がきつくなってきた。
「・・わ、わかった。ちょっと言い過ぎた。帰る、無理はしてないし。苦痛でもない」
自分の気持ちはいつも犠牲にするしかない。ここでも僕は演じている。
「・・そう・・。そうよね。あたしも言い過ぎた」
アナウンスとともに客列は進んでいった。
「またな!」
振り返り、僕は次のことを考えた。夜は、注射当番があって、月曜日のカンファレンスの準備をして・・・。どう計算しても、徹夜になる。
レジデントの日曜日の夜ほど、ブルーなものはない・・・。
<つづく>
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