<レジデント・セカンド 15 アネミア>
2004年3月2日 連載<レジデント・セカンド 15 アネミア>
病棟回診。
肺癌末期の患者。モルヒネの持続点滴がされている。家族は看病疲れで帰っており、個室はしんとしている。一折診察するが、今はもうその意味もない。
こうしてそっと手を握ったりしてあげることくらいだ。あとは家族の気持ちを和らげること。カンファレンスでは再評価を再評価をと、そればかりだが・・。
多発性骨髄腫の患者・・・白血球減少のほか、赤血球も減少。G-CSFとMAP血の投与がされている。肋骨部の痛みがあり痛み止め処方している。痛みは原疾患によるものだ。
化学療法の予定だったが、年末年始明けのカンファレンスで意見が一致するまで治療開始は延期となってしまっている。
慢性腎不全の患者。原因疾患を腎生検にて確認する予定だった。しかしこの場合も年末年始に入ったという理由で、検査・治療方針決定は年明け以降となっている。
心臓神経症疑い。胸部痛で外来受診したが、一折の精査では心疾患を思わせるものはなし。しかし入院後に動悸が頻回。そのつど心電図とっているがやや頻脈なだけ。
「えーレジデントの諸君。新年早々すまないが」
正月休みも病院の業務に縛られる中、医局で病棟医長が声をかけてきた。
「僕しかいませんけど」
「あー・・じゃあ、君ね、主治医」
「誰か入るんですか?」
「貧血。57歳のじいちゃん。精査目的」
「貧血ってどれくらいの?」
「ヘモグロビンで7g/dlとかいってたな」
「輸血が必要になりそうですね」
「輸血部は今はお休みだからな」
「連絡して来ていただくのは・・」
「ならん。大学病院ではそんな体制はとってない。君がクロスマッチすればいい話だ」
「ええ、これまでも何度か」
「さ、決まったからには・・走れ走れ!」
病室へ。
確かに色が白い。患者自身は無症状といった印象。オーベンがやってくる。
「君と組むのもあと少しだな・・ヘマせんといてくれよ。僕にとって昇進するかどうかの微妙な時期だし」
「・・・・・」
「紹介状がある。これだ。労作時の息切れ。安静時は何ともない。開業医の先生での以前のデータがこれだ」
Hb H6.1月 11.2g/dl → 6月 8.2g/dl → 12月 7.3g/dl。
なんだ。半年前の6月からとっくに貧血じゃないか。開業医って、これだ。
「でな、これ以外特に検査はしてない。半年前から鉄剤を内服している」
「フェロミア・・・内服はそれと・・・シグマート、亜硝酸剤・・・狭心症もあるということですか」
「これも貧血がある頃からだな・・。胸痛は貧血によるものかもしれん。胸痛があるということで循環器科へ紹介されたのかもしれんな」
患者が喋る。オーベンが答えた。
「その頃から、胸が痛いって思い始めたんです」
「それで狭心症と診断を?」
「心電図に異常もあると」
「心電図・・・STの低下が広範にある・・確かに」
しかし、貧血なら胸痛を来たすこともあるし、そのような心電図変化も起こす。呼吸器科である安井先生は全く分けが分からない様子だった。
「ふー・・まあ内服は続けときましょう・・・これから原因を調べるために、検査をしていきます」
「はあ・・」患者は検査に積極的でない。
「胃カメラ、大腸カメラ。全身のCT」
「こんなに?」
「出血している場所がないか探すのです」
「胃カメラは、1年前にやったぞ」
「過去の検査は参考になりませんので」
「まさか、その・・なんだ。胃カメラとかは、その・・・研修医っちゅう先生がされるのかいな?」
「いえ、それはさせていません。常に経験のある医師を待機させていますので」
「ああ、よかた。それが心配だったんや」
僕の立場はなかった・・・。
改めて血液検査をみる・・・正球性の貧血。試験レベルでは再生不良性貧血が浮かぶが、臨床ではすっきりこの分類で診断を絞るのは無理がある。参考程度だ。鉄欠乏性貧血でみられるような反応性の血小板増加もない。まあこれも参考程度。TIBC , フェリチンなどの検査は結果判明まで数日かかる。さきほどの消化管精査・CTで異常がなければ、マルクを考慮すべきかもしれない。まあ精査というのはあくまでも非侵襲的なものからだ。
「おい、お前!」
廊下でいきなり呼び止められた。院生で最近配属になった畑先生だ。
「この前、俺の患者に内服出してくれたんだってな」
「ああ、夜ですね。眠れないというもので、安定剤を希望されまして」
「で、処方したわけだな」
「はい。いけなかったですか」
「バカモン!」
「え?」
「これ!2週間前の動脈血!CO2 68!そしてこれ、今日!CO2 81!」
「わ・・悪くなってますね・・」
「ああそうだよ!お前のせいでな!」
「・・?」
「この人は肺気腫で在宅酸素目的で入院したんだ!そんな患者に睡眠薬はいかんだろ!」
「あっ、そうか・・・禁忌でした・・・」
「あっそうかじゃないよ!患者が安定剤くれってお前がホイホイ出してしまうからだよ!」
周りに人だかりが。看護婦も数人やってきた。
「先生、私たちは・・」
「あー、いやいや、君らは悪くないんだよ。でな!お前!今日は呼吸器つけないといけないかもしれんのだ!俺は明日、学会で発表せにゃならんのだ!」
そのとき、横から背の高い人間がヌッと現れた。
「もし呼吸管理するときは!お前も手伝・・・うわっ?」
その巨人は、畑先生を真上から見下ろした。
「何、言ってるんですか?ハタケちゃん」
「あ・・・」
「この子は来週から僕のコベンなんだけど」
「い・・・う・・・」
「その話題の患者だけど、どれどれ・・さっきから話聞いてると、コベンが一方的に悪くさせたような話だったけど・・」
「ええ・・・」
「なんだ、これ、おい」
周囲に集まっていた野次馬どもが、密かに散り始めた。
「3日前から微熱、あるじゃねえか。主治医、おい、主治医・・!その間何にもしてねえな、お前」
「・・・・・」
この横暴な院生を黙らせてしまった先生は、一体誰だ?
「CT撮るかして、感染をルールアウトしろ。アホめ」
「ははい、かしこまりました!」
院生は去った。
「コベンくん。よろしくね。循環器の窪田といいます。僕はあんな感じだけど、いい?」
「えっ?」
「最近まで救急専門で働いてたのよ。大学に呼び戻されてね。ここ、すごく退屈。みんな脳細胞イカレちまってらあ」
「・・・・・」
「あいつ、ホントにCT撮りに行くつもりだ。コベンくん、まず最初にすべきことは何だい。感染を疑うなら」
「慢性呼吸不全の急性増悪・・・肺炎の疑い・・・喀痰・・・起炎菌の決定・・・」
「ああ、まずそれだな」
「グラム染色ですか」
「そうだ。グラム染色は研修医の始めごろにしたことがあると思うが。あいつみたいに頭が孫悟空になると、ああやって写真とか安易なほうへ走ってしまう」
「・・・・」
「まあ君にも実際落ち度があったわけだから、グラム染色くらいてあげて、恩返ししてあげたらどうかな」
「はい、ありがとうございます!」
「呼吸苦のある患者は、逃げたいのよ。今の苦しさから。だから安定剤、安定剤言うの。気持ちは分かっても、体は別よ」
ちょっとカマっぽい人だな・・。
グラム染色より、グラム陰性桿菌と診断。頻度からしてインフルエンザ桿菌・緑膿菌が原因として考えられ、セフェム3世代のモダシンが選択された。その後病態は安定化した。
・・・なんかレセプトのコメントみたいだな。
<つづく>
病棟回診。
肺癌末期の患者。モルヒネの持続点滴がされている。家族は看病疲れで帰っており、個室はしんとしている。一折診察するが、今はもうその意味もない。
こうしてそっと手を握ったりしてあげることくらいだ。あとは家族の気持ちを和らげること。カンファレンスでは再評価を再評価をと、そればかりだが・・。
多発性骨髄腫の患者・・・白血球減少のほか、赤血球も減少。G-CSFとMAP血の投与がされている。肋骨部の痛みがあり痛み止め処方している。痛みは原疾患によるものだ。
化学療法の予定だったが、年末年始明けのカンファレンスで意見が一致するまで治療開始は延期となってしまっている。
慢性腎不全の患者。原因疾患を腎生検にて確認する予定だった。しかしこの場合も年末年始に入ったという理由で、検査・治療方針決定は年明け以降となっている。
心臓神経症疑い。胸部痛で外来受診したが、一折の精査では心疾患を思わせるものはなし。しかし入院後に動悸が頻回。そのつど心電図とっているがやや頻脈なだけ。
「えーレジデントの諸君。新年早々すまないが」
正月休みも病院の業務に縛られる中、医局で病棟医長が声をかけてきた。
「僕しかいませんけど」
「あー・・じゃあ、君ね、主治医」
「誰か入るんですか?」
「貧血。57歳のじいちゃん。精査目的」
「貧血ってどれくらいの?」
「ヘモグロビンで7g/dlとかいってたな」
「輸血が必要になりそうですね」
「輸血部は今はお休みだからな」
「連絡して来ていただくのは・・」
「ならん。大学病院ではそんな体制はとってない。君がクロスマッチすればいい話だ」
「ええ、これまでも何度か」
「さ、決まったからには・・走れ走れ!」
病室へ。
確かに色が白い。患者自身は無症状といった印象。オーベンがやってくる。
「君と組むのもあと少しだな・・ヘマせんといてくれよ。僕にとって昇進するかどうかの微妙な時期だし」
「・・・・・」
「紹介状がある。これだ。労作時の息切れ。安静時は何ともない。開業医の先生での以前のデータがこれだ」
Hb H6.1月 11.2g/dl → 6月 8.2g/dl → 12月 7.3g/dl。
なんだ。半年前の6月からとっくに貧血じゃないか。開業医って、これだ。
「でな、これ以外特に検査はしてない。半年前から鉄剤を内服している」
「フェロミア・・・内服はそれと・・・シグマート、亜硝酸剤・・・狭心症もあるということですか」
「これも貧血がある頃からだな・・。胸痛は貧血によるものかもしれん。胸痛があるということで循環器科へ紹介されたのかもしれんな」
患者が喋る。オーベンが答えた。
「その頃から、胸が痛いって思い始めたんです」
「それで狭心症と診断を?」
「心電図に異常もあると」
「心電図・・・STの低下が広範にある・・確かに」
しかし、貧血なら胸痛を来たすこともあるし、そのような心電図変化も起こす。呼吸器科である安井先生は全く分けが分からない様子だった。
「ふー・・まあ内服は続けときましょう・・・これから原因を調べるために、検査をしていきます」
「はあ・・」患者は検査に積極的でない。
「胃カメラ、大腸カメラ。全身のCT」
「こんなに?」
「出血している場所がないか探すのです」
「胃カメラは、1年前にやったぞ」
「過去の検査は参考になりませんので」
「まさか、その・・なんだ。胃カメラとかは、その・・・研修医っちゅう先生がされるのかいな?」
「いえ、それはさせていません。常に経験のある医師を待機させていますので」
「ああ、よかた。それが心配だったんや」
僕の立場はなかった・・・。
改めて血液検査をみる・・・正球性の貧血。試験レベルでは再生不良性貧血が浮かぶが、臨床ではすっきりこの分類で診断を絞るのは無理がある。参考程度だ。鉄欠乏性貧血でみられるような反応性の血小板増加もない。まあこれも参考程度。TIBC , フェリチンなどの検査は結果判明まで数日かかる。さきほどの消化管精査・CTで異常がなければ、マルクを考慮すべきかもしれない。まあ精査というのはあくまでも非侵襲的なものからだ。
「おい、お前!」
廊下でいきなり呼び止められた。院生で最近配属になった畑先生だ。
「この前、俺の患者に内服出してくれたんだってな」
「ああ、夜ですね。眠れないというもので、安定剤を希望されまして」
「で、処方したわけだな」
「はい。いけなかったですか」
「バカモン!」
「え?」
「これ!2週間前の動脈血!CO2 68!そしてこれ、今日!CO2 81!」
「わ・・悪くなってますね・・」
「ああそうだよ!お前のせいでな!」
「・・?」
「この人は肺気腫で在宅酸素目的で入院したんだ!そんな患者に睡眠薬はいかんだろ!」
「あっ、そうか・・・禁忌でした・・・」
「あっそうかじゃないよ!患者が安定剤くれってお前がホイホイ出してしまうからだよ!」
周りに人だかりが。看護婦も数人やってきた。
「先生、私たちは・・」
「あー、いやいや、君らは悪くないんだよ。でな!お前!今日は呼吸器つけないといけないかもしれんのだ!俺は明日、学会で発表せにゃならんのだ!」
そのとき、横から背の高い人間がヌッと現れた。
「もし呼吸管理するときは!お前も手伝・・・うわっ?」
その巨人は、畑先生を真上から見下ろした。
「何、言ってるんですか?ハタケちゃん」
「あ・・・」
「この子は来週から僕のコベンなんだけど」
「い・・・う・・・」
「その話題の患者だけど、どれどれ・・さっきから話聞いてると、コベンが一方的に悪くさせたような話だったけど・・」
「ええ・・・」
「なんだ、これ、おい」
周囲に集まっていた野次馬どもが、密かに散り始めた。
「3日前から微熱、あるじゃねえか。主治医、おい、主治医・・!その間何にもしてねえな、お前」
「・・・・・」
この横暴な院生を黙らせてしまった先生は、一体誰だ?
「CT撮るかして、感染をルールアウトしろ。アホめ」
「ははい、かしこまりました!」
院生は去った。
「コベンくん。よろしくね。循環器の窪田といいます。僕はあんな感じだけど、いい?」
「えっ?」
「最近まで救急専門で働いてたのよ。大学に呼び戻されてね。ここ、すごく退屈。みんな脳細胞イカレちまってらあ」
「・・・・・」
「あいつ、ホントにCT撮りに行くつもりだ。コベンくん、まず最初にすべきことは何だい。感染を疑うなら」
「慢性呼吸不全の急性増悪・・・肺炎の疑い・・・喀痰・・・起炎菌の決定・・・」
「ああ、まずそれだな」
「グラム染色ですか」
「そうだ。グラム染色は研修医の始めごろにしたことがあると思うが。あいつみたいに頭が孫悟空になると、ああやって写真とか安易なほうへ走ってしまう」
「・・・・」
「まあ君にも実際落ち度があったわけだから、グラム染色くらいてあげて、恩返ししてあげたらどうかな」
「はい、ありがとうございます!」
「呼吸苦のある患者は、逃げたいのよ。今の苦しさから。だから安定剤、安定剤言うの。気持ちは分かっても、体は別よ」
ちょっとカマっぽい人だな・・。
グラム染色より、グラム陰性桿菌と診断。頻度からしてインフルエンザ桿菌・緑膿菌が原因として考えられ、セフェム3世代のモダシンが選択された。その後病態は安定化した。
・・・なんかレセプトのコメントみたいだな。
<つづく>
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