<レジデント・セカンド 16 震災の日・・・>
2004年3月3日 連載<レジデント・セカンド 16 震災の日・・・>
正月すでに明けて・・・
夜中早朝。外はまだ確か暗かった。
ズゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・ゴゴゴゴゴゴゴ・・・ガタガタガタガタ
金縛りのように目が覚めた。
「地震!」
ドゴッゴゴゴゴッゴッゴゴゴゴ・・・・ドタンガタン
本棚の本が崩れ落ちる音、食器棚のお皿がずれる音・・・。揺れはまだ続いている。世界の終わりなのか?
ズズズズズズ・・・・・・・・・・・
揺れは徐々に引いていった。ラジオをつけると・・
「兵庫県から中心に広範囲、強い揺れを感じました。只今のところ、被害の報告などはないもよう・・・」
「まだ朝の5時くらいかよ・・・あと・・・2時間は寝れるな」
しばらくして、ポケベルが鳴った。
ひょっとして、地震の被害者とか・・・・?
「もしもし、呼びました?」
「医局長だ。自宅からなんだけど、大学病院から連絡が入ってな。心筋梗塞疑いがこれから入ると。他の研修医は病院で寝泊りしてるので、あとは君だけだ」
「今から・・ですよね?」
「ああ、いつもは医療センターなどへ送られるんだが、そこはけっこう患者が多いみたいなんだ。どうしてかな?」
「はい、・・・行きます」
こんな夜間に、大学病院へ心筋梗塞か。他の病院も、よほど忙しいとみえる。寒い風が吹く中、パンツ一丁でベランダへ出て、白衣をもぎとった。最初から白衣を着て出勤することが多くなった。
車に入るが、窓ガラスが凍っている。暖機運転で溶かさねば。
遠くで救急車のサイレンがかすかに聞こえる。・・・シンクロして聞こえるが、2台いるのか?
「発進!」
マニュアルのギアをグッと切り替え、シビックは出発した。
救急外来では、ちょうど患者が搬送されてきたところだった。救急隊より野中へ申し送り。
「えー、52歳の男性です。息が苦しいということで、家族の方より連絡がありました」
「心筋梗塞疑いと聞きましたが」
「?ああ、家族の方がそう言われてて」
「・・・なんです、それ・・まあいいです」
「はい、血圧は86/44mmHg、SpO2 は酸素吸入下で91%」
「グッチ、動脈血採取して点滴・酸素、ユウキは心電図!」
野中が仕切ってきたが、スムーズであり不快ではなかった。野中が患者の横についた。
「いつから苦しかったんですか」
「うー・・1週間前からかな」
「ふだんどっかで治療を?」
「ここや!」
「ここ・・・?おい、グッチ、カルテはどうやって探すのかな?」
「えー?知らない・・あと2時間もすれば、受付が開くでしょ」
「ふだん飲んでる薬とか、病態が知りたいんだよ!」
酸素3L、持続点滴5%TZが開始された。僕は心電図を記録した。野中が割り込んだ。僕は思わず叫んだ。
「V1-4のSTが上がってる!」
「でもQSパターンになってる。R波がほとんどない。心筋壊死が既に起こった状態だ・・つまり心筋梗塞はとっくの以前に起こしてしまったんだ」
「息苦しかったという1週間前、にか?」
「さあそこまでは分からないだろ!」
「でもSTが上がってるよ。また起こしたとか?」
「時間が経って、心室瘤になってるかもしれないだろ!」
そうだ。学生レベルの内容だ。
半年たって、研修医同士の差は歴然としてきたな・・・。
野中が超音波を持ってきた。
「さ、どいてくれ!2人とも」
早業のスイッチ切り替えで、超音波の画面が開いた。
「グッチ、家族は何と?」
「今日の朝の地震があったでしょ、あれで動悸がしたんだって」
「VPCくらいは出てるがね」
「でね、そこから一気に息苦しくなってきたんだって」
「おい、これは・・・!」
超音波では、心臓の動きは・・・心電図の読みどおり、前壁・中隔の動きがほとんどなく、心尖部は瘤になっている。それだけでなく、心臓の周囲に黒いエコー部分がある。
「2人とも!これ・・・周囲に2センチくらいはある」
心嚢液の貯留・・・心タンポナーデだった。確かに血圧低下・・・今、76/48mmHg。脈圧は30mmHgくらいしかない。脈圧(正常50mmHg)の低下は心拍出量の低下を反映する。液体で心臓が周囲から圧迫され拡張しにくくなり、心臓への血液の流入が妨げられる。結果、出て行く量も減ってしまう。代償するためにかなりの頻脈となり、不整脈を発生させやすくもなる。とにかく循環器の領域では、頻脈だけで悪役だ。
「野中、す、すまない」
「はあ?」
「に、ニトロペン、舌下させてしまった・・」
「おい!それで血圧がさらに下がったんじゃないかよ?」
「・・・・・」
川口がこっちを横目で見ていた。
「勉強してないでしょ。病院にあまり顔も出さないで、家で遊んでばかりなの・・?野中くんは病棟に篭りっきりよ。見習ったほうがいいわよ」
冷たいな。ひょっとして、僕が彼女に会ってるの、知ってるのか?野中に気があるのか?
これからは冷たい女、と思うことにしよう。
野中は仕切り続けた。
「グッチ、松田先生へ報告してくれ」
「・・・やめとこうよ」
「?」
「最近おかしいのよ、精神的に。論文で急かされてるし、医療ミスもあったりで。教授から直接指導があったらしいわよ。休暇を取れって」
「・・じゃあ誰でもいいから、連絡してきなよ」
「そうだ、先日まで救命センターにいた、あの人、ユウキくんのオーベンになる・・あの先生を」
「ああ、それがいいな。この男にも指導が必要だしね。怒ったかい?」
僕は言われるがままだった。川口がデータを持ってきた。
「GOT,LDH,CPKみんな上昇しているわ。トロポニンTはキットがなくて測定不能」
「CPKの分画は?」
「CPKのうち、心筋由来は・・あれ、5%しかないわ」
「10%以上ないと、心筋由来とはいえないぜ」
「え、じゃあなんでさっきの項目が上がってたの?」
「溶血だよ。先生の採血がマズかったんだ」
「どういうことよ?」
「注射器から何度もスカスカさせて取ってたんじゃないのか?」
「そんな取り方しないわよ・・ひどい言い方」
「次に生かせばいいよ。僕が取り直す」
野中が検体を持っていった。
「あいつ・・変わったな」
「あたしはああなりたい」
「俺は・・死んでもゴメンだ」
<つづく>
正月すでに明けて・・・
夜中早朝。外はまだ確か暗かった。
ズゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・ゴゴゴゴゴゴゴ・・・ガタガタガタガタ
金縛りのように目が覚めた。
「地震!」
ドゴッゴゴゴゴッゴッゴゴゴゴ・・・・ドタンガタン
本棚の本が崩れ落ちる音、食器棚のお皿がずれる音・・・。揺れはまだ続いている。世界の終わりなのか?
ズズズズズズ・・・・・・・・・・・
揺れは徐々に引いていった。ラジオをつけると・・
「兵庫県から中心に広範囲、強い揺れを感じました。只今のところ、被害の報告などはないもよう・・・」
「まだ朝の5時くらいかよ・・・あと・・・2時間は寝れるな」
しばらくして、ポケベルが鳴った。
ひょっとして、地震の被害者とか・・・・?
「もしもし、呼びました?」
「医局長だ。自宅からなんだけど、大学病院から連絡が入ってな。心筋梗塞疑いがこれから入ると。他の研修医は病院で寝泊りしてるので、あとは君だけだ」
「今から・・ですよね?」
「ああ、いつもは医療センターなどへ送られるんだが、そこはけっこう患者が多いみたいなんだ。どうしてかな?」
「はい、・・・行きます」
こんな夜間に、大学病院へ心筋梗塞か。他の病院も、よほど忙しいとみえる。寒い風が吹く中、パンツ一丁でベランダへ出て、白衣をもぎとった。最初から白衣を着て出勤することが多くなった。
車に入るが、窓ガラスが凍っている。暖機運転で溶かさねば。
遠くで救急車のサイレンがかすかに聞こえる。・・・シンクロして聞こえるが、2台いるのか?
「発進!」
マニュアルのギアをグッと切り替え、シビックは出発した。
救急外来では、ちょうど患者が搬送されてきたところだった。救急隊より野中へ申し送り。
「えー、52歳の男性です。息が苦しいということで、家族の方より連絡がありました」
「心筋梗塞疑いと聞きましたが」
「?ああ、家族の方がそう言われてて」
「・・・なんです、それ・・まあいいです」
「はい、血圧は86/44mmHg、SpO2 は酸素吸入下で91%」
「グッチ、動脈血採取して点滴・酸素、ユウキは心電図!」
野中が仕切ってきたが、スムーズであり不快ではなかった。野中が患者の横についた。
「いつから苦しかったんですか」
「うー・・1週間前からかな」
「ふだんどっかで治療を?」
「ここや!」
「ここ・・・?おい、グッチ、カルテはどうやって探すのかな?」
「えー?知らない・・あと2時間もすれば、受付が開くでしょ」
「ふだん飲んでる薬とか、病態が知りたいんだよ!」
酸素3L、持続点滴5%TZが開始された。僕は心電図を記録した。野中が割り込んだ。僕は思わず叫んだ。
「V1-4のSTが上がってる!」
「でもQSパターンになってる。R波がほとんどない。心筋壊死が既に起こった状態だ・・つまり心筋梗塞はとっくの以前に起こしてしまったんだ」
「息苦しかったという1週間前、にか?」
「さあそこまでは分からないだろ!」
「でもSTが上がってるよ。また起こしたとか?」
「時間が経って、心室瘤になってるかもしれないだろ!」
そうだ。学生レベルの内容だ。
半年たって、研修医同士の差は歴然としてきたな・・・。
野中が超音波を持ってきた。
「さ、どいてくれ!2人とも」
早業のスイッチ切り替えで、超音波の画面が開いた。
「グッチ、家族は何と?」
「今日の朝の地震があったでしょ、あれで動悸がしたんだって」
「VPCくらいは出てるがね」
「でね、そこから一気に息苦しくなってきたんだって」
「おい、これは・・・!」
超音波では、心臓の動きは・・・心電図の読みどおり、前壁・中隔の動きがほとんどなく、心尖部は瘤になっている。それだけでなく、心臓の周囲に黒いエコー部分がある。
「2人とも!これ・・・周囲に2センチくらいはある」
心嚢液の貯留・・・心タンポナーデだった。確かに血圧低下・・・今、76/48mmHg。脈圧は30mmHgくらいしかない。脈圧(正常50mmHg)の低下は心拍出量の低下を反映する。液体で心臓が周囲から圧迫され拡張しにくくなり、心臓への血液の流入が妨げられる。結果、出て行く量も減ってしまう。代償するためにかなりの頻脈となり、不整脈を発生させやすくもなる。とにかく循環器の領域では、頻脈だけで悪役だ。
「野中、す、すまない」
「はあ?」
「に、ニトロペン、舌下させてしまった・・」
「おい!それで血圧がさらに下がったんじゃないかよ?」
「・・・・・」
川口がこっちを横目で見ていた。
「勉強してないでしょ。病院にあまり顔も出さないで、家で遊んでばかりなの・・?野中くんは病棟に篭りっきりよ。見習ったほうがいいわよ」
冷たいな。ひょっとして、僕が彼女に会ってるの、知ってるのか?野中に気があるのか?
これからは冷たい女、と思うことにしよう。
野中は仕切り続けた。
「グッチ、松田先生へ報告してくれ」
「・・・やめとこうよ」
「?」
「最近おかしいのよ、精神的に。論文で急かされてるし、医療ミスもあったりで。教授から直接指導があったらしいわよ。休暇を取れって」
「・・じゃあ誰でもいいから、連絡してきなよ」
「そうだ、先日まで救命センターにいた、あの人、ユウキくんのオーベンになる・・あの先生を」
「ああ、それがいいな。この男にも指導が必要だしね。怒ったかい?」
僕は言われるがままだった。川口がデータを持ってきた。
「GOT,LDH,CPKみんな上昇しているわ。トロポニンTはキットがなくて測定不能」
「CPKの分画は?」
「CPKのうち、心筋由来は・・あれ、5%しかないわ」
「10%以上ないと、心筋由来とはいえないぜ」
「え、じゃあなんでさっきの項目が上がってたの?」
「溶血だよ。先生の採血がマズかったんだ」
「どういうことよ?」
「注射器から何度もスカスカさせて取ってたんじゃないのか?」
「そんな取り方しないわよ・・ひどい言い方」
「次に生かせばいいよ。僕が取り直す」
野中が検体を持っていった。
「あいつ・・変わったな」
「あたしはああなりたい」
「俺は・・死んでもゴメンだ」
<つづく>
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