<レジデント・セカンド 17 うち、来る?>
2004年3月4日 連載<レジデント・セカンド 17 うち、来る?>
「おい、今日のカンファレンスは中止だってよ」
救急室へ現れた医局長から説明があった。
「あ、先生」
「お、AMIか?発症はちょっと前みたいだな。その後心不全を起こしてるようだな。タンポナーデ?」
「はい、さきほどオーベンに連絡が取れまして、心嚢穿刺をこれからCCUで行う予定です」
「あっそ・・まあ頑張ってね。主治医は君ね」
「はい」
「それから・・!川口くん。今から胸膜炎が入るよ!センターからの紹介だ!センターに最近入院したんだが、朝の地震の影響で、ベッドを空けたいらしい」
「そんなにひどい地震だったんですか?」
「けっこう被害があったらしい。神戸のほうでな。大阪にも患者が流れてるみたいなんだ。神戸のほうの病院は受け入れが今ひとつなのかなあ?」
「内科にも影響してきたわけですか」
「ああ、でも大学にこうして救急が来るのは名誉なことだ」
川口はメモを見ながら顔を上げた。
「医局長。胸膜炎って、どこまで診断がついてるんですか?」
「ええ?僕はそれしか聞いてない。紹介状の内容を確認してくれよ」
「どこにあるんですか」
「救急隊が持ってくるだろ」
川口の気持ちは分かる。患者が来てからではメモをじっくり見る時間などないのだ。
僕のポケベルが鳴った。病棟だ。
「もしもし」
「先生、注射当番でしょ。早くしてくれと患者さんたちが怒ってますが」
「今からCCUに行かなきゃならないんだよ」
「ええ?じゃあ誰が?」
「レジデントに武田って奴がいるだろ?」
「でも先生、あの先生はローテーションで来た先生でしょう」
「放射線科からね・・いっつも見学しかしてないんだから、やらせてよ」
「先生、医局長の許可は?」
医局長を見たところ、医局長はしぶしぶ頷いていた。
「オッケーだって」
救急車が到着。入院していた患者の紹介だから病状は安定・・と聞いていたが。救急隊がストレッチャーとともに入ってきた。
「66歳、女性!基礎に糖尿病があり!今回は胸膜炎と聞いてます。酸素吸入2LでSpO2 94%。39度の熱発あり!」
「なに?39度も?」
川口もビックリしていた。
「胸膜炎って、こんなに熱出るの?」
「そ、そりゃ原因によるだろ」
「結核だったらどうしよう」
「結核性胸膜炎?背景に糖尿病あるみたいだしね」
「イヤなやつ」
「へへへ・・」
「ねえ、今度・・うち、来る?」
「へ?」
夢から覚めるように、救急隊が叫んだ。
「では、宜しくお願いいたします!」
川口はオーベンに連絡を取っていた。
「はい、今からCTも行きます。病棟で穿刺ですか・・ドレーン・・・はい。サイズは・・はい。用意しておきます。お願いします」
病棟で、ドレーン入れるのか。
「偶然ね。これからCCUでオーベンと心嚢穿刺でしょ?私も病棟でオーベンと胸腔穿刺。あなたの管のほうが細いけどね」
なんだと?少しムカッとなったのはなぜ?
「でもあなたのほうが危険性大きいよね」
「ああ、怖いよ・・心臓の廻りを盲目的に刺すわけだからね」
「でも超音波で見ながらだから、大丈夫よ」
野中がいつの間にか戻っていた。
「みんな、神戸のほうは凄い被害だってよ!余震も続いているらしい。僕らは走っててばかりだからか、何も気づかないな」
かなり興奮気味だ。
「被害者が大阪の病院にも搬送されているんだ。うちの病院にも来るんじゃないか?」
外来待ちのテレビも、なんだか忙しそうだ。
CCUではオーベンが待っていた。
「コベンちゃん、おはよう」
「すみません。遅くなりました」
「謝らなくてもよい。さあ、やろうか」
「はい」
「用意するものは揃えた。地震で病院も大変になるようだから、ここは私がやりましょ」
「は、はい」
「なんなら、する・・・?」
「い、いえ。お願いします」
「なかなかない機会だが・・まあいいでしょ」
超音波でみぞおちの部分を上にえぐるように当てる。心臓の尖端・・心尖部と、その周囲の黒いエコー領域。厚さは3cmくらいありそうだ。心臓の周りに水があるのではなく、水の中に
心臓が浮いているようだ。刺す方向を確認、マジックで印。超音波はよそへ片付けられた。
細くて長いカテラン針が用意されている。オーベンは迅速にマジック部を消毒、布をかぶせ、僕の補助で麻酔を吸い、そのカテラン針でマジック部を麻酔。針は麻酔を送りながらどんどん深みへ。
「あと、2cm・・くらいか。ここか!」
黄色透明の液体が帰ってきたようだ。そうか、超音波で深さも確認。カテランでさらに確認か。
「カテーテル、取って。それ。ピッグテール。ブタの尻尾ちゃん」
「は、はい」
カテランの数倍の太さの針が入り、同様に黄色の液体が戻ってきた。針の中にワイヤーを通し、針は外された。代わりにブタの尻尾が入っていく。
「よし。止めよう。さて、これで血圧が安定しなければ、IABPの登場よね」
「はい」
「なんか、また入院が入るんだったね。この患者は私が見ておくから、手伝ってあげて」
「はい。ありがとうございます」
また来るのか・・・?
病棟では婦長が病棟医長と対立していた。
「婦長さん、しょうがないんだよ」
「ダメといったらダメ!ここは民間の病院じゃないんだから!」
「たいした患者じゃないって。重症だったらICUへ移すからさ」
「先生、ちょうどいま胸膜炎入れたところなのに、間質性肺炎なんて無理です!」
「関連病院からの紹介なんだよ。地震の患者の受け入れのため空床を作るんだってさ。断るに断れないんだよ」
「私は断りますっ!」
「間質性肺炎っていってもさ、ステロイドパルスしてちょっとよくなってるらしいんだ」
「そういういい加減な説明は聞き飽きました!信用できません!」
「でも、もうこっちへ向かってるんだよ」
「なんですって?あたしの許可もなしで?」
「しょうがないんだ。これで重症部屋は1つ空いてるわけだし」
「看護婦は限界ですよ!誰か1人、夜中でも見てくれるんですか?」
「ああ、レジデントがいるよ!あいつらはいつも泊まってるし、土日もいる!」
「レジデントによるでしょ、それは」
婦長はキッと僕を睨んだ。病棟医長は続けた。
「じゃ、そういうことで。間質性肺炎の主治医は野中くんで」
「そう願うわ。もうこれ以上は入院は無理ですからね!」
大学病院での最大権力者は、各詰所の婦長だ。
川口が戻ってきた。
「真っ白」
「何が?」
「ドレーンに戻ってきた液。たぶんアブセスだわ」
「アブセス・・膿瘍か?」
「背景にDMあるしね。これまでの経過とかみると、上気道炎 → 肺炎 → 細菌性胸膜炎 → 膿胸、ってところね」
「洗浄するわけ?」
「そう、まずこの汚い液を出して、それから抗生剤を入れて洗浄しようと思うの」
「それはやめておきなさい」
僕のオーベンが現れた。
<つづく>
「おい、今日のカンファレンスは中止だってよ」
救急室へ現れた医局長から説明があった。
「あ、先生」
「お、AMIか?発症はちょっと前みたいだな。その後心不全を起こしてるようだな。タンポナーデ?」
「はい、さきほどオーベンに連絡が取れまして、心嚢穿刺をこれからCCUで行う予定です」
「あっそ・・まあ頑張ってね。主治医は君ね」
「はい」
「それから・・!川口くん。今から胸膜炎が入るよ!センターからの紹介だ!センターに最近入院したんだが、朝の地震の影響で、ベッドを空けたいらしい」
「そんなにひどい地震だったんですか?」
「けっこう被害があったらしい。神戸のほうでな。大阪にも患者が流れてるみたいなんだ。神戸のほうの病院は受け入れが今ひとつなのかなあ?」
「内科にも影響してきたわけですか」
「ああ、でも大学にこうして救急が来るのは名誉なことだ」
川口はメモを見ながら顔を上げた。
「医局長。胸膜炎って、どこまで診断がついてるんですか?」
「ええ?僕はそれしか聞いてない。紹介状の内容を確認してくれよ」
「どこにあるんですか」
「救急隊が持ってくるだろ」
川口の気持ちは分かる。患者が来てからではメモをじっくり見る時間などないのだ。
僕のポケベルが鳴った。病棟だ。
「もしもし」
「先生、注射当番でしょ。早くしてくれと患者さんたちが怒ってますが」
「今からCCUに行かなきゃならないんだよ」
「ええ?じゃあ誰が?」
「レジデントに武田って奴がいるだろ?」
「でも先生、あの先生はローテーションで来た先生でしょう」
「放射線科からね・・いっつも見学しかしてないんだから、やらせてよ」
「先生、医局長の許可は?」
医局長を見たところ、医局長はしぶしぶ頷いていた。
「オッケーだって」
救急車が到着。入院していた患者の紹介だから病状は安定・・と聞いていたが。救急隊がストレッチャーとともに入ってきた。
「66歳、女性!基礎に糖尿病があり!今回は胸膜炎と聞いてます。酸素吸入2LでSpO2 94%。39度の熱発あり!」
「なに?39度も?」
川口もビックリしていた。
「胸膜炎って、こんなに熱出るの?」
「そ、そりゃ原因によるだろ」
「結核だったらどうしよう」
「結核性胸膜炎?背景に糖尿病あるみたいだしね」
「イヤなやつ」
「へへへ・・」
「ねえ、今度・・うち、来る?」
「へ?」
夢から覚めるように、救急隊が叫んだ。
「では、宜しくお願いいたします!」
川口はオーベンに連絡を取っていた。
「はい、今からCTも行きます。病棟で穿刺ですか・・ドレーン・・・はい。サイズは・・はい。用意しておきます。お願いします」
病棟で、ドレーン入れるのか。
「偶然ね。これからCCUでオーベンと心嚢穿刺でしょ?私も病棟でオーベンと胸腔穿刺。あなたの管のほうが細いけどね」
なんだと?少しムカッとなったのはなぜ?
「でもあなたのほうが危険性大きいよね」
「ああ、怖いよ・・心臓の廻りを盲目的に刺すわけだからね」
「でも超音波で見ながらだから、大丈夫よ」
野中がいつの間にか戻っていた。
「みんな、神戸のほうは凄い被害だってよ!余震も続いているらしい。僕らは走っててばかりだからか、何も気づかないな」
かなり興奮気味だ。
「被害者が大阪の病院にも搬送されているんだ。うちの病院にも来るんじゃないか?」
外来待ちのテレビも、なんだか忙しそうだ。
CCUではオーベンが待っていた。
「コベンちゃん、おはよう」
「すみません。遅くなりました」
「謝らなくてもよい。さあ、やろうか」
「はい」
「用意するものは揃えた。地震で病院も大変になるようだから、ここは私がやりましょ」
「は、はい」
「なんなら、する・・・?」
「い、いえ。お願いします」
「なかなかない機会だが・・まあいいでしょ」
超音波でみぞおちの部分を上にえぐるように当てる。心臓の尖端・・心尖部と、その周囲の黒いエコー領域。厚さは3cmくらいありそうだ。心臓の周りに水があるのではなく、水の中に
心臓が浮いているようだ。刺す方向を確認、マジックで印。超音波はよそへ片付けられた。
細くて長いカテラン針が用意されている。オーベンは迅速にマジック部を消毒、布をかぶせ、僕の補助で麻酔を吸い、そのカテラン針でマジック部を麻酔。針は麻酔を送りながらどんどん深みへ。
「あと、2cm・・くらいか。ここか!」
黄色透明の液体が帰ってきたようだ。そうか、超音波で深さも確認。カテランでさらに確認か。
「カテーテル、取って。それ。ピッグテール。ブタの尻尾ちゃん」
「は、はい」
カテランの数倍の太さの針が入り、同様に黄色の液体が戻ってきた。針の中にワイヤーを通し、針は外された。代わりにブタの尻尾が入っていく。
「よし。止めよう。さて、これで血圧が安定しなければ、IABPの登場よね」
「はい」
「なんか、また入院が入るんだったね。この患者は私が見ておくから、手伝ってあげて」
「はい。ありがとうございます」
また来るのか・・・?
病棟では婦長が病棟医長と対立していた。
「婦長さん、しょうがないんだよ」
「ダメといったらダメ!ここは民間の病院じゃないんだから!」
「たいした患者じゃないって。重症だったらICUへ移すからさ」
「先生、ちょうどいま胸膜炎入れたところなのに、間質性肺炎なんて無理です!」
「関連病院からの紹介なんだよ。地震の患者の受け入れのため空床を作るんだってさ。断るに断れないんだよ」
「私は断りますっ!」
「間質性肺炎っていってもさ、ステロイドパルスしてちょっとよくなってるらしいんだ」
「そういういい加減な説明は聞き飽きました!信用できません!」
「でも、もうこっちへ向かってるんだよ」
「なんですって?あたしの許可もなしで?」
「しょうがないんだ。これで重症部屋は1つ空いてるわけだし」
「看護婦は限界ですよ!誰か1人、夜中でも見てくれるんですか?」
「ああ、レジデントがいるよ!あいつらはいつも泊まってるし、土日もいる!」
「レジデントによるでしょ、それは」
婦長はキッと僕を睨んだ。病棟医長は続けた。
「じゃ、そういうことで。間質性肺炎の主治医は野中くんで」
「そう願うわ。もうこれ以上は入院は無理ですからね!」
大学病院での最大権力者は、各詰所の婦長だ。
川口が戻ってきた。
「真っ白」
「何が?」
「ドレーンに戻ってきた液。たぶんアブセスだわ」
「アブセス・・膿瘍か?」
「背景にDMあるしね。これまでの経過とかみると、上気道炎 → 肺炎 → 細菌性胸膜炎 → 膿胸、ってところね」
「洗浄するわけ?」
「そう、まずこの汚い液を出して、それから抗生剤を入れて洗浄しようと思うの」
「それはやめておきなさい」
僕のオーベンが現れた。
<つづく>
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