病棟は満床になった。カンファレンスでも、みんな疲れが見え始めていた。

循環器カンファレンス。僕の順番だ。相手は講師の先生。
「CCUの患者さんです。タンポナーデに対して心嚢穿刺を行い、IABPにて血圧は100mmHg以上をキープしています。長期となりIVH管理中。レントゲンでは肺の浸潤影は徐々に軽快しつつあります」
「LVEF・・左室駆出率はどのくらい?」
「エコーで40%前後です」
「輸液は?」
「ハイカリック2号1本とビタミンなどです」
「ナトリウムが入ってるのか・・あまり関心しないな。オーベンは?」
「先生、循環器がいくらナトリウム嫌いでも、体にはある程度必要でっせ」
「まあ、そうだな・・右心カテーテルのコントロールは?」
「ウェッジ圧は20mmHg前後、CVP圧は13mmHgです」
「・・・とすると、まあまあいいか。ま、感染を合併しないうちに離脱させていけよ」
「はい・・・・次、貧血精査で入った方」
「原因は何だった?」
「胃カメラでBorrmann 4型が見つかりまして、外科へ転科しました」
「そうか。外科転科、1例。認定医試験用にサマリーはとっとけよ。この人はメタはなしか。呼吸・心機能は調べたか?」
「胸部CTではCOPDがあるようです。呼吸機能では1秒率が低下しています」
「PH、あるのか?その胸のレントゲン、右肺動脈の太さが肋骨より太く見えるが」
「肺高血圧はエコー上ないようです」
「そうか・・君、レスポンスが速くなったね」
「は、はい?では、次・・拡張型心筋症の患者さん。肺水腫でしたがこのように利尿で改善しつつあるようです。しかし不整脈がかなり出てます」
「2段脈も出てるな。ジギタリスの血中濃度は?」

困った僕を察知し、オーベンが答える。
「今日返った結果では1.6でした。一応正常域ですが高めですね」

いつの間に結果を見たんだ?伝票はまだ戻ってないのに。たぶん電話で確認したんだろう。抜かりないな。

「だな、ジギは減らそう。メキシチールは内服か?」
「はい」
「これも血中濃度を測定しておけよ。あとは?」
「慢性腎不全の方です。この間、ウロで腎生検していただきました。結果は・・間質性腎炎」
「原因となりそうなものはあったのか?」
「ええっと・・・」

即、オーベンが反応した。
「過去のカルテや本人の話からすると、どうやらNSAIDを大量に貰ってたみたいですね。変形性の膝関節症であちこちの医者かかってて」

「胃は大丈夫なのか?」
「・・まだ調べてません」
「ところで君、NSAIDがなぜ腎機能や胃腸を障害する?」
「それは・・・」
「学生さん、そう、君。女性の」
「はい。プロスタグランジンの産生障害によって、血管の拡張が阻害されるからです」
「はは、学生さんの方が賢いんじゃないか?さっき、レスポンス速いと言ったよね」
「は、はい」
「あれは取り消す」
「は・・・・」
「いいだろう、次!」

すかさず、呼吸器カンファレンス。

川口だ。

「エンピエーマ・・膿胸・・の患者さんです。カルバペネムとクリンダマイシンを開始しましたが、高熱はおさまらずCRPも23mg/dlから21mg/dlと、横ばいの状態が続きました」
「排液して、生理食塩水で洗浄してもか?」
「菌血症の状態ではないかと」
「まさか、膿瘍腔から肺内に穿破したのではあるまいな?」
「えっ?そうなったら・・」
「急速に悪化するぞ、その場合。非常に怖いんだ」
「CTしばらく撮ってないので、確認します」
「まあレントゲンからは考えにくいがな。熱が下がらないなら、おい、オーベン!あれを・・」
「ガンマグロブリンね」
 オーベンが答えた。
「そうだ」

次は畑先生の患者。以前、COPDのこの患者に僕が安定剤を処方してしまい、ナルコーシスの危機に見舞われていた。しかし感染もあったようだ。

「喀痰培養からはMRSAと緑膿菌が出ましたので、バンコマイシンを投与しました」
「熱があったのか?」
「微熱でCRPが2.1mg/dlありましたんで。影ははっきりしませんが」
「それでMRSAを疑う?」
「はあ、まあ、MRSAが出たので、治療しないと・・」
「MRSAは出てても、今回の感染の原因かどうかは不明だろ。でもMRSAならもっとこう、高熱出たりしないか」
「・・・でもMRSAだから・・・」
「まあ、もうバンコマイシン入ってるからな、しゃあない」

 確かに当時は、MRSAが出たら反射的に治療をしていたように思う。原因菌かどうか考える前に。

 僕の番だ。

「ターミナルの方、小野さんです。塩酸モルヒネでペインコントロール中です」
「レントゲンは真っ白じゃないか。というか、これはバタフライシャドウだな。肺水腫か?」

オーベンが答える。
「アルブミンも低く、感染の合併もあるのでARDSもあるかもしれません」
「学生さん。ARDSは別名で?」
「はい、非心原性の肺水腫です」
「じゃあ心原性の肺水腫と、どう鑑別するんだ?」
「・・・・・」
「はい、もう1人学生さん、あなた」
「・・・・・」
「野中、言ってやれ」
「鑑別は、右心カテーテルや心エコーで心疾患の関連をみることで分かります」
「だな。まあしかし、ターミナルだからな・・。本人の意識は?」
「反応ありません」
「なら、もういいな・・主治医!お疲れ様」

「次は、議員で喘息の・・」
「まだいたのか?そいつ?」
「はい。また悪くなりまして」
「点滴してるのか」
「はい。本人希望もありまして」
「ステロイド毎日点滴してて、副腎は大丈夫なのか?」
「内服もあります」
「プレドニン換算でいくら?」
「プレドニゾロン8錠、つまり40mg/dayです」
「多いな、それ。でもゆっくり減らせよ。ステロイドとβブロッカーの減量はリバウンドが怖い。ステロイドは10mg/day以下の場合は徐々に徐々にだぞ」
「はい」

「・・・もう2月か。そろそろ転勤の話が来るんじゃないか?」
「ええ?」

オーベンが遮った。
「先生、コベンちゃんにはまた僕から話しておきます」

転勤?いよいよか?

川口と目があった。

まずい。このまま引き離されてしまうのか・・・?と思ってるのは、僕だけなのか。

後ろからオーベンが語りかけた。

「コベンちゃん。動揺するのは分かるけど、患者さんたちがつらいの、分かってる?特にターミナルの患者さん。患者さんにとっては、主治医はあくまで自分だけの特別な先生なんだよ」
「はい・・・」
「だから、勤務の最後まで誠意を尽くしなさいよ」
「はい、ありがとうございます」
「コベンちゃん、いろいろ噂は聞くけど・・コベンちゃんは全力投球しているのかな?何か、悩み事が?」
「え?だ、誰がそんなこと・・」
「いやあ、大学って、もう噂・噂のかたまりよ」
「だ、誰にでも悩みはあると・・」
「僕に話すの、イヤ?・・だろね。やっぱチミは、川口くんの尻がよく似合う、ふふふ。転勤はね、1ヵ月後。勤務先は公立の病院です。ムチャ忙しいよ」
「そうですか・・1ヶ月後?」
「そ。大学の人事なんて、こんなもんよ」

1ヶ月後なのか・・・。

<つづく>

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