その自転車は、勢いよく交差点を駆け抜けていった。信号はちょうど黄色になったところだ。

「あと、少し・・・」

 公立病院は街のど真ん中にあった。車など駐車できるところは全くない。自転車すら狭く感じるこの路地を進まなければ、病院へは到底着けない。

「着いたか・・」

 両手手放しで、1階の医局の近くまで到着する。しかし時間がない。勢いよく止めたため、隣の自転車にぶつかり何台も巻き添えに倒れてしまった。
 しかし、かまってるヒマはない。カゴの中の白衣を羽織り、全速力で駆け出す。次第に人が増えてくる。人だかりが見え、その中を掻き分けるように入っていった。

「すみません、今着きました!」
「おい!循環器の医者!遅いぞ!」

<レジデント・サード  1 EMERGENCY  前編>

大柄な医師が僕を待ち構えていた。いや、そうではない。彼「内科・佐々木医師」は処置中だった。座ってM-tubeを入れている。顔は患者の方を見ている。周りを救急隊が囲んでいる。
「今日が救急日なのを知らなかったのか?」
「すみません。聞いてませんでした」
「今は、朝9時15分・・・15分遅れだな。もう患者が12人くらい来たんだぞ。おいそこ!早くソルメド行って!喘息の人!・・・・で、頼むぞ、明日の朝9時まで。なんたって今日は日曜日だからな」
「は、はい。宜しくお願いします」
「お前、レジデントか?」
「は、はい、そうですが」
「おいおい、部長も話が・・・」
「どうしたんです?」
「おかしいな、休日は常勤の医者2人でさせてやるって、言ってたのに・・まあいい、そこのたまったカルテから始めてくれ!」
「・・・1人ずつ呼ぶんですか」

40代くらいのデキそうな看護婦がカルテをバッと取り上げた。
「どうぞ!次の方!」

30代の女性。見るからにだるそうだ。若い男性も入ってきた。
「どうされましたか」
「カゼ」
「どのような症状で?」
「咳、鼻、痰、喉が痛い」
「じゃ、喉を・・・はい。かなり腫れてますね。じゃあ、薬を・・」
女性は黙って出て行った。処方を書いて・・ナースに渡す。

「先生、これ!」
さっきの看護婦がカルテをつかんでやってきた。
「ちゃんと問診表見たんですか!ピリン系にアレルギー!妊娠中!」
「え?」
確かに問診表がカルテの後ろに挟まっていた。
「こ、こんなのあったんですね・・」
「さあ、どうされますか?もう1度入ってもらいますか!」
佐々木医師が入ってきた。
「おい、まだそんな患者診てんのか?・・・おい、セデスはピリン系だろが!ピリン禁忌にこんなの出しちゃいかんぞ!・・おい!妊娠中?」
「は、はい。で、エリスロシンを出そうかと」
「何の本見てんだ・・・?妊娠に大丈夫な薬の一覧?でもお前、これでもし何かあって訴えられたらどうすんだ?」
「・・・」
「ダメダメ!クーリングして様子見るようにしろ!何か1本点滴して!で、明日婦人科にかかってもらうんだ!」
「は、はい・・」
「次のこの患者、胸痛だ。お前の得意分野だな、診ろ」
「はい」

ナースが車椅子で連れてきた。50代の服の汚れた男性。

「胸のどこが痛いんですか?」
「こことここ、というか全体」
「いつから?」
「昨日か、ずっと前から」
「?・・どんなときに?」
「だから、ずーっと前から!」
「胸の音、聞きます・・・ラ音とかはないか・・・検査に行きましょう」
「注射しておくれよ、先生」
「何の?」
「以前からわし、神経痛って言われて近所の整形の医者にかかってるんですわ。そこで、ペンタ・・なんちゃらという薬を・・アタタ・・それしたら楽になるんや。お願いや。明日は必ず整形行くから。検査するお金、持ってきてないし」
「ペンタ・・・・ペンタジンですか?」
「そう、そうや!もう胸が張り裂けそうで・・・はよはよ!」
「か、かしこまりました。看護婦さん、ペンタジンを・・」

佐々木医師がまたやってきた。
「待て!この患者・・・ちょっと耳かせ!・・おかしいとは思わんのか?こいつはペンタジン中毒だよ!」
「中毒?」
「依存してるってことだ。注射はせず、帰らせろ!おい、事務!調査しといてくれ!」
「かしこまりました」
患者は強制送還。

20歳代の女性。乾性咳がひどい。
「どれくらい続いているんですか」
「3週間くらい」
「じゃあ、風邪薬を・・」

佐々木ドクターが話しかける。
「妊娠してないだろな」
「してません」
「またセフェム系の処方か。好きだなお前。でもおい、長引く乾性咳だろ?マイコプラズマじゃないだろな。クラミジアとか。動物飼ってないか聞いたか?集団流行は?」
「いいえ・・・」
「まあいい、時間がない。白血球数とか見たいがな。今回のところはクラリシッド、処方しておけ」
ナースが叫ぶ。
「先生、患者さんが・・!」
女性が倒れた。ナースがなんとか支えた。呼吸困難もあるようだ。
「おい循環器!呼吸音とか聞いたのか?」
「いえ、風邪だと思って・・」
「風邪と肺炎は親戚だぞオイ!」
「SpO2 93・・・」
「酸素吸入して採血、点滴持続開始、レントゲン、CT!」

 言葉が速くてついていけない。

30代の男性。腹痛、吐き気。微熱。
「お腹のどこが痛いです?」
「・・下のほう」
「下痢はしてません?」
「ああ、そういえば出たな・・」
「検査に行きましょう・・採血と・・レントゲンと・・・」
佐々木医師がやってきた。
「おい、検尿は?検尿!」
「?」
「結石の場合もあるだろが。潜血反応も見ないと!」
「は、はい」

60代男性、これも腹痛。救急車で来院。救急隊より。
「突然こらえきれない腰の痛みが出たと」
「ほ、ほかに症状は」
「ないです。よろしくお願いします」
「・・・腰・・背中の下のほうですね」
「ぐおおおお、い、痛え・・!骨が折れたような、アタタ・・」
「看護婦さん、整形の先生・・」
また佐々木医師が登場。
「おい、何勝手に整形の医者呼んでんだよ?」
「はい、腰が痛いというもので」
「打撲とか、事故の既往が?」
「な、ないようですが」
「腰というより背部痛か。結石と動脈瘤を否定しないか!」
「はい、じゃあ検尿を・・」
「こんな状況で尿は取れんぞ!採血にCT!エコーはオレがする」

どんどん患者が運ばれてくる。こちらは喉が渇いてくる。しかしそんな時間はない。トイレにも行けず。

全身の痒み、40代女性。佐々木医師が登場。
「こんなの、1分でやれ!強ミノiv、リンデロン処方して終わりだ!抗アレルギー剤出しとけ」
「先生、検査は・・?」
「ここは救急外来だぞ!明日にでも外来受診してもらえ!」
「はい・・」

救急隊より。
「66歳男性、不整脈です」
「はい・・どうですか」
患者は息苦しそうだった。
「そ、そんなん、しんどいに決まってるだろが!」
「SpO2 98・・・脈は・・不整・・afかな?技師さん、ここも心電図を!」
心電図はPSVT。佐々木先生が登場。
「得意だろお前!さっさと片つけろよ」
「はい・・・看護婦さん、ジギタリスの点滴を」

倒れた女性の写真ができた。右下肺の広範な淡い陰影。佐々木医師が飛んでくる。
「おう!肺炎だ。入院させろ。待機の内科の医者を呼べ」
「はい、伝えます・・白血球は9000。あまり増えてませんね」
「異型肺炎だろ、典型的な。ミノマイシン開始しろ」
「あの、肝機能も悪いようですが」
「異型肺炎じゃ珍しくないだろ!」
「はい、でもミノマイシンは」
「肝機能障害が怖いのか?じゃあ何使うってんだ?あとは主治医に任せろ!」

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