<レジデント・サード 2 EMERGENCY 中編>
2004年3月10日 連載<レジデント・サード 2 EMERGENCY 中編>
90歳女性、老人ホームから連絡なしの受診。ヘルパーらしい人が車椅子で運んできた。
「高熱が4日続いてまして」
「呼吸状態悪いですね」
「入院をお願いしたいんですが。昨日の会議で、長から入院させよとの決定で」
「?まあそうですね」
また佐々木医師が飛んできた。地獄耳か。
「オイオイ、入院は待てよ」
「はい、検査してから」
「ちゃうちゃう。こんな老人の入院なんかとったら、在院日数がどれだけかかるか・・それにMRSAとか持ってる確率高いだろ」
「たしかに」
「うちが満床ってことで、よそへ紹介だ」
「事務がしてくれるんですか」
「いや、お前が電話しろ。決まるまでは検査と補液だ」
「は、はあ」
ナースがしかめっ面でやってきた。
「先生、ジギラノゲン全然効いてません」
「じゃあ、リスモダンを」
「佐々木先生に聞いてみてください」
「リスモダン用意してくださいよ」
「佐々木先生!どうしましょうか?」
遠くでエコーしている佐々木先生が叫ぶ。
「PSVTの患者?オイ循環器!時間がないから、アデホスで一気に止めたらどうだ」
「アデホスですか、あれは・・」
「何だ?アレストが怖いのか?」
「やります」
アデホスの急速静注後、一瞬のうちに脈は治った。患者は満足して帰った。
pafでもPSVTでもだが、不眠やストレスなどの契機で起こったものはIaの薬が効果的だ。
さきほどの30代の吐き気・腹痛・微熱。尿潜血は陰性。
「腹部のレントゲンはイレウス様の小腸ガス・二ボーあり,
佐々木先生、イレウスです」
「というか、下痢や炎症所見もあるし、急性腸炎に続発したイレウス所見だろう。腸炎+サブイレウスとして入院させろ。ああそれでな、さっきの背部痛な。エコーやCTじゃ結石ははっきりしないが、DIPで右尿管の流れが悪かった。尿路結石だな。メナミンで痛みは止まってる。あれはよく効く」
「は、はい」
おいおい、まだ20人くらい残ってるぞ!早くやれよ!
24歳男性。呼吸困難。近医で喘息治療の内服あり。スプレーを持参している。
「このメプチンエアーは何回使いましたか?」
「さあ、10回くらい・・ハアハア」
「背部は・・喘鳴が著明ですね・・看護婦さん、ソルメドとネオフィリンの点滴を・・あ、待って!内服は他には」
「持ってきてない」
「テオドールっていうのとかなかった?」
「名前は、見てないから知らん、ハアハア」
「看護婦さん、ネオフィリンは抜きでお願い」
佐々木先生が背伸びしながらやってきた。
「ほお、お前、呼吸器のローテもしてきたのか」
「ええ、でもたいしたことは」
「じゃあ今後は君に主治医をお願いできるってことだな!俺は一般内科の糖尿や代謝のほうをやってる。お前ら循環器・呼吸器は、DMのコントロールは下手だな」
「そ、そうですか」
「血糖だけ下げてHbA1c上がってたりな。で、HbA1c下がったって喜んで、実は貧血とか腎症へ進んでたりしてな」
「へえ・・」
「やたらSU剤だけ増やすのも辞めて欲しいがな」
でも僕にも言い分が・・臥位で胸部レントゲン撮って、心拡大で紹介してくるのはやめて欲しい。それと、心不全患者を喘息と誤診してめいっぱい点滴してから送ってくるのも・・。
25歳男性、鼻出血。
「うつむいて、鼻をギュッと・・・」
「そ、そうしたんだけど止まらねえんだよ」
「・・・」
ナースから助言。
「先生、ボスミン綿球を」
「こ、これを詰めるんですね・・はい」
佐々木先生が後ろから肩をたたく。
「アドナくらい出しとけ。循環器の奴でいたな、この前。アドナとトランサミンいっしょにしやがって」
「両方とも、止血剤のはずですが・・」
「うちのDICの患者に両方いきやがった。胃の中に出血してるからってな。DICだぞ。アドナは血管壁の修復だから分かるが、トランサミンは凝固系の亢進での止血だぞ」
「アドナだけでよかったんですね」
「ああ、お前んとこの医者だ!たしか誰だったかな、あいつ」
救急隊が20代青年を運んできた。
「突然の呼吸困難です。本人は喘息と言ってますが。宜しくお願いします」
患者は絶えず咳をしていて、呼吸音はよく分からない。SpO2 96%だが呼吸回数で代償しているのかも。
「看護婦さん、ソルメドと・・」
佐々木医師がまた出現。
「ホントに喘息か?」
「検査には行きますけど、その前にと思って」
「患者が言うからか?・・・・一応、レントゲン撮れ」
「肺血栓塞栓症とか?」
「この年で?ないだろ、そりゃ」
40代男性。酒くさい。
「腹、痛いんやああ」
「上のほうですか」
「おう、わりゃあああ」
「は、離してください!看護婦さん、検査へ!」
救急隊。20代女性の呼吸困難。過換気っぽい。
ナースが紙袋呼吸を。しかし患者はかなり興奮気味。
佐々木先生がセルシンで落ち着かせる。
「レジデント!あと4人くらいか?」
「いえ、13人です!」
60歳の女性。
「全身が腫れぼったくなって」
「両足が特に腫れてますね」
佐々木先生が後ろを通り過ぎる。
「はよ調べな。浮腫の原因は肝・腎・心!それと・・アルブミン!」
「採血・・レントゲン・・心電図、と」
「甲状腺もついでにな!バイタル良くて心不全なかったら後日受診だ」
「はい」
ナースより。
「先生、さっきの呼吸困難の若い男性のレントゲンです」
「ああ、どうも・・これは」
佐々木先生が後ろからのしかかった。
「気胸だな。左の。完全に虚脱してる。入院だな」
87歳女性。左胸痛。
「いつから痛いんです?」
「ここ3日や・・痛い痛い」
「看護婦さん!レントゲン・採血・・心電図優先して!ストレッチャーで!酸素はいらないみたいだけど」
ナースより。
「先生、点滴のルートが入りません。喘息の人。太りすぎで」
「え?まだ治療してなかったんですか?」
「いろいろ試したんですが、入らないんですよ!先生お願い!」
「僕が?看護婦さんが無理なのに?」
「さあさこっちこっち!」
「ここは、ダメですか?足の内くるぶしの・・」
「先生、それ神経じゃ?」
「いや・・少しブヨブヨする。サーフローちょうだい」
「ああ、入った入った!先生、凄い!」
「へ?」
「病棟で一番うまい主任さんでも無理だったのに・・!」
「いや、たまたまですよ、たまたま」
「これからは点滴もドクターがやらないとねえ!」
どこのナースも、自分らの仕事減らすことばっかり・・・。
「夕方過ぎて、少し途絶えたな・・」
佐々木先生は満足げに空いている外来ベッドにドスッと座った。
「レジデント、あんな調子じゃこれから大変だぞ」
「はい・・」
「どうした、メモも用意しとらんな。レジデントってのはふつうメモ帳持ってて、同じ失敗は2度しないものだぞ。で、お前・・初任給は?」
「まだです。勤めてまだ2週間です」
「ま、今のお前らじゃ20万がいいとこだな。たまに献血車のバイトがあったら行くといい」
「はい」
「ま、家に帰れるのは2日に1回と考えててたほうがいいな」
「覚悟してます」
しんどい人間のわずかなやる気を、凹ます人嫌い。
「じゃ、俺、休んでくるからな。あとは電話で」
「え?」
「夜の9時だ。患者もポツポツ来る程度だし。明日は通常の外来も控えてるしな」
「あの、自分も」
「お前はdutyは特にないだろう」
「運動負荷試験5例くらいですが」
「そんなの、見てて終わりだろ?」
「ま、たしかに・・お疲れ様でした」
「あんまりしょうもないことでコールするなよ」
…
90歳女性、老人ホームから連絡なしの受診。ヘルパーらしい人が車椅子で運んできた。
「高熱が4日続いてまして」
「呼吸状態悪いですね」
「入院をお願いしたいんですが。昨日の会議で、長から入院させよとの決定で」
「?まあそうですね」
また佐々木医師が飛んできた。地獄耳か。
「オイオイ、入院は待てよ」
「はい、検査してから」
「ちゃうちゃう。こんな老人の入院なんかとったら、在院日数がどれだけかかるか・・それにMRSAとか持ってる確率高いだろ」
「たしかに」
「うちが満床ってことで、よそへ紹介だ」
「事務がしてくれるんですか」
「いや、お前が電話しろ。決まるまでは検査と補液だ」
「は、はあ」
ナースがしかめっ面でやってきた。
「先生、ジギラノゲン全然効いてません」
「じゃあ、リスモダンを」
「佐々木先生に聞いてみてください」
「リスモダン用意してくださいよ」
「佐々木先生!どうしましょうか?」
遠くでエコーしている佐々木先生が叫ぶ。
「PSVTの患者?オイ循環器!時間がないから、アデホスで一気に止めたらどうだ」
「アデホスですか、あれは・・」
「何だ?アレストが怖いのか?」
「やります」
アデホスの急速静注後、一瞬のうちに脈は治った。患者は満足して帰った。
pafでもPSVTでもだが、不眠やストレスなどの契機で起こったものはIaの薬が効果的だ。
さきほどの30代の吐き気・腹痛・微熱。尿潜血は陰性。
「腹部のレントゲンはイレウス様の小腸ガス・二ボーあり,
佐々木先生、イレウスです」
「というか、下痢や炎症所見もあるし、急性腸炎に続発したイレウス所見だろう。腸炎+サブイレウスとして入院させろ。ああそれでな、さっきの背部痛な。エコーやCTじゃ結石ははっきりしないが、DIPで右尿管の流れが悪かった。尿路結石だな。メナミンで痛みは止まってる。あれはよく効く」
「は、はい」
おいおい、まだ20人くらい残ってるぞ!早くやれよ!
24歳男性。呼吸困難。近医で喘息治療の内服あり。スプレーを持参している。
「このメプチンエアーは何回使いましたか?」
「さあ、10回くらい・・ハアハア」
「背部は・・喘鳴が著明ですね・・看護婦さん、ソルメドとネオフィリンの点滴を・・あ、待って!内服は他には」
「持ってきてない」
「テオドールっていうのとかなかった?」
「名前は、見てないから知らん、ハアハア」
「看護婦さん、ネオフィリンは抜きでお願い」
佐々木先生が背伸びしながらやってきた。
「ほお、お前、呼吸器のローテもしてきたのか」
「ええ、でもたいしたことは」
「じゃあ今後は君に主治医をお願いできるってことだな!俺は一般内科の糖尿や代謝のほうをやってる。お前ら循環器・呼吸器は、DMのコントロールは下手だな」
「そ、そうですか」
「血糖だけ下げてHbA1c上がってたりな。で、HbA1c下がったって喜んで、実は貧血とか腎症へ進んでたりしてな」
「へえ・・」
「やたらSU剤だけ増やすのも辞めて欲しいがな」
でも僕にも言い分が・・臥位で胸部レントゲン撮って、心拡大で紹介してくるのはやめて欲しい。それと、心不全患者を喘息と誤診してめいっぱい点滴してから送ってくるのも・・。
25歳男性、鼻出血。
「うつむいて、鼻をギュッと・・・」
「そ、そうしたんだけど止まらねえんだよ」
「・・・」
ナースから助言。
「先生、ボスミン綿球を」
「こ、これを詰めるんですね・・はい」
佐々木先生が後ろから肩をたたく。
「アドナくらい出しとけ。循環器の奴でいたな、この前。アドナとトランサミンいっしょにしやがって」
「両方とも、止血剤のはずですが・・」
「うちのDICの患者に両方いきやがった。胃の中に出血してるからってな。DICだぞ。アドナは血管壁の修復だから分かるが、トランサミンは凝固系の亢進での止血だぞ」
「アドナだけでよかったんですね」
「ああ、お前んとこの医者だ!たしか誰だったかな、あいつ」
救急隊が20代青年を運んできた。
「突然の呼吸困難です。本人は喘息と言ってますが。宜しくお願いします」
患者は絶えず咳をしていて、呼吸音はよく分からない。SpO2 96%だが呼吸回数で代償しているのかも。
「看護婦さん、ソルメドと・・」
佐々木医師がまた出現。
「ホントに喘息か?」
「検査には行きますけど、その前にと思って」
「患者が言うからか?・・・・一応、レントゲン撮れ」
「肺血栓塞栓症とか?」
「この年で?ないだろ、そりゃ」
40代男性。酒くさい。
「腹、痛いんやああ」
「上のほうですか」
「おう、わりゃあああ」
「は、離してください!看護婦さん、検査へ!」
救急隊。20代女性の呼吸困難。過換気っぽい。
ナースが紙袋呼吸を。しかし患者はかなり興奮気味。
佐々木先生がセルシンで落ち着かせる。
「レジデント!あと4人くらいか?」
「いえ、13人です!」
60歳の女性。
「全身が腫れぼったくなって」
「両足が特に腫れてますね」
佐々木先生が後ろを通り過ぎる。
「はよ調べな。浮腫の原因は肝・腎・心!それと・・アルブミン!」
「採血・・レントゲン・・心電図、と」
「甲状腺もついでにな!バイタル良くて心不全なかったら後日受診だ」
「はい」
ナースより。
「先生、さっきの呼吸困難の若い男性のレントゲンです」
「ああ、どうも・・これは」
佐々木先生が後ろからのしかかった。
「気胸だな。左の。完全に虚脱してる。入院だな」
87歳女性。左胸痛。
「いつから痛いんです?」
「ここ3日や・・痛い痛い」
「看護婦さん!レントゲン・採血・・心電図優先して!ストレッチャーで!酸素はいらないみたいだけど」
ナースより。
「先生、点滴のルートが入りません。喘息の人。太りすぎで」
「え?まだ治療してなかったんですか?」
「いろいろ試したんですが、入らないんですよ!先生お願い!」
「僕が?看護婦さんが無理なのに?」
「さあさこっちこっち!」
「ここは、ダメですか?足の内くるぶしの・・」
「先生、それ神経じゃ?」
「いや・・少しブヨブヨする。サーフローちょうだい」
「ああ、入った入った!先生、凄い!」
「へ?」
「病棟で一番うまい主任さんでも無理だったのに・・!」
「いや、たまたまですよ、たまたま」
「これからは点滴もドクターがやらないとねえ!」
どこのナースも、自分らの仕事減らすことばっかり・・・。
「夕方過ぎて、少し途絶えたな・・」
佐々木先生は満足げに空いている外来ベッドにドスッと座った。
「レジデント、あんな調子じゃこれから大変だぞ」
「はい・・」
「どうした、メモも用意しとらんな。レジデントってのはふつうメモ帳持ってて、同じ失敗は2度しないものだぞ。で、お前・・初任給は?」
「まだです。勤めてまだ2週間です」
「ま、今のお前らじゃ20万がいいとこだな。たまに献血車のバイトがあったら行くといい」
「はい」
「ま、家に帰れるのは2日に1回と考えててたほうがいいな」
「覚悟してます」
しんどい人間のわずかなやる気を、凹ます人嫌い。
「じゃ、俺、休んでくるからな。あとは電話で」
「え?」
「夜の9時だ。患者もポツポツ来る程度だし。明日は通常の外来も控えてるしな」
「あの、自分も」
「お前はdutyは特にないだろう」
「運動負荷試験5例くらいですが」
「そんなの、見てて終わりだろ?」
「ま、たしかに・・お疲れ様でした」
「あんまりしょうもないことでコールするなよ」
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