<レジデント・サード 3  EMERGENCY 後編>

今のうちに復習だ。白衣の中のマニュアル本とカバンの中の大きな本を取り出す。

腹痛・・胃は胃カメラで覗かないと病名確定できない。十二指腸もだ。腹痛の場合、病名の確定に先走るのではなく、ルールアウトから意識する必要がある。自分のレントゲンの読み方とおんなじだ。なら胃・十二指腸疾患以外のものをルールアウトしていく。

腹痛で入院適応になりそうな嫌な疾患は・・イレウス・・腹部レントゲンの教科書的な小腸ガス+二ボー所見。オペ既往ないか。胃・十二指腸潰瘍などの穿孔ならフリーエア。腹部レントゲンでは二ボー、フリーエアがないことを確認し、まずは一息。レントゲンはちゃんと立位で撮ってるか。半座位でもいい。仰臥位ではこれらは把握できない。なおイレウス像だとしても下痢してたら腸炎に続発するものかもしれない。食中毒はあくまでも感染性腸炎の一部。

イレウス・穿孔はないとして、胆石があわよくば映ってないか。映ってなくても胆石があるのはザラ。何で見るか。腹部エコー・CTだ。でも食後なら胆嚢が収縮しているので見つけにくかったりする。石があった場合、血液検査で肝・胆道系酵素は上がってないか。上がってれば胆のう炎・胆道炎の疑いとなろうが、痛みだけで炎症なしの石の場合もある。

胃の奥の膵臓はどうか。血液検査のアミラーゼを待とう。上がっていれば膵炎というわけではないが、上がってればエコー・CTで膵臓の腫大を追跡する義務がある。厚さ1cm以上あるかどうか、膵管は拡張してないか。放射線科はどう思うか聞く。

右下腹部の痛みなら素人でも虫垂炎を疑うが、よく聞くと最初は心か部痛から始まってないか。虫垂炎でなくとも憩室炎だったりする。見分けは難しい。内科の初診の時点で確定を下すべきでないと思う。この領域は外科にも相談し自分へのリスクを分散させる。

背部痛のみと限らない、尿路結石の存在も忘れがち。腎結石、尿管結石、膀胱結石。エコー・CTで見つからなくても除外はできない。尿検査での潜血で陽性なら疑いは残る。男性の場合は特に。

あとは婦人科疾患。若年だと子宮付属器炎のこともある。下腹部痛中心でやたら高熱なら疑うべきで婦人科に相談したい。片側背部痛だと結石だけでなく卵管の捻転だったりもする。

腹部大動脈瘤も忘れがち。背景に高血圧などあるはずだが。

心筋梗塞の場合も言われてみればなくはない。

もちろん腹痛を来たすものはそれ以外に山ほどあるので、思考がギブアップしたときに本を見る。そして反省する。

・・・これらを総合すると、血液検査・ルート確保、腹部レントゲン、胸部レントゲンはまず必須であり、少しでも腑に落ちなければ腹部エコー・CTとなる。胃カメラは潰瘍を疑ってのことになるが、吐血・下血・貧血のどれかがある場合に限定すべき。しかし基本的に患者は疲れているので、絶食の上持続輸液開始し(H2 ブロッカー入れて)後日検査、となることが多い。

大げさに扱ってやたら検査したり投薬・点滴するのも考え物だが、独断で変なカンに頼って検査・相談を省略する医者は危ない。


「糖尿病性ケトアシドーシスでも、起こすのか。そういや国試でも出たな」

受付事務がこちらを振り返る。
「54歳男性。胸痛。既往に心筋梗塞あり!胸痛は2時間前。あと3分で到着!」
「3分!」
ナースが冷やかす。
「先生、待ちに待ったのが来ましたね」
「なんだそれ。楽しみなわけがない」
「佐々木先生もお呼びしましょうか」
「いや、今はいいです」

思い出せ。心筋梗塞と間違いやすい疾患。そうだ、肺梗塞。胸部大動脈瘤。呼吸器疾患、気胸などの。胸膜炎もありだな。まさか食道だったりして?

来たら血液ガス、酸素の指示、ルートは5%TZでゆっくり。心電図とってニトロペンあるいはミオコールスプレー。ポータブルでレントゲン撮ってもらう。心エコーをとりあえずやってみて、採血結果を待つ・・。あまってる時間に家族より病歴聴取。危険性をムンテラ。こんなとこか。

 臨床も学生んときと、同じだな。連想ゲームって点では。

救急隊がストレッチャー搬送。患者はいかにも胸が苦しいといった感じ。
「じゃ、お願いいたします・・」

「血液ガス・・と。SpO2 99%か。看護婦さん、酸素を」
「え?でもSpO2 99%でしょ」
「心筋の負担を少しでも軽減するためです」
「はあ・・」
「採血項目はこれ。CPK-MBもお願い。持続は5%TZで。時間20mlでお願い。心電図を。レントゲンには連絡を」

心電図は・・サイナス。患者が苦しいときは基線が揺れがち。Pがあるのかどうか分かりにくい。しかしPとQRSの分離がよいV1誘導でサイナスかどうか確認。
Q波はない。右脚ブロックがある。よってST-T変化は判定できない。つまりQ波以外、虚血の判定はできない。

余談だがST-T変化をみるときは、誘導を1つ1つみるのでなく、セットで見る。II , III , aVFのセット、I , aVLのセット、V1-4,5のセット、V5-6のセットというふうに。

エコーでは・・前壁と中隔は動きは問題なさそう。しかし後壁が・・それに比べて動きが悪い。しかし後壁は全体的に輝度が上昇している。過去に心筋梗塞を起こしたということだが詳細不明。前医に問い合わせたいが休日なので無理。

後壁が動きが悪いのは、陳旧性の心筋梗塞か、それとも再度虚血が誘発されたのか。

ナースが採血結果を持ってきた。
「CPK 1220 , CPK-MB 440 , LDH 800」
「AMIだ。再梗塞かもしれない。前回詰まって拡げた血管が、また詰まった可能性がある」
「循環器の先生をお呼びしましょうか?」
「あの、僕がそうなんですけど・・これはカテーテルになりますね。電話をカテ部長につないで」

モニターを装着、病棟へ行く準備。点滴はミリスロールが追加。
「あ、そうだ。一応、右側胸部誘導をとって!」

忘れていた。後下壁梗塞疑ったら、必ず右側誘導もとること。右室梗塞の合併を想定していることを・・アピールする意味が強い。
「Q波にはなってないな。ブロックのせいでST-Tは分からん。ですよね?」
「じゃあ先生、別に記録しなくてもよかったのではないですか?」
「なっ?こうやって入院時のをとっておけば、今後変化があったときに参考に!なるんじゃなかろうか」
「はあ」

 レントゲンにしても心電図にしても、過去の分はなるべく取り寄せておきたい。

「林部長からお電話です」
「林先生ですか。先日入局しました者です。え?覚えてない?この間・・まあいいです。AMIと思われます。心カテが必要だと」
「ああ、早速手配する。再梗塞なんだな」
「前医の情報があいまいで詳細は不明です」
「発症はいつだ」
「数時間前です。ですよね?」

患者は苦しいながらも答えた。
「うう、ホントは2週間前から痛かった。でも良くなったりしてたから、ほっといた」
「と、言ってます」
「unstable APだったんだな。で、今AMIになったところだろうな。じゃ、同意書をとっておけ」
「あの先生、血栓溶解剤はいっといていいですか?」
「ならん!」
電話は切られた。

事務がまた振り向いた。
「84歳女性!家族が起こしたところいっこうに目覚めない。呼吸はしっかりしているもよう」
「起こしたって今、夜中の4時だよ」

「あと3分で来ます」

 僕、1人で?


<つづく>

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