<レジデント・サード  4 EMERGENCY   終編>

事務がまた振り向いた。
「84歳女性!家族が起こしたところいっこうに目覚めない。呼吸はしっかりしているもよう」
「起こしたって・・今、夜中の4時だよ」
「あと3分で来ます」
「意識障害か、意識障害・・・まず50%TZを注射・・・低血糖を疑いまずはすべき治療。しかしまれに高血糖での意識障害もあるので注意・・?じゃあできるか?そんなの!看護婦さん、デキスター用意しといてください。で・・頭部CT、これは分かる。バイタル見て、脈、血圧・・・電解質・・血液ガスもな・・検査は一折いるな」

意識障害か・・痛みのあるなしは、前胸部の皮膚をつねって判断しろと、大学のオーベンから教わった。呼吸停止してたら、どうしよう。挿管は未熟でできないし・・・。どうか、息は大丈夫でありますように・・。でも一時ペースメーカーもできないな・・どうか脈が一人前でありますように。

救急車が到着。待ちきれず、救急車のトランク部へ。外から中が少し見える。どうやら心マッサージはしてなさそうだ。

「家族の方!この人の名前は・・柏木?呼んでも返事なかった?」
「はい、全然」
「そうですか。呼んでみます・・・かんじゃさーん!いや違ったゴメン、かしわぎさーん!」
全く返事なし。胸をつねっても反応なし。JCS-300。呼吸音は聞こえる。呼吸回数も12-20回の間。脈も触れ、規則的。
「血液ガス!ついでに通常の採血を・・・酸素とりあえず2L、ルートは、リンゲル液のポタコールRで。心不全あったら5%TZに変えるけど」

心電図は異常なし。そうだ、T波高くないか、U波は、QTは・・。異常なしのようだ。QTはR-R間隔の半分以下だし。Na以外の電解質異常はなさそう。
「頭部CTを!」
患者は運ばれていった。

循環器チーム3人が到着。
「おう、レジデント、おはよう。ああ、寝むてえ」
「ありがとうございます。自分は救急当番でして」
「なんだこのエコーの写真はあ?ブレてるじゃないか」
「はい、でも見たときは」
「学会のときにこういう写真が必要になったら困るだろ」
「はい、すみません」
「まあいい、林部長はあと30分かかる。その患者は1人か?」
「ええ」
「治験薬の話をするので、あとは俺たちが」
「治験薬?」
「ああ、新しいt-PAのな」
「それで投薬してはいけないと・・」
「いや、t-PA投与せずにダイレクトにPTCAだけする施設も多いよ。実際そのほうが成績がよいとするところも多い」
「そうですか。施設によって方針が違うんですね」
「ああ、だから君、他の施設から紹介があったら何も投与なしで送ってくるよう伝えろよ!紹介してくる病院は自分らの利益のために、あらかじめt-PAを投与してくるのも多い」
「はい・・・」

「先生、CTできました」
「はい・・・左右差はなし・・」

 この左右差をみるという癖は大事だ。胸のレントゲン・CTの肺野の明るさ然り、両手・両足など骨の写真然り。頭部のCT・MRI・MRAでも然り。

「まずhigh density area・・・HDAなし。LDAなし。MLSなし・・異常なしだ。あ、そうだ。発症間もないから、あとでLDAが出てくるかもしれないんだった・・今いえるのは、出血がないということだけだ。脳梗塞は否定できない」
「採血がこれです」
「異常があるのは・・1つだけか。ナトリウム114だけか。え?114?」
「どうしますか先生、生食でも足しますか?」

 このナース、いちいちウルサイな。ミニ医者と言われてもおかしくない。

「いや、単に足りないというのではないかも」
「希釈されてるということですか」
「ああ、それ。SIADHとかね」
「え?そんな病気あるんですか?」

 勝った。しかし病気にはまだ勝ってない。どうやら低ナトリウムが意識障害の原因らしい・・。本を見てみる・・・まさか!
「ちょっと、家族の方!この人、ふだん薬何か飲んでないですか?」
「いや、わしらは別々に暮らしてるから」
「あなた娘さんでしょう?お母さんのふだんの飲み薬くらい」
「いや、よう分からん。あっちこっち勝手に病院行ってるからな」
「薬の袋とか、なかったですか、家に」
「ちょっと聞いてみようわい。おーい!」
「待ってよ!今は意識がないっちゅうに」
「あ、そうですか」
「そうですかって・・ま、入院ですね」

あとで分かったが、精神科にて内服をもらっていた。これが背景だったようだ。 
在院日数、長くなりそう・・。

朝の7時か。太陽がまぶしい。事務がまた振り向く。
「車椅子の60歳男性!尿閉で下腹部が痛いと!前立腺肥大あるとのこと!救急車であと1分!」
「それともう1人!めまいで倒れた62歳女性!」
この人たちの言い方って、なんかクイズみたいだな・・・。

「2人同時ですか・・佐々木先生を呼んでいただけますか」
ナースは怪訝そうだった。
「はあ・・でも佐々木先生は9時から外来が」
「俺だって仕事あるんですよ?」
「うーん、でも佐々木先生、忙しいからねえ・・」
「僕も忙しいですって」
「でも佐々木先生、起こすと機嫌悪いし」
「そんなこと言わんと!」
「じゃあ先生が直接電話してください」

やっぱそう来たか・・・。

「佐々木先生、すみません。よろしければ・・」
「尿閉か・・ウロを呼べ、ウロの医者を」
「先生、泌尿器科は待機の制度がないんですよ。朝の外来まで来ません」
「ウロ、ウロ、ウロウロ・・」

こりゃ、ダメだ。

尿閉の患者。
「うっく、わーっ!出そうで出ん、苦しい!」
「前立腺は手術を?」
「くーっ、勧められたが、嫌じゃ、手術するくらいやったら、うーっ、し、死ぬ」
「自分で導尿してたんですか?」
「いや、ずーっとバルーンを入れてもらってたんや。しかし昨日、入ってるとこ痛いから、抜いたんや」
「バルーンの管は泌尿器科で入れてもらってたんですね」
「ああ、そうや、くーっ、はよう入れてくれ!友達に相談したらな、これ飲んだらよう出るといってもらった・・薬がこれや!」

 利尿剤じゃないか。何、考えてんだ。

 バルーン・・入れてみよう。前に教わったが、こういったときのバルーンはむしろ太めがいい。陰茎を思いっきり上にまっすぐ引っ張って・・・
「うわあ、なんや!」
「今から入れますので・・ところで、友達が持ってたんですか、その利尿剤を」
「ああそうや、血圧が高いってな。診療所でもらってるんや。今は糖尿病や尿酸高いんも見つけてくれて、治療してくれとる」

 それって利尿剤の副作用じゃ・・。と、バルーンがスッと入った。

「あ、入りましたね?」
「おっ?ホンマや!」
「尿出てます・・・緊張してなかったのが良かったのかな」
「おう先生、上手や!ちっとも痛くなかった!これからは先生に入れて欲しい!」
「いや、それは・・」
ナースが怒鳴る。
「おしっこのくだは!ひにょうきかで!いれてもらってください!」

めまいの女性が到着。
心電図や各種検査も異常なし。メニエル病としてメイロン点滴し、そのまま朝の耳鼻科外来へ。

 やっと終わった・・・。佐々木先生はとうとう戻ってこなかった。ただ・・ものすごく、腹が減った。

 受診患者180名、入院患者、12名・・・。


<つづく>

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