< レジデント・サード 5 重症回診 >
2004年3月12日 連載< レジデント・サード 4 重症回診 >
「あ、部長が来られた」
早朝の病棟では循環器の医局員が全員整列、向こうから白髪の部長がのっしのっしとやってきた。
「重症は?」
壮年の副部長が答える。
「5名です。unstable AP , 重症肺炎、ARDS、HCM、pericarditis」
「廻ろう」
威厳のある部長に続き、医局員が続く。この点では大学病院と同じだ。
1つ決定的に違う点は・・教育に重きを置く教授と違って、入院患者の病状に常に重点を置いてくれているところ。
これら重症患者は僕らレジデント2人の担当だ。僕と・・伊藤。野中のタイプだ。
伊藤が説明。何も見ずにスラスラ説明してしまうのがコイツの凄いところ。
「58歳、UAPのPatientです。リスクファクターは高血圧。2週間前からST低下が進行性。誘導は広範囲です」
「・・入院後はST変化は進んでない?」
「ミリスロール・シグマートを開始してからは変化はありません。カテーテルは今週予定しています」
「どこの病変が疑われるね」
「おそらく主幹部と思われます」
「となると、バイパス術になるのかもしれんね。心臓外科にも一声かけておきなさい」
「わかりました」
「ユウキくん。unstable APの機序は知ってるね」
「?」
「はっはっは・・よく復習しときなさいよ。冠動脈の血管内皮の障害が起こって、そこに血栓が形成されるというものだ。その血栓が次第に血管を閉塞してくる」
僕の患者だ。
「71歳男性。重症肺炎。人工呼吸器がついています」
「肺炎か。循環器病棟に入院した理由は?」
「もともと高血圧があって、外来受診しています」
「主治医は誰だ?」
「ええっと・・・」
「どうした?」
「ぶ、部長です」
「え?どれどれ。ああ、この人か!ああそうかそうか、ハハハ」
平和な笑いで包まれた。
「そのレントゲンからすると、肺炎はかなり広範囲だね。抗生剤は?」
「チエナムです」
「チエナムね。とりあえず幅広く効く奴ですね。知恵がなくても使えるからチエナムって、おい、吉本くん、言ってたよね」
中堅医師の吉本先生が恥ずかしげに答えた。
「せ、先生の・・フルイトランで震えとらん・・もどうかと思いますが」
「ははは・・・で、チエナムは効いてそうですかな」
「CRPは入院時から14.5mg/dlから、3日後の今日は・・ええと・・」
「・・・・」
「21.8mg/dl・・」
「悪くなってるんですか・・レントゲンも?さっきの写真は入院時ですか」
「は、はい。あれ1枚です」
「肺炎だけに限りませんが、治療の指標は2-3日毎にフォローすべきですよ。肺炎だったら炎症所見・画像所見を同時に評価して」
「そうでした」
「CRPが上昇しているだけなら肺炎が悪化してるとも言い切れませんね。尿路感染の合併だったりもします。あるいは今入ってるIVHカテーテルのせいかも」
「はい」
「喀痰培養・尿培養は出しましたね?」
「は、はい」
しまった、忘れてた・・・。
「肺炎が悪化してる場合はオーベンと相談して抗生剤決めなさい」
次も僕の患者だ。
「77歳男性。これも肺炎と思われます。ARDSの状態です。人工呼吸管理中です」
「抗生剤以外には?」
「ミラクリッドが入ってます」
「DICにはなってないのですかな?」
「スコアは・・3点なので」
「しかし病状は進行してるようだから、pre-DICとしてFOY、始めたらどうですか」
「はい」
伊藤のHCMの患者。
「50歳男性、HCMです」
「非閉塞型のほうだね」
「はい。心不全で入院しました。酸素マスク5Lいってます」
「利尿剤での反応は・・いいようだね」
「今週で酸素減量して一般病棟へ移れたらと」
「よし!期待してるよ」
伊藤のpericarditisの患者。
「47歳女性。心電図で広範囲のST上昇あり」
「STの上昇は、下に凸のほうですな」
「そうです。心嚢液は全周性ですが、厚さは1cm以下で」
「massiveでないということだね。多くはない」
「壁運動への影響もほとんどないようです」
「収縮能力は問題ないけど、拡張障害はあるでしょうね。で、原疾患は?」
「胸部CTでは肺野に悪性腫瘍などの所見はないようです」
「縦隔腫瘍もね・・乳癌は外科外来にコンサルトしましたか?」
「CEA , CA15-3の結果が出ましたら相談の予定です」
「よろしい。急性心膜炎の場合、肺癌・乳癌などの悪性腫瘍に続発するもののルールアウトが最優先だ。ユウキ先生、で、急性心膜炎の治療は?」
「・・・」
「補液と安静だよ」
「はい・・」
朝の重症回診が終わり、9時から心エコーの見学だ。緒方先生が1人30-40分かけてみっちり診てくれる。
「えーと、じゃあ横になって」
エコーの患者さんを横にして、心電図などのセッティングを行うのがレジデントの仕事だ。単調だがやりがいがある。ただしモタモタしてると激が飛ぶ。
「オイ、心電図の位置、ずれてる!」
「は、はい」
患者を左側仰位にして開始。
「ふーむ・・・」
後ろから覗こうとするが、緒方先生の図体が大きすぎて、見えない。
「prolapseがあるな。でも若年の場合は問題ない。こういう所見が見えても即異常と判断してはいけない」
見えない。
「しかし合併したMRの程度が強い場合は別だ。左心房径が大きい場合もな」
見えない。
「こういう角度でも撮っておくことが必要だ」
だから、見えないって。
「はい、終わります」
プルルルルル・・・だんだん大きくなってくる音。病棟からの、呼び出し院内ポケベルだ。
「もしもし」
「先生、一般内科で胃カメラ予定の人ですが」
「ええ」
「朝の薬を夜勤のものが飲ませてしまいまして」
「?じゃあ、検査は中止ですねー」
「よろしいでしょうか」
いいわけないだろ・・。
「おい、レジデント!紙が切れたぞ、紙が!」
「え?」
「エコー用紙の紙!早く速く!」
「は、はい!」
「早く用紙して!」
またプルルル・・・とポケベル。ポケベル発明した奴が憎たらしい、が当時の口癖だったのは僕だけではない。
「もしもし」
「VPCが出てます。精査入院の方」
「メキシチール内服を」
「先生、それはもう出てます」
「?」
「先生今すぐ来てください」
「僕は手伝いが・・。誰かそこにいませんか?」
「西岡先生ならいますが・・・いいんですか?」
西岡先生はナースらからも恐れられている薬剤師、いや、ヤクザ医師だ。
「じゃ、行きますよ・・」
モニター波形の記録をみる。幅広いQRSが1分に3回くらい出ている。
「メキシチール飲んでてこれか・・」
「メキシチール処方しても、全然変わりないですね」
うるさいナースだなあ。
「不整脈感で入院して、モニターつけたらVPCだと思って、メキシチール処方したんだけど、効いてないのかなあ・・」
「どうしますか?」
「ちょっと考えます」
「指示は昼の2時までに出してください!」
「待ってってのに・・あ?」
よく見ると、QRSの前にP波がある。サイナスの部分のPQ間隔と同じだ。
「アベレーションですよ。これ。変行伝導だったんですよ。VPCじゃなく、SVPCとして扱うんだった!そうか!」
「ヘンコーデンドー?」
勝った・・・。
<つづく>
「あ、部長が来られた」
早朝の病棟では循環器の医局員が全員整列、向こうから白髪の部長がのっしのっしとやってきた。
「重症は?」
壮年の副部長が答える。
「5名です。unstable AP , 重症肺炎、ARDS、HCM、pericarditis」
「廻ろう」
威厳のある部長に続き、医局員が続く。この点では大学病院と同じだ。
1つ決定的に違う点は・・教育に重きを置く教授と違って、入院患者の病状に常に重点を置いてくれているところ。
これら重症患者は僕らレジデント2人の担当だ。僕と・・伊藤。野中のタイプだ。
伊藤が説明。何も見ずにスラスラ説明してしまうのがコイツの凄いところ。
「58歳、UAPのPatientです。リスクファクターは高血圧。2週間前からST低下が進行性。誘導は広範囲です」
「・・入院後はST変化は進んでない?」
「ミリスロール・シグマートを開始してからは変化はありません。カテーテルは今週予定しています」
「どこの病変が疑われるね」
「おそらく主幹部と思われます」
「となると、バイパス術になるのかもしれんね。心臓外科にも一声かけておきなさい」
「わかりました」
「ユウキくん。unstable APの機序は知ってるね」
「?」
「はっはっは・・よく復習しときなさいよ。冠動脈の血管内皮の障害が起こって、そこに血栓が形成されるというものだ。その血栓が次第に血管を閉塞してくる」
僕の患者だ。
「71歳男性。重症肺炎。人工呼吸器がついています」
「肺炎か。循環器病棟に入院した理由は?」
「もともと高血圧があって、外来受診しています」
「主治医は誰だ?」
「ええっと・・・」
「どうした?」
「ぶ、部長です」
「え?どれどれ。ああ、この人か!ああそうかそうか、ハハハ」
平和な笑いで包まれた。
「そのレントゲンからすると、肺炎はかなり広範囲だね。抗生剤は?」
「チエナムです」
「チエナムね。とりあえず幅広く効く奴ですね。知恵がなくても使えるからチエナムって、おい、吉本くん、言ってたよね」
中堅医師の吉本先生が恥ずかしげに答えた。
「せ、先生の・・フルイトランで震えとらん・・もどうかと思いますが」
「ははは・・・で、チエナムは効いてそうですかな」
「CRPは入院時から14.5mg/dlから、3日後の今日は・・ええと・・」
「・・・・」
「21.8mg/dl・・」
「悪くなってるんですか・・レントゲンも?さっきの写真は入院時ですか」
「は、はい。あれ1枚です」
「肺炎だけに限りませんが、治療の指標は2-3日毎にフォローすべきですよ。肺炎だったら炎症所見・画像所見を同時に評価して」
「そうでした」
「CRPが上昇しているだけなら肺炎が悪化してるとも言い切れませんね。尿路感染の合併だったりもします。あるいは今入ってるIVHカテーテルのせいかも」
「はい」
「喀痰培養・尿培養は出しましたね?」
「は、はい」
しまった、忘れてた・・・。
「肺炎が悪化してる場合はオーベンと相談して抗生剤決めなさい」
次も僕の患者だ。
「77歳男性。これも肺炎と思われます。ARDSの状態です。人工呼吸管理中です」
「抗生剤以外には?」
「ミラクリッドが入ってます」
「DICにはなってないのですかな?」
「スコアは・・3点なので」
「しかし病状は進行してるようだから、pre-DICとしてFOY、始めたらどうですか」
「はい」
伊藤のHCMの患者。
「50歳男性、HCMです」
「非閉塞型のほうだね」
「はい。心不全で入院しました。酸素マスク5Lいってます」
「利尿剤での反応は・・いいようだね」
「今週で酸素減量して一般病棟へ移れたらと」
「よし!期待してるよ」
伊藤のpericarditisの患者。
「47歳女性。心電図で広範囲のST上昇あり」
「STの上昇は、下に凸のほうですな」
「そうです。心嚢液は全周性ですが、厚さは1cm以下で」
「massiveでないということだね。多くはない」
「壁運動への影響もほとんどないようです」
「収縮能力は問題ないけど、拡張障害はあるでしょうね。で、原疾患は?」
「胸部CTでは肺野に悪性腫瘍などの所見はないようです」
「縦隔腫瘍もね・・乳癌は外科外来にコンサルトしましたか?」
「CEA , CA15-3の結果が出ましたら相談の予定です」
「よろしい。急性心膜炎の場合、肺癌・乳癌などの悪性腫瘍に続発するもののルールアウトが最優先だ。ユウキ先生、で、急性心膜炎の治療は?」
「・・・」
「補液と安静だよ」
「はい・・」
朝の重症回診が終わり、9時から心エコーの見学だ。緒方先生が1人30-40分かけてみっちり診てくれる。
「えーと、じゃあ横になって」
エコーの患者さんを横にして、心電図などのセッティングを行うのがレジデントの仕事だ。単調だがやりがいがある。ただしモタモタしてると激が飛ぶ。
「オイ、心電図の位置、ずれてる!」
「は、はい」
患者を左側仰位にして開始。
「ふーむ・・・」
後ろから覗こうとするが、緒方先生の図体が大きすぎて、見えない。
「prolapseがあるな。でも若年の場合は問題ない。こういう所見が見えても即異常と判断してはいけない」
見えない。
「しかし合併したMRの程度が強い場合は別だ。左心房径が大きい場合もな」
見えない。
「こういう角度でも撮っておくことが必要だ」
だから、見えないって。
「はい、終わります」
プルルルルル・・・だんだん大きくなってくる音。病棟からの、呼び出し院内ポケベルだ。
「もしもし」
「先生、一般内科で胃カメラ予定の人ですが」
「ええ」
「朝の薬を夜勤のものが飲ませてしまいまして」
「?じゃあ、検査は中止ですねー」
「よろしいでしょうか」
いいわけないだろ・・。
「おい、レジデント!紙が切れたぞ、紙が!」
「え?」
「エコー用紙の紙!早く速く!」
「は、はい!」
「早く用紙して!」
またプルルル・・・とポケベル。ポケベル発明した奴が憎たらしい、が当時の口癖だったのは僕だけではない。
「もしもし」
「VPCが出てます。精査入院の方」
「メキシチール内服を」
「先生、それはもう出てます」
「?」
「先生今すぐ来てください」
「僕は手伝いが・・。誰かそこにいませんか?」
「西岡先生ならいますが・・・いいんですか?」
西岡先生はナースらからも恐れられている薬剤師、いや、ヤクザ医師だ。
「じゃ、行きますよ・・」
モニター波形の記録をみる。幅広いQRSが1分に3回くらい出ている。
「メキシチール飲んでてこれか・・」
「メキシチール処方しても、全然変わりないですね」
うるさいナースだなあ。
「不整脈感で入院して、モニターつけたらVPCだと思って、メキシチール処方したんだけど、効いてないのかなあ・・」
「どうしますか?」
「ちょっと考えます」
「指示は昼の2時までに出してください!」
「待ってってのに・・あ?」
よく見ると、QRSの前にP波がある。サイナスの部分のPQ間隔と同じだ。
「アベレーションですよ。これ。変行伝導だったんですよ。VPCじゃなく、SVPCとして扱うんだった!そうか!」
「ヘンコーデンドー?」
勝った・・・。
<つづく>
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