< レジデント・サード 6 K >
2004年3月13日 連載< レジデント・サード 6 K >
「おいユウキ先生」
吉本先生から外来まで呼ばれ、入院依頼。
「68歳の男性なんだけどな。以前からカリウムが高いんだよ。慢性腎不全があって、重炭酸ナトリウムとか飲んでる。今回のカリは6.1なので、入院としたんだ」
「Cr 1.2mg/dlですか。腎機能がかなり悪いというわけでもないですね・・」
「1.2-2.0mg/dlをいったりきたりしてるんだ」
「カリウムのクリアランスが悪いんでしょうか」
「さあ、そういうのは大学で調べたかもしれんが・・何の意味があるのか俺には」
「じゃあ、検査をオーダーします」
「ああ、オーベンと相談して。ムンテラは厳しめにな!」
病棟に上がるまでの心電図では・・T波の増高。AMIの超急性期でもT波は増高するよな。
車椅子で患者をエレベーターへ。
「しんどくないですか?」
「え?ああ、しんどいよ、そりゃ」
「果物とか多く食べられたんですか?」
「え?ああ、カリウムいうのが高いんだってなあ。以前から注意されてきたんでね、守ってきたんだが」
「胸は苦しくないですか」
「え?わし、そんなに悪いの?」
「そういうわけでは」
「ちょうど家族が来てる、息子が。今日はすぐ仕事に戻らないといけないのでな、説明してくだされや」
「今ですか・・」
オーベンを確かめたが、今日は休みの日だ。エレベーターが開くと、そこのソファに家族らしき人が座って待っていた。
「家族の方ですか」
「ええ。なんか病棟上がる上がるって外来の看護婦さん言ってましたけど、こんなに待たされるとは。どうなってるんですか、この病院は!」
「こ、こちらへどうぞ」
詰所横の狭い部屋でムンテラ。
「どういった病状なんですか?外来の先生もハッキリ説明してくれなかったんですが」
「高カリウム血症です」
「え?」
「カリウムが高いんです。治療と検査が必要なので」
「はあ、まあわしは素人だから分かりませんがな。で、要点は?」
「・・あまり上がりすぎると、心臓が止まる事があります」
「なに?そんなに悪いんですか?」
「悪いというのではないんですが・・・でも、悪いです、今は」
「なんやよう分からん先生やなあ・・じゃあ今日にでも心臓が止まることもありうるわけ?」
「ありえます」
「それアンタ、治療してくれるんやろ?下げるならはよう下げてえな!しかし・・こりゃ親戚中呼ばないかんな。で、これから治療すんのやな?」
「は、はい、今から」
「わし、ビジネスで全国走り回ってんねん。携帯電話買ったから、連絡はこっちにしてえな」
「わかりました」
詰所へ。
「看護婦さん、カルチコールとメイロンを用意してください」
「え?急変ですか」
「今、外来から来た人」
「じゃあ救急カートとモニターを」
「ええ、お願いします」
「先生も手伝うんですよ!」
「な、何ですの、注射しまんの?」
有無をいわさずルートが入った。
「これからカリウムを下げます」
「おお、じゃあ治るわけですな。今日中に帰れますかいな」
「それは無理です」
「あれ、先生。さっきエレベーターですぐに帰れるとか言ってなかったっけ?」
「言うてません!カルチコールiv。メイロンもください」
そのときオーベンが駆けつけた。
「急変か?」
「いいえ。しかし高カリです」
「6.1か。確かに高いが、臨床症状はあまりたいしたことないな。心電図もブロックや徐脈にはなってないし」
「今カルチコールivしたところです」
「オイオイ先生、何をそんなに急いで・・今はそんなに焦らなくていいだろ。速効性のあるものは今は要らんだろが」
「しかしカリウムが・・」
「物事は総合的に考えろ。1つのものを見るな」
「・・はい・・」
注射の続行は中止となり、利尿剤の内服が加わった。オーベンより別室に通された。
「ああいう処置は、1人でしたらいかんぞ」
「先生がお休みだと聞きまして」
「理由にはならん。今日は重症患者がいるので出勤してきたんだ」
「すみません。家族がもう帰るとか言いますし」
「それも理由にはならん。レジデントが1人で処置をするにはまだ早い。オーベンでなくとも他の上級医を呼ぶべきだ」
「はい」
「カルチコールとメイロンを準備したか。いずれも速効性だからある意味正しいが。さらにどっちが速効性が高い?」
「それは・・」
「いいか。カルチコールは、直後。メイロンは5-10分後だぞ。こんなのは学生の段階で記憶しておくべきことだ。国家試験が終わってボケてしまったんじゃないか?」
「い、いえ」
「まあいい。僕の重症患者が一般内科の病棟にいるんだが。糖尿病で血糖コントールしてるがあまりうまくいってない。僕が診ているのは気管支喘息のほうだが。これから一緒に診てもらってもいいか?」
「ええ、それはもちろん」
「そうか、よし。じゃあ早速、病棟を覗いてきてくれ。喘息の状態を評価するように」
「はい」
一般内科病棟へ。
「すみません、DM・喘息の患者さんのカルテはどこですか」
ナースが無言で書き続けていた看護記録を切り離し、カルテが渡された。
汚い字だ。読めない。共診みたいだが、2人とも字が下手すぎる。
「あの看護婦さん。この字はなんて」
「一般内科の先生の字は読めるけど、先生んとこのドクターの字はもっと複雑ね」
「喘息発作は出てるんですか」
「毎日出てますよ。定期でソルメドの点滴がいってます」
病室へ。患者の喘鳴はかなりひどい。
「息苦しいですかー?」
「ええ。そりゃもう、ヒー。主治医の先生も、ヒー。何もしてくれとらん、ヒー。こんな効かん点滴だけじゃ」
「飲み薬は?」
「ちゃあんと飲んでますとも!」
「この赤いスプレーは?」
「これでっか。青いのが緊急の時やな。わしはスプレー嫌いじゃ。息苦しいのに、吸えっていうのが間違いじゃ!」
「口に近づけて吹いてますか・・1度やってみてください」
患者は赤いスプレーを・・ステロイドのスプレーを口の直ぐ外へ持っていった。スプレーを一生懸命押すが、吹きつけは頬っぺたのほうへ。
「こうなっていっこうに吸えんのじゃ」
僕は昨年学んだことを思い出した。
「これ、借りていいですか」
「新聞のこ、広告紙じゃよ」
「ええ、いいんです」
僕はそれを拡声器のように丸めた。
「ほら、選挙の宣伝みたいにこうして持って・・とんがったとこをくわえる」
「ふむ」
「で、反対方向からスプレーを、この円のすぐ外から吹きかける」
「すると・・?」
「噴出された粒子は口の入り口へ向かって、喉にくっつくことなく、まんべんなく気道に入る」
「ほお・・」
「やってみましょう」
「・・・できたできた。そうやあ、こういう説明なら分かるんや。どうも先生らの説明は、早口で難しくてよう分からん」
「分からなければ、聞く事ですよ」
「いやあ、聞け聞けいうてもやなあ、先生ら時々機嫌悪かったり、怒鳴ったりで、わしゃあ怖いんや。先生もそんな経験は・・ないわなあ、そりゃ」
いや、それはしょっちゅう。
ポケベルがまた鳴り出した・・・。
<つづく>
「おいユウキ先生」
吉本先生から外来まで呼ばれ、入院依頼。
「68歳の男性なんだけどな。以前からカリウムが高いんだよ。慢性腎不全があって、重炭酸ナトリウムとか飲んでる。今回のカリは6.1なので、入院としたんだ」
「Cr 1.2mg/dlですか。腎機能がかなり悪いというわけでもないですね・・」
「1.2-2.0mg/dlをいったりきたりしてるんだ」
「カリウムのクリアランスが悪いんでしょうか」
「さあ、そういうのは大学で調べたかもしれんが・・何の意味があるのか俺には」
「じゃあ、検査をオーダーします」
「ああ、オーベンと相談して。ムンテラは厳しめにな!」
病棟に上がるまでの心電図では・・T波の増高。AMIの超急性期でもT波は増高するよな。
車椅子で患者をエレベーターへ。
「しんどくないですか?」
「え?ああ、しんどいよ、そりゃ」
「果物とか多く食べられたんですか?」
「え?ああ、カリウムいうのが高いんだってなあ。以前から注意されてきたんでね、守ってきたんだが」
「胸は苦しくないですか」
「え?わし、そんなに悪いの?」
「そういうわけでは」
「ちょうど家族が来てる、息子が。今日はすぐ仕事に戻らないといけないのでな、説明してくだされや」
「今ですか・・」
オーベンを確かめたが、今日は休みの日だ。エレベーターが開くと、そこのソファに家族らしき人が座って待っていた。
「家族の方ですか」
「ええ。なんか病棟上がる上がるって外来の看護婦さん言ってましたけど、こんなに待たされるとは。どうなってるんですか、この病院は!」
「こ、こちらへどうぞ」
詰所横の狭い部屋でムンテラ。
「どういった病状なんですか?外来の先生もハッキリ説明してくれなかったんですが」
「高カリウム血症です」
「え?」
「カリウムが高いんです。治療と検査が必要なので」
「はあ、まあわしは素人だから分かりませんがな。で、要点は?」
「・・あまり上がりすぎると、心臓が止まる事があります」
「なに?そんなに悪いんですか?」
「悪いというのではないんですが・・・でも、悪いです、今は」
「なんやよう分からん先生やなあ・・じゃあ今日にでも心臓が止まることもありうるわけ?」
「ありえます」
「それアンタ、治療してくれるんやろ?下げるならはよう下げてえな!しかし・・こりゃ親戚中呼ばないかんな。で、これから治療すんのやな?」
「は、はい、今から」
「わし、ビジネスで全国走り回ってんねん。携帯電話買ったから、連絡はこっちにしてえな」
「わかりました」
詰所へ。
「看護婦さん、カルチコールとメイロンを用意してください」
「え?急変ですか」
「今、外来から来た人」
「じゃあ救急カートとモニターを」
「ええ、お願いします」
「先生も手伝うんですよ!」
「な、何ですの、注射しまんの?」
有無をいわさずルートが入った。
「これからカリウムを下げます」
「おお、じゃあ治るわけですな。今日中に帰れますかいな」
「それは無理です」
「あれ、先生。さっきエレベーターですぐに帰れるとか言ってなかったっけ?」
「言うてません!カルチコールiv。メイロンもください」
そのときオーベンが駆けつけた。
「急変か?」
「いいえ。しかし高カリです」
「6.1か。確かに高いが、臨床症状はあまりたいしたことないな。心電図もブロックや徐脈にはなってないし」
「今カルチコールivしたところです」
「オイオイ先生、何をそんなに急いで・・今はそんなに焦らなくていいだろ。速効性のあるものは今は要らんだろが」
「しかしカリウムが・・」
「物事は総合的に考えろ。1つのものを見るな」
「・・はい・・」
注射の続行は中止となり、利尿剤の内服が加わった。オーベンより別室に通された。
「ああいう処置は、1人でしたらいかんぞ」
「先生がお休みだと聞きまして」
「理由にはならん。今日は重症患者がいるので出勤してきたんだ」
「すみません。家族がもう帰るとか言いますし」
「それも理由にはならん。レジデントが1人で処置をするにはまだ早い。オーベンでなくとも他の上級医を呼ぶべきだ」
「はい」
「カルチコールとメイロンを準備したか。いずれも速効性だからある意味正しいが。さらにどっちが速効性が高い?」
「それは・・」
「いいか。カルチコールは、直後。メイロンは5-10分後だぞ。こんなのは学生の段階で記憶しておくべきことだ。国家試験が終わってボケてしまったんじゃないか?」
「い、いえ」
「まあいい。僕の重症患者が一般内科の病棟にいるんだが。糖尿病で血糖コントールしてるがあまりうまくいってない。僕が診ているのは気管支喘息のほうだが。これから一緒に診てもらってもいいか?」
「ええ、それはもちろん」
「そうか、よし。じゃあ早速、病棟を覗いてきてくれ。喘息の状態を評価するように」
「はい」
一般内科病棟へ。
「すみません、DM・喘息の患者さんのカルテはどこですか」
ナースが無言で書き続けていた看護記録を切り離し、カルテが渡された。
汚い字だ。読めない。共診みたいだが、2人とも字が下手すぎる。
「あの看護婦さん。この字はなんて」
「一般内科の先生の字は読めるけど、先生んとこのドクターの字はもっと複雑ね」
「喘息発作は出てるんですか」
「毎日出てますよ。定期でソルメドの点滴がいってます」
病室へ。患者の喘鳴はかなりひどい。
「息苦しいですかー?」
「ええ。そりゃもう、ヒー。主治医の先生も、ヒー。何もしてくれとらん、ヒー。こんな効かん点滴だけじゃ」
「飲み薬は?」
「ちゃあんと飲んでますとも!」
「この赤いスプレーは?」
「これでっか。青いのが緊急の時やな。わしはスプレー嫌いじゃ。息苦しいのに、吸えっていうのが間違いじゃ!」
「口に近づけて吹いてますか・・1度やってみてください」
患者は赤いスプレーを・・ステロイドのスプレーを口の直ぐ外へ持っていった。スプレーを一生懸命押すが、吹きつけは頬っぺたのほうへ。
「こうなっていっこうに吸えんのじゃ」
僕は昨年学んだことを思い出した。
「これ、借りていいですか」
「新聞のこ、広告紙じゃよ」
「ええ、いいんです」
僕はそれを拡声器のように丸めた。
「ほら、選挙の宣伝みたいにこうして持って・・とんがったとこをくわえる」
「ふむ」
「で、反対方向からスプレーを、この円のすぐ外から吹きかける」
「すると・・?」
「噴出された粒子は口の入り口へ向かって、喉にくっつくことなく、まんべんなく気道に入る」
「ほお・・」
「やってみましょう」
「・・・できたできた。そうやあ、こういう説明なら分かるんや。どうも先生らの説明は、早口で難しくてよう分からん」
「分からなければ、聞く事ですよ」
「いやあ、聞け聞けいうてもやなあ、先生ら時々機嫌悪かったり、怒鳴ったりで、わしゃあ怖いんや。先生もそんな経験は・・ないわなあ、そりゃ」
いや、それはしょっちゅう。
ポケベルがまた鳴り出した・・・。
<つづく>
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