< レジデント・サード 7 ATTACK! >
2004年3月14日 連載< レジデント・サード 7 ATTACK! >
病棟からポケベル呼び出し。
「もしもし」
「ああ、オーベンだ。これから除細動するところだ。手伝ってくれ。伊藤にも連絡した」
「はい」
病棟では患者が横になっており、モニターがついている。モニターはafだ。
「やあレジデント、僕の患者はどうだった?」
「はい、喘息の吸入について話して来ました」
「そうかそうか・・この患者は昨日からafのようだ。内服、点滴試したが効き目はない。エコーでは所見はない。外来での甲状腺機能検査も異常なし。lone afだろう」
「はい・・」
「左心房径も大きくないから、長期になってきたわけでもなさそうだ。で今、DCの準備もしている。鎮静剤で徐々に眠らせるところだ」
「手伝います」
「じゃ、君がDC係。右と左のパッドを間違えるな。パッドはこう密着させて・・」
「はい」
「したことは?」
「・・ありません」
患者は心配そうに顔を上げた。
「だ、大丈夫でしょうか」
オーベンはなだめた。
「はいはい、全く問題ないですよ。はい、そろそろ眠くなります」
麻酔薬がゆっくり静注された。患者の意識はすぐに遠のいていった。伊藤がアンビューで呼吸を補助する。
「ユウキ先生、さあ、患者の横に立って!じゃ、いくぞ。おい看護婦!ベッドに触るな!離れろ!感電するぞ!・・・・50ジュールで設定、と・・。さあ、行け!」
僕は両手でパッドを密着させ、ボタンを押した。
バン!という一瞬の衝撃で患者の体が宙に浮いた。患者の表情が苦悶様になった。
「うううう・・いてええよおおお」
モニターを見ると、一瞬サイナスに戻ったが、30秒もしないうちにafに戻った。
「ユウキ先生!今度はつまみを100ジュールへ上げろ!」
「は、はい」
「行け!」
患者の胸元を睨みながら、ズドンとさっきの2倍の電流を放出した。
「ううわあああああ・・・」
「先生心配するな、寝言のようなものだ」
「は、はい」
患者は少しのけぞった。モニターの波形はサイナスに戻った。どうやら成功したようだ。afになる気配なし。
「じゃ、終わろう。先生、DCする前に確認しておくことは?」
「・・・?」
「伊藤君、どうだ」
「はい。左房内血栓の有無の確認です。通常の経胸壁エコーでは細部まで見えませんので、食道エコーで確認します。特に心耳のあたりをです」
「そうだ、この人はそれがなかったわけだ。じゃあユウキ先生、afになって血栓が形成されるまでどれくらい時間がかかる?一般的に?」
「ええっと・・すぐでしょうか」
「・・・伊藤君」
「48時間以内と教わりました」
「そのとおり!」
パリ挑戦権、獲得!
6月になり、そろそろ暑くなってシビアな患者が運ばれてきそうな雰囲気だ。重症部屋も明暗が分かれ、死亡退院か軽快退院か白黒つきそうな気配。
病院の近所でやっと買えた携帯電話、セルラー。これで暑苦しい公衆電話にも入らずに済む。でも病院には番号は教えまい。
夜11時、風呂も出てようやく寝ようとしたところ・・・。
ピーピーピーピー・・・病院からだ。大した用事でなきゃいいが。
「もしもし。かけられましたか?」
「一般内科病棟です。循環器の、今日の当番ですね?」
「ええ、そうですが」
そうか、表をいちいちチェックしてなかったが、今日は僕が当番だ。といっても2日に1度だけど。
「肺炎で入院している方が、脈が140くらいあるんです」
「・・・当直の先生は」
「当直?病院の当直ですか?」
「ええ、もしその先生が診ていただけるようなら・・」
「先生、今日の当直医は整形外科の先生ですよ。無理です。とにかく先生、来てください」
「あの、他のバイタルは・・」
ガチャッと切られた。
「く、そー!」
勢いよく飛び起きて、翌日分の着替えを着た。自転車に乗り込み、信号無視で一路病院へ。
「あ、来た」
夜勤の看護婦が見つけたぞとばかりにチェックを入れた。
「カルテはこれです」
「・・・患者さんは?」
「412号です」
60代男性。レントゲンでは右のS4/5の肺炎。中葉症候群か。血痰が出るらしい。熱は38度台。抗生剤は・・セフェム3世代。しかし熱は2日経っても下がってない。
カルテには「呼吸器科受診」とある。もうお手上げらしい。入院時の12誘導心電図。II誘導とIII誘導が下向き。強い左軸偏位。オーベンから以前教わったが、何らかの心疾患が潜んでいると
疑うべき。
今のモニター波形は・・モニターの誘導はII誘導か。入院時の心電図と照らし合わせると・・STが下がってる、多少。こういうときは、とにかくオーベンの指導通り・・
「12誘導心電図を」
「先生が自分でとってください」
「・・・・・」
II , III , aVFでSTが低下しているが、若干。1mm以下だ。熱で脈拍が増えて、運動負荷試験みたいになったのか・・。
「先生、患者さんが胸が苦しいと」
「ええ、知ってます」
「STが下がってるんですか、先生。ニトロは」
「胸の苦しさは、肺炎のほうかもしれないし」
「でも苦しがってますが・・違うんですか?」
「ち、違うと思う、ですが・・」
「心電図の変化は放っといていいんですね?」
「ST低下といっても1mm以下です。有意な所見とはいえないので」
「じゃあ胸が苦しいときの指示は?」
「え?そ、それは・・」
「先生にコールすればいいんですね?」
「いや、それは困ります」
「何もしないということですか?」
嫌な奴に当たったものだな・・・。
結局、様子観察となった。低酸素時の指示だけ出した上で。
その帰り、循環器の病棟を通りかかった。どうか見つかりませんように・・・。
「あ、先生。ちょうどいいところへ」
「え?何?」
「この前DCしてサイナスに戻ったpafの人。またafになったんです」
「・・・たしかに。でも今は夜中だし、スタッフもいないから。DCするとしても明日になるよ」
「患者さんが不安がっているんです。説明して頂けませんか」
「僕から・・?主治医は伊藤だし、夜中の3時だよ」
「朝まで待てないって言うんです」
「じゃあ、内服を・・今はフリーか。じゃ、サンリズム・・これ、50mg 2カプセルを1回内服で出しといて」
「これで効かなかったらどうするんですか」
「効果は朝の9時くらいまでは待って」
「・・・要するに先生方が出勤されるまで待て、と?」
「そういうこと。悪いけど・・・寝させて」
「じゃ、サンリズムですね」
「そう」
「2カプセルですね。いっぺんにですね」
「そうだよ」
「50mgを2カプセルですね」
「そうだって。カルテにも書いたよ」
「ええそうですが。一応確認しないと。サンリズムですね」
「だから!はよう飲ませてくれよ!」
「効果は、朝の9時までですね!」
「あのなあ・・・」
しつこいなあ・・・。
約15分後、サイナスに戻ったという連絡が。内服がちょうど吸収された時間なので、自然軽快なのかは謎のままだ。
心臓カテーテル検査の見学をしていたところ、ポケベルが鳴った。
「失礼します」
ガイーンとドアを開き、手袋を外して内線電話へ。
「もしもし?」
「オーベンだ。VPCの連発で、心不全もあるようだ。これから病棟へ上げる。主治医は君が」
「はい」
「43歳の女性だ。開業医からの紹介、今から病棟へ・・・ああ!おい!急げ!」
電話の向こうでドタバタする音。
何だ?何が起こってるんだ?
<つづく>
病棟からポケベル呼び出し。
「もしもし」
「ああ、オーベンだ。これから除細動するところだ。手伝ってくれ。伊藤にも連絡した」
「はい」
病棟では患者が横になっており、モニターがついている。モニターはafだ。
「やあレジデント、僕の患者はどうだった?」
「はい、喘息の吸入について話して来ました」
「そうかそうか・・この患者は昨日からafのようだ。内服、点滴試したが効き目はない。エコーでは所見はない。外来での甲状腺機能検査も異常なし。lone afだろう」
「はい・・」
「左心房径も大きくないから、長期になってきたわけでもなさそうだ。で今、DCの準備もしている。鎮静剤で徐々に眠らせるところだ」
「手伝います」
「じゃ、君がDC係。右と左のパッドを間違えるな。パッドはこう密着させて・・」
「はい」
「したことは?」
「・・ありません」
患者は心配そうに顔を上げた。
「だ、大丈夫でしょうか」
オーベンはなだめた。
「はいはい、全く問題ないですよ。はい、そろそろ眠くなります」
麻酔薬がゆっくり静注された。患者の意識はすぐに遠のいていった。伊藤がアンビューで呼吸を補助する。
「ユウキ先生、さあ、患者の横に立って!じゃ、いくぞ。おい看護婦!ベッドに触るな!離れろ!感電するぞ!・・・・50ジュールで設定、と・・。さあ、行け!」
僕は両手でパッドを密着させ、ボタンを押した。
バン!という一瞬の衝撃で患者の体が宙に浮いた。患者の表情が苦悶様になった。
「うううう・・いてええよおおお」
モニターを見ると、一瞬サイナスに戻ったが、30秒もしないうちにafに戻った。
「ユウキ先生!今度はつまみを100ジュールへ上げろ!」
「は、はい」
「行け!」
患者の胸元を睨みながら、ズドンとさっきの2倍の電流を放出した。
「ううわあああああ・・・」
「先生心配するな、寝言のようなものだ」
「は、はい」
患者は少しのけぞった。モニターの波形はサイナスに戻った。どうやら成功したようだ。afになる気配なし。
「じゃ、終わろう。先生、DCする前に確認しておくことは?」
「・・・?」
「伊藤君、どうだ」
「はい。左房内血栓の有無の確認です。通常の経胸壁エコーでは細部まで見えませんので、食道エコーで確認します。特に心耳のあたりをです」
「そうだ、この人はそれがなかったわけだ。じゃあユウキ先生、afになって血栓が形成されるまでどれくらい時間がかかる?一般的に?」
「ええっと・・すぐでしょうか」
「・・・伊藤君」
「48時間以内と教わりました」
「そのとおり!」
パリ挑戦権、獲得!
6月になり、そろそろ暑くなってシビアな患者が運ばれてきそうな雰囲気だ。重症部屋も明暗が分かれ、死亡退院か軽快退院か白黒つきそうな気配。
病院の近所でやっと買えた携帯電話、セルラー。これで暑苦しい公衆電話にも入らずに済む。でも病院には番号は教えまい。
夜11時、風呂も出てようやく寝ようとしたところ・・・。
ピーピーピーピー・・・病院からだ。大した用事でなきゃいいが。
「もしもし。かけられましたか?」
「一般内科病棟です。循環器の、今日の当番ですね?」
「ええ、そうですが」
そうか、表をいちいちチェックしてなかったが、今日は僕が当番だ。といっても2日に1度だけど。
「肺炎で入院している方が、脈が140くらいあるんです」
「・・・当直の先生は」
「当直?病院の当直ですか?」
「ええ、もしその先生が診ていただけるようなら・・」
「先生、今日の当直医は整形外科の先生ですよ。無理です。とにかく先生、来てください」
「あの、他のバイタルは・・」
ガチャッと切られた。
「く、そー!」
勢いよく飛び起きて、翌日分の着替えを着た。自転車に乗り込み、信号無視で一路病院へ。
「あ、来た」
夜勤の看護婦が見つけたぞとばかりにチェックを入れた。
「カルテはこれです」
「・・・患者さんは?」
「412号です」
60代男性。レントゲンでは右のS4/5の肺炎。中葉症候群か。血痰が出るらしい。熱は38度台。抗生剤は・・セフェム3世代。しかし熱は2日経っても下がってない。
カルテには「呼吸器科受診」とある。もうお手上げらしい。入院時の12誘導心電図。II誘導とIII誘導が下向き。強い左軸偏位。オーベンから以前教わったが、何らかの心疾患が潜んでいると
疑うべき。
今のモニター波形は・・モニターの誘導はII誘導か。入院時の心電図と照らし合わせると・・STが下がってる、多少。こういうときは、とにかくオーベンの指導通り・・
「12誘導心電図を」
「先生が自分でとってください」
「・・・・・」
II , III , aVFでSTが低下しているが、若干。1mm以下だ。熱で脈拍が増えて、運動負荷試験みたいになったのか・・。
「先生、患者さんが胸が苦しいと」
「ええ、知ってます」
「STが下がってるんですか、先生。ニトロは」
「胸の苦しさは、肺炎のほうかもしれないし」
「でも苦しがってますが・・違うんですか?」
「ち、違うと思う、ですが・・」
「心電図の変化は放っといていいんですね?」
「ST低下といっても1mm以下です。有意な所見とはいえないので」
「じゃあ胸が苦しいときの指示は?」
「え?そ、それは・・」
「先生にコールすればいいんですね?」
「いや、それは困ります」
「何もしないということですか?」
嫌な奴に当たったものだな・・・。
結局、様子観察となった。低酸素時の指示だけ出した上で。
その帰り、循環器の病棟を通りかかった。どうか見つかりませんように・・・。
「あ、先生。ちょうどいいところへ」
「え?何?」
「この前DCしてサイナスに戻ったpafの人。またafになったんです」
「・・・たしかに。でも今は夜中だし、スタッフもいないから。DCするとしても明日になるよ」
「患者さんが不安がっているんです。説明して頂けませんか」
「僕から・・?主治医は伊藤だし、夜中の3時だよ」
「朝まで待てないって言うんです」
「じゃあ、内服を・・今はフリーか。じゃ、サンリズム・・これ、50mg 2カプセルを1回内服で出しといて」
「これで効かなかったらどうするんですか」
「効果は朝の9時くらいまでは待って」
「・・・要するに先生方が出勤されるまで待て、と?」
「そういうこと。悪いけど・・・寝させて」
「じゃ、サンリズムですね」
「そう」
「2カプセルですね。いっぺんにですね」
「そうだよ」
「50mgを2カプセルですね」
「そうだって。カルテにも書いたよ」
「ええそうですが。一応確認しないと。サンリズムですね」
「だから!はよう飲ませてくれよ!」
「効果は、朝の9時までですね!」
「あのなあ・・・」
しつこいなあ・・・。
約15分後、サイナスに戻ったという連絡が。内服がちょうど吸収された時間なので、自然軽快なのかは謎のままだ。
心臓カテーテル検査の見学をしていたところ、ポケベルが鳴った。
「失礼します」
ガイーンとドアを開き、手袋を外して内線電話へ。
「もしもし?」
「オーベンだ。VPCの連発で、心不全もあるようだ。これから病棟へ上げる。主治医は君が」
「はい」
「43歳の女性だ。開業医からの紹介、今から病棟へ・・・ああ!おい!急げ!」
電話の向こうでドタバタする音。
何だ?何が起こってるんだ?
<つづく>
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