<レジデント・サード 8 MYOCARDITIS >
2004年3月15日 連載<レジデント・サード 8 MYOCARDITIS >
心臓カテーテル検査の見学をしていたところ、ポケベルが鳴った。
「失礼します」
ガイーンとドアを開き、手袋を外して内線電話へ。
「もしもし?」
「オーベンだ。VPCの連発で、心不全もあるようだ。これから病棟へ上げる。主治医は君が」
「はい」
「43歳の女性だ。開業医からの紹介」
若いな・・。先天性のものか?
病棟に到着したストレッチャーは物凄い勢いで重症部屋に突進した。伊藤が背を向けながら、巧妙に部屋へ誘導している。
「頭から頭から!酸素、10リットル、マスク!そこ、ジャマ!台はのけて!」
ベッド周囲にある台などが部屋から放り出された。
「キシロカイン1アンプルの準備!救急カートを!DCも持ってきといて!」
それほど重症なのか・・。
「いくぞ、1,2・・・3!」
大柄の女性をベッド両側2人ずつが持ち上げ移動する。伊藤が仕切る。テキパキとしたその様は、昨年の野中を髣髴とさせる。
「モニター出てない!SpO2モニターを!早く早く・・!ボケッとしないで!」
看護婦がバルーンを挿入。病衣への着替え。すると突然、患者が痙攣しはじめた。
「こ、convulsionだ!あ?VT!VT!ユウキ先生!みんな!押さえて!」
全員が抑えにかかったが、患者の両足のキックで2人の看護婦が投げ飛ばされた。
モニターはVT。伊藤はキシロカインを静注、直後に胸部をドン、とチョップした。
モニターは・・一瞬サイナスになりかけたが・・それは一瞬だった。
「ダメだダメだ!DCを!」
看護婦が慌てながら電源をセッティング。伊藤はパッドを両手に持つが、DCが割と遠くにあり、患者に届かない。
「くそっ!おい!もっとこっちへ持ってこいよ!」
ハッとした僕はDCを彼・患者のほうへ持っていった。
「いくぞ!200ジュール!離れてよ!おいそこ!足首持ってるナース!離れろよ!モニター、いったん外すぞ!」
ズドンと電流が流れた。モニターを再度つける。波形は・・どうやらサイナスに戻ったようだが、まだshort runが頻発している。
この患者は一体・・・?
伊藤がいつになくパニクっていた。
「だめだ!これじゃ、またVTになるな・・・マグネゾールを用意!」
オーベンたち上級医が次々と病棟へ上がってきた。吉本先生がエコーをガラガラと運んできた。
「どけどけ!どけーい!」
レジデント2人で電源等を用意。プローブは吉本せんせいが当てた。伊藤が横から覗く。
「・・・見ろ!心嚢液がかなり溜まっている・・」
「タンポナーデですか?」
「違う。量はさほど多くない。しかし心臓の動きが極端に全般的に悪い。これは・・」
僕が横から口をはさんだ。
「虚血性心筋症」
「ICMとは違うだろ。動きが悪いことは悪いが、DCMみたいに左心室の内腔がスペード型にデカイわけじゃない。やはりこれは・・myocarditisだ」
「ミオカルダイティス・・・心筋炎!」
「上気道炎と開業医で診断されて、風邪薬を貰ってたようだ」
伊藤が採血データを持ってきた。
「心筋酵素はすべて上昇。CPK-MBも高値です。12誘導心電図でST上昇はないですね。というより、low voltageです。心嚢液の貯留のせいかな」
「伊藤君、検査にウイルス抗体価を足しといてくれ。コクサッキーとかいろいろ」
「結果は1週間くらいですかね」
「あくまで急性期の抗体だ。診断には寛緩期の抗体もいる」
僕は身を乗り出した。
「じゃあ、診断が確定するのは・・病状が安定してからですか?
「ペア血清での4倍以上の上昇、って習わなかったのか?それに君、この病気の診断は総合的に行うものだ。抗体での診断はあまりアテにもならんしな」
VPCはようやく2連発どまりだ。吉本先生は大汗だ。
「さて、ユウキ君。順番では君が主治医だ。頼むよ。いつものようにどこかで眠っているヒマはないかもしれんぞ」
「・・・」
「血液ガスが悪ければ人工呼吸管理もやむを得まい。血圧も低い。点滴では簡単には血圧上がらんだろう。そうなるとPCPSやIABPも入れないと」
伊藤が興奮している。
「これは忙しくなりそうですね」
「その場合、夜は輪番制にしないとな。1日2人体制で。しかし今日は忙しいな」
伊藤はギョッとした。
「も、もう1人入るので?」
「もうすぐ入ってくるよ。AS心不全。72歳女性だ」
大動脈弁狭窄症か。これは苦手だ。
「伊藤君、そこで・・主治医をお願いするよ」
「ええ、ですが先生。わたくし、学会での発表が」
「そうだったな。もう出発する日だ。すると・・・」
僕らレジデント2人より上の先生は、みな32歳以上の、実質的「上級」医だ。みんな夕方5時になると帰宅する、というポリシーを持つ。
「ユウキ君。頼む」
「え・・?」
「え?はないだろう。主治医を頼む」
「は、はい・・」
「なんだね、君も何か用事が?」
「用事ですか?いえ・・」
用事はあったが、言えるはずもなかった。
間もなく患者が運ばれてきた。酸素は2L程度だが、血圧が80mmHg台と低い。血液データでは腎不全がある。おそらく AS進行 → 心拍出量低下 → 腎前性の腎不全 + 肺うっ血・胸水貯留 となったのだろう。利尿剤で胸水が取れても、補液が十分でないと腎不全が進行してしまう。一番いいのはオペなんだが・・心不全の状態で、できるわけもない。
「看護婦さん、心筋炎の人、これお願い。ドブトレックス持続で。血圧上が90mmHg以下なら増量で」
「でも先生、ずっとここに泊まられるんですよね?」
「そうは言ってない」
「今でもショートラン出てますよ。そういったときの指示は?」
「3連発以上出た場合は、キシロカインを・・」
「あ、出た!4連発!」
「キシロカインivして、持続で開始・・」
「では、今から開始ですね」
「そうだな・・」
ポケットの中がブーブーいってる。セルラーが早速鳴っているのだ。遠距離のアイツからだ。ムンテラの部屋にこもる。
「もしもし」
「ああ、あたし。明日の夕方に、そっち着くから」
「今日、患者当てられたんだ。重症を2名」
「?でももう飛行機のチケットも取ったよ」
「いやその、今日はもう帰れそうにもないし」
「いいわよ、明日は飛行場からタクシー乗るから」
「うちに来たとしても、僕が帰れるかどうか」
「ちゃんと指示出したらいいじゃないの!」
「違う!急性心筋炎で・・!」
声が廻りに漏れそうだ。
「急性心筋炎で、不整脈も頻発してるんだよ」
「でもあたし、明日来れなかったら1ヶ月くらい週末休暇取れないわよ」
「ああ、それは仕方ないだろ」
「でももうチケット取ったし、行く。無理ならアパートで待ってる」
これだから、もう会いたくないんだよ・・・。
「・・わかった。土曜日の夜、アパート前まで来たら電話を。鍵、開けるから」
「他のレジデントに頼んでよ。そういう友達いないの?普段から仲良く・・・」
「そいつも忙しいんだよ!あ、不整脈!悪いけど、切る」
早く切りたいときは、これに限る・・・。
しかし、携帯電話も良し悪しだな。
もうすでに晩になっており、病棟に医者は僕しかいない。待機の係も僕。夜勤の看護婦2人は忙しく動き回っていた。
忘れた頃に鳴ってくる、モニターの警報音から、目が・耳が離せない・・・。
僕は首をゆっくり垂れながら、次第に眠りについた・・・・。
<つづく>
心臓カテーテル検査の見学をしていたところ、ポケベルが鳴った。
「失礼します」
ガイーンとドアを開き、手袋を外して内線電話へ。
「もしもし?」
「オーベンだ。VPCの連発で、心不全もあるようだ。これから病棟へ上げる。主治医は君が」
「はい」
「43歳の女性だ。開業医からの紹介」
若いな・・。先天性のものか?
病棟に到着したストレッチャーは物凄い勢いで重症部屋に突進した。伊藤が背を向けながら、巧妙に部屋へ誘導している。
「頭から頭から!酸素、10リットル、マスク!そこ、ジャマ!台はのけて!」
ベッド周囲にある台などが部屋から放り出された。
「キシロカイン1アンプルの準備!救急カートを!DCも持ってきといて!」
それほど重症なのか・・。
「いくぞ、1,2・・・3!」
大柄の女性をベッド両側2人ずつが持ち上げ移動する。伊藤が仕切る。テキパキとしたその様は、昨年の野中を髣髴とさせる。
「モニター出てない!SpO2モニターを!早く早く・・!ボケッとしないで!」
看護婦がバルーンを挿入。病衣への着替え。すると突然、患者が痙攣しはじめた。
「こ、convulsionだ!あ?VT!VT!ユウキ先生!みんな!押さえて!」
全員が抑えにかかったが、患者の両足のキックで2人の看護婦が投げ飛ばされた。
モニターはVT。伊藤はキシロカインを静注、直後に胸部をドン、とチョップした。
モニターは・・一瞬サイナスになりかけたが・・それは一瞬だった。
「ダメだダメだ!DCを!」
看護婦が慌てながら電源をセッティング。伊藤はパッドを両手に持つが、DCが割と遠くにあり、患者に届かない。
「くそっ!おい!もっとこっちへ持ってこいよ!」
ハッとした僕はDCを彼・患者のほうへ持っていった。
「いくぞ!200ジュール!離れてよ!おいそこ!足首持ってるナース!離れろよ!モニター、いったん外すぞ!」
ズドンと電流が流れた。モニターを再度つける。波形は・・どうやらサイナスに戻ったようだが、まだshort runが頻発している。
この患者は一体・・・?
伊藤がいつになくパニクっていた。
「だめだ!これじゃ、またVTになるな・・・マグネゾールを用意!」
オーベンたち上級医が次々と病棟へ上がってきた。吉本先生がエコーをガラガラと運んできた。
「どけどけ!どけーい!」
レジデント2人で電源等を用意。プローブは吉本せんせいが当てた。伊藤が横から覗く。
「・・・見ろ!心嚢液がかなり溜まっている・・」
「タンポナーデですか?」
「違う。量はさほど多くない。しかし心臓の動きが極端に全般的に悪い。これは・・」
僕が横から口をはさんだ。
「虚血性心筋症」
「ICMとは違うだろ。動きが悪いことは悪いが、DCMみたいに左心室の内腔がスペード型にデカイわけじゃない。やはりこれは・・myocarditisだ」
「ミオカルダイティス・・・心筋炎!」
「上気道炎と開業医で診断されて、風邪薬を貰ってたようだ」
伊藤が採血データを持ってきた。
「心筋酵素はすべて上昇。CPK-MBも高値です。12誘導心電図でST上昇はないですね。というより、low voltageです。心嚢液の貯留のせいかな」
「伊藤君、検査にウイルス抗体価を足しといてくれ。コクサッキーとかいろいろ」
「結果は1週間くらいですかね」
「あくまで急性期の抗体だ。診断には寛緩期の抗体もいる」
僕は身を乗り出した。
「じゃあ、診断が確定するのは・・病状が安定してからですか?
「ペア血清での4倍以上の上昇、って習わなかったのか?それに君、この病気の診断は総合的に行うものだ。抗体での診断はあまりアテにもならんしな」
VPCはようやく2連発どまりだ。吉本先生は大汗だ。
「さて、ユウキ君。順番では君が主治医だ。頼むよ。いつものようにどこかで眠っているヒマはないかもしれんぞ」
「・・・」
「血液ガスが悪ければ人工呼吸管理もやむを得まい。血圧も低い。点滴では簡単には血圧上がらんだろう。そうなるとPCPSやIABPも入れないと」
伊藤が興奮している。
「これは忙しくなりそうですね」
「その場合、夜は輪番制にしないとな。1日2人体制で。しかし今日は忙しいな」
伊藤はギョッとした。
「も、もう1人入るので?」
「もうすぐ入ってくるよ。AS心不全。72歳女性だ」
大動脈弁狭窄症か。これは苦手だ。
「伊藤君、そこで・・主治医をお願いするよ」
「ええ、ですが先生。わたくし、学会での発表が」
「そうだったな。もう出発する日だ。すると・・・」
僕らレジデント2人より上の先生は、みな32歳以上の、実質的「上級」医だ。みんな夕方5時になると帰宅する、というポリシーを持つ。
「ユウキ君。頼む」
「え・・?」
「え?はないだろう。主治医を頼む」
「は、はい・・」
「なんだね、君も何か用事が?」
「用事ですか?いえ・・」
用事はあったが、言えるはずもなかった。
間もなく患者が運ばれてきた。酸素は2L程度だが、血圧が80mmHg台と低い。血液データでは腎不全がある。おそらく AS進行 → 心拍出量低下 → 腎前性の腎不全 + 肺うっ血・胸水貯留 となったのだろう。利尿剤で胸水が取れても、補液が十分でないと腎不全が進行してしまう。一番いいのはオペなんだが・・心不全の状態で、できるわけもない。
「看護婦さん、心筋炎の人、これお願い。ドブトレックス持続で。血圧上が90mmHg以下なら増量で」
「でも先生、ずっとここに泊まられるんですよね?」
「そうは言ってない」
「今でもショートラン出てますよ。そういったときの指示は?」
「3連発以上出た場合は、キシロカインを・・」
「あ、出た!4連発!」
「キシロカインivして、持続で開始・・」
「では、今から開始ですね」
「そうだな・・」
ポケットの中がブーブーいってる。セルラーが早速鳴っているのだ。遠距離のアイツからだ。ムンテラの部屋にこもる。
「もしもし」
「ああ、あたし。明日の夕方に、そっち着くから」
「今日、患者当てられたんだ。重症を2名」
「?でももう飛行機のチケットも取ったよ」
「いやその、今日はもう帰れそうにもないし」
「いいわよ、明日は飛行場からタクシー乗るから」
「うちに来たとしても、僕が帰れるかどうか」
「ちゃんと指示出したらいいじゃないの!」
「違う!急性心筋炎で・・!」
声が廻りに漏れそうだ。
「急性心筋炎で、不整脈も頻発してるんだよ」
「でもあたし、明日来れなかったら1ヶ月くらい週末休暇取れないわよ」
「ああ、それは仕方ないだろ」
「でももうチケット取ったし、行く。無理ならアパートで待ってる」
これだから、もう会いたくないんだよ・・・。
「・・わかった。土曜日の夜、アパート前まで来たら電話を。鍵、開けるから」
「他のレジデントに頼んでよ。そういう友達いないの?普段から仲良く・・・」
「そいつも忙しいんだよ!あ、不整脈!悪いけど、切る」
早く切りたいときは、これに限る・・・。
しかし、携帯電話も良し悪しだな。
もうすでに晩になっており、病棟に医者は僕しかいない。待機の係も僕。夜勤の看護婦2人は忙しく動き回っていた。
忘れた頃に鳴ってくる、モニターの警報音から、目が・耳が離せない・・・。
僕は首をゆっくり垂れながら、次第に眠りについた・・・・。
<つづく>
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