< レジデント・サード 9 PCPS+IABP+CHDF+PM+IVH >
2004年3月16日 連載< レジデント・サード 9 PCPS+IABP+CHDF+PM+IVH >
オーベンから電話だ。
「どうだね、先生」
「ああ、先生・・。わざわざどうも。今のところVTは出てません。いずれも30秒以下のNSVTです。血圧は90mmHg前後で。家族の方がつきっきりで」
「利尿は?」
「出が悪いです。時間あたり20-30mlくらいです。ラ音?相変わらずです」
「もっと出さないといけないだろ」
「ええ、注射の回数も増やしてますが」
「血圧ももっと上げないと」
「はい、エホチールの注射も合間にしてはいるんですが」
「まあとにかく頑張って」
「はい」
何をどうしたらいいのか、具体的なアドバイスもないまま。
病室へ入ると、高校生くらいの女の子が1人、じっと座っている。彼女は僕と患者本人・・母親を交互に見つめていた・・。というより、睨んでいた、に近い。
僕はただ、理学的所見を取りながら独り言をつぶやくだけだった。
夜9時、付き添いの交代が来られた。患者本人の友人らしい。お水系の女性だ。
「どうなんですか」
と聞かれるが、血縁でない人に安易に病状経過は語れない。
「悪いんですか?どうなってんの?」
「家族の方には明日説明するつもりです」
「病院でしょうが、ここは?早くなんとかしてよ!」
「今は・・治療している最中です」
「そんなん知ってるわあ。で、ここタバコ吸ったらいかんわけ?」
「ダメです」
「この人死んでもうたら、ダンナはおらんし娘1人で、誰がひきとるんか・・。それ考えただけでパニックやで」
「・・・・・」
「今日はまあ私ら付き添うけど、仕事あるさかいなあ」
「・・・・・」
「明日からは無理やで」
「では、付き添いされるのは娘さんだけなのですか・・」
「そうやな。でもあのコ、まだ高校2年やで。学校も行かないかんし」
「じゃあ、説明聞かれる家族さんは」
「娘に説明しといてえな。わしらは義理やけど、そう何度も来れへんし」
「高2の、あの子にですか?他の方にも来ていただくようには伝えましたが」
「いや、あの子しか来ないよ。まあいろいろ事情はあってな。人間関係とかいろいろあんねん。ま、恵まれてる人にはわからん話や」
こういった経緯で、ムンテラは娘1人が聞くことになった。
入院翌日、その娘へムンテラ。
症例のカンファレンスが終わった。一足先に失礼して、娘さんの待つカンファレンスルームに入った。
「失礼します」
その子は身動きひとつせず、座ってこちらを凝視していた。
「今日も一通り検査をしました。血液検査でも心臓の筋肉はまだ壊死が続いている状態です。これに伴って不整脈も増えてきて、心不全の状態が続いてます。血圧も下がってきてます。薬の効果はほとんどないようです。呼吸状態も悪くなったので、人工呼吸管理も開始しています」
「・・・・・」
「心臓の力もかなり弱まってきているので、医者全員で出した結論ですが・・人工的に心臓の役目を代用させて、循環の状態を保たせることで、心不全の治療を進めていきたいのです。その間に心臓の動きが復活してくるようなら、離脱へともっていきたいと思ってます」
うまく説明できない。
「具体的には、股の血管から管を入れまして・・心臓の入り口と出口の2箇所です。心臓・肺はPCPSという・・人工心肺が行います。この機械が押し出した血液を心臓の出口から全身に送り、全身から帰ってきた血液は心臓の手前で回収して、この機械の「肺」の中で酸素化された血液を、また押し出して全身に・・こういったことを繰り返すのです」
「・・・・・」
「脈は肩のほうから入ってます管、ペースメーカーが調節します。それとIABPという管を心臓の出口に留置して、心臓そのものの血流も保つようにします。あと腎不全に対して人工透析も」
「・・・・・」
「ただ、合併症として・・・出血。管が入るので血が固まりにくくする点滴を入れるわけですが、出血しやすい状態となる恐れがあります。それと・・感染。あと、心臓の中の血液の流れが乏しくなるので、血液が淀みやすくなります。その場合、血栓という血の塊ができることがあります。さっきの薬を使ったとしてもです」
「・・・・・」
正直、大汗と睡眠不足で頭が虚血状態だった。
「では今からそれらを開始します」
医者5名、数時間かかってようやくその「回路」は完成した。オーベンがほとんどやってくれた。いくつもの機械音が工場のように音をたてている。
「ふう。あとは血液の凝固系が一定になってるかどうか、凝固時間を定期的に調べてくれな」
「はい」
「脳へのダメージが心配だが・・血圧はある程度キープしろよ」
「・・・ええ」
「ホントは2人体制としたかったが・・学会や講演会で人がいない。すまんが君1人で数日やってくれ」
「・・・・・」
「何か予定があったら言ってくれ」
「いや、予定は・・・ないです」
「そうか。食事は出前でとるしかないな。大変だろうが」
「はい、ありがとうございました」
夕方を過ぎた。彼女はもう飛行機に乗ったはずだ。
重症板が置いてある。1時間毎のバイタル記録だ。高熱、低血圧、低酸素・・すべて状況が悪化している。低空飛行とはこのことだ。
モニターは様々な波形を打ち出している。自己脈は徐脈となり一時ペースメーカーによる管理へと変わっていたが、時折頻発する不整脈のアラーム音が不気味に鳴り響いていた。
ブーッとポケットの振動音。
「も・・もしもし」
「もうそっちの病院の前に着いたの。出てこれる?」
「な・・予定より早すぎるよ?」
「1便早かったの。まあ、ここで待つことにするわ」
「待合室は患者の家族がいるかもしれないから・・目立たないようにな」
詰所を出て行こうとしたところ、ナースから呼び止められた。
「先生、どこへ?」
「トイレ!すぐ戻ってくるから!」
「お願いしますよ・・」
待合室の隅っこで、彼女は待っていた。
「これが、アパートの鍵。タクシーで行って、先に入ってて」
「晩ご飯、まだ食べてないけど」
「・・・じゃああとで俺が何か買っていくから!」
「患者さんの容態は?」
「そんなの関係ないだろ」
「明日にはよくなるの?」
「知らない・・・あ、ポケベルが」
ホントに鳴っているのだ。
「先に寝ておくかもしれないよ」
「ああ、いいよ」
そのまま詰所に戻った。誰にも見つかることはなかった。
「ああ先生、もう1人の患者さん、ASの」
「ああ、あの人が・・?」
「入院してから・・・末梢が冷たいせいか、SpO2がなかなか測定できないんです」
「循環が悪いからね」
「どうしましょうか。今60%となってますが」
「そんなはずはない!」
「でも先生、測定結果ですから、あくまでも。こういったときの指示は?」
「指示・・?そんなの出しようがない」
「じゃあ酸素は今のままでいいんですね?増やさなくても?」
「そのつど動脈血取らないと分からないよ」
「先生、じゃあそこは先生の判断でお願いしますね。今日もずっとお泊りですよね」
「いや、それが・・ちょっと数時間失礼するかも」
「え?その間急変したら?」
「当直を呼んでよ」
「先生、今日の当直は耳鼻科の先生です」
「じ・び・か・・・」
「先生をコールしますね」
「あ、ああ・・ちょっと医局へ行くかもしれない」
夜の11時。患者のバイタルもある意味落ち着いている。ラ音、血圧100mmHg前後、乏尿は相変わらずだが。
家族は控え室で眠っている様子だ。
「じゃ、失礼します・・」
ダッシュで病院を出た。
<つづく>
オーベンから電話だ。
「どうだね、先生」
「ああ、先生・・。わざわざどうも。今のところVTは出てません。いずれも30秒以下のNSVTです。血圧は90mmHg前後で。家族の方がつきっきりで」
「利尿は?」
「出が悪いです。時間あたり20-30mlくらいです。ラ音?相変わらずです」
「もっと出さないといけないだろ」
「ええ、注射の回数も増やしてますが」
「血圧ももっと上げないと」
「はい、エホチールの注射も合間にしてはいるんですが」
「まあとにかく頑張って」
「はい」
何をどうしたらいいのか、具体的なアドバイスもないまま。
病室へ入ると、高校生くらいの女の子が1人、じっと座っている。彼女は僕と患者本人・・母親を交互に見つめていた・・。というより、睨んでいた、に近い。
僕はただ、理学的所見を取りながら独り言をつぶやくだけだった。
夜9時、付き添いの交代が来られた。患者本人の友人らしい。お水系の女性だ。
「どうなんですか」
と聞かれるが、血縁でない人に安易に病状経過は語れない。
「悪いんですか?どうなってんの?」
「家族の方には明日説明するつもりです」
「病院でしょうが、ここは?早くなんとかしてよ!」
「今は・・治療している最中です」
「そんなん知ってるわあ。で、ここタバコ吸ったらいかんわけ?」
「ダメです」
「この人死んでもうたら、ダンナはおらんし娘1人で、誰がひきとるんか・・。それ考えただけでパニックやで」
「・・・・・」
「今日はまあ私ら付き添うけど、仕事あるさかいなあ」
「・・・・・」
「明日からは無理やで」
「では、付き添いされるのは娘さんだけなのですか・・」
「そうやな。でもあのコ、まだ高校2年やで。学校も行かないかんし」
「じゃあ、説明聞かれる家族さんは」
「娘に説明しといてえな。わしらは義理やけど、そう何度も来れへんし」
「高2の、あの子にですか?他の方にも来ていただくようには伝えましたが」
「いや、あの子しか来ないよ。まあいろいろ事情はあってな。人間関係とかいろいろあんねん。ま、恵まれてる人にはわからん話や」
こういった経緯で、ムンテラは娘1人が聞くことになった。
入院翌日、その娘へムンテラ。
症例のカンファレンスが終わった。一足先に失礼して、娘さんの待つカンファレンスルームに入った。
「失礼します」
その子は身動きひとつせず、座ってこちらを凝視していた。
「今日も一通り検査をしました。血液検査でも心臓の筋肉はまだ壊死が続いている状態です。これに伴って不整脈も増えてきて、心不全の状態が続いてます。血圧も下がってきてます。薬の効果はほとんどないようです。呼吸状態も悪くなったので、人工呼吸管理も開始しています」
「・・・・・」
「心臓の力もかなり弱まってきているので、医者全員で出した結論ですが・・人工的に心臓の役目を代用させて、循環の状態を保たせることで、心不全の治療を進めていきたいのです。その間に心臓の動きが復活してくるようなら、離脱へともっていきたいと思ってます」
うまく説明できない。
「具体的には、股の血管から管を入れまして・・心臓の入り口と出口の2箇所です。心臓・肺はPCPSという・・人工心肺が行います。この機械が押し出した血液を心臓の出口から全身に送り、全身から帰ってきた血液は心臓の手前で回収して、この機械の「肺」の中で酸素化された血液を、また押し出して全身に・・こういったことを繰り返すのです」
「・・・・・」
「脈は肩のほうから入ってます管、ペースメーカーが調節します。それとIABPという管を心臓の出口に留置して、心臓そのものの血流も保つようにします。あと腎不全に対して人工透析も」
「・・・・・」
「ただ、合併症として・・・出血。管が入るので血が固まりにくくする点滴を入れるわけですが、出血しやすい状態となる恐れがあります。それと・・感染。あと、心臓の中の血液の流れが乏しくなるので、血液が淀みやすくなります。その場合、血栓という血の塊ができることがあります。さっきの薬を使ったとしてもです」
「・・・・・」
正直、大汗と睡眠不足で頭が虚血状態だった。
「では今からそれらを開始します」
医者5名、数時間かかってようやくその「回路」は完成した。オーベンがほとんどやってくれた。いくつもの機械音が工場のように音をたてている。
「ふう。あとは血液の凝固系が一定になってるかどうか、凝固時間を定期的に調べてくれな」
「はい」
「脳へのダメージが心配だが・・血圧はある程度キープしろよ」
「・・・ええ」
「ホントは2人体制としたかったが・・学会や講演会で人がいない。すまんが君1人で数日やってくれ」
「・・・・・」
「何か予定があったら言ってくれ」
「いや、予定は・・・ないです」
「そうか。食事は出前でとるしかないな。大変だろうが」
「はい、ありがとうございました」
夕方を過ぎた。彼女はもう飛行機に乗ったはずだ。
重症板が置いてある。1時間毎のバイタル記録だ。高熱、低血圧、低酸素・・すべて状況が悪化している。低空飛行とはこのことだ。
モニターは様々な波形を打ち出している。自己脈は徐脈となり一時ペースメーカーによる管理へと変わっていたが、時折頻発する不整脈のアラーム音が不気味に鳴り響いていた。
ブーッとポケットの振動音。
「も・・もしもし」
「もうそっちの病院の前に着いたの。出てこれる?」
「な・・予定より早すぎるよ?」
「1便早かったの。まあ、ここで待つことにするわ」
「待合室は患者の家族がいるかもしれないから・・目立たないようにな」
詰所を出て行こうとしたところ、ナースから呼び止められた。
「先生、どこへ?」
「トイレ!すぐ戻ってくるから!」
「お願いしますよ・・」
待合室の隅っこで、彼女は待っていた。
「これが、アパートの鍵。タクシーで行って、先に入ってて」
「晩ご飯、まだ食べてないけど」
「・・・じゃああとで俺が何か買っていくから!」
「患者さんの容態は?」
「そんなの関係ないだろ」
「明日にはよくなるの?」
「知らない・・・あ、ポケベルが」
ホントに鳴っているのだ。
「先に寝ておくかもしれないよ」
「ああ、いいよ」
そのまま詰所に戻った。誰にも見つかることはなかった。
「ああ先生、もう1人の患者さん、ASの」
「ああ、あの人が・・?」
「入院してから・・・末梢が冷たいせいか、SpO2がなかなか測定できないんです」
「循環が悪いからね」
「どうしましょうか。今60%となってますが」
「そんなはずはない!」
「でも先生、測定結果ですから、あくまでも。こういったときの指示は?」
「指示・・?そんなの出しようがない」
「じゃあ酸素は今のままでいいんですね?増やさなくても?」
「そのつど動脈血取らないと分からないよ」
「先生、じゃあそこは先生の判断でお願いしますね。今日もずっとお泊りですよね」
「いや、それが・・ちょっと数時間失礼するかも」
「え?その間急変したら?」
「当直を呼んでよ」
「先生、今日の当直は耳鼻科の先生です」
「じ・び・か・・・」
「先生をコールしますね」
「あ、ああ・・ちょっと医局へ行くかもしれない」
夜の11時。患者のバイタルもある意味落ち着いている。ラ音、血圧100mmHg前後、乏尿は相変わらずだが。
家族は控え室で眠っている様子だ。
「じゃ、失礼します・・」
ダッシュで病院を出た。
<つづく>
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