< レジデント・サード 11 I BELIEVE・・・>
2004年3月18日 連載 コメント (1)< レジデント・サード 11 I BELIEVE・・・>
「先生、ASの患者さん。尿量が少ないです」
「イノバン、3ガンマ固定。輸液、5%TZ 200mlを負荷」
「ええっ?先生。心不全なのに負荷するんですか?」
「腎血流量を増やすためだよ」
「すみません。まだ新人なもので。先生、私が夜勤のときは帰らないで下さいね」
そのハキハキ言う須藤という新人は、非の打ち所がない、という評判のナースだった。オーベンの大のお気に入りだ。
「じゃ、先生。この患者さんのことも相談していいですか?」
熟練したナースが後ろから呼び止めた。
「何よ先生、若い子のときはデレデレしてぇ」
「デレデレなんか、してませんよ」
「須藤ちゃん、あんた今日深夜入りでしょ!ちゃんと構ってもらいなさいよ。先生、宜しくお願いします」
「は、はあ・・・」
患者は2人ともバイタルは横ばいで、アグレッシブな処置にならなくて済んでいた。しかし日が経つごとに、心筋炎の患者は重症感がより増していった。採血データも「H」の項目が目立ち、レントゲンも透過性は益々低下しているようだった。透析も血圧が低めのため限界があった。MAP血、FFPが湯水のごとく消費されていく。
夜中2時頃。院内ポケベルが鳴った。
「はい・・・呼ばれましたか」
「こちらは本日の当直医です。整形外科の」
「はい、お疲れ様です」
「よかった先生、院内にいらっしゃるんですね。救急隊から連絡がありましてね、胸痛らしいんです」
「はい・・それで?」
「わたくしが最初に診てもいいですが、先生のほうがご専門なので、できればお願いできればと」
「専門・・しかし、胸痛が循環器と決まったわけじゃあ」
「あ、もう来ます!救急車。では先生、お願いします」
階下に聞こえる救急車のサイレン。
「ちょっと救急へ行ってきます」
須藤ナースが叫んだ。
「先生!入院は入れないで!入れなーいでこれ以上!入れなーいでこれ以上!」
光ゲンジの歌?こいつ、この年で・・・?
50代後半女性は病院のベッドに移されていた。整形の医者は横でモジモジしていた。
「あ、来た!もう大丈夫ですよ!専門の先生が来ましたからね・・・。じゃ、先生、あとは宜しくお願いします」
コイツ、ほんとに当直か?
早速ナースが記録した心電図・・・STが広範囲に2mmくらい下がってる!ナースがじっと記録を眺めた。
「STが下がってるから心筋梗塞ではないですね」
「いや、そうとも限らないんだ」
「あのー、痛かったのはいつからです?」
「3日前やろ、昨日もやな・・」
「どれくらい続きました?」
「さあ、いちいち覚えてへんが、2時間くらいかな、どれも」
「で、今回は」
「・・・なんか、地震みたいに何時間も繰り返し続いてるような」
「今何か治療してます?」
「近くのクリニックで相談したらな、アンタそれは年のせいやがなって言われて、それで終わりや」
「年のせいって、まだ若いでしょう」
「こんなオバハン見て、誰がそんな若いって思うもんか」
「飲んでる薬は?」
「もってきとらん」
「今の痛みは・・・一番痛いときが10としたら・・今はどれくらい?」
オーベンに教わった聞き出しのテクニックだ。
「そうやなあ・・7くらいかなあ」
「そうですか。このスプレーをかけますので、アーんして」
ミオコールスプレーを舌の下に吹きかけた。
5分後、心電図。STは1mm元に戻っている。
「看護婦さん、採血の結果は・・?」
「出たらまた病棟へ連絡します」
「ニトロールの点滴。バファリン内服も」
たぶんUAP・・不安定狭心症だ、そう考えながら病棟へ行こうとしたら、出口で整形の医者が待っていた。
「あ、先生。どうでしたか」
「unstableです」
「え?あんすてー・・?」
「ま、いいです」
そのときCDチェンジャーに載せていた華原朋美のシングル「I Believe」より・・・生意気な態度も時にはUSE!
「ええ?入院入るの?入るんだって、牧本さん」
半泣きの顔で、須藤ナースは休憩中の先輩ナースを呼びつけた。奥から先輩ナースがむくっと現れた。
「先生、人手もあまりないのに・・いいんですか。先生も忙しいのに」
「しょうがないんだよ。病院が救急取っちゃったから」
「どっか送ればいいのに」
「・・・すまない。どうやらunstableみたいだ」
「で、先生、用意するものは?」
「ルートは入ってる。酸素は2リットル。バルーンは病棟で入れよう」
「カテーテル検査しようにも、人員がいないでしょう?」
「西岡先生がいるから、相談しようかと」
「?先生、西岡先生は・・北海道から実家に寄ってからこちらに戻られると」
「実家・・?今は実家なの?」
「関東だとか・・」
「かんとう?」
血液データの報告では、心筋酵素は上昇してない。心筋梗塞起こしてるわけではなさそう。
外来ナースが患者を上げてきた・・のはいいが、自力歩行させている!
「おい!こら!」と思わず叫ぶ。うちのナースも反射的に走った。患者はかなりビビッていた。
「ひい!」
患者は有無をいわさず横にされ、電極をビシバシつけられた。
「な、なにをするの?」
スタッフは無視して一連の作業をこなす。
「エコーを持ってきて!」
部屋の電気がいきなり消える。患者はわけがわからない。
「ああ!停電や!」
プローブがいきなり胸に当てられる。
「ひやっ!ひやいわ!」
「壁の動きは良好。弁の逆流なし。心嚢液貯留なし。下大静脈拡張なし。終わり!」
よく観察できる患者で助かった。肥満・肺気腫の場合はエコー泣かせだ。
「胸の痛みは、10ぶんの・・・?」
「0かな・・・?いや、1かなー・・・」
心電図のSTは基線に復した。好奇心旺盛のナースが食い入るように見ていた。
「血管の中は、詰まってないということですか?」
「おそらく本態は血栓が、こう、血管の中を今にも閉塞しかけてるような感じだと思う」
と、偉そうにこの前の部長の話をそのまま続けた。
「へえ、こわーい。じゃあ先生、ヘパリンとかいくんですか」
「・・・あ、そうそう、ヘパリンね。血栓できたらいかんもんね。いくよ、当然。うん、いく予定にしてた。今から指示書くところ」
大変なことを忘れていた。この子に指摘されてしまうとは・・。その新人はクスッと笑ってバイタルを取り始めた。
金曜日。今日はみんなが出張から帰ってくる日だ。ここへも寄るはずだ、そう信じる・・。
睡眠不足がかなりつらい。今の患者がいつ急変するかわからないという不安と、他の病棟やドクターからいつコールあるか分からないというプレッシャー。
そして、この猛暑。
僕の体力はもはや限界に近づきつつあった・・・。
<つづく>
「先生、ASの患者さん。尿量が少ないです」
「イノバン、3ガンマ固定。輸液、5%TZ 200mlを負荷」
「ええっ?先生。心不全なのに負荷するんですか?」
「腎血流量を増やすためだよ」
「すみません。まだ新人なもので。先生、私が夜勤のときは帰らないで下さいね」
そのハキハキ言う須藤という新人は、非の打ち所がない、という評判のナースだった。オーベンの大のお気に入りだ。
「じゃ、先生。この患者さんのことも相談していいですか?」
熟練したナースが後ろから呼び止めた。
「何よ先生、若い子のときはデレデレしてぇ」
「デレデレなんか、してませんよ」
「須藤ちゃん、あんた今日深夜入りでしょ!ちゃんと構ってもらいなさいよ。先生、宜しくお願いします」
「は、はあ・・・」
患者は2人ともバイタルは横ばいで、アグレッシブな処置にならなくて済んでいた。しかし日が経つごとに、心筋炎の患者は重症感がより増していった。採血データも「H」の項目が目立ち、レントゲンも透過性は益々低下しているようだった。透析も血圧が低めのため限界があった。MAP血、FFPが湯水のごとく消費されていく。
夜中2時頃。院内ポケベルが鳴った。
「はい・・・呼ばれましたか」
「こちらは本日の当直医です。整形外科の」
「はい、お疲れ様です」
「よかった先生、院内にいらっしゃるんですね。救急隊から連絡がありましてね、胸痛らしいんです」
「はい・・それで?」
「わたくしが最初に診てもいいですが、先生のほうがご専門なので、できればお願いできればと」
「専門・・しかし、胸痛が循環器と決まったわけじゃあ」
「あ、もう来ます!救急車。では先生、お願いします」
階下に聞こえる救急車のサイレン。
「ちょっと救急へ行ってきます」
須藤ナースが叫んだ。
「先生!入院は入れないで!入れなーいでこれ以上!入れなーいでこれ以上!」
光ゲンジの歌?こいつ、この年で・・・?
50代後半女性は病院のベッドに移されていた。整形の医者は横でモジモジしていた。
「あ、来た!もう大丈夫ですよ!専門の先生が来ましたからね・・・。じゃ、先生、あとは宜しくお願いします」
コイツ、ほんとに当直か?
早速ナースが記録した心電図・・・STが広範囲に2mmくらい下がってる!ナースがじっと記録を眺めた。
「STが下がってるから心筋梗塞ではないですね」
「いや、そうとも限らないんだ」
「あのー、痛かったのはいつからです?」
「3日前やろ、昨日もやな・・」
「どれくらい続きました?」
「さあ、いちいち覚えてへんが、2時間くらいかな、どれも」
「で、今回は」
「・・・なんか、地震みたいに何時間も繰り返し続いてるような」
「今何か治療してます?」
「近くのクリニックで相談したらな、アンタそれは年のせいやがなって言われて、それで終わりや」
「年のせいって、まだ若いでしょう」
「こんなオバハン見て、誰がそんな若いって思うもんか」
「飲んでる薬は?」
「もってきとらん」
「今の痛みは・・・一番痛いときが10としたら・・今はどれくらい?」
オーベンに教わった聞き出しのテクニックだ。
「そうやなあ・・7くらいかなあ」
「そうですか。このスプレーをかけますので、アーんして」
ミオコールスプレーを舌の下に吹きかけた。
5分後、心電図。STは1mm元に戻っている。
「看護婦さん、採血の結果は・・?」
「出たらまた病棟へ連絡します」
「ニトロールの点滴。バファリン内服も」
たぶんUAP・・不安定狭心症だ、そう考えながら病棟へ行こうとしたら、出口で整形の医者が待っていた。
「あ、先生。どうでしたか」
「unstableです」
「え?あんすてー・・?」
「ま、いいです」
そのときCDチェンジャーに載せていた華原朋美のシングル「I Believe」より・・・生意気な態度も時にはUSE!
「ええ?入院入るの?入るんだって、牧本さん」
半泣きの顔で、須藤ナースは休憩中の先輩ナースを呼びつけた。奥から先輩ナースがむくっと現れた。
「先生、人手もあまりないのに・・いいんですか。先生も忙しいのに」
「しょうがないんだよ。病院が救急取っちゃったから」
「どっか送ればいいのに」
「・・・すまない。どうやらunstableみたいだ」
「で、先生、用意するものは?」
「ルートは入ってる。酸素は2リットル。バルーンは病棟で入れよう」
「カテーテル検査しようにも、人員がいないでしょう?」
「西岡先生がいるから、相談しようかと」
「?先生、西岡先生は・・北海道から実家に寄ってからこちらに戻られると」
「実家・・?今は実家なの?」
「関東だとか・・」
「かんとう?」
血液データの報告では、心筋酵素は上昇してない。心筋梗塞起こしてるわけではなさそう。
外来ナースが患者を上げてきた・・のはいいが、自力歩行させている!
「おい!こら!」と思わず叫ぶ。うちのナースも反射的に走った。患者はかなりビビッていた。
「ひい!」
患者は有無をいわさず横にされ、電極をビシバシつけられた。
「な、なにをするの?」
スタッフは無視して一連の作業をこなす。
「エコーを持ってきて!」
部屋の電気がいきなり消える。患者はわけがわからない。
「ああ!停電や!」
プローブがいきなり胸に当てられる。
「ひやっ!ひやいわ!」
「壁の動きは良好。弁の逆流なし。心嚢液貯留なし。下大静脈拡張なし。終わり!」
よく観察できる患者で助かった。肥満・肺気腫の場合はエコー泣かせだ。
「胸の痛みは、10ぶんの・・・?」
「0かな・・・?いや、1かなー・・・」
心電図のSTは基線に復した。好奇心旺盛のナースが食い入るように見ていた。
「血管の中は、詰まってないということですか?」
「おそらく本態は血栓が、こう、血管の中を今にも閉塞しかけてるような感じだと思う」
と、偉そうにこの前の部長の話をそのまま続けた。
「へえ、こわーい。じゃあ先生、ヘパリンとかいくんですか」
「・・・あ、そうそう、ヘパリンね。血栓できたらいかんもんね。いくよ、当然。うん、いく予定にしてた。今から指示書くところ」
大変なことを忘れていた。この子に指摘されてしまうとは・・。その新人はクスッと笑ってバイタルを取り始めた。
金曜日。今日はみんなが出張から帰ってくる日だ。ここへも寄るはずだ、そう信じる・・。
睡眠不足がかなりつらい。今の患者がいつ急変するかわからないという不安と、他の病棟やドクターからいつコールあるか分からないというプレッシャー。
そして、この猛暑。
僕の体力はもはや限界に近づきつつあった・・・。
<つづく>
コメント
無論、ミネソタコードでは禁止コードになってるから読まないけど。それは循環器疫学の話です。
STもあがれば下がったのも情報としてとったがいいし、以前のEKGがあればもっとわかりやすいです。