< レジデント・サード 14  IT’S RAINY LONLINESS >

 土曜日、本来は病院は休みだがレジデントは関係ない。しかし目覚めたのは朝の9時を少し過ぎていた。

「さあ、行くとするか・・・」

休日でも毎日出勤が非公式の原則のため、午前中に行かないと詰所から催促コールが鳴る。
いつもどおり、自転車で病院へ。

医局へ入ったところ、既に何人か来ているようだ。みんな出張から帰ってきて、患者の確認に出向いている模様。

しかし、オーベンは、すごいな。やるな。というか、凄いのはあの女か・・・。待てよ、となると僕が彼女に言ったことはオーベンに伝わってるってことか。
今後気をつけよう。

ゆっくりケーシに着替え、エレベーターにて病棟へ上がった。重症部屋に入った、ところ・・・・。

医局員数名と看護婦、それと家族が集まっている。患者の状況も見えない。しかし静まり返っている。
オーベンが、超音波で何か確認しているようだ。急変なのか?深夜の須藤さんははるか後方で固まっている。
彼女は僕に気づいたようだ。

「先生・・・」
彼女は左手をサッと前方に差し出し、オーベンたちの方へ行けといわんばかりだった。

「あの、いいでしょうか」
オーベンは僕の顔が反射するエコー画像を見ながら、ささやくようにつぶやいた。

「終わりだ、先生」
「え?」
「1週間・・なんとかやってはみたものの」
「何です?」
「瞳孔に反応がない」
「ピンポイントで、評価しにくいです。対光反射はあまり当てにならないかと」
「いや・・散瞳してるんだよ」
「え?」
「しかも、反応がない」
「それじゃあ・・」
「脳幹から上は死んでいることになる・・・これを見ろ」
「?」
「心臓の中だ・・モコモコしてる像が見えるか?」
「これは、左心室の中ですか?」
「そうだ。左心室の中・・ほとんどが血栓によって埋め尽くされている」
「血栓?しかし、ヘパリンもいってましたし。凝固時間も延長ぎみだったのに」
「体外循環は流れに勢いがあるが、心臓を休ませている分、ここは淀みやすい。先生、カルテに自分のムンテラ内容書いてただろ?」
「ええ、しかし、こうなるとは・・」
「我々が一番気にかけていた合併症だ。ともかくもう、体外循環を廻し続ける理由はなくなった・・・」
「・・・・・」
「これから僕が家族に説明する。君の口からでは無理だろう。家族にとっても君の印象はあまり良くないと、あるナースからも聞いてる。ここは穏便に済ませたい」

またか。彼女、何て言ったんだ・・・。

「君はここで様子見てろ。モニターをじっくりな」
オーベンは家族を率いて部屋を出た。他の医者が引き続き、須藤ナースだけ残った。

「瞳孔が開いたって、気づいたのは君?」
「ええ、そうです」
「僕がメインの主治医なのに、何故呼んでくれなかったんだ?オーベンの方を呼んだんだろ?」
「あの先生は、泊まってくれたんですよ」

 お前のためだろ・・・。しばらく沈黙が続いた。
 モニターはペースメーカーの波形のみ。自己脈は全くない。
 一時ペーシング入れて1週間くらいは経っており、そろそろ入れ換え時期だ。
 一時ペーシングは消耗品だから。

 僕はまた怒りがこみ上げてきた。

「でも、ホントの主治医は僕だ!僕が一番顔、出してるんだから」
「でも、重症時の管理や説明は、主に先生のオーベンがされてますし」
「・・・もういい」

 ダメだ。ムキになった同士で、まともな会話なんてできるはずない。

 ああいえばこういう。ちょうど今年の3月にテロを起こした団体の誰かみたいだ。

と、オーベンが家族を引き連れ、戻ってきた。

「ちょっと、通して、先生」
「はい」
「・・・・では、血栓が回路を塞いでしまう恐れもあるので・・止めますね。あとは自分の循環能力、ということになります」

家族は了解し、PCPSのスイッチが切られた。

一見、何も変わらなかったように見えたが・・・・数分後には血圧が徐々に下がってきた。ペーシングはスパイクのみとなった。

オーベンは瞳孔を片方ずつ対光反射で確認。心音を確認。両肺の呼吸音を確認。

聴診器を外し、家族のほうを向いた。

「死亡確認・・・11時・・22分です」

一同はしばらく動かないままだった。娘も無表情のままだ。

死後の処置・・・入っていた無数の管を抜き、穴を縫合・・ガーゼ詰め・・・。僕と須藤さんらで行った。
床は血液や消毒液でツルツル滑りそうだった。僕らの靴もタオルでしつこく拭き続けた。
結局救えなかったという情けなさと、妙なホッとした感じ。
自分が主治医だと威張っておきながら、それを全て認めていないような矛盾。

オーベンが入ってきた。
「さっき開業医の先生が来てた。入院の前にカゼと診断していた先生だな。家族の怒りは凄かったようだ。弁護士を立てて訴えるとか言ってた」
「その先生を?」
「ああ・・・これから大変だよ、その先生は」
「でも、上気道炎が先行していたころの時点でしょうし」
「・・結局、信用されてなかったんだ。先生、そういうことだ」
「?」
「日頃からどれだけ信用を得ておくかだ。その積み重ねを忘れるな」

 遺体を自宅へ送り届けるため、葬儀社の車が病院へ到着していた。外は小雨が降り注いでいた。
遺体は車の中へ運ばれ、家族も続々と入っていった。

 娘の姿がない。

「あの娘さん・・これから大変だろうな。でも多分、あの家族が力を合わせてくれるだろう」
しめくくろうとしたオーベンにちょっと納得がいかず僕は言い返してしまった。
「そう簡単な事情ではないと思います」

不意を突かれたように、オーベンはギクッとしたようだった。
恵まれている人には、人の気持ちは分からないものだ・・確かに。

いきなり左の肩に激痛が走った。

砕けたような感じだ。僕は衝撃で前のめりになり、右手のひらを地面に叩きつけた。右手首にも衝撃が走った。
両膝も地面に叩きつけられ、砂まみれになった。

ふと顔を上げると・・娘の後姿が。彼女が一歩一歩、車に向かって歩いていく。

オーベンらスタッフは僕の前方に立っているためこちらには気づいてない。

強烈なパンチを喰らわせたその彼女は車のドアを開け、乗り込んだ。

車はゆっくり動き出し、病院の駐車場へと走り出した。

オーベンたちは一斉に頭を下げ、黙祷した。

ほぼ四つんばいになったような格好で、僕はずぶ濡れになっていた。

そして、交差点からゆっくり走り出すウインカーランプを、ただただ、眺めるだけだった・・・。

雨は次第に豪雨へと変わっていった。

<つづく>

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