< レジデント・サード 16 イメトレ! >
2004年3月24日 連載 「はぁ・・・」
ドカッと医局のソファーに勢いよく座る。
しかし僕は医局でも、病院の中でも最下層の存在、レジデントだ。
「つかれた・・・」
心臓カテーテル検査の手伝いをして、大汗をかいて戻ってきたところだ。
今日もかなりしぼられた。しかし補助というより、ありゃ見学だ。
「ユウキ先生」
吉本先生が入ってきた。
「あ、先生、先ほどはどうも・・すみません」
「もうちょっと、手順を予習しろよ。作業の途中で手が止まってはいかんのだ。手が止まるってことは、次に何していいか日頃浮かんでないってことだ」
「そうですね・・」
「次はこれ、次はこれ、と日頃からイメージトレーニングを積んでおけば、ためらわず出来るようになる」
「はい」
「伊藤君といっしょに練習するんだよ。レジデント同士なら遠慮もないだろ」
「そうですね」
病棟へ上がる。ナースにさっそく補足された。
「あ、先生、ちょうどいいところに」
「何が?」
「新しく入院になりました喘息の方、発作がまだおさまってないようですが」
「発作時の指示は出したよ」
「ソルメドロールですか。あれはもう今日3回も使ってますが」
「効いてないの?」
「ネオフィリンを入れるとか」
「高齢だし、不整脈が怖い」
「じゃあ何を」
「うーん・・・」
オーベンが現れた。
「リンデロンに変えてみろ。ステロイドでも種類が変われば効いたという報告もある」
「そうなんですか」
「君は呼吸器科も廻ったんだろ。知ってたと思うがな」
「やってみます」
「ところで、先生。これからPSVTの人が来るんだが。外来での処置、手伝ってくれないか」
「はい」
外来では若い女性がしんどそうに横になっている。
「ああ、またドキドキしてきた・・」
オーベンが横から僕に話す。
「看護婦連中は忙しくてルートの準備も出来んようだ。僕らでやるか」
「ええ、準備します。ジギタリスを・・」
「一応アレやってみろ」
「ああ・・アレですね。じゃあ患者さん、じゃない、富山さん。ちょっと首の付け根、揉みますね」
人差し指で、首の左の付け根を揉もうとした。オーベンがその手を掴んだ。
「そっちはするな。優位半球に万一虚血が起こったらいけない。刺激は右のほうでやれ」
「利き手のほう、ということですね」
「そうだ・・大丈夫かなあ」
グリグリと揉むが・・・モニターに変化はない。
「じゃあ次、瞼を押さえますので、目を閉じてください」
オーベンがまた横から現れた。
「あんまり激しくやって、網膜を傷つけんように」
「え、ええ」
効果なし。
「じゃあ、思いっきり息を吸ってください。はーい、吸って。はい、止めてください」
オーベンがまた口を出す。
「そんなんじゃあ、ダメだ。見てろ」
オーベンは患者の横に密着した。
「はーい、はいそこで!思いっきり吸う!吸う!吸え!そうだ!そして!止める!止めないか!ほら!ふん!」
患者とオーベンの顔がかなり紅潮していく。
「きばって!きばって!吐くな!そのまま!・・・・・はい、もういいよ」
モニターの脈が、徐々に減少・・・・脈はサイナス70台に・・しかし、脈はどんどん減り続けた。50・・・40・・・。
オーベンはハッと患者を振り返った。患者は白目を向いている。
「ワゴトニーだ!硫アト、エホチールを用意!」
「え?」
「迷走神経反射だよ!」
「り、硫アト、いきます!」
患者は落ち着いた。僕はオーベンを称えた。
「先生、さっきはすごい迫力でしたね」
「ああ、バルサルバの時か。こっちはアポるかと思ったよ」
「僕も呼吸機能検査のときはかなりリキ入れてやってましたが・・あそこまでしないといけないんですね。先生、顔がびしょぬれですよ」
「ああ・・ちょっと・・休んでくる」
僕は伊藤と合流した。全然使われていない、地下のカンファレンスルームだ。
「ここだな」
「ああ」
ギー・・と入り、電気をつけると、長いすが数個並んでいた。
「ここにでも座ろう」
伊藤がいろんな器具をかけたままイスに腰掛けた。
「ゴミ箱から取り出し、消毒してもらった、カテーテル・・・注射器・・・」
「よくそんだけ集めたな」
「これがスワンガンツカテーテル・・・・」
「一番初めに使うのは・・ええっと」
「麻酔。これだな。1%キシロカイン。中は水だ」
「じゃ、伊藤、お前が助手、僕がメインのつもりで」
「ああ、いいだろう」
「よし。注射器を。麻酔ちょうだい」
「オイオイ、針をそんなにサッと出すなよ。そいつは本物だぜ」
「あ、そうか。すまんすまん」
そんな感じで、僕らはイメージトレーニングを続けた。
「伊藤、ガンツカテーテルちょうだい」
「どうぞ」
僕はカテーテルをグイッと自分の左に引っ張った。伊藤が勢い余ってこけそうになった。
「大丈夫か、伊藤」
「いきなり引っ張るな!」
「カテーテル、入ります」
「そんなのいちいち言わなくていいだろ」
「・・・・・」
本番に慣れるための練習は来る日も来る日も続いた。
「じゃ、レジデント、今日は誰?」
まずい。今日のカテーテルのメインは、西岡先生だ。一番怖い先生だ。
「まあいい、2人とも入れ!まずは伊藤だ。容赦はせんからな。来い!」
僕らは術衣に着替え、四角形のタワシで片手ずつ洗っていた。
「伊藤、大丈夫かなあ・・俺ら」
「いや、もう無の境地だ。怒られたときは怒られたとき」
「オレはいやだなあ。こういうの」
「死ぬわけじゃないだろ」
「死ぬより怖い」
「でも、ぶたれたほうが覚えやすいって言うだろ」
「え?あの先生、手出すの?」
「昨年のレジデントは膝を負傷したらしいよ」
「・・・・・」
「おい!何をモタモタしとるか!」
西岡先生がドアを隔てたカテ室から叫んだ。
「ユウキ、早く!」
「おお」
ガイ−ン、と自動ドアは無常にも開き、まぶしく降り注ぐ光に僕らは吸い込まれていった・・・。
「バカモン!」
伊藤は3発目のライダーキックを膝に浴びせられた。伊藤の体がぐらつく。
「早く渡す!早く!お・そ・い!何をやっとんだ?」
伊藤は何度もおじぎしながらカテーテルを渡した。
「もういい、代われ!ユウキ先生!」
僕は伊藤に代わった。今はガンツカテーテルが心臓の右心室に入っていったところだ。
「ユウキ先生!次すること、ちゃんと頭に描いてるんだろうなあ!」
「は、はい?」
「一緒に前のモニターを見る!」
「は、はい!」
モニターを見るが、頭は真っ白だ。
「じゃ、カテーテル抜くぞ」
スルスルと、西岡先生はカテーテルを抜いた。僕はそれを床に落としてしまった。
「こら!あ!拾うな!手袋が不潔になる!」
「あ、はい。触ってません」
「いいや、触った!」
「触ってません」
「手袋変えて!ほらほら、もう左室造影にとりかかるぞ!準備準備!」
伊藤が左心カテーテルを取りにかかった。と、西岡先生が腕をつかんできた。
「何やってんねん!お前はこ・こ・に・い・ろ!」
「はいっ」
僕はカテーテルを手渡した。西岡先生はカテーテルを左心室に進めた。
「ユウキ先生、カテーテルをインジェクターにセット!」
「え?ああ、これですね?」
「セット!」
「は、はい・・こ、こうですか?」
患者が頭を上げてきた。
「なんか、恐ろしいことでも起こってきよるんかいな」
ムッと、西岡先生は患者の体を押さえた。
「誰が動いていいと言った!う!ご!か!な!い!」
「す、すん…
ドカッと医局のソファーに勢いよく座る。
しかし僕は医局でも、病院の中でも最下層の存在、レジデントだ。
「つかれた・・・」
心臓カテーテル検査の手伝いをして、大汗をかいて戻ってきたところだ。
今日もかなりしぼられた。しかし補助というより、ありゃ見学だ。
「ユウキ先生」
吉本先生が入ってきた。
「あ、先生、先ほどはどうも・・すみません」
「もうちょっと、手順を予習しろよ。作業の途中で手が止まってはいかんのだ。手が止まるってことは、次に何していいか日頃浮かんでないってことだ」
「そうですね・・」
「次はこれ、次はこれ、と日頃からイメージトレーニングを積んでおけば、ためらわず出来るようになる」
「はい」
「伊藤君といっしょに練習するんだよ。レジデント同士なら遠慮もないだろ」
「そうですね」
病棟へ上がる。ナースにさっそく補足された。
「あ、先生、ちょうどいいところに」
「何が?」
「新しく入院になりました喘息の方、発作がまだおさまってないようですが」
「発作時の指示は出したよ」
「ソルメドロールですか。あれはもう今日3回も使ってますが」
「効いてないの?」
「ネオフィリンを入れるとか」
「高齢だし、不整脈が怖い」
「じゃあ何を」
「うーん・・・」
オーベンが現れた。
「リンデロンに変えてみろ。ステロイドでも種類が変われば効いたという報告もある」
「そうなんですか」
「君は呼吸器科も廻ったんだろ。知ってたと思うがな」
「やってみます」
「ところで、先生。これからPSVTの人が来るんだが。外来での処置、手伝ってくれないか」
「はい」
外来では若い女性がしんどそうに横になっている。
「ああ、またドキドキしてきた・・」
オーベンが横から僕に話す。
「看護婦連中は忙しくてルートの準備も出来んようだ。僕らでやるか」
「ええ、準備します。ジギタリスを・・」
「一応アレやってみろ」
「ああ・・アレですね。じゃあ患者さん、じゃない、富山さん。ちょっと首の付け根、揉みますね」
人差し指で、首の左の付け根を揉もうとした。オーベンがその手を掴んだ。
「そっちはするな。優位半球に万一虚血が起こったらいけない。刺激は右のほうでやれ」
「利き手のほう、ということですね」
「そうだ・・大丈夫かなあ」
グリグリと揉むが・・・モニターに変化はない。
「じゃあ次、瞼を押さえますので、目を閉じてください」
オーベンがまた横から現れた。
「あんまり激しくやって、網膜を傷つけんように」
「え、ええ」
効果なし。
「じゃあ、思いっきり息を吸ってください。はーい、吸って。はい、止めてください」
オーベンがまた口を出す。
「そんなんじゃあ、ダメだ。見てろ」
オーベンは患者の横に密着した。
「はーい、はいそこで!思いっきり吸う!吸う!吸え!そうだ!そして!止める!止めないか!ほら!ふん!」
患者とオーベンの顔がかなり紅潮していく。
「きばって!きばって!吐くな!そのまま!・・・・・はい、もういいよ」
モニターの脈が、徐々に減少・・・・脈はサイナス70台に・・しかし、脈はどんどん減り続けた。50・・・40・・・。
オーベンはハッと患者を振り返った。患者は白目を向いている。
「ワゴトニーだ!硫アト、エホチールを用意!」
「え?」
「迷走神経反射だよ!」
「り、硫アト、いきます!」
患者は落ち着いた。僕はオーベンを称えた。
「先生、さっきはすごい迫力でしたね」
「ああ、バルサルバの時か。こっちはアポるかと思ったよ」
「僕も呼吸機能検査のときはかなりリキ入れてやってましたが・・あそこまでしないといけないんですね。先生、顔がびしょぬれですよ」
「ああ・・ちょっと・・休んでくる」
僕は伊藤と合流した。全然使われていない、地下のカンファレンスルームだ。
「ここだな」
「ああ」
ギー・・と入り、電気をつけると、長いすが数個並んでいた。
「ここにでも座ろう」
伊藤がいろんな器具をかけたままイスに腰掛けた。
「ゴミ箱から取り出し、消毒してもらった、カテーテル・・・注射器・・・」
「よくそんだけ集めたな」
「これがスワンガンツカテーテル・・・・」
「一番初めに使うのは・・ええっと」
「麻酔。これだな。1%キシロカイン。中は水だ」
「じゃ、伊藤、お前が助手、僕がメインのつもりで」
「ああ、いいだろう」
「よし。注射器を。麻酔ちょうだい」
「オイオイ、針をそんなにサッと出すなよ。そいつは本物だぜ」
「あ、そうか。すまんすまん」
そんな感じで、僕らはイメージトレーニングを続けた。
「伊藤、ガンツカテーテルちょうだい」
「どうぞ」
僕はカテーテルをグイッと自分の左に引っ張った。伊藤が勢い余ってこけそうになった。
「大丈夫か、伊藤」
「いきなり引っ張るな!」
「カテーテル、入ります」
「そんなのいちいち言わなくていいだろ」
「・・・・・」
本番に慣れるための練習は来る日も来る日も続いた。
「じゃ、レジデント、今日は誰?」
まずい。今日のカテーテルのメインは、西岡先生だ。一番怖い先生だ。
「まあいい、2人とも入れ!まずは伊藤だ。容赦はせんからな。来い!」
僕らは術衣に着替え、四角形のタワシで片手ずつ洗っていた。
「伊藤、大丈夫かなあ・・俺ら」
「いや、もう無の境地だ。怒られたときは怒られたとき」
「オレはいやだなあ。こういうの」
「死ぬわけじゃないだろ」
「死ぬより怖い」
「でも、ぶたれたほうが覚えやすいって言うだろ」
「え?あの先生、手出すの?」
「昨年のレジデントは膝を負傷したらしいよ」
「・・・・・」
「おい!何をモタモタしとるか!」
西岡先生がドアを隔てたカテ室から叫んだ。
「ユウキ、早く!」
「おお」
ガイ−ン、と自動ドアは無常にも開き、まぶしく降り注ぐ光に僕らは吸い込まれていった・・・。
「バカモン!」
伊藤は3発目のライダーキックを膝に浴びせられた。伊藤の体がぐらつく。
「早く渡す!早く!お・そ・い!何をやっとんだ?」
伊藤は何度もおじぎしながらカテーテルを渡した。
「もういい、代われ!ユウキ先生!」
僕は伊藤に代わった。今はガンツカテーテルが心臓の右心室に入っていったところだ。
「ユウキ先生!次すること、ちゃんと頭に描いてるんだろうなあ!」
「は、はい?」
「一緒に前のモニターを見る!」
「は、はい!」
モニターを見るが、頭は真っ白だ。
「じゃ、カテーテル抜くぞ」
スルスルと、西岡先生はカテーテルを抜いた。僕はそれを床に落としてしまった。
「こら!あ!拾うな!手袋が不潔になる!」
「あ、はい。触ってません」
「いいや、触った!」
「触ってません」
「手袋変えて!ほらほら、もう左室造影にとりかかるぞ!準備準備!」
伊藤が左心カテーテルを取りにかかった。と、西岡先生が腕をつかんできた。
「何やってんねん!お前はこ・こ・に・い・ろ!」
「はいっ」
僕はカテーテルを手渡した。西岡先生はカテーテルを左心室に進めた。
「ユウキ先生、カテーテルをインジェクターにセット!」
「え?ああ、これですね?」
「セット!」
「は、はい・・こ、こうですか?」
患者が頭を上げてきた。
「なんか、恐ろしいことでも起こってきよるんかいな」
ムッと、西岡先生は患者の体を押さえた。
「誰が動いていいと言った!う!ご!か!な!い!」
「す、すん…
コメント