<レジデント・サード 19 続・EMERGENCY後編+α>
2004年3月27日 連載「だめだ、挿管できない!」
やっと安部先生がかけつけてきた。
「あ、安部先生。館内放送で今、呼び出そうかと」
「そっちへちょうど向かってたのよ。チューブ、入らない?」
「ダメです。声門が全然見えなくて・・申し訳ないです」
隣では看護婦が気管支鏡を用意していた。
「看護婦さん。気管支鏡、挿管チューブに通した?準備できたわね」
「それで入るんですか?」
「これを使えば、直接覗きながら確実に入れれるでしょう?」
「なるほど・・・」
挿管チューブ付のファイバーが鼻から挿入され、5秒で片がついた。
「入ったわ。テープ固定、アンビューして、先生。レスピレーターは病棟で付けましょう」
「先生、病棟は呼吸器科のところを・・」
「あなたの循環器科の安定している患者を、呼吸器科へ移したわ。だから循環器科へ上げる」
「移したって・・・?いつの間に?」
そんな相談してたのか?
「こちらはもう手一杯なのよ。呼吸器科に割り当てられたベッドは少ないしね」
「そんな・・・」
「大丈夫よ先生。先生はレジデントでしょう?何でも診なきゃ」
「そういう問題では・・」
ボスミンの反応か、脈が戻ってきた。安部先生は紹介状を手に取った。
「肺水腫・・・これしか書いてない」
「主治医の同乗もなかったんです」
「ああ、この先生ね。今日はハズレね」
「ハズレ?」
「この先生がこの病院の当直した日はもう大変なのよ。使い物にならないんだって」
「よくクビにならないですね」
「医師会の会長の息子よ」
「だとしても・・」
「そういうものよ」
「そう・・・ですか?」
「さ、あとはもう私が診るわ。先生はその患者さんを病棟で診てあげて」
というか、もう朝の6時だ。
その患者は利尿剤に徐々に反応してきた。
早朝。
自転車で、いつものように医局付近の駐輪場へ。外では山下達郎のNHK朝ドラのテーマ曲がわずかに聞こえる。
「Dreaming Girl・・・」
医局へ入った。みんなまだ出勤してない。と、机の上に郵便物が。その中に手紙がある。
「残暑見舞いか・・・」
そこには「そちらへ近々また伺いますので、宜しくお願いします」と。
「誰が・・・」
差出人のところを見ると・・・
「川口・・・懐かしいな」
住所は・・大学病院からだ。あんなとこに、まだ居るのか・・・。もう1通来てる。
「飲み屋のペテンのオバちゃんか・・・」
その夜、僕は1人でそのバーへ向かった。
「オバちゃん、こんにちは」
カウンターにはジャズが流れており、カウンターには客は1人もいなかった。化粧の濃いママと手伝いの若い子だけだ。
「おやまあ、珍しい!ユウキ坊ちゃんじゃないの?1人?」
「はい。いいですか?」
「どうぞどうぞ!あらあら、忙しいところ、来てくれたのねえ・・ああこの子、新人のミカちゃん」
「ミカです、よろしくお願いします」
「こちらこそ・・で、オバちゃん。大学の人間らは来てる?」
「ああ、来てるよ・・皆・・で、注文は?」
かなり酔いが廻ってきた。
「オバちゃん、グッチや野中らはここに来てる?」
「ああ、来てるよ。グッちゃんは男の人と腕組んでね」
「なに!」
「ウソだよ。大学院の同志たちとでさあ」
「大学院?」
「彼女は春から大学院だよ」
「野中だけかと思ってたけど」
「今はさ、若いうちに博士取って、それから大学出てもう戻らないっていう考えが多いね。そんなに大学って嫌なところなのない?」
「・・いろいろね」
「偉い先生方がたくさんいるじゃあないの」
「そうか?」
「あんたのオーベンの、窪田先生。あのオカマみたいな先生だよ」
「今も指導医ですか?」
「さあ知らんが。あんたのことを一番心配してる」
「余計なお世話を・・」
「いやそうじゃなくて、あんたが一番かわいかったのさ」
「気持ち悪いな。しかし何で過去形なんだよ?」
「あんたがいい医者になるようになるように、いつもここで喋っていたよ」
「いつの話?」
「あんたが指導を受けていた頃から」
「いい医者ね・・どういうのをいうんだろ?」
「私からも、その先生にはお願いしてるのよ」
「ああ・・それは、どうも」
「で、結婚はどうするの?」
「プッ!」
唐突な質問に不意をつかれ、吐き出してしまった。
「オバちゃん、若い子のいる前で・・ねえ、ミキちゃん」
「ミカです、どこの子と間違えてるんですか?」
「ああ、ゴメン。でね、オバちゃん。やっぱホントに好きな人と一緒になるのは、難しいな」
「あたしは今でも独身さ」
「・・・オバちゃん以前、誰かがオレのこと好きだとか言ってたって」
「?・・ああ、覚えてる」
「誰だよ、それ?」
「知ってるくせに言うのはおよしよ」
「な?」
「その後、あんたが彼女にアタックしたんじゃないのかい」
「アタック?してないしてない」
「それが聞きたくて、ここに来たんだろ?」
「何が?」
「まあ、若い頃ってのは、何も見えてない、意味が解ってないことが多いものさ」
「はあ?」
オバちゃんは知らない間にやってきていた客へ注文を伺いだした。
「オバちゃん、説教ありがとう。おあいそ」
僕は自転車でまた走り出し、アパートへ向かった。
「もう9月か・・・」
肺水腫で入院した患者は急速に回復、抜管後酸素マスクでの吸入を継続していた。
「・・でして、来週には大部屋に移動をと」
「なるほど」
重症回診が終わった。スタッフは散り散りになり、午前中の各々の持ち場へ向かった。
オーベンと僕が残った。
「ユウキ先生。ARによる心不全だね」
「逆流はかなり大きかったですね」
「もうすぐ酸素は中止できると思うが、左心室はかなりデカい。左室拡張末期径で・・オペ適応の75mmほどではないが、65mmはある」
「収縮末期径が44mm・・こっちもオペ適応の55mmほどではないですね」
「ほかに疾患はあるか」
「大動脈瘤があるかと」
「何?そっちのほうが危ないじゃないか」
「レントゲンしか撮ってませんが・・左の第1弓がかなり拡大しています」
「・・・ああこれか・・先生。一見大動脈が張り出して見えるが・・。これは違うよ」
「え?」
「斜位だよ、この写真は」
「シャイ?」
「体が斜めになってて、正面から撮れてない。左右の肋間の距離が違う」
「あ、そうか・・」
「まさしく君が日頃強調している、左右差だ。で、先生。心不全が改善したのはいいが、今後はどうフォローする?」
「3ヶ月に1回エコーして、径が大きく・あるいは収縮能が低下傾向になれば、心臓外科へ紹介でしょうか」
「そうだな。弁置換だな。今日は珍しく答えられたな」
「たまには、です」
ついさっき本を読んだところだったのだ。時には知ったふりも必要だ。
「ユウキ先生。今度、大学病院から膠原病が送られてくる。PH精査で」
「コラーゲンで肺高血圧・・・MCTDですか」
「そのようだ。ガンツカテーテルを心臓内に留置し、2週間プロスタグランジンを点滴する。その経過中の検体が欲しいと」
「大学からの要望ですか」
「君の大学のな。僕の大学とは違うから、気は楽だ」
「先生んとこは帝大ですよね。凄いなあ」
「でも、ひょっとしたら・・地方大学出身の帝大医局員、かもしれないぜ」
大学からの連絡とは裏腹に、その患者は2日早く病院を受診、そのまま入院となった。というか、転院である。
僕はコールがあって、下の外来へと降りた。
<つづく>
やっと安部先生がかけつけてきた。
「あ、安部先生。館内放送で今、呼び出そうかと」
「そっちへちょうど向かってたのよ。チューブ、入らない?」
「ダメです。声門が全然見えなくて・・申し訳ないです」
隣では看護婦が気管支鏡を用意していた。
「看護婦さん。気管支鏡、挿管チューブに通した?準備できたわね」
「それで入るんですか?」
「これを使えば、直接覗きながら確実に入れれるでしょう?」
「なるほど・・・」
挿管チューブ付のファイバーが鼻から挿入され、5秒で片がついた。
「入ったわ。テープ固定、アンビューして、先生。レスピレーターは病棟で付けましょう」
「先生、病棟は呼吸器科のところを・・」
「あなたの循環器科の安定している患者を、呼吸器科へ移したわ。だから循環器科へ上げる」
「移したって・・・?いつの間に?」
そんな相談してたのか?
「こちらはもう手一杯なのよ。呼吸器科に割り当てられたベッドは少ないしね」
「そんな・・・」
「大丈夫よ先生。先生はレジデントでしょう?何でも診なきゃ」
「そういう問題では・・」
ボスミンの反応か、脈が戻ってきた。安部先生は紹介状を手に取った。
「肺水腫・・・これしか書いてない」
「主治医の同乗もなかったんです」
「ああ、この先生ね。今日はハズレね」
「ハズレ?」
「この先生がこの病院の当直した日はもう大変なのよ。使い物にならないんだって」
「よくクビにならないですね」
「医師会の会長の息子よ」
「だとしても・・」
「そういうものよ」
「そう・・・ですか?」
「さ、あとはもう私が診るわ。先生はその患者さんを病棟で診てあげて」
というか、もう朝の6時だ。
その患者は利尿剤に徐々に反応してきた。
早朝。
自転車で、いつものように医局付近の駐輪場へ。外では山下達郎のNHK朝ドラのテーマ曲がわずかに聞こえる。
「Dreaming Girl・・・」
医局へ入った。みんなまだ出勤してない。と、机の上に郵便物が。その中に手紙がある。
「残暑見舞いか・・・」
そこには「そちらへ近々また伺いますので、宜しくお願いします」と。
「誰が・・・」
差出人のところを見ると・・・
「川口・・・懐かしいな」
住所は・・大学病院からだ。あんなとこに、まだ居るのか・・・。もう1通来てる。
「飲み屋のペテンのオバちゃんか・・・」
その夜、僕は1人でそのバーへ向かった。
「オバちゃん、こんにちは」
カウンターにはジャズが流れており、カウンターには客は1人もいなかった。化粧の濃いママと手伝いの若い子だけだ。
「おやまあ、珍しい!ユウキ坊ちゃんじゃないの?1人?」
「はい。いいですか?」
「どうぞどうぞ!あらあら、忙しいところ、来てくれたのねえ・・ああこの子、新人のミカちゃん」
「ミカです、よろしくお願いします」
「こちらこそ・・で、オバちゃん。大学の人間らは来てる?」
「ああ、来てるよ・・皆・・で、注文は?」
かなり酔いが廻ってきた。
「オバちゃん、グッチや野中らはここに来てる?」
「ああ、来てるよ。グッちゃんは男の人と腕組んでね」
「なに!」
「ウソだよ。大学院の同志たちとでさあ」
「大学院?」
「彼女は春から大学院だよ」
「野中だけかと思ってたけど」
「今はさ、若いうちに博士取って、それから大学出てもう戻らないっていう考えが多いね。そんなに大学って嫌なところなのない?」
「・・いろいろね」
「偉い先生方がたくさんいるじゃあないの」
「そうか?」
「あんたのオーベンの、窪田先生。あのオカマみたいな先生だよ」
「今も指導医ですか?」
「さあ知らんが。あんたのことを一番心配してる」
「余計なお世話を・・」
「いやそうじゃなくて、あんたが一番かわいかったのさ」
「気持ち悪いな。しかし何で過去形なんだよ?」
「あんたがいい医者になるようになるように、いつもここで喋っていたよ」
「いつの話?」
「あんたが指導を受けていた頃から」
「いい医者ね・・どういうのをいうんだろ?」
「私からも、その先生にはお願いしてるのよ」
「ああ・・それは、どうも」
「で、結婚はどうするの?」
「プッ!」
唐突な質問に不意をつかれ、吐き出してしまった。
「オバちゃん、若い子のいる前で・・ねえ、ミキちゃん」
「ミカです、どこの子と間違えてるんですか?」
「ああ、ゴメン。でね、オバちゃん。やっぱホントに好きな人と一緒になるのは、難しいな」
「あたしは今でも独身さ」
「・・・オバちゃん以前、誰かがオレのこと好きだとか言ってたって」
「?・・ああ、覚えてる」
「誰だよ、それ?」
「知ってるくせに言うのはおよしよ」
「な?」
「その後、あんたが彼女にアタックしたんじゃないのかい」
「アタック?してないしてない」
「それが聞きたくて、ここに来たんだろ?」
「何が?」
「まあ、若い頃ってのは、何も見えてない、意味が解ってないことが多いものさ」
「はあ?」
オバちゃんは知らない間にやってきていた客へ注文を伺いだした。
「オバちゃん、説教ありがとう。おあいそ」
僕は自転車でまた走り出し、アパートへ向かった。
「もう9月か・・・」
肺水腫で入院した患者は急速に回復、抜管後酸素マスクでの吸入を継続していた。
「・・でして、来週には大部屋に移動をと」
「なるほど」
重症回診が終わった。スタッフは散り散りになり、午前中の各々の持ち場へ向かった。
オーベンと僕が残った。
「ユウキ先生。ARによる心不全だね」
「逆流はかなり大きかったですね」
「もうすぐ酸素は中止できると思うが、左心室はかなりデカい。左室拡張末期径で・・オペ適応の75mmほどではないが、65mmはある」
「収縮末期径が44mm・・こっちもオペ適応の55mmほどではないですね」
「ほかに疾患はあるか」
「大動脈瘤があるかと」
「何?そっちのほうが危ないじゃないか」
「レントゲンしか撮ってませんが・・左の第1弓がかなり拡大しています」
「・・・ああこれか・・先生。一見大動脈が張り出して見えるが・・。これは違うよ」
「え?」
「斜位だよ、この写真は」
「シャイ?」
「体が斜めになってて、正面から撮れてない。左右の肋間の距離が違う」
「あ、そうか・・」
「まさしく君が日頃強調している、左右差だ。で、先生。心不全が改善したのはいいが、今後はどうフォローする?」
「3ヶ月に1回エコーして、径が大きく・あるいは収縮能が低下傾向になれば、心臓外科へ紹介でしょうか」
「そうだな。弁置換だな。今日は珍しく答えられたな」
「たまには、です」
ついさっき本を読んだところだったのだ。時には知ったふりも必要だ。
「ユウキ先生。今度、大学病院から膠原病が送られてくる。PH精査で」
「コラーゲンで肺高血圧・・・MCTDですか」
「そのようだ。ガンツカテーテルを心臓内に留置し、2週間プロスタグランジンを点滴する。その経過中の検体が欲しいと」
「大学からの要望ですか」
「君の大学のな。僕の大学とは違うから、気は楽だ」
「先生んとこは帝大ですよね。凄いなあ」
「でも、ひょっとしたら・・地方大学出身の帝大医局員、かもしれないぜ」
大学からの連絡とは裏腹に、その患者は2日早く病院を受診、そのまま入院となった。というか、転院である。
僕はコールがあって、下の外来へと降りた。
<つづく>
コメント