< レジデント・サード 20 再会 >
2004年3月28日 連載20代くらいの若い女性だ。細くて美人だが、少し陰がある。
「おはようございます」
その子はこちらへ気づくと、一生懸命の笑顔を振りまいた。
「え?ああこちらこそ」
僕は照れてしまい、手で頭をかいてしまった。
「車椅子・・ですね。これはうちの病院のかな?あ、大学のですか。じゃ、こちらへ移りましょう」
「はい・・できますよ、自分で」
「ええ、どうぞ・・・はい、あとは自分が動かします」
すると後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「ユリちゃん!頑張るのよ!」
あれは・・。ユリちゃんの声も弾んだ。
「川口先生!しばしのお別れです!頑張りますね!」
「ユリちゃん、大丈夫。その先生だったら!私の知り合いだし」
「え?じゃあこの先生が、例の?」
例の、って何だよ?
その子はますます輝きだした。
「じゃあ川口先生、またね!」
「うん!あ、ユウキ先生!これ、紹介状!検査データと」
何だよ、これだけかよ。
僕は浮かない顔のままだった。
・・中に何か入ってないかなぁー・・・。
エレベーターまで歩いた。少し待たねばならない。前で立ち止まった。
振り返ると、川口が見送りにやって来た。
「先生、いろいろと聞くわよ」
「どうせ・・よくない話だろ」
「ううん。頑張ってるってね。アイツはいい医者になるいい医者になるって」
「?どっかで聞いた言葉だな」
「あたしはもう論文書けそうよ」
「え?まだ院の1年目じゃ・・」
「松田先生が大学辞めちゃって、そのまま引き継いだの。そしたらいいデータが出てね」
「ムチャクチャ運がいい奴」
下りのエレベーターはここ2階を素通りしていき、地下まで降りた。
「グッチ・・いや、川口先生」
「はい」
「僕はどうなるのかな」
「え?僕ら?」
「いや、そうじゃな・・」
エレベーターが開き、人がゾロゾロ出てきた。
車椅子はそのまま入り、僕は半分振り向いた。
間にどんどん人が入り、砕けた会話も交わせなくなった。
閉まりかけた扉をバンと叩き、扉は反射的にまた開いた。
「グッチ!また・・連絡するよ!」
「うん!あたしも!病状経・・・」
扉は閉まった。
背の低いオバちゃん達がニヤニヤ笑っている。
「ヒヒヒ・・・若いもんはええのう。あんたのカノジョ?」
「ち、違います」
「ヒヒヒ。ああやって離れてるときが、一番燃えるもんよ。わしらもよう燃えた燃えた、イヒヒ」
「いったい何の・・」
「いけいけ!ドーンといけ!いっちゃれ!」
オバちゃんは僕の肩をドーンと叩いた。
エレベーターは途中で止まり、オバちゃんたちは降りた。僕らだけになった。
「先生、あの先生とのことも、あたし全部知ってるんですよ」
「なに?どうして?」
「センセ、女同士って心許しあったら、もう凄いですよ」
や、ヤバイ言い方するなよな・・。
「でも先生って、かわいそう」
「どうして?僕が?」
エレベーターが開き、看護婦が迎えに来た。
伊藤といつもの地下室へ。
「合格、するかな・・」
「さあ・・」
「さ、伊藤、始めよう」
「ああ。はい、カテちょうだい」
「はい!」
「・・・RA・・RV圧。ウエッジ圧・・PA圧・・カテーテル抜去」
「はい」
「左心カテを」
「はい」
「・・・左冠動脈へ。造影剤注入」
「はいよ」
「次、右冠動脈へ。造影剤注入」
「はいはい」
「・・・なんか気になるなあ」
「いいだろ?」
「左室造影!インジェクターを。セット。逆流確認」
「はい、造影した!」
「カテーテル、元へ。圧引き抜き・・終了」
「終了」
「ふう・・・ユウキ先生、合格点は90点だったっけ?」
「いや、80点らしいよ。カテ部長の西岡先生が、速さとか確実さとか、項目別に点数つけて、合計点で評価するんだって」
「落ちたら・・?」
「再試験らしい」
「落ちたくないな」
「何で?」
「これまで試験という試験を受けて、落ちたことないし」
「何だよそれ。たまには落ちろよ」
「ひょっとして・・おやじにもぶたれたことがない、とか」
「はあ?」
「何でもない・・」
「ユウキ先生は余裕だな」
「まさか・・ただ自分は一夜漬け主義なもんでね」
「本番はあさってだよ」
「だからあさっての朝、真剣にやる」
「今のうちに繰り返して覚えようよ」
「今日は、ちょっと」
「あ、また帰ろうとしてる。帰ったら何かあるの?でも先生、僕は知ってるよ」
「何を?」
「大学の人たちから聞いたよ。講演会のときに。遠距離、してるんだろ」
「誰だそれ、言ったのは」
「君のオーベンしたことある人だって」
「オカマみたいな人?」
「ああそうだな。でも先生のことは凄く褒めてたよ」
「どんなふうにだ?」
「何だったかな」
「おい!」
「とにかくそれが、先生のホントの長所で、なんかその、欠点でもあるらしい」
「余計気になるじゃないか!」
「ま、思い出したら言うよ」
「こいつ!」
自宅へ戻った。NTTからの留守電が入っている。
「来週月曜日までに入金がない場合は、自動的に通話ができなくなります・・・・・ピーッ」
あと3日はいけるな・・・!カテーテルの本番が夕方終わったら、外出してNTTへ直接行こう。
まだ留守電は入ってる。
「・・・あたし」
来た。
「元気・・?忙しい?空港のチケットまた取ろうと思うけど。また都合のいい日、教えて」
都合のいい日って、お前の都合でいっつも決めてるじゃないか。
給料日まで2週間もある。金はほとんど使い果たした。しかしNTTに支払いしなきゃいけない。総額1万5千。
近々携帯の支払いもある。かなり高い事が予測される。こうなったら・・・
「最後の手段だ」
僕はプッシュを手早く押した。脳に刻まれているナンバーだ。
「もしもし。オレ。おふくろ?オヤジは元気?ああそう」
「2ヶ月も電話なしに、ええ?いったいどうなってんの?」
「忙しいんだよ、とにかく」
「ご飯は食べてるのか?外食?」
僕は散らかった部屋の食卓にあるチキンラーメンの袋に目が行った。
「ああ、もちろん。3食ね」
「さあお前がこうして電話してきたってことは・・」
「そうなんだよ。ちょっと貸してもらおうかと」
「なんだお前、医者になって儲かるとか聞いてたら、ちっともじゃないか」
「いや、そのうち大丈夫だよ。10年目の先生は月100万以上らしいよ」
「それは偉くなってからの話だろう。博士号取ってからとか」
「違うって!博士号っていうのは・・」
「お前も博士号を取るまでは、一生懸命やらんといかん!」
何も知らないな、ホント、素人は。
「で、いくらなんだい?」
「そうだな、5万あればいけるな」
「今いくら?」
「あ、あるよ。ちょっとは」
「・・・じゃあ、10万入れとくよ」
「いやあ、そんなには」
「とにかく無駄遣いしたらイカン!上司の先生の言うこともよく聞いて!わきめもふらず!」
「そこはなんとかやってるよ」
「上司に何か言われたか?」
さあ、干渉してきたぞ。近藤真彦じゃないが、「これだよ」。
「何もないよ」
「結婚相手は見つかったか?」
「ないな、そんな話は」
「美人な女ほど気をつけないかんぞ。しまいにゃやられるぞ!」
「大丈夫だって」
ホントか?
「業者からお金貰ったりしてないか?」
「してないって」
「ガーゼを体の中に置き忘れたり」
「してないって。第一オレ、外科じゃ・・」
「あんたはよく忘れ物しよったタチやからな」
「ああ、そう・・・」…
「おはようございます」
その子はこちらへ気づくと、一生懸命の笑顔を振りまいた。
「え?ああこちらこそ」
僕は照れてしまい、手で頭をかいてしまった。
「車椅子・・ですね。これはうちの病院のかな?あ、大学のですか。じゃ、こちらへ移りましょう」
「はい・・できますよ、自分で」
「ええ、どうぞ・・・はい、あとは自分が動かします」
すると後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「ユリちゃん!頑張るのよ!」
あれは・・。ユリちゃんの声も弾んだ。
「川口先生!しばしのお別れです!頑張りますね!」
「ユリちゃん、大丈夫。その先生だったら!私の知り合いだし」
「え?じゃあこの先生が、例の?」
例の、って何だよ?
その子はますます輝きだした。
「じゃあ川口先生、またね!」
「うん!あ、ユウキ先生!これ、紹介状!検査データと」
何だよ、これだけかよ。
僕は浮かない顔のままだった。
・・中に何か入ってないかなぁー・・・。
エレベーターまで歩いた。少し待たねばならない。前で立ち止まった。
振り返ると、川口が見送りにやって来た。
「先生、いろいろと聞くわよ」
「どうせ・・よくない話だろ」
「ううん。頑張ってるってね。アイツはいい医者になるいい医者になるって」
「?どっかで聞いた言葉だな」
「あたしはもう論文書けそうよ」
「え?まだ院の1年目じゃ・・」
「松田先生が大学辞めちゃって、そのまま引き継いだの。そしたらいいデータが出てね」
「ムチャクチャ運がいい奴」
下りのエレベーターはここ2階を素通りしていき、地下まで降りた。
「グッチ・・いや、川口先生」
「はい」
「僕はどうなるのかな」
「え?僕ら?」
「いや、そうじゃな・・」
エレベーターが開き、人がゾロゾロ出てきた。
車椅子はそのまま入り、僕は半分振り向いた。
間にどんどん人が入り、砕けた会話も交わせなくなった。
閉まりかけた扉をバンと叩き、扉は反射的にまた開いた。
「グッチ!また・・連絡するよ!」
「うん!あたしも!病状経・・・」
扉は閉まった。
背の低いオバちゃん達がニヤニヤ笑っている。
「ヒヒヒ・・・若いもんはええのう。あんたのカノジョ?」
「ち、違います」
「ヒヒヒ。ああやって離れてるときが、一番燃えるもんよ。わしらもよう燃えた燃えた、イヒヒ」
「いったい何の・・」
「いけいけ!ドーンといけ!いっちゃれ!」
オバちゃんは僕の肩をドーンと叩いた。
エレベーターは途中で止まり、オバちゃんたちは降りた。僕らだけになった。
「先生、あの先生とのことも、あたし全部知ってるんですよ」
「なに?どうして?」
「センセ、女同士って心許しあったら、もう凄いですよ」
や、ヤバイ言い方するなよな・・。
「でも先生って、かわいそう」
「どうして?僕が?」
エレベーターが開き、看護婦が迎えに来た。
伊藤といつもの地下室へ。
「合格、するかな・・」
「さあ・・」
「さ、伊藤、始めよう」
「ああ。はい、カテちょうだい」
「はい!」
「・・・RA・・RV圧。ウエッジ圧・・PA圧・・カテーテル抜去」
「はい」
「左心カテを」
「はい」
「・・・左冠動脈へ。造影剤注入」
「はいよ」
「次、右冠動脈へ。造影剤注入」
「はいはい」
「・・・なんか気になるなあ」
「いいだろ?」
「左室造影!インジェクターを。セット。逆流確認」
「はい、造影した!」
「カテーテル、元へ。圧引き抜き・・終了」
「終了」
「ふう・・・ユウキ先生、合格点は90点だったっけ?」
「いや、80点らしいよ。カテ部長の西岡先生が、速さとか確実さとか、項目別に点数つけて、合計点で評価するんだって」
「落ちたら・・?」
「再試験らしい」
「落ちたくないな」
「何で?」
「これまで試験という試験を受けて、落ちたことないし」
「何だよそれ。たまには落ちろよ」
「ひょっとして・・おやじにもぶたれたことがない、とか」
「はあ?」
「何でもない・・」
「ユウキ先生は余裕だな」
「まさか・・ただ自分は一夜漬け主義なもんでね」
「本番はあさってだよ」
「だからあさっての朝、真剣にやる」
「今のうちに繰り返して覚えようよ」
「今日は、ちょっと」
「あ、また帰ろうとしてる。帰ったら何かあるの?でも先生、僕は知ってるよ」
「何を?」
「大学の人たちから聞いたよ。講演会のときに。遠距離、してるんだろ」
「誰だそれ、言ったのは」
「君のオーベンしたことある人だって」
「オカマみたいな人?」
「ああそうだな。でも先生のことは凄く褒めてたよ」
「どんなふうにだ?」
「何だったかな」
「おい!」
「とにかくそれが、先生のホントの長所で、なんかその、欠点でもあるらしい」
「余計気になるじゃないか!」
「ま、思い出したら言うよ」
「こいつ!」
自宅へ戻った。NTTからの留守電が入っている。
「来週月曜日までに入金がない場合は、自動的に通話ができなくなります・・・・・ピーッ」
あと3日はいけるな・・・!カテーテルの本番が夕方終わったら、外出してNTTへ直接行こう。
まだ留守電は入ってる。
「・・・あたし」
来た。
「元気・・?忙しい?空港のチケットまた取ろうと思うけど。また都合のいい日、教えて」
都合のいい日って、お前の都合でいっつも決めてるじゃないか。
給料日まで2週間もある。金はほとんど使い果たした。しかしNTTに支払いしなきゃいけない。総額1万5千。
近々携帯の支払いもある。かなり高い事が予測される。こうなったら・・・
「最後の手段だ」
僕はプッシュを手早く押した。脳に刻まれているナンバーだ。
「もしもし。オレ。おふくろ?オヤジは元気?ああそう」
「2ヶ月も電話なしに、ええ?いったいどうなってんの?」
「忙しいんだよ、とにかく」
「ご飯は食べてるのか?外食?」
僕は散らかった部屋の食卓にあるチキンラーメンの袋に目が行った。
「ああ、もちろん。3食ね」
「さあお前がこうして電話してきたってことは・・」
「そうなんだよ。ちょっと貸してもらおうかと」
「なんだお前、医者になって儲かるとか聞いてたら、ちっともじゃないか」
「いや、そのうち大丈夫だよ。10年目の先生は月100万以上らしいよ」
「それは偉くなってからの話だろう。博士号取ってからとか」
「違うって!博士号っていうのは・・」
「お前も博士号を取るまでは、一生懸命やらんといかん!」
何も知らないな、ホント、素人は。
「で、いくらなんだい?」
「そうだな、5万あればいけるな」
「今いくら?」
「あ、あるよ。ちょっとは」
「・・・じゃあ、10万入れとくよ」
「いやあ、そんなには」
「とにかく無駄遣いしたらイカン!上司の先生の言うこともよく聞いて!わきめもふらず!」
「そこはなんとかやってるよ」
「上司に何か言われたか?」
さあ、干渉してきたぞ。近藤真彦じゃないが、「これだよ」。
「何もないよ」
「結婚相手は見つかったか?」
「ないな、そんな話は」
「美人な女ほど気をつけないかんぞ。しまいにゃやられるぞ!」
「大丈夫だって」
ホントか?
「業者からお金貰ったりしてないか?」
「してないって」
「ガーゼを体の中に置き忘れたり」
「してないって。第一オレ、外科じゃ・・」
「あんたはよく忘れ物しよったタチやからな」
「ああ、そう・・・」…
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