<レジデント・サード 21 TEST>
2004年3月29日 連載 「手洗い、すんだか?」
向こうから西岡先生の催促だ。伊藤が患者のソケイ部を押さえたまま、ストレッチャーでやってきた。
「伊藤、お疲れさん・・で?」
「合格!」
「あ、そう。よかったね」
伊藤が片手でVサインしたところ、患者が痛がった。
「せ、先生、ちょっと急所がイタタタ・・!」
伊藤の手が少しズレて、少し出血した。
「あ、えらいすみません。やっぱ練習したのがよかった!」
「オレはダメだな今日、多分」
「当日メモ見て練習するって言ってただろ?」
「いや、ダメだろう」
患者がすごく気にしだした。
「だ、大丈夫じゃないんかいな、わし」
伊藤が焦った。
「いやいや、あなたは大丈夫でしたよ。結果はまた後で」
「後でっちゅうことは、やっぱ結果が悪かったってことかいな」
「いえいえ。血管の細いところはほとんどなかったです」
「ほ、ほとんどっていうことは、1ヶ所くらい詰まってる、っちゅうことかいな」
「いえ、詰まっては・・」
「それとも見えんくらい細い血管が、詰まりかけとるとか」
さ、ちゃんとムンテラしろよ、伊藤・・・。
ガイ−ン、と自動ドアが開いた。光がまぶしい。次の患者は横になっていた。
補助のドクターはオーベンだ。注射器・カテーテルはすべて用意されている。
西岡先生は仁王立ちで、患者の足元から僕を監視している。
「さあ、やらないか」
「ええ・・・消毒を」
ソケイ部に消毒。中心から外へ向けて。もう1個もらって同様に。
「布、ください」
穴あきの布をもらい、穴なしとで2枚かぶせる。消毒のところに、穴のところを被せる。
患者は顔以外、布で覆われた。
そけい部の穿刺部位に、麻酔。
「ちょっと、痛いですよー・・・・」
オーベンが右で使った注射器を受け取る。
西岡先生は微動だにせず、こちらを見つけている。
当たり前だが、真剣そのものだ。
穿刺、運良く一発目で静脈。内筒を抜き、逆流確認。
1メートル以上あろうワイヤーつまり柔らかい針金を、外筒の中から入れる。
透視下で、観察。
「ワイヤーは、入れすぎない・・・」
右のオーベンはコイツ何しゃべってんだ、といった感じだ。
これも以前のオーベンから教わっていたんだが・・・
『緊張して頭が真っ白になりそうなら、君自らのペースに引き込め。自分の世界に入れ』
「外筒を抜いて、出血しないよう押さえながら・・・シースを」
シース挿入。これで、カテーテルの入るトンネルが出来た。
動脈はよく触れるので、これも1発目で穿刺。シース挿入。
いいぞ。ここからがカテーテル検査だ。おっと、その前に・・・。
「フラッシュ。ヘパリンを注入。では、ガンツカテーテルを挿入」
検査用カテーテルを静脈側より挿入。先っちょに風船を膨らませ、カテーテルは内腸骨静脈から、下大静脈を上行・・・・右心房と思われる箇所に入った。
「圧波形の記録を」
放射線技師が向こうでコンピューターを操作。
「どうぞ」
「RA・・・・・RV・・・・・・PA」
西岡先生が僕の手元を見ている・・・時々気になって、しようがない。
「バルーン解除。ウエッジ圧を」
「・・記録完了です」
「抜去します」
右心カテーテル終了。次は冠動脈造影だ。まず左冠動脈。
左冠動脈用のカテーテルは、腸骨動脈、下行大動脈を上行し・・大動脈弓を通り・・上行大動脈の下部へ。と、そのまま左冠動脈の主幹部に入る。
テスト造影。間違いなく入ってる。
「じゃ、造影します!角度は・・・・!」
左冠動脈を造影。
「角度・・・・へ変更!」
オーベンが透視の角度を調整。
「造影!」
またオーベンが角度変更。
「造影!」
オーベンが目を細めた。
「ユウキ先生。造影しながらカテーテルをゆっくり抜いてくれ」
「え?カテが入りすぎてますか?」
「いや、そうじゃない」
西岡先生の目が光った。
「イイから言われたとおりにやれ!」
「は、はい。造影!抜去します」
するとカテーテルが挿入されていた部位に、造影剤の欠損、つまり狭窄が見つかった。有意狭窄だ。
西岡先生がうなずいてる。
オーベンが角度変更。
「よし、やってくれ」
「造影!」
左冠動脈用カテを抜去。引き続き、右心カテを挿入。
「上行大動脈の下にコツンと当て、ゆっくり廻しながら・・・くそ、なかなかエンゲージしない」
西岡先生はまた両手を組み始めた。
「入り口は、どこだ・・・先生、テスト的に造影を」
「・・いいだろう」
「では、透視、見ます」
造影剤を少量入れると・・入り口がわかった。
「そこか!」
カテは入り口に入った。テスト造影、入っている。よし。
「造影!」
造影された血管には狭窄はないようだ。
「・・・主幹病変のみか。しかしこれは・・・バイパス術か」
「そうだな」
両目だけ露出しているオーベンが答えた。
「ピッグカテーテル、挿入します」
このカテーテル見ると、あのときの心嚢穿刺を思い出す。
『ブタのシッポちゃん・・・・あんたはまあ、グッチさんのお尻が似合うがね、似合うがね、似合うがね・・・・・・』
消えろ!
「先生、インジェクターです。接続を」
「あ、はい」
知らない間に技師さんが来ていた。
「逆流を確認・・・じゃ、お願いします」
僕以外の全員が透視室を避難した。向こうの技師さんが合図する。
「造影!」
造影剤が注入され、左心室の内部が描出された。
ガラスの向こうで、みんなが何やらディスカッションしている。
みんな戻ってきた。
オーベンがスキップでやってきた。
「さ、終わろう!」
思いのほか、うまくいったのではないか・・?
「あれ、西岡先生は・・?」
「ああ、合否判定か。西岡先生は救急に呼ばれたとこだ。結果は・・聞いとくか?」
「い、いえ。自分が・・」
「そうか。じゃ、お疲れさん!あと止血処置な!」
病棟でMCTDの女の子の回診をした。部屋は個室で、1日数万といわれている部屋。大型テレビ、キッチン、ソファー・・両親が配慮してくれたものだ。
僕が入ってくるなり、彼女はテレビのリモコンスイッチをすばやく消した。
「こんにちは。今もらってる薬は、欠かさず飲んでる?」
「はい」
「右心カテーテルを西岡先生が、鎖骨の下の血管から入れてくれるよ。すぐ済む」
「信用できる先生ですか」
「そりゃもう・・うちの病院では一番上手な先生だよ。カテ部長だし」
「そうですか。先生がそうおっしゃるなら・・ホッとしました」
「治療前のデータを記録して、2週間の治療後にまたデータをとるって聞いてるよね」
「ええ。治療薬は内服なんですね」
「君の希望でね。点滴はイヤかい?」
「ええ・・なんとなく」
「この写真は・・川口先生ら?」
「ええ、大学でお世話になった医局員の先生方です。この人たちにはかなり支えられたんです、精神的にも。悩み事も聞いてもらったりして」
「ああ、みんないい奴だよ」
「先生は悩み事とか、ありますか?」
「・・・ああ、そりゃ、あるだろ・・誰にも。むしろない人間のほうが」
「そうか、先生みたいな人でもあるのか・・なんか、安心しました。ゴメンね」
「いや・・じゃ、失礼します」
<つづく>
向こうから西岡先生の催促だ。伊藤が患者のソケイ部を押さえたまま、ストレッチャーでやってきた。
「伊藤、お疲れさん・・で?」
「合格!」
「あ、そう。よかったね」
伊藤が片手でVサインしたところ、患者が痛がった。
「せ、先生、ちょっと急所がイタタタ・・!」
伊藤の手が少しズレて、少し出血した。
「あ、えらいすみません。やっぱ練習したのがよかった!」
「オレはダメだな今日、多分」
「当日メモ見て練習するって言ってただろ?」
「いや、ダメだろう」
患者がすごく気にしだした。
「だ、大丈夫じゃないんかいな、わし」
伊藤が焦った。
「いやいや、あなたは大丈夫でしたよ。結果はまた後で」
「後でっちゅうことは、やっぱ結果が悪かったってことかいな」
「いえいえ。血管の細いところはほとんどなかったです」
「ほ、ほとんどっていうことは、1ヶ所くらい詰まってる、っちゅうことかいな」
「いえ、詰まっては・・」
「それとも見えんくらい細い血管が、詰まりかけとるとか」
さ、ちゃんとムンテラしろよ、伊藤・・・。
ガイ−ン、と自動ドアが開いた。光がまぶしい。次の患者は横になっていた。
補助のドクターはオーベンだ。注射器・カテーテルはすべて用意されている。
西岡先生は仁王立ちで、患者の足元から僕を監視している。
「さあ、やらないか」
「ええ・・・消毒を」
ソケイ部に消毒。中心から外へ向けて。もう1個もらって同様に。
「布、ください」
穴あきの布をもらい、穴なしとで2枚かぶせる。消毒のところに、穴のところを被せる。
患者は顔以外、布で覆われた。
そけい部の穿刺部位に、麻酔。
「ちょっと、痛いですよー・・・・」
オーベンが右で使った注射器を受け取る。
西岡先生は微動だにせず、こちらを見つけている。
当たり前だが、真剣そのものだ。
穿刺、運良く一発目で静脈。内筒を抜き、逆流確認。
1メートル以上あろうワイヤーつまり柔らかい針金を、外筒の中から入れる。
透視下で、観察。
「ワイヤーは、入れすぎない・・・」
右のオーベンはコイツ何しゃべってんだ、といった感じだ。
これも以前のオーベンから教わっていたんだが・・・
『緊張して頭が真っ白になりそうなら、君自らのペースに引き込め。自分の世界に入れ』
「外筒を抜いて、出血しないよう押さえながら・・・シースを」
シース挿入。これで、カテーテルの入るトンネルが出来た。
動脈はよく触れるので、これも1発目で穿刺。シース挿入。
いいぞ。ここからがカテーテル検査だ。おっと、その前に・・・。
「フラッシュ。ヘパリンを注入。では、ガンツカテーテルを挿入」
検査用カテーテルを静脈側より挿入。先っちょに風船を膨らませ、カテーテルは内腸骨静脈から、下大静脈を上行・・・・右心房と思われる箇所に入った。
「圧波形の記録を」
放射線技師が向こうでコンピューターを操作。
「どうぞ」
「RA・・・・・RV・・・・・・PA」
西岡先生が僕の手元を見ている・・・時々気になって、しようがない。
「バルーン解除。ウエッジ圧を」
「・・記録完了です」
「抜去します」
右心カテーテル終了。次は冠動脈造影だ。まず左冠動脈。
左冠動脈用のカテーテルは、腸骨動脈、下行大動脈を上行し・・大動脈弓を通り・・上行大動脈の下部へ。と、そのまま左冠動脈の主幹部に入る。
テスト造影。間違いなく入ってる。
「じゃ、造影します!角度は・・・・!」
左冠動脈を造影。
「角度・・・・へ変更!」
オーベンが透視の角度を調整。
「造影!」
またオーベンが角度変更。
「造影!」
オーベンが目を細めた。
「ユウキ先生。造影しながらカテーテルをゆっくり抜いてくれ」
「え?カテが入りすぎてますか?」
「いや、そうじゃない」
西岡先生の目が光った。
「イイから言われたとおりにやれ!」
「は、はい。造影!抜去します」
するとカテーテルが挿入されていた部位に、造影剤の欠損、つまり狭窄が見つかった。有意狭窄だ。
西岡先生がうなずいてる。
オーベンが角度変更。
「よし、やってくれ」
「造影!」
左冠動脈用カテを抜去。引き続き、右心カテを挿入。
「上行大動脈の下にコツンと当て、ゆっくり廻しながら・・・くそ、なかなかエンゲージしない」
西岡先生はまた両手を組み始めた。
「入り口は、どこだ・・・先生、テスト的に造影を」
「・・いいだろう」
「では、透視、見ます」
造影剤を少量入れると・・入り口がわかった。
「そこか!」
カテは入り口に入った。テスト造影、入っている。よし。
「造影!」
造影された血管には狭窄はないようだ。
「・・・主幹病変のみか。しかしこれは・・・バイパス術か」
「そうだな」
両目だけ露出しているオーベンが答えた。
「ピッグカテーテル、挿入します」
このカテーテル見ると、あのときの心嚢穿刺を思い出す。
『ブタのシッポちゃん・・・・あんたはまあ、グッチさんのお尻が似合うがね、似合うがね、似合うがね・・・・・・』
消えろ!
「先生、インジェクターです。接続を」
「あ、はい」
知らない間に技師さんが来ていた。
「逆流を確認・・・じゃ、お願いします」
僕以外の全員が透視室を避難した。向こうの技師さんが合図する。
「造影!」
造影剤が注入され、左心室の内部が描出された。
ガラスの向こうで、みんなが何やらディスカッションしている。
みんな戻ってきた。
オーベンがスキップでやってきた。
「さ、終わろう!」
思いのほか、うまくいったのではないか・・?
「あれ、西岡先生は・・?」
「ああ、合否判定か。西岡先生は救急に呼ばれたとこだ。結果は・・聞いとくか?」
「い、いえ。自分が・・」
「そうか。じゃ、お疲れさん!あと止血処置な!」
病棟でMCTDの女の子の回診をした。部屋は個室で、1日数万といわれている部屋。大型テレビ、キッチン、ソファー・・両親が配慮してくれたものだ。
僕が入ってくるなり、彼女はテレビのリモコンスイッチをすばやく消した。
「こんにちは。今もらってる薬は、欠かさず飲んでる?」
「はい」
「右心カテーテルを西岡先生が、鎖骨の下の血管から入れてくれるよ。すぐ済む」
「信用できる先生ですか」
「そりゃもう・・うちの病院では一番上手な先生だよ。カテ部長だし」
「そうですか。先生がそうおっしゃるなら・・ホッとしました」
「治療前のデータを記録して、2週間の治療後にまたデータをとるって聞いてるよね」
「ええ。治療薬は内服なんですね」
「君の希望でね。点滴はイヤかい?」
「ええ・・なんとなく」
「この写真は・・川口先生ら?」
「ええ、大学でお世話になった医局員の先生方です。この人たちにはかなり支えられたんです、精神的にも。悩み事も聞いてもらったりして」
「ああ、みんないい奴だよ」
「先生は悩み事とか、ありますか?」
「・・・ああ、そりゃ、あるだろ・・誰にも。むしろない人間のほうが」
「そうか、先生みたいな人でもあるのか・・なんか、安心しました。ゴメンね」
「いや・・じゃ、失礼します」
<つづく>
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