< レジデント・preフォース 前編 オーシャン・ブルー >
2004年3月31日 連載静岡県のどこか・・・・。
徹夜で車を飛ばし続け、早朝になった。高速道路を通らずにひたすら1号線を走るのはつらい。海沿いの道を期待していたが、海スレスレの道って以外と
見つけにくいものだ。次の交差点を右に曲がってそのまま行けば、ひょっとして朝陽を拝めるのではないだろうか。
対向車のクラクション覚悟で、ハンドルを右に切った。さすが1号線よりは細い道だが、なんとか海まで連れてってくれそうだ。
ライバルの車もなく、1人勝ちの状況でアクセルをさらに加速し続けた。
前に3メートルほどの堤防が立ちはだかっている。この向こうに海があるのは間違いない。太平洋だ。
また小雨が降りだしたようだ。傘もなく、あったとしても絵にならない。ここはひとつ車で乗り越えてみたい・・・と、堤防をアップダウンする緩やかな傾斜がある。
間違いなく、車道だ。あの車道を越えれば、下っていける。しかし緩やかといっても、徐行したら押し戻されそうだ。
ギアをローに戻し、ブーンブーンと加速、そして勢いつけて坂を登った。平地ならかなり飛ばせそうな勢いだが、その坂ではせいぜい20ml/hr、いや、20km/hr
の速度だ。
傾斜のピークの幅はほとんどなく、車は底を擦りながら、まっさかさまという感じで坂を下り始めた。視線はフロントガラス下方にあるため、海よりも路面が気になった。
しかし車は無事着地、広大な砂浜の上をゆっくりと自由自在に進んだ。
素晴らしい。こんな景色は見たことがない、というくらい美しい光景だった。太陽はすでに出ていたが雲はほとんどなく、波はもうすぐそこに打ち寄せていた。視界は海・空
、それと砂浜だけだ。人っ子一人いない。さっきの雨は何だったのか・・・。
携帯はさすが電波が届いてないようだ。まあそれはいい。僕は重度のカゼということで病院を休んでる。あと数日は休めるはずだ。患者は運良くみんな落ち着いている。
時々連絡を取ればいい。今回は僕にとっての、非常に意義ある『命の洗濯』なのだ。
車から降りてしばらく海を眺め・・もう1時間くらいたったのか、かなり寒くなってきた。車に戻り、暖房の温度を上げた。
「さ、出ようか、とりあえず・・・」
徐々にアクセルを吹かし、今度は海に背を向け、堤防を向いた。またアクセルの勢いを上げ、傾斜を登ろうとした。よく見ると、雨雲がある。景色をみていたときには見えなかった
ものだ。雨雲はゆっくりとこちらへ向かっており、小雨がまた降り出した。雨水がうっすら滴る傾斜を、ブンブンとアクセルが登っていく。
ところが、ピークにあと少しのところで車が力尽きた。止まってしまったのだ。と、車は徐々にバックしていく。ブレーキが・・利かない。
「ハンドブレーキも・・ダメだ!」
何の抵抗もできないまま、車は加速していった。視界には空と降ってくる雨しか見えず、一瞬僕は覚悟した。
「くそ!」
ものすごい勢いで車は落ちていった。ドカンという衝撃を予測したが、ズブンと沈むような感覚だった・・・車は砂浜の砂、そのものに沈んだのだ。
「助かったか・・・一応」
車を降りると、後輪を含む車の三分の一が砂浜に喰われていた。一応アクセルはめいっぱい踏んだが・・ダメだ。FFでも全く手ごたえがない。
「何だよ!」
両手を思いっきりハンドルへ叩きつけた。
車の中はゴチャゴチャになっていた。病院で書いた、というか書きかけのサマリー、MRから貰った資料・カタログなど。サマリーを早く完成させないと、
職場を代わった後で書きに来いとの催促が来るらしい。ワープロ下げて打ちに来いってことだ。大学ではよく見知らぬ先生がやって来ていた。
何か道具はないか?道具は・・・。ゴソゴソと、傾いた車の中を探し始めた。書類・・・ペンライト・・・名刺・・何探してんだ、俺?
そうだ、JAFの会員証だ。あれがないと、かなり高額の金を取られる・・・しかし・・年会費、最近払ってないような。こんな砂浜で、連絡できそうな
公衆電話もない。携帯は電波届かないし・・・。さしあたってできることは・・・。
僕は堤防に登り、ピークから辺りを見回した。目の前に1本の道路、両側に堤防沿いの道路、ただそれだけ。それ以外はただの砂地だ。
車は全く走ってない。雨は次第に激しくなっていく・・・。とりあえず車の中だ。雨がやんだら、歩いて助けを求めに行こう。
傾いた車の中で、散らかった車内を清掃した。というか片付けにかかった。イスの下に置いて流れてきたもの、ダッシュボードから落ちたもの・・。
いろんな書籍。読んで暇つぶしできるような代物はなく、スクリブナーの電解質の本を手にとった。以前からオーベンに『レジデントなら1度は読む本』
といわれてた本だ。僕は本を1から読むのがイヤなので、〔ナトリウム平衡の異常〕から読むことにした。
ナトリウム欠乏の症状は・・消化器症状、ひどいとショック・・。
ナトリウムの蓄積は・・浮腫、足が腫れてみっともない・・? 面白い本だな。
ナトリウムの必要量を血清ナトリウム値によって決めるような旧式なやりかたはもうやめなければならない、か・・。確かに、低ければ足すっていう
医者って多いよなあ・・。心不全は低ナトリウムに傾くから、そこに生理食塩水入れられて、搬送されて・・ひどい目にあってきたなあ。
浸透圧の話だ。浸透圧は、つまり濃度だよな。浸透圧が高いってのは濃度が濃い。濃い方が薄い方の水を引き込んで、同じ濃度になろうとする。
医者も同じだ。大学医局のほうが、外様病院のイノセントな医者パワー〔水〕をどんどん引き込んでいく。浸透圧とは、医者を、いや水分を引きこんでとどめておく力だ。
水を離さない力だ。
読んでいて頭が痛くなってきた。数ページで、もうダウンした。
すると目の前・・堤防の頂上に、ジープらしき四輪駆動の車が立ち上がっていた。
僕は感激して、泣きそうになった。
しかし、コトは簡単には運んでくれなかった。
<つづく>
徹夜で車を飛ばし続け、早朝になった。高速道路を通らずにひたすら1号線を走るのはつらい。海沿いの道を期待していたが、海スレスレの道って以外と
見つけにくいものだ。次の交差点を右に曲がってそのまま行けば、ひょっとして朝陽を拝めるのではないだろうか。
対向車のクラクション覚悟で、ハンドルを右に切った。さすが1号線よりは細い道だが、なんとか海まで連れてってくれそうだ。
ライバルの車もなく、1人勝ちの状況でアクセルをさらに加速し続けた。
前に3メートルほどの堤防が立ちはだかっている。この向こうに海があるのは間違いない。太平洋だ。
また小雨が降りだしたようだ。傘もなく、あったとしても絵にならない。ここはひとつ車で乗り越えてみたい・・・と、堤防をアップダウンする緩やかな傾斜がある。
間違いなく、車道だ。あの車道を越えれば、下っていける。しかし緩やかといっても、徐行したら押し戻されそうだ。
ギアをローに戻し、ブーンブーンと加速、そして勢いつけて坂を登った。平地ならかなり飛ばせそうな勢いだが、その坂ではせいぜい20ml/hr、いや、20km/hr
の速度だ。
傾斜のピークの幅はほとんどなく、車は底を擦りながら、まっさかさまという感じで坂を下り始めた。視線はフロントガラス下方にあるため、海よりも路面が気になった。
しかし車は無事着地、広大な砂浜の上をゆっくりと自由自在に進んだ。
素晴らしい。こんな景色は見たことがない、というくらい美しい光景だった。太陽はすでに出ていたが雲はほとんどなく、波はもうすぐそこに打ち寄せていた。視界は海・空
、それと砂浜だけだ。人っ子一人いない。さっきの雨は何だったのか・・・。
携帯はさすが電波が届いてないようだ。まあそれはいい。僕は重度のカゼということで病院を休んでる。あと数日は休めるはずだ。患者は運良くみんな落ち着いている。
時々連絡を取ればいい。今回は僕にとっての、非常に意義ある『命の洗濯』なのだ。
車から降りてしばらく海を眺め・・もう1時間くらいたったのか、かなり寒くなってきた。車に戻り、暖房の温度を上げた。
「さ、出ようか、とりあえず・・・」
徐々にアクセルを吹かし、今度は海に背を向け、堤防を向いた。またアクセルの勢いを上げ、傾斜を登ろうとした。よく見ると、雨雲がある。景色をみていたときには見えなかった
ものだ。雨雲はゆっくりとこちらへ向かっており、小雨がまた降り出した。雨水がうっすら滴る傾斜を、ブンブンとアクセルが登っていく。
ところが、ピークにあと少しのところで車が力尽きた。止まってしまったのだ。と、車は徐々にバックしていく。ブレーキが・・利かない。
「ハンドブレーキも・・ダメだ!」
何の抵抗もできないまま、車は加速していった。視界には空と降ってくる雨しか見えず、一瞬僕は覚悟した。
「くそ!」
ものすごい勢いで車は落ちていった。ドカンという衝撃を予測したが、ズブンと沈むような感覚だった・・・車は砂浜の砂、そのものに沈んだのだ。
「助かったか・・・一応」
車を降りると、後輪を含む車の三分の一が砂浜に喰われていた。一応アクセルはめいっぱい踏んだが・・ダメだ。FFでも全く手ごたえがない。
「何だよ!」
両手を思いっきりハンドルへ叩きつけた。
車の中はゴチャゴチャになっていた。病院で書いた、というか書きかけのサマリー、MRから貰った資料・カタログなど。サマリーを早く完成させないと、
職場を代わった後で書きに来いとの催促が来るらしい。ワープロ下げて打ちに来いってことだ。大学ではよく見知らぬ先生がやって来ていた。
何か道具はないか?道具は・・・。ゴソゴソと、傾いた車の中を探し始めた。書類・・・ペンライト・・・名刺・・何探してんだ、俺?
そうだ、JAFの会員証だ。あれがないと、かなり高額の金を取られる・・・しかし・・年会費、最近払ってないような。こんな砂浜で、連絡できそうな
公衆電話もない。携帯は電波届かないし・・・。さしあたってできることは・・・。
僕は堤防に登り、ピークから辺りを見回した。目の前に1本の道路、両側に堤防沿いの道路、ただそれだけ。それ以外はただの砂地だ。
車は全く走ってない。雨は次第に激しくなっていく・・・。とりあえず車の中だ。雨がやんだら、歩いて助けを求めに行こう。
傾いた車の中で、散らかった車内を清掃した。というか片付けにかかった。イスの下に置いて流れてきたもの、ダッシュボードから落ちたもの・・。
いろんな書籍。読んで暇つぶしできるような代物はなく、スクリブナーの電解質の本を手にとった。以前からオーベンに『レジデントなら1度は読む本』
といわれてた本だ。僕は本を1から読むのがイヤなので、〔ナトリウム平衡の異常〕から読むことにした。
ナトリウム欠乏の症状は・・消化器症状、ひどいとショック・・。
ナトリウムの蓄積は・・浮腫、足が腫れてみっともない・・? 面白い本だな。
ナトリウムの必要量を血清ナトリウム値によって決めるような旧式なやりかたはもうやめなければならない、か・・。確かに、低ければ足すっていう
医者って多いよなあ・・。心不全は低ナトリウムに傾くから、そこに生理食塩水入れられて、搬送されて・・ひどい目にあってきたなあ。
浸透圧の話だ。浸透圧は、つまり濃度だよな。浸透圧が高いってのは濃度が濃い。濃い方が薄い方の水を引き込んで、同じ濃度になろうとする。
医者も同じだ。大学医局のほうが、外様病院のイノセントな医者パワー〔水〕をどんどん引き込んでいく。浸透圧とは、医者を、いや水分を引きこんでとどめておく力だ。
水を離さない力だ。
読んでいて頭が痛くなってきた。数ページで、もうダウンした。
すると目の前・・堤防の頂上に、ジープらしき四輪駆動の車が立ち上がっていた。
僕は感激して、泣きそうになった。
しかし、コトは簡単には運んでくれなかった。
<つづく>
コメント