レジデンツ・フォース 1 過去
2004年4月6日 連載医局会。
循環器科の医局で医師が6人ほど集まっている。MRの薬の説明会も終わり、伝達事項のみとなった。
進行係は部長。コの字型に配列した机からみんな顔を中央に向けている。
「もうすぐ年末ということで、年末の休み体制の表が出来てる。レジデントのユウキ先生は年末当直の救急当番。一般内科の佐々木先生とな」
「はい」
「まあ彼なら大丈夫だろう。伊藤先生は春に当番だな。君は年末里帰りできるわけだ」
伊藤は僕を頑張れといわんばかりに指差した。
「看護部より・・日勤帯に指示を早く出すこと。昼の2時まで。夜中にこっそり指示を出しに来ないこと。特にレジデントの先生」
無理だ。
「事務側より・・職員食堂の食事を食券なしでただ食いしているドクターがいるので、注意を・・それと、名札が最近徹底できてない」
年末当直か。うちの病院の救急当番、休日、年末・・すべてが集中している。2次救急とはいえ、これまでにない忙しさになるらしい。
春からは関連病院の中でも指折りの多忙な病院だし。レジデント真っ盛りだな。
「ああそれから、ユウキ先生に改めて紹介しようか。先日から3ヶ月限定で一般内科からローテーションすることになった・・」
「一般内科の坂本です。宜しくお願いします」
身長150cmあるのか?というくらいの女医だ。ガリ勉のように一見思えるが・・メガネを外したら、けっこう・・結構かわいいんじゃないか。
「彼女は1年目。ユウキ君、指導医のつもりでな。ハッハハ」
彼女は僕に微笑んだ。でも、女は分からない。
部長の依頼で、僕は彼女を検査に連れて行くことになった。
「運動負荷心筋シンチはここでします。CTみたいな機械ですけど、撮る写真は別物です。ドクターは注射をするだけですが。それとエンドポイントの判断も下します」
この説明の仕方・・何、緊張してんだ。
「エンドポイントって何ですか?」
「運動を終了させるときの時間、時点。患者の自覚症状や脈拍など見ながら決めます」
「これが運動負荷心電図。2階段式のマスターダブルと・・あそこの健康器具みたいな歩行式のやつがトレッドミル」
「どう使い分けるんですか?」
「マスターが定性的なもので、トレッドミルは定量的なもの。前者が短時間、後者は長時間」
「?」
「マスターはとりあえず陽性か陰性かみるもので、トレッドミルはそれをさらに段階的にみていくんです。傾斜を急にしたりベルトの流れを速くしてね」
「・・・何を調べるんですか?」
「え?ああ、虚血性心疾患のスクリーニングや、不整脈薬の効果判定など」
「陽性率ってどれくらいなんですか?」
「う・・・!そりゃ、100%の検査じゃないけど」
「うちの兄が、循環器病センターで勤めてまして」
ゲッ・・・。
「感度はせいぜい6−7割とか言ってました。残りは見逃すんですね」
「み、見逃す・・・」
「ありがとうございました」
何か、嫌なものを感じるな・・・。
オーベン命令で、自分の患者の回診もいっしょに。
「この方は68歳女性、MSの・・」
「多発性硬・・」
「違うよ。弁膜症の!」
「ですよね!」
ヘンな子だな・・。
「レントゲンでは右の2弓がかなり突出してます。エコーでも左心房径は8cmあります」
「大きい!」
「しっ。で、もやもやエコーも著明。経食道エコーでは、左心耳に血栓らしき像があります。このためワーファリンを内服してもらってます」
患者はちょこんと正座してくれている。僧房弁膜症に共通のように、やはり頬が赤い。
「新しい女医さんやね」
「坂本といいます。宜しくお願いします」
「ところで先生、あの赤い薬、ワーファリンっていうの、今日はもらっとらんけど」
僕は再々説明しているのだが・・
「薬の効き具合によって、飲む錠数が変わるんですよ」
「ああ、そうでっか」
「今は効きすぎてるんで、わざと出してないんです」
僕はカルテを確認した。
「トロンボテストは、次回は明日・・・」
その隙に、坂本は患者と会話していた。
「もし出血したら教えてくださいね!あと、納豆はダメですよ」
「しゅ、出血しまんの?どこからしまんの?」
「歯とか、胃とかもかな・・もしあったら声かけてください」
「胃から血ィ出て、分かるんかいな」
「たぶん大丈夫だと思いますが」
「怖いなあ・・で、納豆、わしゃ大好物なんやけど」
「ダーメ!」
「一生?死ぬまで?」
「そう!一生ですよ」
「ちょっとぐらいやったらええやろ」
「ちょっともダメ!」
やれやれ・・・。
「MCTDの患者。これから部屋に入るよ。最近は少し鬱傾向にあるんだ。そうだな。今日は僕1人で入る」
「あ、私まだMCTD持ったことないです」
モノのように言いやがって・・。
「最近いろいろあったんだ。だから・・」
「私、認定医の試験に備えてサマリー集めてるんですが。膠原病の症例が1例要るんです」
「認定医試験・・・?そんなの2年くらい先だろ?」
「病理解剖はそろったんですが・・」
「その試験って、意味あるの?」
「大アリですよ!持ってれば・・」
「持ってると・・何かあるの?給料が増えるとか?」
「いえ、それは・・」
「いい医者なわけ?僕はどうも、そういうの持ってる医者っていうのが・・」
「先生、大学病院におられたんですよね」
「君は・・僕と同じ?」
「ええ。消化器内科にいました」
「あ、そう・・・」
「先生は有名でしたよ。循環器・呼吸器の医局より消化器の方によく居たって」
「そういう時期もあったな・・」
「で、先生って、オーベンと戦ったんでしょう。大学一怖い先生と」
「大げさな噂だな・・」
「そのオーベンは、そのあと降ろされて・・」
「ちゃうちゃう。ただの転勤!」
「誤診で降ろされたって・・」
「違うって!いったい誰が・・」
結局部屋の中まで、彼女はついてきた。
「こんにちは」
彼女は普通にテレビを見ている。坂本は部屋中を見回した。
「すごい。金持ちね」
ユリちゃんは少しムッとなったようだ。
「お医者さんには叶いませんよ」
「何言ってるの?ねえユウキ先生。私たちって・・月20万もないよね」
「おいおい!」
ユリちゃんはここ珍しくクスッと笑ってくれた。やっぱ同姓のほうがいいんだろうか。
「ユウキ先生、ユリね・・・」
「はい?」
「退院しようと思う」
「それは・・・」
「治療を受けろ受けろ、って言う気持ちは分かるの。でも私にも、したいことがあるんです」
「したいこと。あるよね。それは・・」
「友達と、カラオケに行きたい」
「ああ・・・」
「免許も取りたい」
「そうだね・・」
「だから先生、許可を下さい、退院の許可を。あたしの両親はお医者さん次第だって言うし」
「しかし・・」
「川口先生もあたし好きなんだけど・・退院させてって言う話したら、あの人、あの人・・・」
彼女はしくしく泣き始めた。
「凄く怖い顔するの。こう、眉間が寄るのね。こう」
「ああ、アイツはそういうところあるな・・」
「でねでね、聞いて先生!あたしが婚約破棄になったときにね!」
彼女は興奮しだした。
「彼女、なんて慰めたと思う?あなたのせいじゃない!男にはそんな人も居るって!よくあることなんだって!その男!前から別の女と!」
「な、何なんだ」
僕はたじろいだ。坂本は呆然としていた。
「そしたら川口先生もね!あたしも最近そういう目にあったから分かるって!いったい誰なのよ!それ!よくよく聞くとユウキ先生しかいないじゃないの!」
「やめろよ!」
<つづく>
循環器科の医局で医師が6人ほど集まっている。MRの薬の説明会も終わり、伝達事項のみとなった。
進行係は部長。コの字型に配列した机からみんな顔を中央に向けている。
「もうすぐ年末ということで、年末の休み体制の表が出来てる。レジデントのユウキ先生は年末当直の救急当番。一般内科の佐々木先生とな」
「はい」
「まあ彼なら大丈夫だろう。伊藤先生は春に当番だな。君は年末里帰りできるわけだ」
伊藤は僕を頑張れといわんばかりに指差した。
「看護部より・・日勤帯に指示を早く出すこと。昼の2時まで。夜中にこっそり指示を出しに来ないこと。特にレジデントの先生」
無理だ。
「事務側より・・職員食堂の食事を食券なしでただ食いしているドクターがいるので、注意を・・それと、名札が最近徹底できてない」
年末当直か。うちの病院の救急当番、休日、年末・・すべてが集中している。2次救急とはいえ、これまでにない忙しさになるらしい。
春からは関連病院の中でも指折りの多忙な病院だし。レジデント真っ盛りだな。
「ああそれから、ユウキ先生に改めて紹介しようか。先日から3ヶ月限定で一般内科からローテーションすることになった・・」
「一般内科の坂本です。宜しくお願いします」
身長150cmあるのか?というくらいの女医だ。ガリ勉のように一見思えるが・・メガネを外したら、けっこう・・結構かわいいんじゃないか。
「彼女は1年目。ユウキ君、指導医のつもりでな。ハッハハ」
彼女は僕に微笑んだ。でも、女は分からない。
部長の依頼で、僕は彼女を検査に連れて行くことになった。
「運動負荷心筋シンチはここでします。CTみたいな機械ですけど、撮る写真は別物です。ドクターは注射をするだけですが。それとエンドポイントの判断も下します」
この説明の仕方・・何、緊張してんだ。
「エンドポイントって何ですか?」
「運動を終了させるときの時間、時点。患者の自覚症状や脈拍など見ながら決めます」
「これが運動負荷心電図。2階段式のマスターダブルと・・あそこの健康器具みたいな歩行式のやつがトレッドミル」
「どう使い分けるんですか?」
「マスターが定性的なもので、トレッドミルは定量的なもの。前者が短時間、後者は長時間」
「?」
「マスターはとりあえず陽性か陰性かみるもので、トレッドミルはそれをさらに段階的にみていくんです。傾斜を急にしたりベルトの流れを速くしてね」
「・・・何を調べるんですか?」
「え?ああ、虚血性心疾患のスクリーニングや、不整脈薬の効果判定など」
「陽性率ってどれくらいなんですか?」
「う・・・!そりゃ、100%の検査じゃないけど」
「うちの兄が、循環器病センターで勤めてまして」
ゲッ・・・。
「感度はせいぜい6−7割とか言ってました。残りは見逃すんですね」
「み、見逃す・・・」
「ありがとうございました」
何か、嫌なものを感じるな・・・。
オーベン命令で、自分の患者の回診もいっしょに。
「この方は68歳女性、MSの・・」
「多発性硬・・」
「違うよ。弁膜症の!」
「ですよね!」
ヘンな子だな・・。
「レントゲンでは右の2弓がかなり突出してます。エコーでも左心房径は8cmあります」
「大きい!」
「しっ。で、もやもやエコーも著明。経食道エコーでは、左心耳に血栓らしき像があります。このためワーファリンを内服してもらってます」
患者はちょこんと正座してくれている。僧房弁膜症に共通のように、やはり頬が赤い。
「新しい女医さんやね」
「坂本といいます。宜しくお願いします」
「ところで先生、あの赤い薬、ワーファリンっていうの、今日はもらっとらんけど」
僕は再々説明しているのだが・・
「薬の効き具合によって、飲む錠数が変わるんですよ」
「ああ、そうでっか」
「今は効きすぎてるんで、わざと出してないんです」
僕はカルテを確認した。
「トロンボテストは、次回は明日・・・」
その隙に、坂本は患者と会話していた。
「もし出血したら教えてくださいね!あと、納豆はダメですよ」
「しゅ、出血しまんの?どこからしまんの?」
「歯とか、胃とかもかな・・もしあったら声かけてください」
「胃から血ィ出て、分かるんかいな」
「たぶん大丈夫だと思いますが」
「怖いなあ・・で、納豆、わしゃ大好物なんやけど」
「ダーメ!」
「一生?死ぬまで?」
「そう!一生ですよ」
「ちょっとぐらいやったらええやろ」
「ちょっともダメ!」
やれやれ・・・。
「MCTDの患者。これから部屋に入るよ。最近は少し鬱傾向にあるんだ。そうだな。今日は僕1人で入る」
「あ、私まだMCTD持ったことないです」
モノのように言いやがって・・。
「最近いろいろあったんだ。だから・・」
「私、認定医の試験に備えてサマリー集めてるんですが。膠原病の症例が1例要るんです」
「認定医試験・・・?そんなの2年くらい先だろ?」
「病理解剖はそろったんですが・・」
「その試験って、意味あるの?」
「大アリですよ!持ってれば・・」
「持ってると・・何かあるの?給料が増えるとか?」
「いえ、それは・・」
「いい医者なわけ?僕はどうも、そういうの持ってる医者っていうのが・・」
「先生、大学病院におられたんですよね」
「君は・・僕と同じ?」
「ええ。消化器内科にいました」
「あ、そう・・・」
「先生は有名でしたよ。循環器・呼吸器の医局より消化器の方によく居たって」
「そういう時期もあったな・・」
「で、先生って、オーベンと戦ったんでしょう。大学一怖い先生と」
「大げさな噂だな・・」
「そのオーベンは、そのあと降ろされて・・」
「ちゃうちゃう。ただの転勤!」
「誤診で降ろされたって・・」
「違うって!いったい誰が・・」
結局部屋の中まで、彼女はついてきた。
「こんにちは」
彼女は普通にテレビを見ている。坂本は部屋中を見回した。
「すごい。金持ちね」
ユリちゃんは少しムッとなったようだ。
「お医者さんには叶いませんよ」
「何言ってるの?ねえユウキ先生。私たちって・・月20万もないよね」
「おいおい!」
ユリちゃんはここ珍しくクスッと笑ってくれた。やっぱ同姓のほうがいいんだろうか。
「ユウキ先生、ユリね・・・」
「はい?」
「退院しようと思う」
「それは・・・」
「治療を受けろ受けろ、って言う気持ちは分かるの。でも私にも、したいことがあるんです」
「したいこと。あるよね。それは・・」
「友達と、カラオケに行きたい」
「ああ・・・」
「免許も取りたい」
「そうだね・・」
「だから先生、許可を下さい、退院の許可を。あたしの両親はお医者さん次第だって言うし」
「しかし・・」
「川口先生もあたし好きなんだけど・・退院させてって言う話したら、あの人、あの人・・・」
彼女はしくしく泣き始めた。
「凄く怖い顔するの。こう、眉間が寄るのね。こう」
「ああ、アイツはそういうところあるな・・」
「でねでね、聞いて先生!あたしが婚約破棄になったときにね!」
彼女は興奮しだした。
「彼女、なんて慰めたと思う?あなたのせいじゃない!男にはそんな人も居るって!よくあることなんだって!その男!前から別の女と!」
「な、何なんだ」
僕はたじろいだ。坂本は呆然としていた。
「そしたら川口先生もね!あたしも最近そういう目にあったから分かるって!いったい誰なのよ!それ!よくよく聞くとユウキ先生しかいないじゃないの!」
「やめろよ!」
<つづく>
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