< レジデンツ・フォース 3 年末当直 >
2004年4月8日 連載「しゅ、主任さあん!知らない人が・・!」
主任は廊下の向こうから点滴・薬を載せたカートを押しながら登場した。
「あん?ユウキ先生・・ですね。ちょっと太った?」
「ああ、主任さんか」
「レジデントで太るってあんた、ええ度胸してるねー」
「あんたもだろ」とは言えなかった。
「誰か探しに来たの?」
「ああ・・その・・」
「噂は知ってるでえ」
「またそれですか」
「遠距離の彼女!」
「今は違います」
「わ、別れた?」
「それでもないです」
「自然消滅?」
「でしょうか?」
「しかしこんな夜中に、あんた。先生らはみな帰ったよ」
「そうでしたか・・じゃ、医局へ行ってきます」
「院生の人ばかりじゃないかなあ、あと外国の方と」
「そうだ!主任さん、ここにユリちゃんって居ただろう」
「ああユリちゃんね!はいはい!なんで知ってるの?まさか、あんた・・・!」
「違う。うちの病院に入院してるんだ」
「あ、退院したと思ったら・・そっちへ?過換気の子だよね?」
「MCTDで入っていたと思うけど」
「過換気の発作はしょっちゅうだったね。精神科の先生とはかなり揉めてたようだよね。こっちは精神科へ転科させてくれ、で精神科は
ステロイドの副作用、だって」
「大量に飲んだり、やめたりとかだったんですね」
「そうそう、もう手に負えない負えない!わがままやし」
「精神科へ行かせるというのは、誰の・・」
「教授教授!教授回診の鶴の一声よ!誰も逆らえないし!」
「本人の前でですか?」
「そうらしいね。で、本人は泣くし、主治医も泣くし、家族は怒るし・・」
「・・・・・」
「で、家族がどこか探してくれと。こんな病院にはウンザリだってね。あんだけ私らも看護したのに!」
「それで、うちの病院に移ってきたわけですか・・研究データ・治療のためと聞いてたんですが」
「いずれにしろ、大学へはもう戻りませんよ!私らもイヤですからね!」
「・・・・・」
「わ、わたしがこのこと話したのは、誰にも・・・」
「ええ、言いませんよ」
大学をあとにして、車はゆっくりと自宅へ向っていた。
「そうか・・川口も・・つらかったんだろうなあ」
あとで聞いた話だが、教授は回診で医学用語でしゃべったというけど・・あの子は英検1級。大半の医者より英語が
マシだったようだ。
「やっぱドイツ語に戻すべきかな・・・」
車はネオン街に再びたどり着いた。
朝、アムロの歌で目覚める。今日は絶対に遅れられない。12/31、大晦日の祭日当直だ!
まだ1時間ほどある。予習で脳細胞を賦活化しておく。しょせん医学は連想ゲームだ。
「貧血みたら、MCVで鑑別。小球性は鉄欠乏、正球性は出血・溶血・腎性。あてはまらなければ、本をみる」
どうせ忘れるものは暗記しない。どこに何が書いてあるのか分かる本だけは常に用意しておく。
「不明熱は感染症・悪性腫瘍・膠原病でルールアウト!」
不明熱といっても、その医者にとってのみ「不明」な熱だったりする。
「生化学のTP高値はミエローマを疑う!」
疑った場合に提出する検査の項目を書いて・・と。血液・内分泌疾患で追加オーダーはカッコ悪い。
「CEAは喫煙でも上がる」
ちょっと救急っぽくないなあ・・・。本は飽きたら代える。
本を代えようとしたら・・ポケベルだ。嫌な予感。
「もしもし」
「救急室です。先生、ちょっと早めに来て」
「看護婦さん?何が?」
「すごく大変なんです」
「まだ救急の受け入れ時間に入ってないでしょ?」
「それを見越してかなり患者さんが集まってるんです。とにかく!来て!」
「そっちへ向かうよ、なるべく・・早くね」
「今すぐお願いします!」
電話は切れた。
ロッカーを開け、白衣を取り出した。ペンライトを点灯確認、上ポケットに差込み、ボールペン3本も差し込む。打腱器・・・右下ポケット。ものさし・・左ポケット。マニュアル本・・・上ポケット。聴診器・・肩にかけ、首に・・廻す。輸液組成のシートなど何枚かのマニュアルを挿入。
歯磨きを1分で。患者と話すときの口臭は重要だ。ブルブルブル・・と、うがい。白衣の中は術衣。血が飛んできても平気なように。マスクは冷たい印象を与えるので、ポケットに。
まるでリングに上がる前のボクサーだ。今ごろ、救急室では・・
「ロッキー!ロッキー!ロッキー・・・・!」
僕は悠々と救急室へ向った。しかし、そこでの歓声は・・まるで違っていた。
「はようせんかいコラ!どれだけ待たしとんねん!ボケ!」
「救急ちゃうんかい!」
「もう薬だけもらったらええがな!」
事務が逆に煽るような対応をしている。
「わ、わたくし達では判断できかねますので」
すると倍になってクレームが来る。
「おどれに聞いとんちゃうんや!」
「院長呼べ!院長を!」
また事務が逆なでる。
「い、院長先生は、お休みで・・・」
「お休みってなんぞおオイ!叩き起こさんかいアホンダラア!」
その中を掻き分け、早足で救急室へ。
「看護婦さん、やっと着きました」
「ああやっと来た来た!」
3人の熟練した看護婦が腕組みで待ち構えている。
「さ、佐々木先生は?」
「伝言で、先にさばいておいてくれ、と」
「さばく?魚じゃあるまいし」
「こんだけカルテ来てます。20冊くらい」
「ひえっ!」
<つづく>
主任は廊下の向こうから点滴・薬を載せたカートを押しながら登場した。
「あん?ユウキ先生・・ですね。ちょっと太った?」
「ああ、主任さんか」
「レジデントで太るってあんた、ええ度胸してるねー」
「あんたもだろ」とは言えなかった。
「誰か探しに来たの?」
「ああ・・その・・」
「噂は知ってるでえ」
「またそれですか」
「遠距離の彼女!」
「今は違います」
「わ、別れた?」
「それでもないです」
「自然消滅?」
「でしょうか?」
「しかしこんな夜中に、あんた。先生らはみな帰ったよ」
「そうでしたか・・じゃ、医局へ行ってきます」
「院生の人ばかりじゃないかなあ、あと外国の方と」
「そうだ!主任さん、ここにユリちゃんって居ただろう」
「ああユリちゃんね!はいはい!なんで知ってるの?まさか、あんた・・・!」
「違う。うちの病院に入院してるんだ」
「あ、退院したと思ったら・・そっちへ?過換気の子だよね?」
「MCTDで入っていたと思うけど」
「過換気の発作はしょっちゅうだったね。精神科の先生とはかなり揉めてたようだよね。こっちは精神科へ転科させてくれ、で精神科は
ステロイドの副作用、だって」
「大量に飲んだり、やめたりとかだったんですね」
「そうそう、もう手に負えない負えない!わがままやし」
「精神科へ行かせるというのは、誰の・・」
「教授教授!教授回診の鶴の一声よ!誰も逆らえないし!」
「本人の前でですか?」
「そうらしいね。で、本人は泣くし、主治医も泣くし、家族は怒るし・・」
「・・・・・」
「で、家族がどこか探してくれと。こんな病院にはウンザリだってね。あんだけ私らも看護したのに!」
「それで、うちの病院に移ってきたわけですか・・研究データ・治療のためと聞いてたんですが」
「いずれにしろ、大学へはもう戻りませんよ!私らもイヤですからね!」
「・・・・・」
「わ、わたしがこのこと話したのは、誰にも・・・」
「ええ、言いませんよ」
大学をあとにして、車はゆっくりと自宅へ向っていた。
「そうか・・川口も・・つらかったんだろうなあ」
あとで聞いた話だが、教授は回診で医学用語でしゃべったというけど・・あの子は英検1級。大半の医者より英語が
マシだったようだ。
「やっぱドイツ語に戻すべきかな・・・」
車はネオン街に再びたどり着いた。
朝、アムロの歌で目覚める。今日は絶対に遅れられない。12/31、大晦日の祭日当直だ!
まだ1時間ほどある。予習で脳細胞を賦活化しておく。しょせん医学は連想ゲームだ。
「貧血みたら、MCVで鑑別。小球性は鉄欠乏、正球性は出血・溶血・腎性。あてはまらなければ、本をみる」
どうせ忘れるものは暗記しない。どこに何が書いてあるのか分かる本だけは常に用意しておく。
「不明熱は感染症・悪性腫瘍・膠原病でルールアウト!」
不明熱といっても、その医者にとってのみ「不明」な熱だったりする。
「生化学のTP高値はミエローマを疑う!」
疑った場合に提出する検査の項目を書いて・・と。血液・内分泌疾患で追加オーダーはカッコ悪い。
「CEAは喫煙でも上がる」
ちょっと救急っぽくないなあ・・・。本は飽きたら代える。
本を代えようとしたら・・ポケベルだ。嫌な予感。
「もしもし」
「救急室です。先生、ちょっと早めに来て」
「看護婦さん?何が?」
「すごく大変なんです」
「まだ救急の受け入れ時間に入ってないでしょ?」
「それを見越してかなり患者さんが集まってるんです。とにかく!来て!」
「そっちへ向かうよ、なるべく・・早くね」
「今すぐお願いします!」
電話は切れた。
ロッカーを開け、白衣を取り出した。ペンライトを点灯確認、上ポケットに差込み、ボールペン3本も差し込む。打腱器・・・右下ポケット。ものさし・・左ポケット。マニュアル本・・・上ポケット。聴診器・・肩にかけ、首に・・廻す。輸液組成のシートなど何枚かのマニュアルを挿入。
歯磨きを1分で。患者と話すときの口臭は重要だ。ブルブルブル・・と、うがい。白衣の中は術衣。血が飛んできても平気なように。マスクは冷たい印象を与えるので、ポケットに。
まるでリングに上がる前のボクサーだ。今ごろ、救急室では・・
「ロッキー!ロッキー!ロッキー・・・・!」
僕は悠々と救急室へ向った。しかし、そこでの歓声は・・まるで違っていた。
「はようせんかいコラ!どれだけ待たしとんねん!ボケ!」
「救急ちゃうんかい!」
「もう薬だけもらったらええがな!」
事務が逆に煽るような対応をしている。
「わ、わたくし達では判断できかねますので」
すると倍になってクレームが来る。
「おどれに聞いとんちゃうんや!」
「院長呼べ!院長を!」
また事務が逆なでる。
「い、院長先生は、お休みで・・・」
「お休みってなんぞおオイ!叩き起こさんかいアホンダラア!」
その中を掻き分け、早足で救急室へ。
「看護婦さん、やっと着きました」
「ああやっと来た来た!」
3人の熟練した看護婦が腕組みで待ち構えている。
「さ、佐々木先生は?」
「伝言で、先にさばいておいてくれ、と」
「さばく?魚じゃあるまいし」
「こんだけカルテ来てます。20冊くらい」
「ひえっ!」
<つづく>
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