事務が電話を切り、こちらへ向いた。
「88歳男性!モチを喉に詰まらせて・・救急車であと1分!」
看護婦たちが驚いた顔をしながら、救急のドアをゆっくり開けにかかる。
「え?まだ正月になってないのに?」
「餅つきして食べたくなったんでしょ!」
「明日だったらいいのに!」

僕はめまいの患者のデータを見ていた。
「佐々木先生・・頭部CTは異常なし・・血液検査もです・・心電図も。自律神経か、メニエルですかね」
「ふだん飲んでる薬は?」
「ふだんの・・・?」
「調べなかったのか」
看護婦が振り向いた。
「飲んでるけど持ってきてないって」
あとは佐々木先生の指示だ。
「・・・メイロン入れてポタコール・・ユウキ先生、心不全はないんだな?じゃ、ポタでいいや」

 救急隊が到着した。やせ細った老人に、心マッサージ、アンビューバッグが被せられている。
佐々木先生は患者の頭側についた。
「ボケッとするな!吸引吸引!」
看護婦はすぐさま吸引チューブを取り出し、口腔内を吸引した。佐々木先生は喉頭鏡で覗いた。
「おいこれ!ランプ点かないぞ!」
看護婦は救急カートから3つほど新たに取り出すが・・・どれも点かないようだ。ルートは入ったようだ。
ボスミンが入る。
「こらっ!早く!ユウキ!心マ!」
「は、はい」
 僕は心マッサージにとりかかった。佐々木先生はカンシで除去しようとしているが・・
「よく分からんな。直視下では大きなものは見当たらん。ユウキ先生!気管支鏡で挿管!できるか!」
「え?僕はまだ・・」
「レジデントだったな、くそっ」
「・・・・・」
「じゃ、ふつうに挿管する。7.5Frをくれ!」
 チューブは・・・なんとか挿入できたようだ。
「よし、アンビューと吸引を・・おい!」
 3人の看護婦は知らん間に持ち場を離れていた。
「こら!こっちへ来ないか!ユウキ!呼んでこい!」
 2つ隣のベッドへ僕は飛んだ。看護婦3人は1人の患者を囲んでいる。
「手伝ってくださいよ!」
「さっきの過換気の子がまた発作を!息が切迫してるんです!」
「こっちは息が止まりそうなんだよ!」
 1人を無理矢理引っ張り、窒息の患者のとこへ連れて行った。佐々木先生はカンカンだ。
「バカ野郎!介助もろくにせずにどっか行きやがって!」
「2人いれば何とかなるかと・・」
「ざけんなコラァ!」
 佐々木先生は怒りまくり、足を床にドンドン叩きつけた。
その看護婦はびびりまくって吸引チューブを取り出した。
「それはもうやったんだよコラァ!オレのマッサージを・・代われ!」
 佐々木先生は汗だくで、やっとマッサージを交代した。
「ユウキ先生、カルテ30冊あるらしい。お前はそれ、片付けろ。重症はオレが診る」
「は、はい」
「コラァ!そんなマッサージで・・!」

 僕は避難するように診察室へ戻った。知らない間に看護婦も1人戻っている。
「鬼のようにたまってますよ」
「何がだよ?はい、次!」
「30歳のカゼ!かなりお怒りです」
「はあ?」
「待たされてかなりお怒りのようです」
「それがどうした?こんな人数、能力のスタッフで廻るかよ!」
 患者が入ってきた。ヤンキー風の兄ちゃんだ。
「何しとんや、おう!」
「咳・痰ですか。いつから・・」
「すんませんの一言くらい言えや!お前ら中心に振り回されとんやぞ!しばくぞ!」
 患者はゴミ箱を蹴落とした。
 
心のオーベンからのフォースが聞こえた。
『怒りには・・・怒るな。冷めて中和しろ』

「・・じゃ、薬出しておきます」

「21歳女性です。下腹部痛」
「妊娠じゃないだろうな」
 これまたヤンキー風の子だ。華奢で、元はかわいいと思うのだが。
「確認ですが、妊娠は・・」
「してないです・・たぶん!」
「た、たぶん・・・・」
「熱が高いのよー、とりあえず下げてよ。それとすごく痛い」
「39度も・・」
「アイタタタ・・・」
「妊娠反応を。れ、レントゲンも・・」
 看護婦がキッと睨んだ。
「先生、若い女の子ですよ!」
「あ、ああ・・妊娠反応と・・血液検査」
「どうしますか、超音波は!」
「無理だよ。婦人科のドクターは?」
「うちの病院では救急体制とってません!」
「あのテでいくか・・」
「先生またあ・・!この前の小児科の先生すごく怒ってましたよ!」
「結果が出たら、報告を・・次!」

佐々木先生は一段落ついたようだ。
「一応、バイタルは戻った・・・!一般内科へ入院だ」
看護婦が待ったをかけた。
「先生、一般内科は重症部屋は満床です!」
「なに?」
「空いているのは、呼吸器科と循環器科です」
 つるしてあるレントゲンでは右肺が真っ白。無気肺なのだろう。
呼吸器科でいいだろう。肺炎もあるだろうし。
「看護婦さんよ、安部先生は冬休みか?」
「はい。代理はレジデントが。でも1年目なんですよ」
「ううむ・・・」
 流れは読めた。
「ユウキ先生」
 きたか。
「部長には僕から言っとくから、主治医をお願いできないか」
「・・・・・」
「さっき取った心電図でも、広範にST低下があるようだし」
「先生、これは虚血というより・・循環不全そのものの・・」
「よし決まり!入院は呼吸器科病棟で、主治医はユウキ先生!」
「・・・・・」
「すまんが、正月も休めそうにないな」
「・・・・・」

 僕の年末年始は、これで決まった・・・。

「先生早く!」
看護婦が診察室へ連れ戻す。
「45冊に増えてます!」
「何だこれ?」
「これって・・わたしゃあ知りませんよ」
「あああ・・・混乱してくる・・」
『先生、1個1個ずつ片付ければいい。そしたら終わる』
「そうだな・・次!」

「42歳女性、じんましん」
「強ミノ点滴!リンデロン処方、明日皮膚科受診」

「70歳男性、喘息かかりつけ、今回も発作」
「ソルメド点滴、SpO2モニターチェックを!点滴終了前にコールください!」

「27歳女性。眠れず安定剤希望」
「レンドルミンを!」
「強いのを欲しいと」
「だからそれを!」
「もっと強いのをと」
「それでいいと言ってよ!」
「ハルシオンにしてと」
「結局指定すんのかよ!」

「13歳。咽頭痛」
「小児か・・イヤだなあ。アーンして・・抗生剤、いつもセフゾンなのもなあ。クラビット!」
 佐々木先生が横槍。
「小児はおい、ニューキノロンは禁忌だぞ」
「そうだったのか、知らなかった・・」

「58歳女性、しゃっくり」
「?どうしよう・・さ、佐々木先生!」
「こっちはDOAが来て大変なんだよ!」
「DOA?」
「Death On Arrival。到着時死亡」
「死んでるんですか?」
「今は・・生かそうとしてるよ!」
 佐々木先生は一生懸命心マッサージを、ナースは挿管チューブにアンビューしている。
「だがな、腹部がかなりパンパンで・・・腹部大動脈瘤破裂かもな・・!くそ、全然反応がない!」
 先生は再び汗だくだ。手袋の中も大汗かいている。
「看護婦さん、もうどれくらい経つ?」
「・・・45分です」
「そうか・・・ボスミンは合計?」
「12アンプルです。カルチコール6アンプル、メイロン8アンプル」
「DCもダメだった・・・対光反射も、なしか・・・マッサージ、一時止めるぞ」
 モニターはフラットだ。
「ダメだな・・・看護婦さん、家族の方を」
「呼んできます」

「先生!しゃっくりの人!」
 しゃっくりの患者は診察室で待っていた。
「どうもヒック・・・ぜんぜヒック・・・止まらんねヒック・・・」

『アレを注射したらどうだ・・・』

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