< レジデンツ・フォース 6 新EMERGENCY ? >
2004年4月10日 連載『アレを注射したらどうだ・・・』
「・・よし、プリンペランで!用意を!」
プリンペランを静注。しかし・・・同じだ。
『アレを入れるのは・・・』
「胃管チューブを」
チューブは喉にようやく入った。モゾモゾと動かしたが・・・
「へえっくしょい!ヒック」
くしゃみをまともに浴びただけだった。
「オイ先生!そんな軽症にかまうな!まだ30冊はある!」
佐々木先生の怒りをよそに、事務はカルテ10冊分の束をドカッと積み上げた。
「何だよオイ!」
「い、いえ。私らは・・」
確かに関係ないよな。佐々木先生はかなりハイパーテンスだ。
「ヒック・・次はひっく・・どうしまんおヒック」
とりあえず下がってもらうことにした。
「つ、次の方を!」
「44歳女性。里帰り中に嘔気」
「妊娠じゃないだろうな」
「外来の外で4回吐いたそうです。これが・・」
「うわっ!そんなの、近づけるな!」
ナースはホイホイとこれ見よがしに吐物入りの袋の口を開けていた。
思わず鼻をつまんだ。
「血は混じってないですねー」
「入っへもはっへよ!」
「・・・気分が悪くて。船酔いで」
「いちおう検査を・・・結果出るまで点滴して待ちましょうか」
「おぷっ」
「あーあー!」
白衣をつかまれ、その中に吐かれた。
12/31の夕方。患者数は衰えるところを知らない。
佐々木先生30冊、僕は25冊、といったところだろうか。
「ユウキ先生、とりあえず問診表を見て、重症をまず診察・検査!カゼとかは待たせてまとめて、速攻で診ろ!」
「は、はい」
「自殺企図の薬物中毒が来るらしい!オレが診る!」
「救急車ですね。いったい何を?」
「農薬という話だ。看護婦さん、経鼻チューブ!胃洗浄の用意を!逃げずにちゃんと手伝ってくれよ!」
「農薬・・・こんな年末に」
「59歳男性!息切れです」
「SpO2 90%か・・・喘鳴が聞こえるな。気管支喘息か、心臓喘息か。検査して鑑別を・・」
『既往歴は聞いたか?』
「問診表には書いてないが・・・あのう、今まで何か病気は?」
『誘導尋問だ』
「あ、そうか。あの、今まで気管支喘息とか、心不全とか・・」
「いや、そんなんはない」
『尋問が足りない・・』
「そうかな・・あのう、スプレーもらったりとかしました?あと、体に貼るような・・、舌の下に含むような薬とか」
「ニトロやったらあるな」
「よし!」
「?」
「狭心症と言われたんですか?」
「ああ。言われてた」
「カテーテル検査を?」
「いや、近くの開業医ですぐに診断された。検査はなんもせんのにな。胸がドキドキした、というだけでね」
「なるほど・・」
開業医で診断された「狭心症」ほど曖昧ミーなものはない。
「あのう、それはいつの話で?」
「2週間前。ドキドキは今もあるけどな」
脈は・・・今は飛んでない。
「飲み薬は・・」
「持ってきとらん」
『情報は、可能な限り当たれ・・』
「もしもし、クリニックですか?年末もされてるんですね。助かります。処方のファックスを」
5分後ファックスが来た。
「βブロッカー・・・これか!」
投与量が通常の2倍を越えていた。そういや徐脈ぎみだ。レントゲンでは心拡大。胸水もある。
患者は少し息が荒そうだ。
「急性の心不全です。入院を」
「それは無理や。今日の晩の便で東京へ行かなきゃならん」
「しかし、それは・・!」
「年末でも、会議なんや。わしが倒れたら、従業員の連中を路頭に迷わすことに」
「それは・・できません!」
「わしの命や!わしの!さあ、点滴でもしてはよ治してえな!」
「点滴したら、よけいに・・!」
「そこの開業医はいつでもしてくれたぞ!今日もな!デカイ奴を!そしたら大きな病院行ったらもうちょっとマシになると」
なんて医者だ!
「仕方ない。今から点滴します。注射もね」
「そ、そうか」
「看護婦さん。5%TZの点滴をかなりゆっくりで。側管からラシックス1アンプルを注射」
ナースは驚いた。
「ここで?先生、病棟でしないと」
「だって入院無理だって言うし!」
「家族を説得してよ」
「家族への連絡先は教えてくれないんだよ!」
「帰らせましょうよ」
「そんなことしたら、従業員が・・」
「あたしらも従業員ですけど」
退職金目当ての、だろ。
院内ポケベルがいきなり鳴り出した。
「どうしてポケベルが鳴るんだ?もしもし・・・病棟?わかった」
佐々木先生が自殺企図患者の胃洗浄をしている。チューブからの排液はかなり白い。
「どうしたんだ?」
「急変です。さっきの・・」
「モチ詰まらせた肺炎か?」
急いで病棟へ。12階のエレベーターはタッチの差で閉まった・・ちょうど上に上がったところだ。
階段で登った。しかし、思うように駆け上がれない。足が重い。足の裏が痛い。途中で立ち止まった。
喉も渇いた。トイレも行ってない。腹も減った。今は夜の・・・8時だ。よく死なないな。
やっと呼吸器病棟へ。とたん、ポケベルがまた鳴り出すが、無視。
重症部屋に入ったところ、看護婦が何やら押し込んでいる。
「何を押してるの?」
「ああ先生、やっと来た」
その看護婦が押し込んでいるのは挿管チューブだった。
「何で押し込むの?」
「いったん抜けそうになったんですよ、だから」
聴診したが・・・どうも肺に空気が入ってない。ゴロゴロという音はする。信じたくはないが。
「呼吸器からの空気は・・・口から出てるよ!」
「どうしてですか?口からチューブ、入れてるのに」
「気管から抜けたんじゃないのか?そ、それ以上入れるな!」
「15cmも入ってません。でもこれ以上入りません」
「食道に入ってるんじゃないのか?それでSpO2が下がって・・」
僕が呼ばれたんだ。
「どいてくれ!ったく!ここの看護婦は・・!ホントに呼吸器病棟かよ?」
「重症は久しぶりなもので」
「うるさいな!」
また挿管しなきゃいけない。チューブは痰や唾液でビチビチだ。
「チューブを新しいのに!」
「はあ・・・」
「早く貸せ!」
「先生、家族への説明は?」
「今できるか、そんなの?」
吸引してもらい口腔内を覗くが・・・。
「ダメだ、声門が見えない。この喉頭鏡なんだ?点いてないぞ!」
「電池、電池・・・」
「モニターはどこだよ?」
「今、つけます」
「脈がふれてないぞ」
「電池、取ってきます」
「待てよ!どうしてくれんだ!」
「挿管チューブ、入りましたか?」
「入らないんだよ!」
「安部先生は気管支鏡使われてますが」
「オレはまだできないんだよ!・・・ダメだ。佐々木先生に連絡を!」
ダメだ。胃に入ってしまう。アンビューで聴診してもグル音だ。手が震えてきた。
オーベンのフォースも聞こえてこない。
看護婦が入ってきた。
「先生、佐々木先生は救急で手一杯だと。そちらには行けないそうです。救急室をドクターなしにはできないと」
「くく・・ならば・・・」
『先生、発想を変えろ・・・』
「・・・こちらから行くまでだ」
「ええっ?ストレッチャーで救急室へ戻るの?」
「さあ、行こう。移すぞ、1,2・・・!」
ボスミン追加の上、僕はストレッチャーの上に乗ってアンビューを押し続けた。
救急室へ到着。佐々木先生は驚いた。
「なっ?」
「すみません、先生。挿管、お願いします」
近くで横になっている自殺企図の患者・・・あいた口が塞がらない、といった表情に見えた。
「・・よし、プリンペランで!用意を!」
プリンペランを静注。しかし・・・同じだ。
『アレを入れるのは・・・』
「胃管チューブを」
チューブは喉にようやく入った。モゾモゾと動かしたが・・・
「へえっくしょい!ヒック」
くしゃみをまともに浴びただけだった。
「オイ先生!そんな軽症にかまうな!まだ30冊はある!」
佐々木先生の怒りをよそに、事務はカルテ10冊分の束をドカッと積み上げた。
「何だよオイ!」
「い、いえ。私らは・・」
確かに関係ないよな。佐々木先生はかなりハイパーテンスだ。
「ヒック・・次はひっく・・どうしまんおヒック」
とりあえず下がってもらうことにした。
「つ、次の方を!」
「44歳女性。里帰り中に嘔気」
「妊娠じゃないだろうな」
「外来の外で4回吐いたそうです。これが・・」
「うわっ!そんなの、近づけるな!」
ナースはホイホイとこれ見よがしに吐物入りの袋の口を開けていた。
思わず鼻をつまんだ。
「血は混じってないですねー」
「入っへもはっへよ!」
「・・・気分が悪くて。船酔いで」
「いちおう検査を・・・結果出るまで点滴して待ちましょうか」
「おぷっ」
「あーあー!」
白衣をつかまれ、その中に吐かれた。
12/31の夕方。患者数は衰えるところを知らない。
佐々木先生30冊、僕は25冊、といったところだろうか。
「ユウキ先生、とりあえず問診表を見て、重症をまず診察・検査!カゼとかは待たせてまとめて、速攻で診ろ!」
「は、はい」
「自殺企図の薬物中毒が来るらしい!オレが診る!」
「救急車ですね。いったい何を?」
「農薬という話だ。看護婦さん、経鼻チューブ!胃洗浄の用意を!逃げずにちゃんと手伝ってくれよ!」
「農薬・・・こんな年末に」
「59歳男性!息切れです」
「SpO2 90%か・・・喘鳴が聞こえるな。気管支喘息か、心臓喘息か。検査して鑑別を・・」
『既往歴は聞いたか?』
「問診表には書いてないが・・・あのう、今まで何か病気は?」
『誘導尋問だ』
「あ、そうか。あの、今まで気管支喘息とか、心不全とか・・」
「いや、そんなんはない」
『尋問が足りない・・』
「そうかな・・あのう、スプレーもらったりとかしました?あと、体に貼るような・・、舌の下に含むような薬とか」
「ニトロやったらあるな」
「よし!」
「?」
「狭心症と言われたんですか?」
「ああ。言われてた」
「カテーテル検査を?」
「いや、近くの開業医ですぐに診断された。検査はなんもせんのにな。胸がドキドキした、というだけでね」
「なるほど・・」
開業医で診断された「狭心症」ほど曖昧ミーなものはない。
「あのう、それはいつの話で?」
「2週間前。ドキドキは今もあるけどな」
脈は・・・今は飛んでない。
「飲み薬は・・」
「持ってきとらん」
『情報は、可能な限り当たれ・・』
「もしもし、クリニックですか?年末もされてるんですね。助かります。処方のファックスを」
5分後ファックスが来た。
「βブロッカー・・・これか!」
投与量が通常の2倍を越えていた。そういや徐脈ぎみだ。レントゲンでは心拡大。胸水もある。
患者は少し息が荒そうだ。
「急性の心不全です。入院を」
「それは無理や。今日の晩の便で東京へ行かなきゃならん」
「しかし、それは・・!」
「年末でも、会議なんや。わしが倒れたら、従業員の連中を路頭に迷わすことに」
「それは・・できません!」
「わしの命や!わしの!さあ、点滴でもしてはよ治してえな!」
「点滴したら、よけいに・・!」
「そこの開業医はいつでもしてくれたぞ!今日もな!デカイ奴を!そしたら大きな病院行ったらもうちょっとマシになると」
なんて医者だ!
「仕方ない。今から点滴します。注射もね」
「そ、そうか」
「看護婦さん。5%TZの点滴をかなりゆっくりで。側管からラシックス1アンプルを注射」
ナースは驚いた。
「ここで?先生、病棟でしないと」
「だって入院無理だって言うし!」
「家族を説得してよ」
「家族への連絡先は教えてくれないんだよ!」
「帰らせましょうよ」
「そんなことしたら、従業員が・・」
「あたしらも従業員ですけど」
退職金目当ての、だろ。
院内ポケベルがいきなり鳴り出した。
「どうしてポケベルが鳴るんだ?もしもし・・・病棟?わかった」
佐々木先生が自殺企図患者の胃洗浄をしている。チューブからの排液はかなり白い。
「どうしたんだ?」
「急変です。さっきの・・」
「モチ詰まらせた肺炎か?」
急いで病棟へ。12階のエレベーターはタッチの差で閉まった・・ちょうど上に上がったところだ。
階段で登った。しかし、思うように駆け上がれない。足が重い。足の裏が痛い。途中で立ち止まった。
喉も渇いた。トイレも行ってない。腹も減った。今は夜の・・・8時だ。よく死なないな。
やっと呼吸器病棟へ。とたん、ポケベルがまた鳴り出すが、無視。
重症部屋に入ったところ、看護婦が何やら押し込んでいる。
「何を押してるの?」
「ああ先生、やっと来た」
その看護婦が押し込んでいるのは挿管チューブだった。
「何で押し込むの?」
「いったん抜けそうになったんですよ、だから」
聴診したが・・・どうも肺に空気が入ってない。ゴロゴロという音はする。信じたくはないが。
「呼吸器からの空気は・・・口から出てるよ!」
「どうしてですか?口からチューブ、入れてるのに」
「気管から抜けたんじゃないのか?そ、それ以上入れるな!」
「15cmも入ってません。でもこれ以上入りません」
「食道に入ってるんじゃないのか?それでSpO2が下がって・・」
僕が呼ばれたんだ。
「どいてくれ!ったく!ここの看護婦は・・!ホントに呼吸器病棟かよ?」
「重症は久しぶりなもので」
「うるさいな!」
また挿管しなきゃいけない。チューブは痰や唾液でビチビチだ。
「チューブを新しいのに!」
「はあ・・・」
「早く貸せ!」
「先生、家族への説明は?」
「今できるか、そんなの?」
吸引してもらい口腔内を覗くが・・・。
「ダメだ、声門が見えない。この喉頭鏡なんだ?点いてないぞ!」
「電池、電池・・・」
「モニターはどこだよ?」
「今、つけます」
「脈がふれてないぞ」
「電池、取ってきます」
「待てよ!どうしてくれんだ!」
「挿管チューブ、入りましたか?」
「入らないんだよ!」
「安部先生は気管支鏡使われてますが」
「オレはまだできないんだよ!・・・ダメだ。佐々木先生に連絡を!」
ダメだ。胃に入ってしまう。アンビューで聴診してもグル音だ。手が震えてきた。
オーベンのフォースも聞こえてこない。
看護婦が入ってきた。
「先生、佐々木先生は救急で手一杯だと。そちらには行けないそうです。救急室をドクターなしにはできないと」
「くく・・ならば・・・」
『先生、発想を変えろ・・・』
「・・・こちらから行くまでだ」
「ええっ?ストレッチャーで救急室へ戻るの?」
「さあ、行こう。移すぞ、1,2・・・!」
ボスミン追加の上、僕はストレッチャーの上に乗ってアンビューを押し続けた。
救急室へ到着。佐々木先生は驚いた。
「なっ?」
「すみません、先生。挿管、お願いします」
近くで横になっている自殺企図の患者・・・あいた口が塞がらない、といった表情に見えた。
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