< レジデンツ・フォース 新EMERGENCY ? >
2004年4月11日 連載「先生、わしはもう楽になったから、帰るからな」
心不全の患者だ。
「どうしても、帰られるんですか・・・」
「わしが帰らんと、従業員が・・」
またか。仕方ない。トラブルにならないよう、カルテにはきちんと記載しておこう。
夜11時。新年まで1時間。患者の勢いは止まらない。
「くーっ・・・ふああ」
あくびも出た。偶然か少し離れた佐々木先生もあくびしている。
「ふああ・・ユウキ先生よ、挿管チューブは入ってたか?」
「ええ、レントゲン確認しました。ありがとうございます」
「自殺企図は仕方なく、隣接の病院に送ったよ」
「そういえばいませんね」
「もう重症の入院は取れないな。脳外科とか他の病棟にお願いせんかぎり・・」
僕は診察室へ戻った。カルテはまだ30冊くらいある。佐々木先生もまだ20冊くらいあるようだ。
「次の人・・・」
紹介状つきだ。しかし日付は2週間前。
「先日、一過性の麻痺が出現・・・・TIAってことか?引き続きご加療をお願いします。脳外科あて?」
ナースが覗き込んだ。
「センセ、うちは脳外科はオペ適応のときのみコールですから」
「今回は症状が?」
「片側に力が入らないと」
「おい、それ!脳外科が診たほうが・・」
「まずは救急のドクターが診るという原則です」
「・・・・じゃ、入ってもらおうか・・・」
60歳男性。車椅子。
「いはん。みひへにひからがはいはん」
構語障害もあるようだ。症状の再発は3時間前らしい。
「まず、頭部のCTを・・・あ、待って!」
脈をみる・・・afではないようだ。
「センセ、腹痛が増えてきましたね。これも。38歳男性」
「入って」
不機嫌そうな肥満男性だ。
「みぞおちが・・イテテ」
「食事したあと?」
「ああ、特にね」
「みぞおち・・ここ?」
「イタッ!だからそこだって!」
「検査を・・・」
「オイ先生よ。この痛みをまずなんとかしてくれよ!」
「は、はい。では・・・看護婦さん、ペンタジンを!」
「はい」
「また腹痛。53歳男性。イレウスで入院歴あります。今回もイレウスだそうです」
「なんで分かるんだよ?」
「入ってもらいます」
これまた苦い顔をした男性。
「また起こした。症状で分かる」
「吐き気は?」
「吐き気はないが、ムカムカする」
「・・・便は出てます?」
「昨日出た。ウサギの糞みたいなのがな」
ウサギの糞・・・・。
「検査に行きましょう・・・次!」
「先生、いつになったらわしの・・ヒック」
「ああ、すみません。忘れてました」
「ヒック・・これでどうやらヒック、年越さないかヒック・・」
ナースが入ってくる患者を押し戻した。
「勝手に!はいらないで!ください!」
・・今のでびっくりして止まってないかな・・・。
「一度来た患者です。21歳女性、下腹部痛」
「いっぺん帰ったのか?」
「検査に行ったんですが途中で帰ったんです。また痛くなったって」
「検査結果は・・」
「佐々木先生が骨盤腹膜炎を心配されてました」
「こ、骨盤腹膜炎・・・怖そうだな。でもよく分からん。とにかく婦人科の先生に相談だ」
「ですね。こちらから呼びましょうか」
「ああ、ただし佐々木先生がそう診断していた、と伝えてよ!」
「分かりま・・・きゃあ!」
いきなり若い男が乱入してきた。
「おいコラ先生!あんだけ検査しといてどういうつもりや!こっちはマトモに年、越せんやないか!」
ヤクザの兄ちゃん風の男は至近距離にまで接近してきた。
「い、今・・その、婦人科の先生を呼んでます」
「あにィ?」
「骨盤の病気を疑ってまして・・」
「どういうことや?オレが関係しとるってのか?おお?」
「はあ?」
「ど、どれくらいでようなるんや」
「それはその先生に・・・」
「アカンアカン!診断はどうでもええから、とりあえず痛みだけ止めたってえな!」
「まず診断を・・」
「本人が困っとんがな!ほんで骨盤なんちゃらのほうは飲み薬でも出してくれえな!」
「ダメです!」
「なんやとコラア!」
兄ちゃんはイスごと僕の足を蹴り上げた。2、3発。
ナースが飛び上がった。
「け、警察、警察ぅ!」
兄ちゃんは反射的に診察室を飛び出した。
外を見ると・・女性も消えている。
後ろから佐々木先生が呼び止めた。
「おいユウキ先生!勝手に持ち場を離れるな!」
「え、ええ」
「ペンタジンを注射した患者だがな」
「はい」
「診断も固まりかけてないのに、ああいう処置は困るんだよ」
「ええ、しかしかなり痛そうで・・」
「本人は症状マシだと言ってるが」
「そうですか、よかった」
「よくないぞ。確かに血液検査では炎症所見はないが。食後のため画像上、胆石が除外できてない」
「胆石の可能性が高いんですか」
「もし胆石なら、今の処置は単に痛みをごまかしただけだ」
「注射を間違えたんでしょうか・・」
「胆石の痛みと目星をつけたら、ブスコパンのほうを選ぶべきだ。君の好きな、アレを合併してなければな」
「イレウスですか」
「ああ。この患者、ペンタジンの効力が切れたらまた来るかもな。さ、戻ろう」
ナースが積みあがったカルテを上から押し押ししている。
「先生、15冊ほどありますので」
「わかってるよ」
「紹介が3人ほど」
「開業医って・・・!年末は手放しかよ!」
「さあ、私たちにはそれは・・」
「じゃ、次!」
「センセ、さきほどのしゃっくりの方が・・」
「入れるなよ!」
「開業医さんからの紹介。息切れです」
「SpO2 96か。タバコ吸ってます?」
聞くまでもなかった。71歳やせぎみの男性のポケットにタバコの箱が。
肋骨がハッキリするくらい痩せてるな。ひょっとして。
「咳・痰はけっこう以前からあったのでは?」
「ああ、まあ多少はな」
「タバコは何年?1日何本?」
「50年・・・1日40本かなあ」
50 X 40 = 2000 か。 B.I. >400 で、肺癌の高リスクだ。
「先生、そのさっき指先で測ったやつ。開業医さんでもいつも95はあるんだ」
「それはあくまでも酸素なので・・・看護婦さん、血液ガスを」
二酸化炭素が知りたい。たぶんCOPDのような気がする。
「53歳男性のイレウス再発疑い、その人の写真がこれです」
「小腸ガス、二ボー付き。典型的イレウスだ。入ってもらって」
「失礼します。あ、イレウスになっておる」
「よく分かりましたね?」
「そりゃアンタ分かりますわ。何回も入院してるのに。それに」
「それに?何です?」
「わしも医者やからのう」
「はあ?そ、そうだったんですか?」
職業を医者と聞いて態度がコロッと変わることは珍しくない。
「絶飲食で、点滴は1日3リットル。軽症の部屋に入院です」
その医者、いや患者は待ったをかけた。
「わし心不全になったことあるから2.5リットルでね。ガスターも入れてや。抗生剤はホスミシンでお願いな」
「え?ああ、はい・・・」
「胃チューブ、あれはわし必要ないから。正月三が日は経過をみることにする」
「え?しかし」
「内科の松本部長はわし知り合いやから、年明け朝1番に診てもらうな。アイタタ」
とても同業者と思えないその医者はそうやって自分で指示を出し、診察室を出て行った。
佐々木先生がヅカヅカやってきた。
「おい先生、今年もよろしくな!」
「はあ?」
「今、新年になったところだ。おめでとう」
「はい!おめでとうございます!」
「お、おい。小さな声で!」
大晦日の救急にはその言葉は「禁忌」だ。
心不全の患者だ。
「どうしても、帰られるんですか・・・」
「わしが帰らんと、従業員が・・」
またか。仕方ない。トラブルにならないよう、カルテにはきちんと記載しておこう。
夜11時。新年まで1時間。患者の勢いは止まらない。
「くーっ・・・ふああ」
あくびも出た。偶然か少し離れた佐々木先生もあくびしている。
「ふああ・・ユウキ先生よ、挿管チューブは入ってたか?」
「ええ、レントゲン確認しました。ありがとうございます」
「自殺企図は仕方なく、隣接の病院に送ったよ」
「そういえばいませんね」
「もう重症の入院は取れないな。脳外科とか他の病棟にお願いせんかぎり・・」
僕は診察室へ戻った。カルテはまだ30冊くらいある。佐々木先生もまだ20冊くらいあるようだ。
「次の人・・・」
紹介状つきだ。しかし日付は2週間前。
「先日、一過性の麻痺が出現・・・・TIAってことか?引き続きご加療をお願いします。脳外科あて?」
ナースが覗き込んだ。
「センセ、うちは脳外科はオペ適応のときのみコールですから」
「今回は症状が?」
「片側に力が入らないと」
「おい、それ!脳外科が診たほうが・・」
「まずは救急のドクターが診るという原則です」
「・・・・じゃ、入ってもらおうか・・・」
60歳男性。車椅子。
「いはん。みひへにひからがはいはん」
構語障害もあるようだ。症状の再発は3時間前らしい。
「まず、頭部のCTを・・・あ、待って!」
脈をみる・・・afではないようだ。
「センセ、腹痛が増えてきましたね。これも。38歳男性」
「入って」
不機嫌そうな肥満男性だ。
「みぞおちが・・イテテ」
「食事したあと?」
「ああ、特にね」
「みぞおち・・ここ?」
「イタッ!だからそこだって!」
「検査を・・・」
「オイ先生よ。この痛みをまずなんとかしてくれよ!」
「は、はい。では・・・看護婦さん、ペンタジンを!」
「はい」
「また腹痛。53歳男性。イレウスで入院歴あります。今回もイレウスだそうです」
「なんで分かるんだよ?」
「入ってもらいます」
これまた苦い顔をした男性。
「また起こした。症状で分かる」
「吐き気は?」
「吐き気はないが、ムカムカする」
「・・・便は出てます?」
「昨日出た。ウサギの糞みたいなのがな」
ウサギの糞・・・・。
「検査に行きましょう・・・次!」
「先生、いつになったらわしの・・ヒック」
「ああ、すみません。忘れてました」
「ヒック・・これでどうやらヒック、年越さないかヒック・・」
ナースが入ってくる患者を押し戻した。
「勝手に!はいらないで!ください!」
・・今のでびっくりして止まってないかな・・・。
「一度来た患者です。21歳女性、下腹部痛」
「いっぺん帰ったのか?」
「検査に行ったんですが途中で帰ったんです。また痛くなったって」
「検査結果は・・」
「佐々木先生が骨盤腹膜炎を心配されてました」
「こ、骨盤腹膜炎・・・怖そうだな。でもよく分からん。とにかく婦人科の先生に相談だ」
「ですね。こちらから呼びましょうか」
「ああ、ただし佐々木先生がそう診断していた、と伝えてよ!」
「分かりま・・・きゃあ!」
いきなり若い男が乱入してきた。
「おいコラ先生!あんだけ検査しといてどういうつもりや!こっちはマトモに年、越せんやないか!」
ヤクザの兄ちゃん風の男は至近距離にまで接近してきた。
「い、今・・その、婦人科の先生を呼んでます」
「あにィ?」
「骨盤の病気を疑ってまして・・」
「どういうことや?オレが関係しとるってのか?おお?」
「はあ?」
「ど、どれくらいでようなるんや」
「それはその先生に・・・」
「アカンアカン!診断はどうでもええから、とりあえず痛みだけ止めたってえな!」
「まず診断を・・」
「本人が困っとんがな!ほんで骨盤なんちゃらのほうは飲み薬でも出してくれえな!」
「ダメです!」
「なんやとコラア!」
兄ちゃんはイスごと僕の足を蹴り上げた。2、3発。
ナースが飛び上がった。
「け、警察、警察ぅ!」
兄ちゃんは反射的に診察室を飛び出した。
外を見ると・・女性も消えている。
後ろから佐々木先生が呼び止めた。
「おいユウキ先生!勝手に持ち場を離れるな!」
「え、ええ」
「ペンタジンを注射した患者だがな」
「はい」
「診断も固まりかけてないのに、ああいう処置は困るんだよ」
「ええ、しかしかなり痛そうで・・」
「本人は症状マシだと言ってるが」
「そうですか、よかった」
「よくないぞ。確かに血液検査では炎症所見はないが。食後のため画像上、胆石が除外できてない」
「胆石の可能性が高いんですか」
「もし胆石なら、今の処置は単に痛みをごまかしただけだ」
「注射を間違えたんでしょうか・・」
「胆石の痛みと目星をつけたら、ブスコパンのほうを選ぶべきだ。君の好きな、アレを合併してなければな」
「イレウスですか」
「ああ。この患者、ペンタジンの効力が切れたらまた来るかもな。さ、戻ろう」
ナースが積みあがったカルテを上から押し押ししている。
「先生、15冊ほどありますので」
「わかってるよ」
「紹介が3人ほど」
「開業医って・・・!年末は手放しかよ!」
「さあ、私たちにはそれは・・」
「じゃ、次!」
「センセ、さきほどのしゃっくりの方が・・」
「入れるなよ!」
「開業医さんからの紹介。息切れです」
「SpO2 96か。タバコ吸ってます?」
聞くまでもなかった。71歳やせぎみの男性のポケットにタバコの箱が。
肋骨がハッキリするくらい痩せてるな。ひょっとして。
「咳・痰はけっこう以前からあったのでは?」
「ああ、まあ多少はな」
「タバコは何年?1日何本?」
「50年・・・1日40本かなあ」
50 X 40 = 2000 か。 B.I. >400 で、肺癌の高リスクだ。
「先生、そのさっき指先で測ったやつ。開業医さんでもいつも95はあるんだ」
「それはあくまでも酸素なので・・・看護婦さん、血液ガスを」
二酸化炭素が知りたい。たぶんCOPDのような気がする。
「53歳男性のイレウス再発疑い、その人の写真がこれです」
「小腸ガス、二ボー付き。典型的イレウスだ。入ってもらって」
「失礼します。あ、イレウスになっておる」
「よく分かりましたね?」
「そりゃアンタ分かりますわ。何回も入院してるのに。それに」
「それに?何です?」
「わしも医者やからのう」
「はあ?そ、そうだったんですか?」
職業を医者と聞いて態度がコロッと変わることは珍しくない。
「絶飲食で、点滴は1日3リットル。軽症の部屋に入院です」
その医者、いや患者は待ったをかけた。
「わし心不全になったことあるから2.5リットルでね。ガスターも入れてや。抗生剤はホスミシンでお願いな」
「え?ああ、はい・・・」
「胃チューブ、あれはわし必要ないから。正月三が日は経過をみることにする」
「え?しかし」
「内科の松本部長はわし知り合いやから、年明け朝1番に診てもらうな。アイタタ」
とても同業者と思えないその医者はそうやって自分で指示を出し、診察室を出て行った。
佐々木先生がヅカヅカやってきた。
「おい先生、今年もよろしくな!」
「はあ?」
「今、新年になったところだ。おめでとう」
「はい!おめでとうございます!」
「お、おい。小さな声で!」
大晦日の救急にはその言葉は「禁忌」だ。
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