「正月ボケもそろそろ直さんといかんな・・・じゃ、連絡事項」
 いつものように毎週の医局会が始まった。司会はいつものように林部長が仕切る。
「循環器グループの人事だが、今年3月に異動がある。ユウキ君のオーベン・加藤先生が地元の帝大へ戻り、吉本君は開業のため退職」
 オーベンが・・出て行くのか。でも僕が先かも。
「坂本くんは2月でローテ終了だな。評価は副部長が行う。成績は・・地元の関東の大学まで送られるからね、はっは・・ま、君なら大丈夫だろうがね」
 坂本は自信満々といった表情だった。
「え、ありがとうございます・・」

「以上だ!」

 全員、一瞬のうちに散り散りに。坂本が僕の横に突っ立っていた。

「先生、今日はどういう予定でしょうか」
「ああ?今日は外来業務の手伝いはなしで・・病棟患者の回診かな」
「私も一緒に・・」
「ああ。でもあまりでしゃばるなよ」
「どういうことでしょうか」
「え?いや・・・」
 見慣れてきて、だんだん魅力を感じなくなった・・もちろん外見だけど。中身はもともと・・ない。

「誤嚥性肺炎の患者。呼吸器病棟に入院していたが、こちらのベッドが空いたんでね」
「エビタがついてますね。サーボなら分かるんですが」
「・・・呼吸器はどれも基本的には同じだよ」
「そうでしょうか?」
「基本を押さえておけば、実質的にはそう大差ないと思うんだけど」
「それは何故ですか?」
「まあいい、そのうち分かる」
 僕も実はよく分かってないんだ・・・。
「抗生剤は何ですか?」
「その重症板見りゃ分かるだろ?チエナムとバンコ」
「バンコ?」
「バンコマイシンだよ」
「MRSAが出たんですか?痰の培養は・・・」
「まだ結果が出てない。でも十分考えられたから」
「・・・どういう理由で?」
 うっとうしいなあ・・・。ここは、大学らしい逃げ方で・・・。
「自分で調べなよ」


「57歳。ICM」
「ICM・・・国試内科学には載ってませんけど」
「そんな本持ってくるな!」
「いえ、これけっこう働いてからも使えるので」
「患者に失礼だろ」
「こうしてカバーを外せば・・・」
 なんて奴だ。
「虚血による心筋症なのですか?」
「ああ、まあね。それだけ」
 もうあまり関わらないようにしよう。

「66歳。MRが高度。最近flutterになって入院した」
「治さないんですか?」
「左心房径が6cmくらいあって、経口薬も効いてない」
「不整脈薬は入ってないんですか?」
「入ってたけど、効かないと判断して止めたんだ」
「でも、入っていたほうが・・・」
「CAST STUDYを知らないのか」
「え?」
 勝った・・。でも僕もよく知らない。
「flueerのほうが心房細動よりも血行動態が不安定なんだ。だから心房細動になったほうがむしろ・・」
「え?どうしてなんですか?」
「え?」
「flueerは脈が規則的なのに?」
「う・・・うん」
「どうしてだろ・・」
「ま、調べておいたら?」
 マズイマズイ。しかしオーベンってけっこう大変だな。

僕らは詰所へ戻った。
「おはようございます」
詰所は申し送り中で、かなり緊迫した状況だ。
リーダーの須藤さんが声をかけてきた。
「あ、先生。ちょうどいいところに」
「何だよ?いや、何ですか?」
「呼吸科病棟から転科で来た患者さん、挿管チューブの閉塞があります」
「あ、そう?」
「はい。午前中に交換をお願いします」
「チューブの交換・・・オーベンが居る時がいいんだけど」
「加藤先生は・・」
 彼女が少し照れくさそうになった。周りのナースたちもニヤニヤし始めた。
「外来がお忙しいと思うので・・・」
 何コイツ、恥ずかしがってるんだ?
「オーベンが外来終わってからにしてよ」
「ええ、じゃあ私が聞いておきます・・・」
 なんかいきなり女っぽくなっても困るんだがな。

 主任がこちらへツカツカやってきた。ヒソヒソ声で話す。
「しょうがないでしょ先生。須藤ちゃんも今が楽しいんだから」
「楽しいって?申し送りがか?」
「先生のオーベンよ」
「ああ知ってる。でもオーベンって独身かぁ?」
「バツイチですよ、先生」
「バツイチ・・ああ、最近流行ってるね」
「もうすぐ籍、入れるんだって」
「なに?籍!」

 辺りが静まり返った・・・。

「先生、静かにしてよ・・・シッ!」
「みんな知ってるのか?」
「知らないのは先生だけですよ。でも知ってますよ、先生。けっこう・・」
「何?僕が?あの子を?」
「デレデレしてたじゃないの、ダテに30年もこの仕事やってないわよ。ああ、年ばれてしもうた」
「30に、20を足して・・・ほうほう。でも何とも思わないよ。どうぞお幸せに」
「あたしに言ってどうすんの?ま、先生もヨリを戻したら?」
「だ、誰と?」

 でもオーベン、もうすぐ転勤じゃなかったっけ・・・。彼女、どうすんだ?

 詰所の検査伝票をゴソゴソ見ていた。
「誤嚥性肺炎の患者、ナトリウム118か。低いな」
 坂本が覗き込んだ。至近距離だが、もうドキドキしなくなった。
「点滴のナトリウムが少ないんですか?」
「いや。十分入ってる。心機能も良好だと思うし」
 彼女は自製のマニュアルを見ている。国試内科学も。イヤーノートまで・・・。
「嘔吐・下痢はありますか?」
「嘔吐してこうなったんだろうけどさ・・今はしてないよ」
「発汗が多いとか」
「そりゃ熱も出るしな」
「サードスペースへの体液移動」
「胸水・腹水はないようだけど?腸管だったりしてね」
「慢性腎不全」
「血液検査では正常だし。ハルンもジャンジャン出てまっせ」

「何を楽しそうにやってるのかな?」
 西岡先生だ。心カテ前の回診に来たんだ。
「べ、勉学です」
「ん?イヤーノート?こんな本あるのか?わしらの頃はこんな便利なもの、なかったぞ」
「今、坂本さんとナトリウムについて見てたんです」
「ああ、ナトリウムか。わしらの専門じゃないな。心不全なら低ナトリウムにはなるよな」
「ええ、それ以外の原因を見てまして」
「それ以外?・・・肝硬変・・・塩分喪失・・・ああ、あれあれ!あれよ!あれ!いかんなあ、年取ったら・・」
「?」
「待て待て、ユウキ先生!言うな!まだ言うな!」
「え、ええ・・」
 西岡先生はグーで額をかきむしった。
「原発性アルドステロン症!」
 しかし坂本が真っ向から否定した。
「先生違います。それは高ナトリウムのほうです」
「なに?そうか?」
「はい、違います。副腎のアルドステロンの過剰な分泌によってナトリウムが蓄積するのです」
 坂本は内分泌の勉強したいとか言ってたな。しかし・・これじゃロボットだ。
 しかし西岡先生も負けてない。
「ああそうだそうだ。何かと間違ってた。そうそう。原発性アルドステロンはそう。それで血中のレニンが下がるんだよね」
「ええ、正しくは血漿中ですが」
「RPAだよな。測定したのか?」
「違います。PRAです」
「何ぃ!それぐらいいいだろが!」

 こいつら、何をムキになってんだ?

 どいつもこいつも、専門になった途端の態度のデカさといったら・・・・。

『君も例外ではない』
 
 確かに・・・。

<つづく>   

コメント

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it
2006年1月17日9:13

第一回ITを活用した生活習慣病指導のためのテレメンタリング研修会
昨年度、試行的に開催し、大変な好評をいただきました。
今年度は、厚生労働省の後援もいただき、より生活習慣病指導に焦点を当てた研
修会といたしました。
テレメンタリングに関心のある皆様、また、システム構築にあたってのコミュニ
ケーションに関心のある方々のご参加をお待ちしております。
主催  日本遠隔医療学会
後援  厚生労働省
日時  平成18年3月11日(土)9:00-17:00
会場  東京国際フォーラム ガラス棟
対象  医療・保健関係者および生活習慣病指導のためのテレメンタリングに関
心をもち、何らかの経験を有するか、これから実践しようとする者。企業関係者
皆様の参加も歓迎致します。
参加費 5,000円
定員  70名(申し込み先着順)
http://square.umin.ac.jp/jtta/telement/telement.htm

時間講義内容講師
9:00-9:45 生活習慣病の基礎 メタボリックシンドロームとは 
木村 穣 関 西医科大学 助教授
9:50-10:35 生活習慣病対策への行政のとりくみ 
矢島 鉄也 厚生労働省健康局 生活習慣病対策室長
10:40-11:25 IT活用の生活習慣病指導に利用される機器
  鎌田弘之 岩手医科大学 講師
11:30-12:15 テレナースによるメンタリング
 亀井智子 聖路加看護大学 助教授
12:15-13:30 昼食
13:30-14:15 テレメンタリング(1) カウンセリング技法
 村瀬澄夫 信州大学 教授
14:20-15:05 テレメンタリング(2) メール、データ等を利用した
ストア・アンド・フォワードコミュニケーション技法
 佐藤恵美 産業精神保健研究所
15:10-16:15 テレメンタリング(3) TV電話等の映像による
リアルタイムコミュニケーション技法 
酒巻哲夫 群馬大学教授
16:20-16:50 知識理解度判定テスト解説および自己採点
16:50-17:00 修了式

遠隔医療学会からのご案内です。
本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
http://square.umin.ac.jp/jtta/

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